ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第739話 見守る者達

「それじゃあアシュレイさん、今日はどうもありがとう!」

「頑張ってね、みんな」

「はい、頑張ってチャレンジしてみます!」

「アシュレイさん、また!」

「ええ、またね」

 

 アシュレイの店を離れたスリーピング・ナイツ一行は、

そのままスモーキング・リーフへと戻る事にした。

目的は、ローバーからそれなりのランクの武器を買う事である。

アシュレイの店に行く事を優先した為に後回しになったが、これは予定通りの行動であった。

 

「とりあえず武器が揃ったら、黒鉄宮についておばば様に聞きましょう」

「というかさ、おばば様、まだいるかな?」

「そういえばそうね……ちょっと急ぎましょうか」

 

 そう言ってスリーピング・ナイツの一同はその場から走り去っていった。

そして誰もいなくなったアシュレイの店の前の空間が揺らぎ、

その揺らぎからぼそぼそと何か声が聞こえ、直後にアシュレイの店の扉がひとりでに開いた。

アシュレイは、ん?という顔で入り口を見たが、そこには誰もいない。

だがアシュレイにはどうやら心当たりがあったようで、

落ち着いた声で普通にその扉に向けて声をかけた。

 

「見えないけどお帰り、レコン君」

「あっ」

 

 そんな声と共に、入り口にレコンの姿が現れた。

 

「すみません、ちょっと慌てちゃって、姿隠しの効果を切るのを忘れてました」

「いいのよ別に、それだけ急ぎの用事なんでしょう?

中にいるから今呼ぶわ、ちょっと待っててね」

 

 そしてアシュレイは、店の奥に声をかけた。

 

「ハチマン君、レコン君よ」

「あ、はい、今行きます」

 

 そして店の奥からハチマンが現れた。

どうやらスリーピング・ナイツが訪れる前から店の奥にいたようで、

見つからないように隠れていたのだと思われる。

 

「よぉレコン、手間をかけさせちまってすまなかったな」

「いえいえ、大した手間じゃありませんよ、どうせ暇でしたしね。

それに興味深いシーンも見せてもらいましたし」

 

 そう言いながらレコンは、まだ店に飾りっぱなしのオートマチック・フラワーズを見た。

 

「俺もまさかこんなに早く、

あいつらがこれの存在にたどり着くなんて思ってもいなかったわ」

「まあキーワードは二つ名だけだったとはいえ、運に恵まれているんでしょうね」

「色々仕掛けを考えていたのが無駄になって、嬉しいやら悲しいやらだな」

「私的にも毎日ドキドキしながらさっきのシーンが来るのを待ってたから、

それが終わって嬉しいやら悲しいやら複雑な気分ね」

「長い間これを預かってもらっちゃって本当にすみません……」

 

 そのハチマンの謝罪に、アシュレイは首を横に振った。

 

「いいのよ、自分が物語の登場人物になったような感じで凄く面白かったし、

それに若者が成長していく姿を見るのは楽しいもの」

「「ですね」」

 

 その言葉にハチマンとレコンはうんうんと頷いた。

ハチマンは当然として、今やレコンもかなりのベテランであり、

ギルド内のポジションとしては、どちらかというと後進を指導する立場にあるのである。

 

「あのクラスの装備をあの金額で提供したのはその一環ですか?」

「そうね、赤字にならなければいいやって思ってたし、

黒鉄宮ってかなり厳しい所なんでしょ?

それならやっぱりあのくらいの装備が無いときついんじゃないかと思ったのよね」

「はぁ、まあ一概には比べられませんけど、

俺もSAO時代にあそこで死にかけましたからね」

「ええっ、ハチマンさんがですか?」

「俺だけじゃないぞ、俺とキリトとアスナが三人一緒だったのに、

一歩間違えたら死んでたからな」

「えっ、そんなにピンチだったの?」

「はい、正直最後の戦いの次にきつかったのはあの時ですね」

「そこまでですか……」

 

 レコンとアシュレイは、その言葉に戦慄した。

キリトとはほぼ面識が無かったアシュレイであったが、

SAO時代に当然その名声は嫌という程聞いており、

その三人はアシュレイにとって、勝利の代名詞だったからだ。

レコンの感想については言うまでもないだろう。

 

「なのでまあ、俺が信頼しているレコンにあいつらのフォローを頼んでいる訳だ」

「が、頑張ります……って、あああああ、忘れてた!」

 

 その時突然レコンがそう叫んだ。

 

「ど、どうした?」

「すみません、一つ報告があったんですよ、

スリーピング・ナイツはこの後もう一度スモーキング・リーフに戻って、

残りのお金を使っておばば様から武器を買うつもりらしいです」

「マジかよ、まずいな、それじゃあちょっと行ってくるとするかのう」

 

 そのハチマンの言葉にアシュレイはぶっと噴き出した。

 

