ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第748話 移動時間はラブコメの時間

「やったな!」

「楽勝だぜ!」

 

 そう歓呼の声が上がる中、ハチマンは冷静に仲間達にこう問いかけた。

 

「なぁ、今のとどめは結局誰だった?」

「あ、私だったよ!」

 

 それに応えたのはクックロビンである。

 

「ドロップ品は何が出た?」

「SK杖だって、最澄と空海の名を冠した杖らしいよ」

「だからSKかよ、ふざけた名前だな、性能は?」

「一応全属性威力五パーセントアップみたいだけど、

他の部分に関しては私には基準が分からないなぁ、リズ、これってどんな感じ?」

「私も杖の事はちょっと……」

「ユキノ、どうだ?」

「これはうちには必要ないわね、おそらく今売り出し中のギルド辺りが丁度使えるはずよ、

という訳で、売りに出しましょう」

「だそうだ、とりあえず俺が預かっておく」

 

 そうした最低限の後始末をした後、ヴァルハラ・リゾートの面々は走り出した。

目的地は当然三十二層の迷宮区である。

 

「このままフロアボスの所まで一気に駆け抜けるぞ、

コマチとレコンが先行して露払いをしてくれているはずだ」

「みんな、私についてきて!」

 

 一同はアスナを追いかけ、走る、走………る、走……………る。

 

「アスナ、速い速い、もう少しペースを落としてくれ」

「あっ、ごめん、ちょっと速かったかな、

ごめんね、少しテンションが上がってるみたい」

「そ、そうだな、ほんの少し、うん、ほんの少しな」

 

 そんなハチマンをリズベットがニヤニヤと見つめていたが、

その事に気付きつつも、ハチマンはそれを無視し、

何とかアスナを落ち着かせようと、ひたすら話しかけ続けた。

だがそれは逆効果である。ハチマンが熱心に話しかけてくる事で、

自分はこんなにも愛されているとテンションがマックスに上がったアスナは、

迷宮区の入り口が見えた瞬間に、叫び声を上げながらその中へと突入していった。

 

「待ってなさいフロアボス、超倒すよ!」

「超倒すって何だ……ってやべ、みんな、アスナを追うぞ!

「まったく勇ましい彼女を持つと大変だな、ハチマン」

「お前とクラインにだけは言われたくねえよ」

「うっ……」

 

 その言葉にキリトは一瞬詰まり、ハチマンはしてやったりという顔で、

そのまま迷宮区に突入しようとした。

だがそんなハチマンに、リズベットが迫力のある声でこう呼びかけた。

 

「ハチマン、それはどういう意味?」

「い、いや、お前はいつも勇敢で格好いいなって話だ」

「微妙にそれ、褒めてない気がするんだけど?それにさっきのニュアンスからすると………」

「き、気のせいだ、俺とお前の仲じゃないか、なぁ親友」

「まあハチマンが私の事を茶化すのはいつもの事だから、別にいいわ。

それよりも問題はあんたよキリト!いつもハチマンにやられっぱなしじゃない、

今みたいな時くらい、こんなかわいい彼女のフォローをしないと駄目でしょ!」

 

 リズベットの矛先はキリトに向いた。

もしかしたらハチマンとアスナの仲の良さに、ヤキモチを焼いたのかもしれない。

 

「そ、そうだそうだ!しっかりしろキリト!」

 

 それにハチマンも乗っかり、ここは誤魔化しても言い訳しても、

絶対にクリア出来ない場面だと悟ったキリトは、

必死にどうすればいいか考え、一つの結論に至った。

それは、こういう状況をなんだかんだ切り抜ける、ハチマンの真似をする事だった。

キリトは極力表情を変えないように心がけつつ、リズベットにこう言った。

 

「すまん、こういう日常が当たり前に幸せすぎて、とっさに何も言えなかった。

もちろん俺は、リズの事をとても大切に思っているし、かわいいと思う。

それが俺の偽らざる本心だと思ってくれ」

 

 これがシノンやリオンなら、その言葉に対し、

 

『わ、分かってるなら別にいいのよ』

 

 などとテンプレなセリフを返してきた事だろう。

だがキリトのパートナーであるリズベットは、

アスナの次に長く、ずっとハチマンとつるんできた人物であり、

当然今のセリフから、キリトがハチマンの真似をしている事を看破した。

リズベットは目を細めてキリトを見た後、ハチマンの方を向いてこう言った。

 

「ねぇハチマン、今のキリトの言葉、どう思った?

