「基本的にここのボス、リリー・ザ・アークエンジェルは、
SAO時代は魔法なんてなかったから、あくまでALOになってからの経験則が元になるが、
天使タイプであるが故に魔法が効きにくいと推測される。
だがこいつは発狂モードになると形態が変化する。
なので魔法部隊はそこに合わせて大きい魔法が使えるように調整してくれ。
ただし分かってると思うが、フェイリスは除外する」
「心得てるニャ!」
「よし、敵はおそらく上から来る、各自警戒を怠るなよ」
ハチマンはそう言うと、ボス部屋の扉を開いた。
今のところ中には何もいないが、それはいつもの事だ。
基本的に部屋の扉が閉まった瞬間からしばらくの間が、ボスが沸く為の時間となる。
そして最後尾のレコンが扉を閉めた瞬間に、部屋の上空に白い人型の光が現れた。
「来た来た、確かに昔もあんな感じだったよな」
「なあハチマン、また先陣は俺って事でいいのか?」
「いや、ここは俺が行く。さっきの戦闘ではほとんど何もしていないから、
そろそろリーダーらしく、先頭をきって体を張らないとな」
「そうか、じゃあ任せた」
そしてハチマンは一歩前に出たが、まだボスは反応してこない。
だが唯一リオンがハチマンの動きに反応した。さすがにまだ緊張ぎみであるらしい。
その姿はやや目立ち、リオンの為に冗談の一つでも言っておこうかと思いつつ、
ハチマンはとりあえず何を言おうかと悩みながら、仲間達に編成を告げていった。
「ユイユイは俺の左、マックスは俺の右、ユキノは俺の後ろについてくれ。
ちょっと敵と近いが、ユキノなら特に問題ないだろ」
「セラフィム、ここはやっぱさ」
「うん、そうだね」
ユイユイとセラフィムは頷き合い、そのまま左右からハチマンに密着した。
「………お前らそれは、一体何のつもりだ」
「え~っと、指示通りにしてみた」
「私もですハチマン様」
「それじゃあ何となく私も」
「ってユキノ、俺におぶさるな!ユイユイもマックスも、
リオンの事が心配だったんだろうが大丈夫だ、
うちには緊張をほぐす係のラブコメトがいるからな」
「そっか、じゃあいいか」
「なら大丈夫ですね」
「そこは否定してくれよ!」
当事者であるリズベットは苦笑いしていたが、
それで完璧にリオンの緊張もほぐれたようで、今は笑顔を見せていた。
ハチマンはユイユイとセラフィムに感謝しつつ、編成の説明を続けた。
「左翼はキリト隊だ、メンバーはリーファ、リズ、エギル、クライン。
右翼アスナ隊は、フカ、ロビン、シリカだな。
クリシュナはフリーで、支援しやすい位置にどんどん移動してくれ。
クリシュナ・ガードはコマチとリオン、リオンは大切な師匠を敵の魔法攻撃から守るんだぞ」
「う、うん、師匠の体には傷一つ付けさせない」
「最後尾はユミーを中心にイロハ、フェイリス、そしてシノンだ。
マジシャン・ガードはレコンに任せる」
「分かりました」
「それとフェイリスとシノンは適当に撃ってよし、フェイリスの魔法は物理扱いだからな。
ただし例の攻撃はラス前までとっておくように」
「了解」
「分かったニャ!」
そう指示を終えた後、ハチマンは思い出したようにフェイリスとシノンに言った。
「お前ら二人は基本フリーだから一応言っておくが、
仲間には絶対当てるなよ、これはフリじゃないからな」
「ちょっと、私を誰だと思ってるのよ、
ハチマンに当てるなら当てるって言ってから当てるわよ」
「俺限定かよ、つ~か当てんなっつ~の!」
「フェイリスは後でハチマンがうちの店に来てくれたら、
ハチマンに当てないでおいてやるニャ」
「お前も俺限定かよ!ってかそれって今日の話か?」
「今月は売り上げが微妙なのニャ、