「ハチマンさん、口調、口調!」

「おっと、やばいやばい、普段から気をつけないとな。それじゃあちょっと行ってきますね」

「あ、ハチマンさん、僕はどうしますか?」

「時間がまだ大丈夫なら、スモーキング・リーフの前であいつらが出てくるのを待って、

そのまま何かとんでもない事をしでかさないか監視しててくれ。

まさかとは思うが、ランの性格なら、いきなり黒鉄宮に行くとか言い出しかねないからな」

「分かりました、時間は大丈夫ですし、それにハチマンさんの弟子の僕にとってみれば、

あいつらは弟弟子、妹弟子みたいに感じるんで、僕に出来るだけの事はします」

「悪いな、俺のポケットマネーから時給は出すから頼むぞ」

「ありがとうございます、ゴチになります!」

 

 二人はアシュレイに挨拶してそのまま店を出た。

ハチマンは裏道に入ってログアウトし、レコンは魔法を使って姿を消した。

そして一人店に残ったアシュレイは、ニヤニヤしながらこう呟いた。

 

「SAOの事があるから迷ってたけど、ALOを始めてみて本当に良かったわ、

懐かしい人達とも再会出来たし、

新たな物語が紡がれていくのをリアルタイムで見られるなんて、

こんなに心がわくわくする事はないわね」

 

 そしてアシュレイは、コンソールを開いて新しい装備の構想を練り始めた。

 

「さて、職人としては、次の装備の準備もしておかないとね……」

 

 

 

 スリーピング・ナイツは、再びスモーキング・リーフの前に立つと、

パスワードを入力してそのまま中に入った。

 

「こんにちは、ちょっと用事があって戻ってきちゃいました!

あ、届け物は無事に終わりましたから!」

「お帰りなさい、そしてありがとうにゃ、で、用事って何の用事かにゃ?」

「えっと、アシュレイさんに防具を売ってもらったんで、

報酬の残りでおばば様に武器を売ってもらおうかなって」

「あ、えっと……」

 

 リツは困った顔をして、ローバーがいない事を説明しようとした。

その瞬間に、店の奥からガタガタという音が聞こえ、

奥の部屋からローバーが、息をきらせながら飛び出してきた。

 

「あっ、おばば様、戻ってたのにゃ?」

「たった今な、儂を呼んでいたようじゃがどうしたんじゃ?届け物は終わったんじゃろ?」

 

 その質問に答える前に、ローバーの様子を見てランが心配そうに言った。

 

「お、おばば様、そんなに息をきらせちゃって、一体どうしたの?」

「いや、ちょっとログアウトして、直前まで色々と家事をしていてな、

そのまま休憩しようと思ったんじゃが、それならログインしておいても一緒じゃなと思って、

そのままログインしたとまあ、そんな訳なんじゃよ」

「ああ、まあどうせベッドとかに横たわってるんだし、

息を切らせてようがどうしようが一緒だよね。

でも家事かぁ、私、家事とかした事がないから、将来の為にいずれ修行しないとなぁ」

「ぢょしりょく、という奴じゃな」

「微妙に発音がおかしかった気もするけど、まあ女子力の修行だね」

 

 その頃にはローバーの呼吸も落ち着いてきており、

リツはローバーに、先程のランの言葉を伝えた。

 

「えっと、みんな、報酬の残りで武器を買いたいらしいのにゃ」

「残り?もう何かに報酬を使ったのかえ?」

「あ、うん、アシュレイさんにさっきの報酬の半分を払って、

全員分の装備を揃えてもらったんだ」

「なるほどなるほど、それで次は武器の番という訳じゃな」

「うん、これでそれなりの装備が全員分揃うはずだから、

無理しないようにちょっとずつ、強い敵のいる所に挑んでいこうかなって」

「ふむふむ、もちろんそれは構わないのじゃが、

その前にお主達がどんな武器を使うのか、この婆に教えておくれ」

「あっ、そういえばそうだった……」

 

 そしてスリーピング・ナイツの一同は、一人一人、自分が得意とする武器を申告した。

 

「私は刀を使うわ」

「ボクは片手直剣かな」

「私は主に中距離担当でハンマーを使うわ」

「俺は両手剣だな」

「僕は片手直剣に盾ですね」

「私は補助要員なので主に杖を使います」

「わ、わたくしも中距離担当で、槍を使います、はい」

 

 そう言ったタルケンを、一同は呆然とした顔でじっと見つめた。

 

「え?え?何その反応?」

「いや………」

「タルが女性の前だと緊張してそういう喋り方になるのは知ってたけど、

まさかおばば様もその範囲に含まれるなんて……」

「えっ?いや、ち、違っ……これはリツさんがいるから……」

 

 慌ててそう言い訳するタルケンに、おばば様がウィンクをした。

 

「うふ~ん♪」

「う、うわああああああ、やめて下さいよおばば様!」

 

 直後にその場は一同の大きな笑い声に包まれたのだった。


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