あたしはいかにもハチマンが言いそうなセリフだなって思ったんだけど」

「奇遇だな、俺も俺がその場しのぎの言い訳をしているようにしか聞こえなかったぞ」

「その場しのぎな自覚はあるんだ……まあ二人の意見が一致したって事は、

それはつまりそういう事よね」

「ああ、そういう事だ」

 

 そんな二人にじっと見つめられ、気まずさが最高潮に達したのか、

キリトは黙り込んだ後、今度は自分の言葉でこう言った。

 

「お、俺は不器用だから、リズの事をかわいいって思ってても、

その事を伝えるのは恥ずかしいって思っちまって、直ぐには言葉が出なくってさ……」

 

 その言葉を聞いたハチマンは、リズベットに頷くと、

ニヤニヤしていた他の者達を引き連れて先行した。

そして残ったリズベットは、笑いながらキリトに言った。

 

「あはははは、ごめんごめん、冗談だってば!

確かにたまには彼氏らしいところを見せて欲しいな、なんて思ったのは確かだけど、

大丈夫、キリトは自分の事を不器用だって言うけど、

普段の態度から、ちゃんとそういうの、伝わってるからさ」

「な、なら意地悪するなよ!」

「別にいいじゃない、私だってたまには、

よくハチマンが無意識にやるように、あんたにお姫様扱いされてみたいのよ」

「う……努力はしてみるけど、ハチマンみたいには絶対に無理だからな!」

「いいっていいって、そこまでは求めてないから、っていうかあんなの誰にも無理だし。

まあたまにシノンやリオンの事が羨ましかったりはするけどね」

「そ、そのうちな……」

「うん、そのうちね」

 

 そして誰も見ていないのをいい事に、

二人は迷宮区の直前まで、手を繋ぎながら並んで走った。

もちろん直前で二人はお互いの手を離したのだが、

そんな二人を中で待っていた仲間達は口々に言った。

 

「やっと来たわね、ラブコメ野郎!」

 

 最初にクックロビンがそう言い、それに皆が一斉に続いた。

 

「遅いぞラブコメ!」

「ほら、アスナが早く案内しろってうずうずしながら待ってるわよ、ラブコメ野郎さん」

 

 どうやらアスナは三十二層の迷宮区の道をそこまでハッキリ覚えている訳ではないらしく、

ここで一旦足を止め、奥に進みたい気持ちを必死で抑えつつ、ここで待機していたようだ。

 

「まったく普段は勇ましいのにとんだラブコメ野郎ね」

「ラブコメトさん、早く行きますよ!」

「お、いいなそれ、ラブコメト、いつもみたいに先頭きって突撃してくれ!」

「お前らいい加減にしろ!」

 

 キリトは顔を真っ赤にしてそう言い、リズベットはその後ろでもじもじしていた。

 

「別にいいじゃない、いつもこうやってからかわれるのはハチマンだから、

とても新鮮な感じがするし」

「クリシュナは冷静に分析してるんじゃねえ、お前だってキョーマと……」

「わ~わ~!ストップストップ!時間が押してるわ、そろそろ出発しない?」

「露骨すぎる誤魔化し方だが一理ある、

急がないとコマチとレコンが倒した敵がリポップしちまうし、そろそろ奥へ進むとしよう。

キリト、ここからはラブコメは無しだ、一気にボスまで突っ走るぞ」

「俺は最初からそのつもりだよ!みんな、俺についてきてくれ!」

 

 そう言ってキリトは、事前にコマチとレコンに伝えてあったルート通りに進み始め、

その後を全員が追いかける形となった。

それからしばらく進んだが、二人の姿はまだ見えない。

 

「あの二人、どこまで進んでるんだろうな」

「私達に追いつかれないように、必死で頑張ってるんじゃない?」

「案外ボス部屋の前で、涼しい顔で、遅かったねとか言いそうだな」

「コマチなら言いそうだな……」

 

