ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第743話 口は災いの元

「ここが黒鉄宮?」

「あれが監獄エリアって奴かぁ」

「あれ、あそこの壁?石碑?っぽいのに、何か沢山名前が並んでる」

「何だろうなあれ」

「まあ今度おばば様にでも聞いてみましょう」

 

 このランの言葉からローバーの存在が、

スリーピング・ナイツの中で徐々に大きくなってきている事が分かる。

ローバーでスリーピング・ナイツを導く役目をするというハチマンの思惑は、

どうやら上手くいきつつあるようだ。

 

「あっ、監獄エリアに人がいるよ」

「ハラスメント警告を受けたんでしょうね」

「ランもあそこに入れられないように気をつけなよ?」

「ちょっとユウ、それはどういう意味かしら」

「ハチマンにハラスメントで通報されないようにって意味」

 

 そのユウの言葉をランは鼻で笑いとばした。

 

「ハチマンが私を通報する訳ないじゃない」

「いやいやラン、あれって自動通報だからね?」

 

 ノリにそう言われたランは、その事は考えていなかったのか、ぎょっとした顔をした。

 

「そ、そうだったっけ?」

「うん、ハラスメント警告は男女関係なしだからね」

「こ、これから気をつける……」

 

 さすがのランも、監獄部屋でゲームマスターに説教されるのは避けたかったようだ。

もっとも送られたら送られたで、堂々と『愛人です!』と言いそうなのが困り物ではある。

 

「さて、どうする?」

「とりあえず一層をぐるっと回ってみましょうか」

「一層?ランの事だから、いきなり三十層とか言い出すと思ってたぜ」

「ふふん、私は石橋を叩いてからその横にある鉄の橋を渡るタイプよ」

「はいはい、それじゃあみんな、中に入ろう」

 

 そのランの言葉をユウキは一顧だにしなかった。他の者達も何も突っ込んだりはしない。

そしてそこまでの会話を確認した時点で、密かに後を付けてきていたレコンは撤収した。

この調子だと無茶はしないだろうという事が確認出来た為と、

先程のハチマンの言葉をレコンも聞いていた為、そろそろ召集がかかると思ったからである。

 

「ここが一層への道なのかしら、って、どう見ても『層』って感じじゃなくて、

ただの一本道なのだけれど」

「まあ迷う余地が無いからいいじゃない」

「ユウは相変わらず楽天的よねぇ」

 

 そう言いつつも他に選択肢は無い為、ランは前進の指示を出し、

その一本道をしばらく進んだ頃、一行の前に二股の分かれ道が姿を現した。

 

「あっ、見てラン、あそこに看板があるよ」

「本当ね、何なのかしら」

 

 一同はその看板に歩み寄り、そこに書かれている言葉を確認した。

そこには『一層はこちら』と書かれており、その下にヴァルハラの名前が記載されていた。

 

「何これ?」

「あっ、そういえばこれと同じ物を街の探索中に見たかも」

 

 その時タルケンがハッとした顔でそう言った。

 

「近くにいた人に聞いた話だと、確かこれってユーザー伝言版っていうらしいよ」

「ユーザー伝言版?何それ?」

「えっと、ALOって凄く広いじゃない、だから多少なりとも利便性を向上させる為に、

ユーザーからの要望で導入された看板なんだって。

これに必要な情報を書いて、好きな所に立てられるんだけど、

その信頼性を担保する為に、その下にギルド名、もしくは個人名が自動記入されるらしいよ」

「へぇ、それは面白いアイデアね」

「ちなみにそれ専用のギルドもあるみたい、確か『迷子案内隊』ってギルド」

「あは、ALOは懐が深いわね、そんなプレイスタイルも許容してくれるなんてね」

「まあそんな訳で、これは多分ハチマンさん達が設置した案内板だね」

「ふむ……一層はこちら、ねぇ……」

 

 ランは看板については納得したものの、ここにこれを立てる意味が分からず、

考えるのが面倒臭くなったのか、予定を変えて奥に進む事を仲間達に提案した。

 

「ちょっと考えても意味が分からないから、このまま奥に進んでみない?」

「うんいいよ、ボクも興味あるし」

「そうですね、ここの仕様を確認する為にもいいと思います」

 

 他に反対意見も出なかった為、一同はそのまま一層への道をスルーし、

奥へと続いているであろう道を進む事にした。

そんな一行の前に、再び二股の分かれ道が看板と共に姿を現した。

 

『二層はこちら』

 

「なるほど……」

「つまりあれかな、ここは階層型ダンジョンじゃなく、

便宜的に層って表現はしているけど、実際はただのだだっ広い一つのダンジョンって事かな」

「その可能性以外考えられないわね、それじゃあとりあえず、

この道を戻って一層に行ってみましょうか」

「「「「「「了解」」」」」」

 

 そして一行は今来た道を戻り、看板に従って一層へと向かった。

 

