二人に逃げられた八幡は、落ち込んだ表情で、とぼとぼと自分の席に戻った。
「あれ、八幡君、随分しょげた顔をしてるけど、何かあった?」
そんな八幡の様子に気が付いた明日奈がそう声をかけてきたが、
同時に他の者の注目も集めてしまった為、八幡は真実を告げる事も出来ず、
取り繕うようにこう答えた。
「いや、それがトイレでキョーマとダルに会ったんだが、
祝勝会に参加しないかって誘ったら、断られちまってな。
どうやら参加者が華やかすぎて尻込みしちまったみたいだ」
「そうなの?別に気にする事ないのに……」
そんな二人の会話を聞いて、参加者達は口々にまくし立てた。
「二人とも、度胸が足りないようね」
そんな雪乃の言葉を受け、詩乃がいつもの如く強気にこう言った。
「こんな美人達を前にして逃げ出すなんて、
あの二人は相変わらず女性慣れしてないのね紅莉栖」
「ふえっ!?な、何で私に!?ま、まあ橋田は変態だから、別にいてもいなくても……」
「そこでキョーマの名前が出てこないなんて、お熱い事ニャね」
「か、からかわないで!岡部が変態なのは当たり前すぎて言わなかっただけだから!」
「そんな事を言ったら八幡も相当じゃない?」
「よし理央、ちょっと話がある、表に出ろ」
「きゃあ!」
理央はわざとらしい悲鳴を上げつつ詩乃の後ろに隠れ、詩乃は腕組みをして仁王立ちした。
実に楽しそうな仲良しコンビである。
「何?理央に何か文句でもあるの?」
詩乃がそう言い、八幡は舌打ちした。
「チッ、ツンデレバリアーか」
「な、何よそれ、意味が分からないから!」
詩乃は八幡に猛抗議したが、八幡はどこ吹く風といった感じでスルーである。
「まああの二人がこんなに女性比率が多い場所にいられる訳がないのニャ」
そしてキョーマとダルとは昔からなじみのフェイリスが、横からそう言った。
「いや、俺も別に平気な訳じゃないんだが……」
「八幡さんのマンションはこんな感じになる事が多いですし、今更じゃないですか?」
優里奈が笑いながらそう言い、詩乃が再び会話に入ってきた。
「そうそう、もう慣れっこでしょ」
「あれは別に俺の意思じゃないけどな」
「高校の時の先輩からは想像も出来ませんね」
ここでいろはがタイミングを計っていたのか、そう会話に割り込んできた。
いろはとしては、今まであまりこういったイベントに参加出来ていなかった為、
八幡に自らの存在をアピールする為にも、積極的に会話に参加したいところなのだろう。
「いいかいろは、大人になるっていうのはな、忍耐力がつくって事なんだよ」
「はぁ、それじゃあ私は大人になんかならなくていいです、永遠の十八歳でいます」
「お前、もう二十歳超えてるよね!?」
「女の子に歳の話題を出すと煙たがられますよ」
「お前が年齢を詐称したりしなければ、別に突っ込んだりしねえよ」
「何ですか先輩、もしかして私に、『お前は俺と一緒に歳をとってくれ』
とか言いたいんですか?私を自分の物扱いしたくて仕方がないんですね、
先輩は私の事が好きすぎじゃないですか?
高校の時からずっとそうですよね、ちょっとは成長して下さいよ、あっ、ごめんなさい」
「何だそれ、新しいパターンだな。とって付けた感が半端ないけどな」
ここでフェイリスが中座した。どうやら飲み物と食べ物の準備が終わったらしい。
「料理と飲み物が準備出来たらしいので、フェイリスはちょっと取りにいってくるニャ」
「お、俺も手伝おうか?」
「私も手伝います」
「大丈夫ニャ、こういうのはプロに任せるのニャ」
そう言ってフェイリスは外に出ていき、場が落ち着いた所で優里奈が皆にこう問いかけた。
「で、今日の攻略は結局どんな感じだったんですか?」
「二時間マラソンしてきた」
「マラソン……?」
「最速でフラグを立てて、後はボスからボスへと突き進んだ感じだね」
「うわぁ……それは凄いですね、あ、でもライバルがいるって言ってませんでしたか?」
優里奈は昼に八幡に聞いていたのか、そう尋ねてきた。
「優里奈さん、ライバルっていうのは、実力が近ければこそライバルたりえるのよ」
「あ、はい、それは確かに……」
「なので彼らはライバルというよりは、路傍の小石というか、その、
言い方は悪いのだけれど、まあそんな感じなのよ」
「あれ、でも一応攻略の最前線にいるチームなんですよね?」
「ああ、そのはずだったんだが……」
八幡はそう言って言葉を濁した。
「いや、まあ私達も、凄く警戒して綿密に計画を立てたんだよ?
