ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第746話 アスナにお任せ

 三十二層に到着した一行を待ち受けていたのは、それなりの人数のプレイヤーであったが、

その中に、少なくとも見知った同盟のプレイヤーはいなかった。

 

「お、おい、ヴァルハラが本気装備で集まってるぞ」

「まさか率先して攻略に動くのか?珍しいな」

「馬鹿お前、知らないのかよ、今ヴァルハラと同盟が、結構やばい雰囲気でよ……」

「え、マジで?せっかくヴァルハラが譲ってくれてたのに、

火の無いところに煙を立てるなんて、同盟は馬鹿なのか?」

「その喧嘩を売った奴、同盟から除名になったらしいぞ」

「まあ当たり前だよな」

 

 そのプレイヤーには気の毒だが、独断で事を構えた以上仕方ない。

同盟としては、ここでヴァルハラと揉める事には何のメリットも無いが、

さりとて勝負を受けてしまった手前、攻略に向けて動かざるを得なくなったのである。

 

「それじゃあハチマン君、私は一人でフィールドボスを沸かせる為のフラグを立ててくるね」

 

 そのアスナの若干大きめな声で放たれた言葉に、

ハチマンは若干首を傾げながらきょろきょろと周囲を見回した。

そしてレコンとコマチがいない事を確認したハチマンは、

平然とした風を装い、アスナに言った。

 

「分かった、フラグ立てはアスナ一人に任せる」

「うん、任されました!」

 

 そしてアスナは一人で走り去っていったが、

その事について何か言うような鈍い者はヴァルハラには一人もいない。

この中では一番新人のリオンでさえ、きっと何か考えがあるのだろうと、

むしろ笑顔でアスナに手を振ったりしていたのだから、

何も知らない外部の者がこの光景を見ていたとしても、何の疑問も抱かないであろう。

そしてハチマンが、安心したような表情を作ってキリトにこう話しかけた。

 

「今の会話を同盟の奴らに聞かれたかと思ったが、それっぽい奴らはいないな」

「今頃情報収集に、あちこち走り回ってるんじゃないか?」

「そうかもしれないな、本当に良かった良かった」

「だな、あはははは」

 

((((((((わざとらしすぎる……))))))))

 

 仲間達はそう思ったが、それでも何かを口に出そうとはしなかった。

そしてハチマンは、キリトにだけ聞こえる声でこう言った。

 

「ボス攻略に関しちゃ、うちは七十五層までは有利だからな、

本来なら申し訳ないと思う所なんだろうが、困った事にまったく心が痛まない。

それどころか喜びを感じている俺がいる、もしかして俺は、人の心を失いつつあるのか?」

「とりあえずよっぽどイラっとしたんだなってのはよく分かった……」

 

 キリトはそんなハチマンを見て苦笑した。

 

「とりあえずアスナから連絡が来るまで待機だな」

「連絡が来たら、キリトの後に続いてゴー、だ」

「そこはハチマンが先頭きって行くところじゃないのか?」

「困った事に、俺はここのフィールドボスの居場所を知らない」

「知らないのかよ!」

「分かるだろ?俺はフィールドボスには極力参加しないようにしてたんだよ」

「そういえば今思えば確かにほとんど姿を見なかったな、何でだ?」

「フロアボスの情報を集める為に走り回ってたからだよ」

「ああ、そうだったのか、

俺はてっきりパーティに入れてくれるような友達がいなかったからだと思ってたわ」

「よし、行くぞお前ら!」

「待つんじゃないのかよ!ってかまさか図星なのかよ!」

「………う、うるさい、今はこんなに友達が多いから別にいいんだよ」

 

 ハチマンは苦い顔でそう言い、キリトはそれ以上この話題を引っ張るのをやめた。

さすがにハチマンが可哀想になったからである。

 

「まあいいか、そろそろだろうし、とりあえず目的地の近くまで移動しておくか?」

「う~ん……」

 

 ハチマンはアスナの意図を大体察していたが、

レコンとコマチが今どうしているかについてはまったく把握していなかった。

いくつかのパターンは考えていたが、そのどれが正解か分からない。

隠れてフラグを回収しているか、敵の情報を探っているか、

もしくはこっそりとフィールドボスが沸く地点に向かい、

速攻で敵の占有権を確保し、仲間達が来るまで耐えるのか、

そのいずれかだろうとは思っていたが、確信が持てなかったのである。

そんなハチマンの迷いを読んだかのように、ここでアスナから連絡が入った。

 