「あっ、ラン、モンスター!」

「何よあのカエルは……気持ち悪い」

「まあでも弱そうだよね」

「大きさも子犬くらいだなぁ」

「とりあえずやっとく?」

「う~ん、あまり近寄りたくないわね、タル、遠くからあいつを倒して」

「え~?武器が汚れそうで嫌だなぁ……」

 

 実際は武器が汚れるなどという事は無いのだが、

そういうイメージが沸いてしまうのも仕方がないくらい、そのカエルは醜かった。

 

「いいから早く」

「ちぇ、分かったよ、それっ!」

 

 タルケンの槍が刺さった瞬間に、そのカエルはあっさりと爆散した。

 

「ん、何か落としたみたい」

 

 そう言ってアイテムストレージを確認したタルケンは、

凄く嫌そうにそのアイテムを実体化させた。

 

「うええ、タイニートードの足の肉だって」

「うわっ、おいタル、そんな物見せんなよ」

「え~?それじゃあこういうのが平気そうなノリに……」

「こっちに来たら殺すからね」

「ノリってこういうのは苦手なんだ?」

「当たり前でしょ、私だって花の乙女なんだからね!」

「うぅ……ラン、どうする?」

「おばば様のリストを見て、価値を調べてみて」

「あ、う、うん」

 

 タルケンはリストを照合し、そこに書かれている文字を見てため息をついた。

 

「ゴミ……」

「後で纏めて店売りコースね、タル、とりあえず持っておいて」

「あい……」

 

 その後も何度かカエルに遭遇し、一行はそれを一撃で屠りつつ、

ドロップしたタイニートードの足の肉を、全てタルケンに渡していった。

 

「うぅ……もうお嫁に行けない……汚されちゃった……」

「タルはその前に、相手を見つけないとね」

「ノリにだけは言われたくないよ!ノリがたまにこっそりと、

ハチマンさんの写真をニヤニヤしながら眺めてるの、知ってるんだからね!」

「「「「「あっ……」」」」」

 

 その言葉に対し、ノリ以外の五人からそんな声が上がった。

 

「タル……」

「みんな知ってたけど何も言わないようにしてたのに……」

「あ~あ、死んだなタル」

「えっ……」

 

 見ると、当のノリは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えており、

その手は徐々に、ハンマーを振りかぶりつつあった。

 

「わっ、ごめん、僕が悪かった、今の言葉は無しで!」

「もう遅いわ、それにあんたが自分の事を、わたくしじゃなく僕って呼ぶのも気に入らない」

 

 要するにそれはノリを女扱いしていないという事である。

もっとも普段から仲間内ではそうなので、ノリのそれはただの八つ当たりなのだが、

今のノリにそんな事を言っても無駄なのである。

 

「そ、そんなぁ……」

「タル、土下座だ土下座!」

「ほら、早く!」

 

 ノリは今や、ハンマーを大上段に振りかぶっており、

さすがに焦ったのか、ジュンとテッチがタルケンにそう言った。

 

「す、すみませんでしたぁ!」

 

 その言葉を受け、タルケンは迷う事なくその場に土下座した。

それを見たノリは、徐々に頭が冷えてきたのか、振りかぶっていたハンマーをおろした。

 

「ふん、これに懲りたら余計な事を言わない事ね」

「う、うん、ごめん……」

「あと言っておくけど、私はただのハチマンさんのファンなの。

頭を撫でて欲しいとか、お姫様抱っこして欲しいとかは、

たまにしか思わないんだから、勘違いしないでよね!」

 

(たまには思うんだ……)

(ノリってああ見えて、かなり乙女だよね)

(兄貴は相変わらずモテるよなぁ)

(いつかああいう風になりたいよね)

(ノリ、かわいい……)

 

 タルケン以外の五人はそんな感想を抱いたが、当のタルケンは必死だった為、

うんうんと頷く事しか出来なかった。

そしてタルケンはやっと解放され、しょんぼりとした顔で立ち上がった。

 

「ほらタル、元気出せって」

「口は災いの元だね」

 

 そう言ってジュンとテッチは、タルケンが持っていたタイニートードの足の肉を、

分担して持ってくれた。男の友情という奴である。

 

「それじゃあ奥に進みましょう、シウネー、マッピングは大丈夫?」

「はい、でも構造的にはもうすぐ行き止まりになりそうですね、

ここまでの道は螺旋状に収束してきてるので」

「そう、案外狭いのね」

「まあ一層ですしね」

 

 シウネーの言った通り、次の角を曲がるとそこは行き止まりになっていた。

 

「本当ね、ずっとこんな感じなのかしら」

「まあ二層に行ってみれば分かるんじゃない?」

「そうね、大して時間がかかった訳でもないし、このまま二層に行きましょう」

 

 そして二層に行った一行を待ち受けていたのは、一層と代わり映えのしない風景であった。

 

「なるほど……これはもう少し奥からスタートしても良さそうね」

「ここまで敵は全部一撃だし、得られる経験も少なすぎるな」

「う~ん……それじゃあ十層で」

 

 こうして一行は、黒鉄宮の十層へと向かって移動を開始した。


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