ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第741話 おい詩乃、頼みがある

「待たせたわね」

「本当に待ったわ!準備が長いんだよ!」

「女の子の準備は時間がかかるに決まってるじゃない、ほら、いいから行くわよ」

「あっ、おい、ちょっと……」

「はちまんくん、留守番はお願いね」

「おう、任せろ、それじゃあまたな、相棒」

「またな相棒……って、おいこら詩乃、腕を引っ張るな!」

「いいから早く来なさい、キット、ここよ!」

『はい詩乃、直ぐに行きます』

 

 八幡は詩乃にガッチリと腕をホールドされ、そのまま連れていかれた。

 

「さて、俺は洗濯でもしておいてやるか……明日は雨らしいしな」

 

 はちまんくんはそう言って、詩乃の寝室へ入っていった。

 

 

 

「注文は任せるからね、さすがにこういう店には慣れてないから」

「慣れてたらそっちの方が驚きだよ」

「私的には八幡が慣れている事の方が驚きなんだけど?」

「くっ、ああいえばこう言う……」

「ほら、早く注文注文!」

「分かったから待ってろ」

 

 そしてスムーズに注文を終えた後、詩乃がおもむろに八幡に質問をしてきた。

 

「で、今日は私に何の用事があったの?

まさか私の下着姿や裸を見に来たって訳じゃないわよね?」

「いや、その通りなんだが……」

「な、ななななな……」

 

 これは単に、八幡が詩乃をからかっているだけである。

さすがの詩乃も、八幡のニヤニヤ顔を見て、からかわれている事に直ぐに気が付き、

抗議するような目で八幡に言った。

 

「で?」

「おい詩乃、頼みがある、今度ALOに、新しいキャラを作りたいんだ」

「………それのどこに私の家に来る必要があるの?作りたければ勝手に作ればいいじゃない」

「いや、俺が作りたいのは、いわゆる魔女タイプというか、

なぁ詩乃、お前、お婆ちゃんになってくれないか?」

「はぁ?」

 

 その声は少し大きく、詩乃はしまったという風に店員に頭を下げると、

声量を低くして、八幡にその意図を尋ねた。

 

「要するに、お婆さんに成りすましたいって事?」

「まあ簡単に言うとそういう事だ、今度俺の舎弟的存在の奴らがALOに来るっぽくってな、

そいつらを導くのには、そういうキャラが適任じゃないかと思ったって訳だ」

「それって普通にハチマンでやっちゃ駄目なの?」

 

 その詩乃の当然の疑問に、八幡はあっけらかんとこう答えた。

 

「それが駄目なんだよ、そいつらの最終目標は、打倒ヴァルハラだからな」

「あ、そういう事なんだ、いいわね、若いって……」

「何故そこでおばさん臭い言い方をする……

言っておくがそいつらは、お前と同世代だからな」

「えっ、そうなの?」

「ああ、そんな訳で、あいつらがいずれ敵になるはずの俺の指導を受けるはずもないし、

うちのメンバーからすれば、俺が敵に塩を送るような真似をするのを、

快く思わない奴もいるんじゃないかと思ってな」

「そんな人、うちにはいないと思うけど……例えばロビンとかフカちゃんは、

むしろ喜んでせっせと敵に塩を送る気もするわ」

 

 八幡は、確かにそうかもしれないと内心で思ったが、

こういう事に関しては、八幡はかなり保守的な考え方をする事が多い。

 

「それはそうなんだが、まあ一応な」

「って事は、この事を知るメンバーは、かなり限られるって事?」

「そうだな、予定ではお前とレコン、それにキズメルとユイあたりか」

「レコン君は何で?」

「レコンには、あいつらを影から見守る役割をこなしてもらうつもりだ、

その為に最適なスキルを、あいつは持ってるからな」

「ああ、姿隠しか、なるほど」

 

 頭の回転が早い詩乃は、直ぐにその事に思い当たったのか、あっさりとそう看破した。

 

