『アインクラッド三十二層のフロアボスが討伐されました』
このシステムメッセージの内容を理解した瞬間、文字通りアインクラッドが揺れた。
「うおおおお、マジだ、あいつら予告通りやりやがった……」
「一体何なんだよもう、本当に何なんだよ!」
「ヴァルハラ・サポーターズのみんな、転移門が開通したらすぐにお祝いに駆けつけるよ!」
「同盟の奴らは結局右往左往してただけか」
「本当にあいつら、普段はどうやって攻略してるんだろうな……」
「さて、先にドロップ品の確認をするか、ラストアタックは誰だ?」
その頃当のヴァルハラのメンバー達は、転移門の解放を急ぐでもなく、
のんびりと戦闘の事後処理を行っていた。
「あ、私です先輩」
「イロハか、で、何が出た?」
「え~と、移動速度アップの指輪と、魔法耐性アップの指輪ですね」
「ふむ……ユキノ、どう思う?」
「数値が知りたいわね、イロハさん、ちょっと見せてもらっていいかしら」
「もちろんです、どうぞ!」
こういう場合、ハチマンは必ずユキノに判断を託す事にしていた。
そうすれば何も問題はないからだが、自分で判断するのが面倒臭いという側面もある。
「移動速度アップはクリシュナに渡してはどうかしら。
さっきの戦闘を見ていて思ったのだけれど、
クリシュナは思ったよりも移動の回数が多いみたいだから、
移動速度が上がると支援の効率も良くなると思うのよね。
それに前衛陣は、ほとんどの人が自分に合った指輪をもう装備しているしね」
ALOでは指輪系アイテムの効果は重複しない。
左右の手に一つずつ装備してもそれは同様である。
ただし、装備自体は可能な為、戦闘用の指輪を右手に、
そしておしゃれ用の指輪を左手に装備している女性プレイヤーも多く存在した。
「なるほど、確かにそうだな」
「移動速度が上がっても、直接それが戦闘能力の向上に繋がるかっていうと、
そうでもないからなぁ」
「俺は切れ味向上だし、エギルは武器の命中時に追加ダメージだったよな」
「アスナは身軽さアップだよな」
「うん、ハチマンくんは、不壊だよね」
「おう、結構いいんだよこれ、無理な体勢でカウンターを放っても武器にダメージが行かず、
そのままきっちりと弾き返してくれるからな」
「まあそんな訳で、反対の人がいないようならこのままクリシュナ行きね」
当然反対の声が上がる事もなく、クリシュナはその指輪を装備して軽く走ってみた。
「うわ、本当に速い……これはポジショニングが楽になっていいかもしれないわ」
「うん、いい感じみたいだな、で、次だが……」
「それはアサギさん以外にはありえないわね、
ユイユイもセラフィムも、同じ物をもう持っているわよね?」
「うん、あるある!」
「私も大丈夫」
「という訳で、新人タンクのアサギさんに渡すわ、
というかタンク以外にはほぼ必要のないアイテムよね」
その言葉にアタッカー陣はうんうんと頷いた。
「よし、パーティのストックに入ったお金はいつも通り、
二割をギルド資金に回して残りは参加者で頭割りだな。
それじゃあ転移門の解放に向かうとするか」
「おお、何か久しぶりだな」
「それじゃあ出発しよう」
そして一同は、ボス部屋に沸いた階段を登り始めた。
「そういえばこれで三十三層だろ?三十五層までもうすぐだな」
キリトがふと思いついたようにハチマンにそう言った。
「三十五層?ああ、迷いの森か」
「懐かしいなおい」
「うん、あ、って事は……」
アスナやクラインらのSAOサバイバーは、
キリトがわざわざそう言った意図に気付いたようで、みんな同時にこう言った。
「「「「「背教者ニコラス!」」」」」
「そういう事だな」
その言葉にキリトは頷きながらそう言った。
「なるほど、確かにもうすぐそんな時期だな」
「なぁハチマン、ニコラスのドロップが気にならないか?」
「それはなるな、仕様が変更された蘇生アイテムだとしても、
現状魔法での蘇生はMPと詠唱時間がかかりすぎて、実戦的じゃないからな、
あればあったでここぞという時に使えるかもしれないな」
「確かにそれはでかいよな」
その会話を聞いて、新人組のリオンが興味深げにこう尋ねてきた。
「背教者ニコラスって何?敵の名前?」
