「ここが黒鉄宮?」
「あれが監獄エリアって奴かぁ」
「あれ、あそこの壁?石碑?っぽいのに、何か沢山名前が並んでる」
「何だろうなあれ」
「まあ今度おばば様にでも聞いてみましょう」
このランの言葉からローバーの存在が、
スリーピング・ナイツの中で徐々に大きくなってきている事が分かる。
ローバーでスリーピング・ナイツを導く役目をするというハチマンの思惑は、
どうやら上手くいきつつあるようだ。
「あっ、監獄エリアに人がいるよ」
「ハラスメント警告を受けたんでしょうね」
「ランもあそこに入れられないように気をつけなよ?」
「ちょっとユウ、それはどういう意味かしら」
「ハチマンにハラスメントで通報されないようにって意味」
そのユウの言葉をランは鼻で笑いとばした。
「ハチマンが私を通報する訳ないじゃない」
「いやいやラン、あれって自動通報だからね?」
ノリにそう言われたランは、その事は考えていなかったのか、ぎょっとした顔をした。
「そ、そうだったっけ?」
「うん、ハラスメント警告は男女関係なしだからね」
「こ、これから気をつける……」
さすがのランも、監獄部屋でゲームマスターに説教されるのは避けたかったようだ。
もっとも送られたら送られたで、堂々と『愛人です!』と言いそうなのが困り物ではある。
「さて、どうする?」
「とりあえず一層をぐるっと回ってみましょうか」
「一層?ランの事だから、いきなり三十層とか言い出すと思ってたぜ」
「ふふん、私は石橋を叩いてからその横にある鉄の橋を渡るタイプよ」
「はいはい、それじゃあみんな、中に入ろう」
そのランの言葉をユウキは一顧だにしなかった。他の者達も何も突っ込んだりはしない。
そしてそこまでの会話を確認した時点で、密かに後を付けてきていたレコンは撤収した。
この調子だと無茶はしないだろうという事が確認出来た為と、
先程のハチマンの言葉をレコンも聞いていた為、そろそろ召集がかかると思ったからである。
「ここが一層への道なのかしら、って、どう見ても『層』って感じじゃなくて、
ただの一本道なのだけれど」
「まあ迷う余地が無いからいいじゃない」
「ユウは相変わらず楽天的よねぇ」
そう言いつつも他に選択肢は無い為、ランは前進の指示を出し、
その一本道をしばらく進んだ頃、一行の前に二股の分かれ道が姿を現した。
「あっ、見てラン、あそこに看板があるよ」
「本当ね、何なのかしら」
一同はその看板に歩み寄り、そこに書かれている言葉を確認した。
そこには『一層はこちら』と書かれており、その下にヴァルハラの名前が記載されていた。
「何これ?」
「あっ、そういえばこれと同じ物を街の探索中に見たかも」
その時タルケンがハッとした顔でそう言った。
「近くにいた人に聞いた話だと、確かこれってユーザー伝言版っていうらしいよ」
「ユーザー伝言版?何それ?」
「えっと、ALOって凄く広いじゃない、だから多少なりとも利便性を向上させる為に、
ユーザーからの要望で導入された看板なんだって。
これに必要な情報を書いて、好きな所に立てられるんだけど、
その信頼性を担保する為に、その下にギルド名、もしくは個人名が自動記入されるらしいよ」
「へぇ、それは面白いアイデアね」
「ちなみにそれ専用のギルドもあるみたい、確か『迷子案内隊』ってギルド」
「あは、ALOは懐が深いわね、そんなプレイスタイルも許容してくれるなんてね」
「まあそんな訳で、これは多分ハチマンさん達が設置した案内板だね」
「ふむ……一層はこちら、ねぇ……」
ランは看板については納得したものの、ここにこれを立てる意味が分からず、
考えるのが面倒臭くなったのか、予定を変えて奥に進む事を仲間達に提案した。
「ちょっと考えても意味が分からないから、このまま奥に進んでみない?」
「うんいいよ、ボクも興味あるし」
「そうですね、ここの仕様を確認する為にもいいと思います」
他に反対意見も出なかった為、一同はそのまま一層への道をスルーし、
奥へと続いているであろう道を進む事にした。
そんな一行の前に、再び二股の分かれ道が看板と共に姿を現した。
『二層はこちら』
「なるほど……」
「つまりあれかな、ここは階層型ダンジョンじゃなく、
便宜的に層って表現はしているけど、実際はただのだだっ広い一つのダンジョンって事かな」
「その可能性以外考えられないわね、それじゃあとりあえず、
この道を戻って一層に行ってみましょうか」
「「「「「「了解」」」」」」
そして一行は今来た道を戻り、看板に従って一層へと向かった。
「あっ、ラン、モンスター!」
「何よあのカエルは……気持ち悪い」
「まあでも弱そうだよね」
「大きさも子犬くらいだなぁ」