「まあそういう事だな」

「それじゃあキズメルとユイちゃんは?」

「俺が俺個人の持つゲーム内資産の一部をあいつらに流すとして、

ユイやキズメルがその事に気付く可能性が高いからな、

そもそも俺の資産の管理もやってもらってる訳だしな」

「そう言われると私もそうだったわ、なるほど、理に適ってるわね」

 

 詩乃は感心したようにそう言った。

 

「分かったわ、協力する」

「悪いな、飯を食って家に帰ったら、そこでキャラを作るとしよう」

「オーケーよ、何よりうちの女性プレイヤーの中で、

この事を知っているのが私だけというのが気に入ったわ」

「いや、まああいつらのリアルを知ってるという点では、

他にも何人か、例えばクリスや理央やめぐりんは、あいつらの事を知ってるんだよな」

「あらそうなの?それは残念ね」

 

 そう言いつつも、詩乃は終始機嫌が良さそうであった。

やはり八幡に直接頼まれているという事実がそうさせるのであろう。

 

「で、最近学校の方はどうだ?特に変わりないか?」

「あら、うちの学校の事が気になるの?」

「気になるのはお前が調子に乗っていないかどうかだ、

最近ABCとも会ってないから情報があまり伝わってこなくてな」

「そっちはまあ順調かしらね、学内でいじめがある気配もまったく無いし、

私個人の事について言えば、成績も上位をキープ出来てるし、

運動だって、バイトのせいか、前よりも思うように体を動かせるようになったわ」

「ほうほう、そんな効果があったのか」

「ええ、まあバイトの前に、念入りに柔軟体操をやっているから、

そっちの方の効果が出てるのかもしれないけどね」

「マジかよ、お前そんな事をしてたのか、

バイトの内容にはまったく関係ないのに、お前ってやっぱり努力家なんだな」

「ふふん、もっと褒めなさい、そして私をもっと大切にしなさい」

「してるつもりではあるんだがな」

「まだ足りないわ、もっとよ」

「へいへい、努力するわ」

「よろしい」

 

 そして頼んだ料理が来て、詩乃はその味に舌鼓をうった。

 

「うわ、こんなのを食べちゃったら、もう他のお肉は食べられないわね」

「そこは食えって」

「もちろんあくまでも比喩だから普通に食べるわよ、

とりあえず明日、ABCに自慢しておくわ」

「友達をそんな風に呼ぶんじゃねえ」

「お前が言うな、と言うべきなのかしらね……」

「それはこっちのセリフだ、俺はともかくお前がABCとか言うな」

「あんたの呼び方が移ったのよ、だから私は悪くない」

「まったくああ言えばこう言う……」

「それが私よ、文句ある?」

「大有りだよ!」

「あはははは、あはははははは」

 

 仲がいいのか悪いのか、いや、いい事は間違いないのだろうが、

二人の会話はいつもこんな感じである。

 

「さて、それじゃあ帰りましょうか、あ、ちょっとコンビニに寄ってもらってもいい?

色々と買っておきたい物があるのよ」

「へいへい、仰せの通りに」

 

 コンビニに着くと、詩乃は先ず雑誌コーナーへと足を運んだ。

 

「ふむふむ、お、眼鏡女子が好きな男を落とすコーディネイト?

ちょっと八幡、この中でどの服装が一番ぐっとくる?」

「………何故それを俺に聞く?」

「このタイトルが見えないの?あんたを落とす為に決まってるじゃない」

「だから何でそれを俺に聞くかな……」

「本人に聞くのが一番いいからに決まってるじゃない」

「そういうのの相談はABCにしろよ!」

「ちっ」

「今舌打ちしなかったか!?」

「まあいいわ、あんたの目がどの服の所で止まったかはチェックしておいたし」

「え………」

 

(こ、こいつはこういう所が侮れねえ……)

 