「おう、クリスマス限定で、三十五層の迷いの森に出てくる敵でな、
昔はSAOで唯一の蘇生アイテムを落としたんだよ」
「へぇ、どんな見た目なの?」
「リオンは見た事があるはずだぞ、こんな奴だ」
ハチマンはそう言って呪文を唱え、直後に背教者ニコラスの姿へと変化した。
だがその大きさはリオンよりも小さいくらいであり、一同は思わずこうハモった。
「「「「「「「「小っさ!」」」」」」」」
「まあ戦うというイメージを持たないまま変化したからな」
ハチマンは事も無げにそう言った。
「あ~、これ、もっとメカっぽかったけど見た事ある!」
「これが背教者ニコラスだな」
「そんな感じにもなれるのかよ」
「先輩、小動物系とかにはなれないんですか?」
「小動物……ネコとかか?」
そしてハチマンはしばらく目をつぶってイメージを固めたかと思うと、
おもむろに呪文を唱え、次の瞬間に小猫の姿に変化した。
もちろん薔薇小猫にではなく、普通の小猫の姿にである。
「何ですって!?」
その瞬間にユキノが迷わずガッと一歩前に出た。
「ニャッ!?」
その迫力にびびったのか、ハチマン小猫は慌てて跳躍し、アスナの腕の中へと逃げ込んだ。
「ほらユキノ、落ち着い………って、お、重い!」
そう言ってアスナはその場に尻餅をついた。
どうやら大きさは小さくなっても、ハチマンの重さはそのままらしい。
「ニャッ!」
ハチマンはそんなアスナの膝の上から慌てて降り、
アスナを起こそうと前かがみになったキリトの背中をのぼり、その頭の上におさまった。
「………いや、確かに俺は平気だけどさ」
「ニャー!」
「あ~はいはい、芸達者でえらいえらい」
「ニャ~ン!」
「確かにこの前のメカニコラスといい、ハチマンはその魔法を使いこなしてるよなぁ……
やっぱり俺ももうちょっと修行するべきかな?」
「ニャッ、ニャッ」
「じゃあ今度付き合えよな」
そんな一人と一匹の様子を見て、他の者達はぽかんとした。
「何故キリトさんは普通にネコと会話を成立させてるんですかね……」
「知らない人が見たら、完全にイっちゃってる人よね……」
「キリト君、盛り上がってるところを悪いのだけれど、
そろそろ私もそのニャンコとお話しがしたいのだけれど!」
ユキノが血走った目でキリトの方に手を伸ばし、ひょいっとハチマン小猫を抱え上げた。
「ニャー!ニャー!」
「離せ?あなたは何を言っているの?
全ての小猫は私にもふもふされる為に存在しているのよ?」
「ウニャー!」
ハチマン小猫は離せという風にじたばたしたが、ユキノはしっかりと掴んで離さない。
だがそこに救世主が現れた、セラフィムである。
セラフィムはユキノからハチマン小猫を奪い、自らの胸に抱きながら言った。
「ユキノ、ハチマン様が、くすぐったいからよせと言っているわ」
「こ、この二人も何で普通にネコと会話が出来るの……」
「突っ込んじゃ駄目ですリズさん、これはそういうものなんです!」
「ニャニャニャッ!」
「えっ?そろそろ元の姿に戻りたいから下ろせですか?
もう少し感触を楽しみたかったですけどそういう事なら」
そしてセラフィムは、最後とばかりにハチマン小猫の顔を自らの胸の谷間に押し付け、
名残惜しそうに下におろした。
ハチマン小猫はそのままアスナの方に向かい、
まだ尻餅状態のアスナを気遣うようにごろごろと体を擦り付け、そのまま元の姿に戻った。
「アスナ、大丈夫か?」
ハチマンはそう言ってすぐさまアスナを抱え上げた。
「ハ、ハチマン君」
「おう、大丈夫か?立てるか?」
そうアスナを気遣うハチマンの頬を、アスナがガッと横に引っ張った。
「にゃ、にゃにを……」
「ハチマン君、今セラフィムのどこに顔を突っ込んでたのかな?かな?」
「い、いや、今のは俺のせいじゃないだろ!ほら、もうすぐ転移門だ、
そろそろ下ろすぞアスナ」
「あっ、ちょっとハチマン君!」
ハチマンはそう言って逃げ出し、その後をアスナが追った。
「やれやれ、まったく騒がしいな」
「まあいつも通りですね」
「そうね、まあうちはこうじゃなくっちゃね」
そして全員が見守る中、ハチマンが転移門を解放した。
『アインクラッドの三十三層が解放されました、転移門から移動出来ます』