「とりあえずやっとく?」
「う~ん、あまり近寄りたくないわね、タル、遠くからあいつを倒して」
「え~?武器が汚れそうで嫌だなぁ……」
実際は武器が汚れるなどという事は無いのだが、
そういうイメージが沸いてしまうのも仕方がないくらい、そのカエルは醜かった。
「いいから早く」
「ちぇ、分かったよ、それっ!」
タルケンの槍が刺さった瞬間に、そのカエルはあっさりと爆散した。
「ん、何か落としたみたい」
そう言ってアイテムストレージを確認したタルケンは、
凄く嫌そうにそのアイテムを実体化させた。
「うええ、タイニートードの足の肉だって」
「うわっ、おいタル、そんな物見せんなよ」
「え~?それじゃあこういうのが平気そうなノリに……」
「こっちに来たら殺すからね」
「ノリってこういうのは苦手なんだ?」
「当たり前でしょ、私だって花の乙女なんだからね!」
「うぅ……ラン、どうする?」
「おばば様のリストを見て、価値を調べてみて」
「あ、う、うん」
タルケンはリストを照合し、そこに書かれている文字を見てため息をついた。
「ゴミ……」
「後で纏めて店売りコースね、タル、とりあえず持っておいて」
「あい……」
その後も何度かカエルに遭遇し、一行はそれを一撃で屠りつつ、
ドロップしたタイニートードの足の肉を、全てタルケンに渡していった。
「うぅ……もうお嫁に行けない……汚されちゃった……」
「タルはその前に、相手を見つけないとね」
「ノリにだけは言われたくないよ!ノリがたまにこっそりと、
ハチマンさんの写真をニヤニヤしながら眺めてるの、知ってるんだからね!」
「「「「「あっ……」」」」」
その言葉に対し、ノリ以外の五人からそんな声が上がった。
「タル……」
「みんな知ってたけど何も言わないようにしてたのに……」
「あ~あ、死んだなタル」
「えっ……」
見ると、当のノリは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えており、
その手は徐々に、ハンマーを振りかぶりつつあった。
「わっ、ごめん、僕が悪かった、今の言葉は無しで!」
「もう遅いわ、それにあんたが自分の事を、わたくしじゃなく僕って呼ぶのも気に入らない」
要するにそれはノリを女扱いしていないという事である。
もっとも普段から仲間内ではそうなので、ノリのそれはただの八つ当たりなのだが、
今のノリにそんな事を言っても無駄なのである。
「そ、そんなぁ……」
「タル、土下座だ土下座!」
「ほら、早く!」
ノリは今や、ハンマーを大上段に振りかぶっており、
さすがに焦ったのか、ジュンとテッチがタルケンにそう言った。
「す、すみませんでしたぁ!」
その言葉を受け、タルケンは迷う事なくその場に土下座した。
それを見たノリは、徐々に頭が冷えてきたのか、振りかぶっていたハンマーをおろした。
「ふん、これに懲りたら余計な事を言わない事ね」
「う、うん、ごめん……」
「あと言っておくけど、私はただのハチマンさんのファンなの。
頭を撫でて欲しいとか、お姫様抱っこして欲しいとかは、
たまにしか思わないんだから、勘違いしないでよね!」
(たまには思うんだ……)
(ノリってああ見えて、かなり乙女だよね)
(兄貴は相変わらずモテるよなぁ)
(いつかああいう風になりたいよね)
(ノリ、かわいい……)
タルケン以外の五人はそんな感想を抱いたが、当のタルケンは必死だった為、
うんうんと頷く事しか出来なかった。
そしてタルケンはやっと解放され、しょんぼりとした顔で立ち上がった。
「ほらタル、元気出せって」
「口は災いの元だね」
そう言ってジュンとテッチは、タルケンが持っていたタイニートードの足の肉を、
分担して持ってくれた。男の友情という奴である。
「それじゃあ奥に進みましょう、シウネー、マッピングは大丈夫?」
「はい、でも構造的にはもうすぐ行き止まりになりそうですね、
ここまでの道は螺旋状に収束してきてるので」
「そう、案外狭いのね」
「まあ一層ですしね」
シウネーの言った通り、次の角を曲がるとそこは行き止まりになっていた。
「本当ね、ずっとこんな感じなのかしら」
「まあ二層に行ってみれば分かるんじゃない?」
「そうね、大して時間がかかった訳でもないし、このまま二層に行きましょう」
そして二層に行った一行を待ち受けていたのは、一層と代わり映えのしない風景であった。
「なるほど……これはもう少し奥からスタートしても良さそうね」
「ここまで敵は全部一撃だし、得られる経験も少なすぎるな」
「う~ん……それじゃあ十層で」
こうして一行は、黒鉄宮の十層へと向かって移動を開始した。