 続けて詩乃は、ホームサイズのアイスを手に取り、食パンや飲み物等、

食料品を中心にいくつかの物を買い、そして二人はそのまま詩乃の家に向かった。

 

「お前、ホームサイズのアイスとか、一人で食べんのか?」

「え?ああこれ?ううん、フカちゃんがよく一人で何個も食べてるとか聞いてるけど、

さすがに私には無理ね」

「じゃあどうして……」

「だってあんたも食べるでしょ?」

「あ?え、お、おう、頂くわ……」

 

 そして家に帰ると、詩乃は八幡と二人でアイスをシェアしながら、

ソレイユが公式に運営しているサイトのキャラクターの外見の大雑把なリストを表示し、

その中から八幡に、どんなタイプの顔にするか選んでもらい、

そのデータを元に、直ぐにキャラの作成に移る事にした。

 

「GGOと違って完全ランダムじゃなくて良かったわね、

もしそうなら何万回やる事になったか分からなかったわよ」

「多少の振れ幅はあるが、何となくこんな感じってのを選べるのはいいよな」

「で、名前はどうする?」

「名前か……そういうの、俺、苦手なんだよな……」

 

 八幡が困った顔でそう呟いたその時、丁度浴室から、

大きなカゴを手に持ったはちまんくんがこちらに歩いてきて、何かの作業を始めた。

どうやら布のような物をたたんでいるらしい。そんなはちまんくんに、八幡はこう尋ねた。

 

「おいは相棒、お前はどう思う?このキャラに何て名前をつけたらいい?」

「ん、老婆のキャラ?だったらローバーでいいんじゃないか?」

「ふむ、よし、そうするか……」

「あ、あんた達、絶望的にセンスが無いわね……」

「こういうのはシンプルなくらいで丁度いいんだよ」

 

 八幡はそう虚勢を張ったが、当然自分でもセンスが無い事は自覚していた。

 

「よし詩乃、今日は助かったわ、俺は今後、たまにこのキャラで動く事になるが、

もし街とかで見かけても声はかけないでくれよな」

「しっかりと恩は返すのよ」

「そのうちな、それじゃあまたな、詩乃」

「うん、またね」

 

 そして八幡が去った後、詩乃ははちまんくんが、

せっせと何かの作業を続けている事に気が付き、

一体何をしているのだろうとそちらの方を見た。

そこには綺麗に折り畳まれた洗濯物があり、詩乃は一瞬きょとんとした後、

八幡が去っていった方をバッと振り返り、再びはちまんくんの手元に目をやった。

そこには綺麗に折り畳まれた詩乃の下着があり、

どう考えてもそれは、八幡から丸見えになる位置に置かれていた。

 

「は、はちまんくん、それは……」

「おう、明日は雨っぽいから俺が洗濯して乾燥機にかけておいてやったぞ」

「そ、その下着、いつからそこにあったの!?」

「そりゃあ俺が浴室から出てきて洗濯物を広げた時からに決まってる、

心配するな、ちゃんと相棒に見せてアピールしておいてやったからな」

「そ、そんなアピールしなくていいから!」

 

 そして詩乃は、また見られたと、ぶつぶつ呟き出したが、

そんな詩乃にはちまんくんが言った。

 

「何を今更、さっき下着の中まで見せてただろ」

「見せようと思って見せた訳じゃないわよ!

いい?この話題については今後あいつの前で出さないでよね、

そうすればそのうち忘れると思うから」

「分かった分かった、ついでに八幡が使ったスプーンをさりげなく今お前が使ってる事も、

あいつには黙っておいてやるからな」

「な、何でそういうところはよく見てるのよ!」

 

 部屋中にそんな詩乃の絶叫が響き渡る中、八幡は、

先程はちまんくんがわざと見せてきたように見えた布の事を思い出し、ぼそりと呟いた。

 

「あれはちょっと派手すぎだと思うが、まああいつの趣味なんだろうな……」

 

 こうして詩乃の羞恥心と引き換えに、ALOにローバーというキャラが誕生した。


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