フェイリスにはたくさんお金を使ってくれる太客が必要なのニャ」
「はぁ、分かった分かった、行ける奴を連れてこの後祝勝会をやってやるから、
後でまゆさん辺りに連絡して奥の部屋を貸し切ってもらっとけ」
「ニャんと!?毎度あり!」
「それじゃあ行くぞお前ら、久々のフロアボス戦だ、
俺達の強さを嫌という程同盟に思い知らせてやれ」
「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」
そしてハチマンは躊躇いなく前へと進み、ある程度の距離まで近付いた時、
上空から白い光がいきなり降下し、その中から浮遊する巨大な天使の姿が現れた。
その天使、リリーは一切足を動かさず、ホバー移動の要領で滑るように低空を飛び、
一気にハチマンとの距離を詰めにかかった。
「中々迫力があるな、よし、やるぞ!」
「うん!」
「はい」
「いつでもいいわよ」
ハチマンは迫る敵を前に、ここで始めて武器を抜いて二刀で構えた。
その左右でユイユイとセラフィムが盾を構える。
リリーは両手に一本ずつ大剣を持っており、
一番近くにいるハチマン目掛け、その剣を振り下ろした。
「ヒッキーはやらせないっ!物理的にも性的な意味でも!」
「ハチマン様に手を出そうなどと、私だってまだ成功していないのに、
お前如きが調子に乗るんじゃない!この身の程知らずめが!」
「お前ら揃ってポンコツかよ……」
それは単なる先程のノリの延長で放たれた言葉であった。
その証拠に、そんなハチマンの言葉には一切反応せず、
二人は真面目な表情を崩さないまま同時にこう叫んだ。
「「アイゼン倒立!」」
そして二人はガシッとリリーの攻撃を受け止めた。
だが流石はフロアボスである、リリーはそれでは止まらず、
二人を押しながらぐいぐいと前進してきた。
その圧力に押され、二人の踵のアイゼンが石畳をガリガリと削っていく。
「くっ、さすがに重い」
「だが止める、愛の力で!」
そして二人は同時にスキルを使った。
「重力増加!」
「魔導斥力!」
ユイユイの重力増加は、その名の通り、自身の体を一時的に重くする技であり、
セラフィムの魔導斥力は、魔力を消費して敵を押し返す技である。
そのスキルのせいか、押されていた二人の体が止まった。
その瞬間に、二人の間をハチマンがすり抜けた。
「フロアボス如きが調子に乗るな」
ハチマンはそう言って飛び上がり、
ユイユイとセラフィムを押し切ろうと前のめりになっていたリリーの顔めがけ、
両手に持っていた雷丸を突き出した。
だがリリーはその瞬間に二人を押すのを止め、その体勢のまま、いわゆるホバー後退をした。
ユイユイとセラフィムはそのせいで前のめりに倒れそうになったが、
そんな二人に向け、ハチマンが叫んだ。
「ユイユイ、マックス!跳ぶぞ!」
二人はそのハチマンの短い言葉の意図を理解し、無理やり足を前に出して踏みとどまり、
そのままの勢いで盾を空へとかざして前進した。
「ナイスだ!」
ハチマンはそう叫ぶと、その二人の盾を踏み台にし、後退するリリー目掛けて跳躍した。
「あの頃の俺達とは違うんだよ!」
その言葉通り、あの頃とは違い、今ハチマンの周りを固めているのは、
何も言わなくてもしっかりと意思の疎通が出来る、かけがえの無い仲間達なのである。
リン、リリン。
リリーはそんな言語とは言えない、鈴の音のような声を発すると、
再び両手の剣を構え、ハチマンを迎撃しようとした。
その瞬間に、リリーの両手が凍りついた。
リリンッ、リン?
リリーは虚を突かれたのか、驚いたような音を発し、
その隙を突いてハチマンは、そのままリリーの両目を雷丸で貫いた。
ギャ、ギャリン、ギャリリリリリリリンッ!