「悪い、知り合いから遊びの誘いだ、今断る」

 

 ハチマンはそうフェイクの言い訳をしながら、しばらくアスナとやり取りをしていたが、

やがて話が纏まったのか、キリトを呼び、その耳元で何かを伝えた。

 

「オーケーだ。おいみんな、街の西の外れで待機だ。

アスナがフラグを立てたらそこで合流してから現地に向かう事にしよう」

 

 キリトが大声でそう言い、ヴァルハラのメンバーは、

キリトの指示に従ってゆっくりと街の西に移動し、そこでのんびりと雑談を始めた。

ハチマンは仲間達を労っている風に、その肩をぽんと叩きながら、

笑顔であちこち歩き回っていたが、実際はアスナの考えをメンバーに伝えていたのである。

 

 一方そんなヴァルハラのメンバー達を監視する者が複数いた、同盟の者達である。

同盟は今回の作戦に、五十人近くの人員を動員していたが、

その中には当然ヴァルハラの動向をチェックする為の要員もかなりの数用意されていた。

最初の街でそれっぽい者がまったくいなかったのは、当然隠れていたからである。

 

 それを見つけたのはレコンであった。この時コマチは隠れてフラグの回収を、

そしてレコンは姿を隠して周辺の警戒をしていた。

二人がその行動に移ったのは、三十二層に飛んだ直後であった為、

最後に飛んだハチマンは、その事に気付かなかったと、まあそんな訳なのである。

これは先程アスナとレコンとコマチが三人だけで話した時に、

可能性として検討されていた状況の一つであった。

そして姿を消したままのレコンがアスナの耳元でその事を囁き、

それを聞いたアスナが、監視している者達を欺く為に、

詳しい事を味方にも伝えず、行動を開始したのである。

そのアスナは今、敵に情報を与えないように、

フィールドボスが沸く寸前でフラグの回収を一時止め、

敢えて目立つように、的外れな場所でダミー活動を行っていた。

当然そんなアスナの行動を真似する者もいたが、

フラグの一部を同じパーティの一員としてコマチが立てていた為、

同盟の者がアスナの真似をしてフラグを立てられる可能性はほぼゼロなのである。

 

「さて、フラグ回収は順調順調、後はフィールドボスを西の森の中の広場に沸かせる為に、

このまま街に戻ってあの宿屋のおかみさんに……

あ、でもその前に、この層に来てから三十分くらい動きっぱなしだったし、

ちょっとここで休憩しよっと」

 

 そう言ってアスナはその場に腰かけ、芸が細かい事に、

途中で買ったサンドイッチを頬張り始めた。

その言葉を聞いていた監視員が、同盟の仲間達にその事を伝えたが、

それはアスナには分からない。ただアスナは、そうなるという事は確信していた。

 

(それじゃあそろそろ三人に連絡っと)

 

 そしてアスナは、ハチマンとコマチとレコンにメッセージを送った。

 

 

 

「来た、十分後にフラグを立てて、その二十分後に迷宮区の前で待機、場所はここか……

結構遠いけど、まあコマチなら余裕かな、

で、扉が開いたらレコン君と一緒に先行して突入して、ある程度の露払いっと。

って事はきっとレコン君も、その時間にそこにいるって事だね、

だってお義姉ちゃんがそう言うんだから」

 

 アスナに全幅の信頼をおくコマチは、その事については一切疑問を持たず、

ただひたすら自分の役割を果たす為に、その場で息を潜め続けた。

その場所は、当然先程アスナが言った街の宿屋などではなく、

山の中にある隠れ里の片隅である。今頃同盟の者達が、街中のそれっぽい宿屋に行って、

そこのおかみさんNPCに話しかけまくっている事であろう。

 

 

 

「来た来た、えっと、敵が街の西に移動を開始したら、三十分後に迷宮区に行って、

そこでコマチちゃんと合流か。って、一部がもう移動を始めたな、

それじゃあ僕も移動開始っと」

 

 レコンはそう呟くと、確実に自分の役割を果たすべく、隠密行動を開始した。

今のところ、レコンの姿をこの層で見た者は誰もいない程の、それは熟練の技術であった。

 

 

 

「来た、キリト、走るぞ」

 

 ハチマンに来たアスナからのメッセージの内容はたった一言であった。

 

『走って倒して突入して』

 

「やっと出番か、みんな、俺の後についてきてくれ」

 

 そう言ってキリトは風のように走り出した。

とはいえもちろん仲間達が付いてこれる速度でだったが。

そして走りながら、ハチマンが仲間達にこう言った。

 

「無理をさせる事になるが、しばらく休憩はなしだ。

今からフィールドボスを倒して、そのまま迷宮区に突入する」

「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」

 

 そのヴァルハラのメンバーの様子を見て、驚愕する者がいた。監視員達である。

 

「えっ、ええっ?何であいつら東に……」

「だってフィールドボスが沸くのは西のはずだろ?