でも終わってみたら、右往左往してただけで、
とてもトップギルドとは思えなかったというか……」
「本当に何なんだろうなあいつら、バランスが悪すぎるわ」
「謎だよねぇ」
明日奈はそれに頷きながらも、優里奈に向けて笑顔でこう言った。
「まあそんな訳で、邪魔も入らずキッチリ二時間で攻略を終えたって訳」
「八幡君が二時間なんて縛りをつけてしまったものだから、
最初はどうなる事かと思ったけどね」
雪乃が八幡に物申す風にそう言い、八幡は気まずそうに目を伏せた。
「仕方ないだろ、あの場の雰囲気だ雰囲気」
「まあ無事に終わったんだからいいじゃない、
多少遅れても、きっと許してもらえたと思うな」
そう言って明日奈は隣にいる八幡の腕を、その胸に抱いた。
最近急成長中の明日奈の胸はそれなりにボリュームがあり、
八幡は、体にいってた栄養が胸に行き出したか、などとズレた事を考えていた。
「それもうちがちゃんと一般の人達の支持を得られているからですね」
クルスがそう言って、負けじと八幡のもう片方の腕をその胸に抱いた。
そのボリュームに関しては言うまでもない。
正面からそれを見ていた雪乃は怒りこそしなかったが、皮肉めいた口調で八幡にこう言った。
「八幡君は今、『ぐへへ、両腕が幸せだぜ』とか思っているのでしょうね」
「だから雪乃、捏造すんなっつの」
「あら、それじゃあその腕にはまったく何の感触も感じていないとでも言うつもりかしら」
「いや、それは……」
「なら捏造という表現は明らかに間違っているわね」
「いやしかし、ぐへへ、とかはさすがに思っては……」
「思ってないんですか?」
そこでクルスが少し悲しそうな表情で上目遣いでそう言い、八幡はぐっと言葉に詰まった。
そしてここで言うべき言葉は何かと考え、やっと捻り出したのはこんな言葉であった。
「ふ、二人とも、いつもありがとうございます……」
「「「「「「「「ぶっ」」」」」」」」
その言葉に他の者達も思わず噴き出した。
「あはははは、な、何でお礼?」
「き、気持ちは分かるけどさ」
「あ、私もこの前八幡さんにお礼を言われました!」
「優里奈は家事とかに関してだろ!」
「え、でも視線は下を向いてたような……」
「そういえばこの前社内で会った時、確かに視線が一瞬下に向いたような……」
そこで理央がそう追い討ちをかけ、八幡は顔を赤くしながらこう抗弁した。
「お前が胸を強調した服を着ているのが悪い」
「否定しないのね」
「否定しないんだ……」
「八幡様、私はそういうの、むしろ嬉しいですから!」
「クルス、この男をあまりいじめないであげて」
そしてその場は笑いに包まれた。そもそもこの状況で八幡がいじられないはずがないのだ。
ヴァルハラ・リゾートはプライベートでは完全に女性上位なギルドなのである。
「随分と楽しそうだニャ?」
「お、やっと来たか」
「お待たせニャ、今どんどん運び込むのニャ!」
そしてフェイリス達の手によって、確かに豪華に見える料理が次々と運び込まれてきた。
飲み物は普通だが、さすがに食事時に甘いものを欲しがる者は、
八幡以外にはいないので問題ない。
「お、豪勢だな」
「予算をキッチリ使いきるつもりで準備したのニャ、
スペシャルデリシャスエクセレフェイリスコースなのニャ!」
「自分の名前をさりげなく混ぜてくんな」
「八幡は次からも、『ワンダフルビューティーエクセレフェイリスコースを下さい』
ってちゃんとフェイリスに言うのニャよ?」
「名前が変わってんぞコラ」
「もう、男が細かい事をぐだぐだとうるさいのニャ、
それならもう、フェイリス下さい、だけでいいニャ!」
「その言葉からは地雷臭しかしねえな」
「チッ、勘のいいガキは嫌いだニャ」
「そもそも言われた通りにそんな事を言う馬鹿はいないだろう……」
その瞬間に、他の女性陣が次々とこう言った。
「すみません、追加でフェイリスを下さい!」
「あ、私にもお願いします!」
「それじゃあ私も……」
「私も私も!」
「お前らいい加減にしろ!」
たまらずそう叫んだ八幡に、フェイリスはドヤ顔を向けた。
「そんな事を言う馬鹿が何だってニャ?」
「くっそ、出来レースかよ!」
「で?」
「うぐ……」
八幡は理不尽さを感じながらも、フェイリスに頭を下げながらこう言った。
「俺が間違っ……」
「はい、それじゃあ乾杯ニャ、八幡、さっさと音頭をとるのニャ」
その八幡の謝罪をフェイリスがマッハで遮ってそう言った。
「お、お前な!」
「ほらほら、みんなお待ちかねニャよ?」
「うぜえ……」
そしてその場は再び笑いに包まれ、八幡によって乾杯の挨拶が行われ、
女性陣は一斉に料理を食べ始めた。
「あ、これ美味しい」
「これなら家で作れるかな……」
「優里奈ちゃん、そういうのは後にして、今は料理を楽しみなよ」
「そ、そうですね、美味しそうな料理を見るとつい……」
「分かる分かる、私もそんな感じだもの」
そんな会話を聞きながら、八幡は何となく幸せを感じていた。
(みんなが幸せそうなら俺がいじられるくらいは別にどうって事ないな)
こうして祝勝会は笑顔が絶えないまま終わり、
同盟とのトラブルから端を発する今回の攻略は、これで後始末も含めて全て終了した。
所用により次の投稿は木曜日になります、申し訳ありません