リリーはたまらずそんな悲鳴のような音を上げ、その目の前に着地したハチマンは、
振り返ってユキノに言った。
「詠唱してたのは分かってたが、完璧なタイミングだったな、ありがとな、ユキノ」
「ハチマン君、後ろ!」
ユキノはそのお礼に対し、そう叫んだ。
リリーは視界が消失した事で擬似的な発狂モードのような状態に陥っており、
その両手に持つ剣を滅茶苦茶に振り回し始めたのだ。
「すまんすまん、大丈夫だ」
ハチマンはそう言って後ろも見ずに頭を下げ、そのリリーの攻撃を避けた。
さすがにこの状態だと近寄るのは危険な為、
今攻撃しているのはシノンとフェイリスだけである。
そのまましばらくそうしているうちに、リリーのHPバーの一本目がここで完全に削られた。
その瞬間にリリーの行動パターンが変化した。リリーはザザッと後方に下がり、
直後に両手に持っていた剣を、二本合わせて杖のような物に変化させたのだ。
「お?こんなパターンは無かったと思うが、もしかして回復魔法でも使うつもりなのかな」
「それっぽいけどちょっと遅かったわね」
「だな」
ハチマンとユキノはそう言いながら、左右に見える、黒と白の弾丸を見つめた。
その弾丸はリリーの両腕にぶち当たり、リリーの両腕を切断して、
そのすぐ真下で人の形をとった。
「させる訳にはいかないな」
「さて、杖が無くても魔法を使えるのかな?」
その黒い弾丸はキリト、白い弾丸はアスナであった。
どうやらリリーはその状態だと魔法が使えないらしく、隙だらけとなった。
それを見た左翼隊と右翼隊の仲間達がリリーに殺到する。
「うちは幹部だけが強い訳じゃねえぞコラ!サムライマスターなめんな!」
「マイナーな二つ名だが、俺のアクスでクラッシュしやがれ!」
「私だって、鍛治だけじゃないんだからね!」
「ピナ、ブレス!」
「シルフ四天王を……」
「なめるなっ!」
「私の前には死、あるのみ!」
視覚を回復しようとしたが魔法を封じられ、
腕も肘から先を切断され、武器をも失ったリリーは、
こうなるともう、足を当てずっぽうに振り回すくらいしか抵抗出来なかった。
こうしてリリーはガンガンとそのHPを失っていき、
そしてリリーのHPが最後の一本を残すだけになった瞬間にハチマンが叫んだ。
「キリト、アスナ、後退だ!」
「おう!」
「了解!」
そしてハチマンはシノンとフェイリスに、用意してきた物を使うように指示をした。
「シノン、フェイリス、あれを使って敵のHPを発狂モードまで削ってくれ」
「やっと出番ね、闇の属性矢」
「属性付与触媒、闇の精霊石!」
その二つはとても希少な為、滅多な事では使えないのだが、
その分光属性の敵に対する攻撃力は折り紙付きなのである。
「まったくハチマンは、私がいないと本当に駄目なんだから」
調子に乗ったのか、シノンはいきなりそんな事を言い出した。
だがハチマンはそんなシノンには答えず、そのままフェイリスに言った。
「悪いフェイリス、やっぱり一人で削ってくれ」
「ちょ、ちょっと、突っ込みくらいしなさいよ!」
「任せるニャ、闇の女王にフェイリス・ニャンニャンが願い奉る、
祖の魔力よ来たれ、古の技、闇の気円ニャン!」
もちろんこれは正式な呪文でも何でもなく、ただのフェイリスの中二病の産物である。
「くらうのニャ!」
「ま、待って、私も撃つから!」
そして二人の攻撃は、闇のオーラを纏い、適切な防御行動がとれないリリーに直撃した。
ギャリッ、ギャリイイイイイイイイン!
その攻撃で、リリーの最後のHPバーは見事に残り半分となった。
「発狂モード来るぞ!ユミー、イロハ、お前達で決めろ!
ついでにリオンも四属性の魔力を全放出しちまえ!」
そしてリリーの放つ光が消え、その体からドス黒いオーラが溢れ出した。
リリーはそのまま四つん這いになり、その体からは体毛が生え、口には長い牙が生成された。
Grrrrrrrrrrr!
「昔と同じように堕天し、獣化したようだが、
その姿になった以上、もうこっちの魔法は防げない」
ハチマンは、憐れみの表情を浮かべながらそう言うと、三人に向けてこう叫んだ。
「なぎ払え!」
その瞬間にユミーとイロハの魔法が完成し、
リオンもロジカルウィッチスピアのトリガーを引いた。
「大魔法、ゲヘナ・フレア」
「大魔法、テンペスト・サイクロン」
「ロジカル螺旋撃!」
その青い炎と紫がかった白、そして四色が絡み合った砲撃は、
リリーの残りHPを一撃で削り取り、その瞬間に、大多数のプレイヤーが待ちくたびれ、
一部のプレイヤーが聞きたくなかったシステムメッセージが流れた。
『アインクラッド三十二層のフロアボスが討伐されました』