 その後もまったく敵には遭遇せず、

一行は普通にボス部屋の前まで戦闘無しでたどり着いた。

 

「お兄ちゃん、遅かったね」

「うわ、マジで言いやがった」

「な、何の事?」

「いや、何でもない」

 

 そう言うコマチの後ろで、レコンが疲れた顔をしていた為、

かなり無理をして進んできたんだろうと悟ったハチマンは、それ以上何も突っ込まなかった。

 

「おいおいマジかよ、あの二人、かなり力をつけたな」

「道が分かってたというのは確かに大きいのかもだが、これは立派な戦果だな」

「さすがあーしの将来の義妹、やるじゃん」

 

 そうさりげなく放たれたユミーの言葉を、しかしハチマンはしっかりと耳にしていた。

 

「おいユミー、どさくさ紛れに何言ってやがる」

「そうだよユミー、コマチちゃんは高校の時からあたしの義妹だよ?」

「お前もかユイユイ」

「いいえ、コマチさんは私のよ」

「ユキノも対抗意識を燃やしてんじゃねえよ」

「先輩は高校の時に二期連続で生徒会長を努めた伝説の生徒である私の事を、

妹であるコマチちゃんにお義姉ちゃんと呼ばせたいみたいですけど、

そういうのはちゃんと手順を踏んで私にプロポーズをしてからにして下さいごめんなさい」

「イロハさぁ、もうそれ、ストレートすぎて謝る意味がまったく無いよね?」

「いやいや、ここは私……ってまあ、私の方が年下なんだけど」

「シノンはよくこのメンバーに混じってそういう事が言えるよな、素直に尊敬するわ」

「フェイリスをお義姉ちゃんと呼べば、アキバのかなりの土地がコマチちゃんの物に!」

「おいフェイリス、物で釣るな、今コマチが少しぐらっときた表情をしたぞ」

「ハチマン様、私、コマチちゃんのお義姉ちゃんになりたいです!」

「マックスの望みは出来るだけ叶えてやりたいと思ってるが、こればっかりはなぁ……」

「コマチちゃん、芸能人のお義姉ちゃんが欲しいよね?」

「俺は変態を嫁にするつもりは無え」

「私をお義姉ちゃんと呼べば、もれなく北海道の海の幸がついてくるよ!」

「メリットとしてはかなり弱いな、まあフカの立ち位置はそんなもんだろ」

「うわああああああん、また私にだけ当たりがきつい!」

「こ、コマチさん、私をお義姉ちゃんと呼べば……うぅ……相対性理論に詳しく………うぅ」

「無理すんなリオン、まあよく頑張ったが、コマチに対するアピールの達成度はゼロだ」

 

 その一連の会話に対してコマチは、誰にしようかなという風に目を輝かせていた。

 

「うわぁ、コマチの将来のお義姉ちゃん候補がこれだけ揃うと壮観だなぁ」

「コマチもコマチでいい加減その選択肢を狭めていこうな」

 

 そんな感じで律儀に全員に突っ込んだハチマンは、続けてこう言った。

 

「それよりお前ら、レコンの事もちゃんと褒めてやれよ。

ほれ見ろ、アスナはちゃんとレコンを労ってやってるだろ、

アスナとお前らの違いはそういうとこだそういうとこ。

レコンだってきっとお前らに褒めてもらいたいはずだ」

 

 そのハチマンの言葉を受け、正妻の余裕を見せるアスナを見て、

女性陣はぐぬぬとなったが、そのハチマンの心配は杞憂であった。

リーファが既に、その隣でしきりにレコンの事を褒めており、

レコンはとても嬉しそうにしていたのである。

それを見たハチマンは、邪魔をするのも悪いなと思ったのか、

表情を取り繕い、こう言い直した。

 

「やっぱり今のは無し、各自戦闘準備にとりかかってくれ、

準備が出来次第、ボス部屋へと突入する」

 

 その言葉で一同は、先程のラブコメ展開が嘘のように表情を引き締め、

それぞれ準備を始めたのだった。


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