ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第750話 三十五層には

『アインクラッド三十二層のフロアボスが討伐されました』

 

 このシステムメッセージの内容を理解した瞬間、文字通りアインクラッドが揺れた。

 

「うおおおお、マジだ、あいつら予告通りやりやがった……」

「一体何なんだよもう、本当に何なんだよ!」

「ヴァルハラ・サポーターズのみんな、転移門が開通したらすぐにお祝いに駆けつけるよ!」

「同盟の奴らは結局右往左往してただけか」

「本当にあいつら、普段はどうやって攻略してるんだろうな……」

 

 

 

「さて、先にドロップ品の確認をするか、ラストアタックは誰だ?」

 

 その頃当のヴァルハラのメンバー達は、転移門の解放を急ぐでもなく、

のんびりと戦闘の事後処理を行っていた。

 

「あ、私です先輩」

「イロハか、で、何が出た?」

「え~と、移動速度アップの指輪と、魔法耐性アップの指輪ですね」

「ふむ……ユキノ、どう思う?」

「数値が知りたいわね、イロハさん、ちょっと見せてもらっていいかしら」

「もちろんです、どうぞ!」

 

 こういう場合、ハチマンは必ずユキノに判断を託す事にしていた。

そうすれば何も問題はないからだが、自分で判断するのが面倒臭いという側面もある。

 

「移動速度アップはクリシュナに渡してはどうかしら。

さっきの戦闘を見ていて思ったのだけれど、

クリシュナは思ったよりも移動の回数が多いみたいだから、

移動速度が上がると支援の効率も良くなると思うのよね。

それに前衛陣は、ほとんどの人が自分に合った指輪をもう装備しているしね」

 

 ALOでは指輪系アイテムの効果は重複しない。

左右の手に一つずつ装備してもそれは同様である。

ただし、装備自体は可能な為、戦闘用の指輪を右手に、

そしておしゃれ用の指輪を左手に装備している女性プレイヤーも多く存在した。

 

「なるほど、確かにそうだな」

「移動速度が上がっても、直接それが戦闘能力の向上に繋がるかっていうと、

そうでもないからなぁ」

「俺は切れ味向上だし、エギルは武器の命中時に追加ダメージだったよな」

「アスナは身軽さアップだよな」

「うん、ハチマンくんは、不壊だよね」

「おう、結構いいんだよこれ、無理な体勢でカウンターを放っても武器にダメージが行かず、

そのままきっちりと弾き返してくれるからな」

「まあそんな訳で、反対の人がいないようならこのままクリシュナ行きね」

 

 当然反対の声が上がる事もなく、クリシュナはその指輪を装備して軽く走ってみた。

 

「うわ、本当に速い……これはポジショニングが楽になっていいかもしれないわ」

「うん、いい感じみたいだな、で、次だが……」

「それはアサギさん以外にはありえないわね、

ユイユイもセラフィムも、同じ物をもう持っているわよね?」

「うん、あるある!」

「私も大丈夫」

「という訳で、新人タンクのアサギさんに渡すわ、

というかタンク以外にはほぼ必要のないアイテムよね」

 

 その言葉にアタッカー陣はうんうんと頷いた。

 

「よし、パーティのストックに入ったお金はいつも通り、

二割をギルド資金に回して残りは参加者で頭割りだな。

それじゃあ転移門の解放に向かうとするか」

「おお、何か久しぶりだな」

「それじゃあ出発しよう」

 

 そして一同は、ボス部屋に沸いた階段を登り始めた。

 

「そういえばこれで三十三層だろ?三十五層までもうすぐだな」

 

 キリトがふと思いついたようにハチマンにそう言った。

 

「三十五層?ああ、迷いの森か」

「懐かしいなおい」

「うん、あ、って事は……」

 

 アスナやクラインらのSAOサバイバーは、

キリトがわざわざそう言った意図に気付いたようで、みんな同時にこう言った。

 

「「「「「背教者ニコラス!」」」」」

「そういう事だな」

 

 その言葉にキリトは頷きながらそう言った。

 

「なるほど、確かにもうすぐそんな時期だな」

「なぁハチマン、ニコラスのドロップが気にならないか?」

「それはなるな、仕様が変更された蘇生アイテムだとしても、

現状魔法での蘇生はMPと詠唱時間がかかりすぎて、実戦的じゃないからな、

あればあったでここぞという時に使えるかもしれないな」

「確かにそれはでかいよな」

 

 その会話を聞いて、新人組のリオンが興味深げにこう尋ねてきた。

 

「背教者ニコラスって何?敵の名前?」

「おう、クリスマス限定で、三十五層の迷いの森に出てくる敵でな、

昔はSAOで唯一の蘇生アイテムを落としたんだよ」

「へぇ、どんな見た目なの?」

「リオンは見た事があるはずだぞ、こんな奴だ」

 