複数のソースからチェックしたのに何で……」

 

 その監視員が言う複数というのは、アスナとキリトの発言の事だったが、

実際はアスナが意図した偽の情報という、

たった一つのソースが元の情報なのだが、監視員達は一生その事実を知る事はない。

 

「ど、どうする?」

「本隊はもうヴァルハラの先を越す為に、西の森に移動しちまってるんだろ?」

「宿屋のフラグはまだ見つけられていないっぽいな」

「とりあえずありのままに見た事を連絡しよう、

どっちにしろ、俺達のスパイ活動はここまでだ」

 

 ヴァルハラのメンバーは、監視員達が混乱している間に走り去り、

既にその後を追う事は出来ないくらい、距離が離れてしまっていたのである。

 

 

 

 同時刻、アスナも同じように動き出していた。

こちらもフィールドボスの居場所に向かったのだが、

途中でアスナはわざと林に入り、そこで木をブラインドにしていきなりしゃがみ、

そのまま近くにあった草むらへと飛び込んだ。

そのせいでアスナを見失った二人の監視員が慌てて姿を現した。

 

「お、おい、バーサクヒーラーはどこに消えた?」

「普通に走ってたはずなのに、いきなりいなくなったぞ!?」

 

(敵は二人か……うん、まあ余裕だね)

 

 そのままアスナは他に隠れている者がいないかしばらく待ったが、

誰も出てくる気配は無い。

 

(よし、もう倒しちゃおう)

 

 そしてアスナはその二人に不意打ちをかけ、一瞬で二人を葬り去った。

その二人にしてみれば、一体何が起こったのか分からないまま、

一瞬で自分が死亡マーカーであるリメインライトになったように感じた事だろう。

アスナはそんな彼らの事は忘れ、フィールドを、走る、走る、走る。

軽くステップを繰り返し、障害物をギリギリで避けながら最短距離を突き進むその姿は、

まるで舞っているかのようであった。

 

「あ、いたいた、お~いハチマンく~ん!」

 

 そしてアスナはハチマン達を見つけ、そう呼びかけた。

ここは東の山中であり、アスナが走る道とハチマン達が走る道は、

つい先程から平行してはいたが、その高低差は五メートルくらいはあった。

だがアスナはそれを無視してハチマン目掛けて飛び降りた。

後ろでそれを見ていたリオンは、思わずドキリと心臓を跳ねさせたが、

ハチマンも心得たもので、そんなアスナを難無くキャッチし、

その場で一回転して運動エネルギーを殺さないようにアスナを着地させ、

二人はそのまま並んで走り出した。

 

「そっちは上手くいったみたいだな」

「うん、私を監視してた人が二人いたけど、途中で倒してきたよ」

「こっちも不意を突いて監視員をまいてきた。俺達を監視してた奴が何人いたかは不明だな」

「まあこれで同盟がうちを追いかけて来る可能性も潰したから、

安心してこのまま突っ走れるね」

「おう、さすがはアスナだな」

「えへっ、それじゃあさくっとフィールドボスを倒そう!」

 

 そんな二人の様子を見ながら、リオンは若干顔を青くしていた。

 

「あ、あのレベルまで達するのは無理無理、私は私なりのペースでいこう……」

 

 そんなリオンの肩を、シノンがポンと叩いた。

 

「私は出来るわよ、あれ」

「嘘、本当に?」

「ええ、案外やってみると簡単だと思うわよ、ハチマンがちゃんと受け止めてくれるから」

「うぅ……分かった、努力する……」

 

 そして丁度その時、キリトが前を指差しながらこう叫んだ。

 

「いたぞ、フィールドボスだ!」

「えっ?あれなの?」

「ああ、フロアボスは西洋の天使、フィールドボスは東洋の……」

「「「「「「「「仏像!?」」」」」」」」

 

 そこには身の丈五メートル程の巨大な仏像が、まるで祈るような姿で立っていたのだった。


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