 ハチマンはそう言って呪文を唱え、直後に背教者ニコラスの姿へと変化した。

だがその大きさはリオンよりも小さいくらいであり、一同は思わずこうハモった。

 

「「「「「「「「小っさ!」」」」」」」」

「まあ戦うというイメージを持たないまま変化したからな」

 

 ハチマンは事も無げにそう言った。

 

「あ~、これ、もっとメカっぽかったけど見た事ある!」

「これが背教者ニコラスだな」

「そんな感じにもなれるのかよ」

「先輩、小動物系とかにはなれないんですか?」

「小動物……ネコとかか?」

 

 そしてハチマンはしばらく目をつぶってイメージを固めたかと思うと、

おもむろに呪文を唱え、次の瞬間に小猫の姿に変化した。

もちろん薔薇小猫にではなく、普通の小猫の姿にである。

 

「何ですって!?」

 

 その瞬間にユキノが迷わずガッと一歩前に出た。

 

「ニャッ!?」

 

 その迫力にびびったのか、ハチマン小猫は慌てて跳躍し、アスナの腕の中へと逃げ込んだ。

 

「ほらユキノ、落ち着い………って、お、重い!」

 

 そう言ってアスナはその場に尻餅をついた。

どうやら大きさは小さくなっても、ハチマンの重さはそのままらしい。

 

「ニャッ!」

 

 ハチマンはそんなアスナの膝の上から慌てて降り、

アスナを起こそうと前かがみになったキリトの背中をのぼり、その頭の上におさまった。

 

「………いや、確かに俺は平気だけどさ」

「ニャー!」

「あ~はいはい、芸達者でえらいえらい」

「ニャ~ン!」

「確かにこの前のメカニコラスといい、ハチマンはその魔法を使いこなしてるよなぁ……

やっぱり俺ももうちょっと修行するべきかな?」

「ニャッ、ニャッ」

「じゃあ今度付き合えよな」

 

 そんな一人と一匹の様子を見て、他の者達はぽかんとした。

 

「何故キリトさんは普通にネコと会話を成立させてるんですかね……」

「知らない人が見たら、完全にイっちゃってる人よね……」

「キリト君、盛り上がってるところを悪いのだけれど、

そろそろ私もそのニャンコとお話しがしたいのだけれど!」

 

 ユキノが血走った目でキリトの方に手を伸ばし、ひょいっとハチマン小猫を抱え上げた。

 

「ニャー!ニャー!」

「離せ?あなたは何を言っているの?

全ての小猫は私にもふもふされる為に存在しているのよ?」

「ウニャー!」

 

 ハチマン小猫は離せという風にじたばたしたが、ユキノはしっかりと掴んで離さない。

だがそこに救世主が現れた、セラフィムである。

セラフィムはユキノからハチマン小猫を奪い、自らの胸に抱きながら言った。

 

「ユキノ、ハチマン様が、くすぐったいからよせと言っているわ」

「こ、この二人も何で普通にネコと会話が出来るの……」

「突っ込んじゃ駄目ですリズさん、これはそういうものなんです!」

「ニャニャニャッ!」

「えっ?そろそろ元の姿に戻りたいから下ろせですか?

もう少し感触を楽しみたかったですけどそういう事なら」

 

 そしてセラフィムは、最後とばかりにハチマン小猫の顔を自らの胸の谷間に押し付け、

名残惜しそうに下におろした。

ハチマン小猫はそのままアスナの方に向かい、

まだ尻餅状態のアスナを気遣うようにごろごろと体を擦り付け、そのまま元の姿に戻った。

 

「アスナ、大丈夫か?」

 

 ハチマンはそう言ってすぐさまアスナを抱え上げた。

 

「ハ、ハチマン君」

「おう、大丈夫か?立てるか?」

 

 そうアスナを気遣うハチマンの頬を、アスナがガッと横に引っ張った。

 

「にゃ、にゃにを……」

「ハチマン君、今セラフィムのどこに顔を突っ込んでたのかな?かな?」

「い、いや、今のは俺のせいじゃないだろ!ほら、もうすぐ転移門だ、

そろそろ下ろすぞアスナ」

「あっ、ちょっとハチマン君!」

 

 ハチマンはそう言って逃げ出し、その後をアスナが追った。

 

「やれやれ、まったく騒がしいな」

「まあいつも通りですね」

「そうね、まあうちはこうじゃなくっちゃね」

 

 そして全員が見守る中、ハチマンが転移門を解放した。

 

『アインクラッドの三十三層が解放されました、転移門から移動出来ます』

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