「温泉?」
「ああ。今アルゴから連絡があって、七十二層に温泉宿が発見されたそうだ。
せっかくだから二人で行ってきなとの事だ」
「そうなんだ!でもあのアルゴさんがタダで情報を教えてくれるなんて珍しいね」
「いや、昨日の飯の代金だそうだ。プロらしく借りは作らないって事だろうな」
「あーそういう事なんだ。アルゴさんらしいね」
「というわけで、明日は新婚旅行の変わりに温泉だな」
「やった!ありがとう、ハチマン君!」
「礼ならアルゴに言っとけよ」
「うん!」
アスナは早速アルゴにお礼のメッセージを送り始めた。
早速返信が来たようだが、アスナはそれを見て顔を赤くしていた。
「まったくもう、アルゴさんったら」
「ん?どうかしたのか?」
「露天の家族風呂があるから、二人きりで入ればって」
「ああ、それは俺も聞いたな。別にいいんじゃないか?」
「…………ハチマン君のえっち」
「今だって風呂は一緒に入ってるじゃないか」
「まあそう言われるとその通りなんだけどね」
次の日の朝になり、朝食中に、アスナがキズメルの所に寄りたいと言い出した。
「ほら、キズメルにユイちゃんの事を教えてもらったじゃない?
それで、一言お礼が言いたいなって思って」
「おお、そうだな。大して時間のかかるような事でもないし、ちょっと寄ってくか」
「うん!」
二人はまず最初にダークエルフの城に向かう事にした。
城に入ると、案の定キズメルが既に待ち構えていた。
「やぁ、二人とも、今日はどうしたんだ?」
「キズメル!」
アスナが嬉しそうにキズメルに抱きついた。
キズメルも嬉しそうにアスナを受け止めた。
「おいおいどうしたんだアスナ。何かいい事でもあったのか?」
「うん、キズメルのおかげでね!」
「私のおかげ?」
アスナはキズメルに、ユイの事を説明した。
「そうか……精霊が二人の娘に……」
「ああ。今ユイ……精霊はここで眠っている」
ハチマンは共用ストレージからユイのデータが入った宝石を取り出し、キズメルに見せた。
「なるほど、確かに精霊の力を感じるな」
「やっぱりキズメルには分かるんだね」
「ああ。今は眠っているようだが、すごい力を感じる」
「さすがは俺達の娘だな」
「そうだね」
「まあ二人にとってこの精霊との出会いが良い事だったというなら、
教えた私としてもとても喜ばしいと思う」
「本当にありがとうね、キズメル!」
「ありがとな。キズメルのおかげで家族が一人増えた」
「本当に二人は嬉しそうだな。少し羨ましい」
「キズメル?」
そんなキズメルの言葉を聞いて、アスナは、ん?という風に首を傾げた。
「私は今何を言ったんだろうな。私はこの精霊を羨ましいと言ったのか?」
「キズメルだって、私達の家族だよ!」
アスナが再びキズメルに抱きついた。
ハチマンは、そのアスナとキズメルをまとめて抱きしめた。
「そうだぞキズメル。キズメルだって俺達の大切な家族だ」
「ありがとう二人とも。これが幸せという感情なのだろうか。
私は今、とても大きな嬉しさに包まれているのを感じる。
私もこの精霊のようになれればいいのだが……」
「キズメルが、宝石に……?」
キズメルが突然、そんな事を言い出した。
「でもそうなったら、もうこんな風にキズメルに触れる事が出来なくなっちゃうよ!」
「アスナ、最近私は思うのだ。いずれこの世界は解放される事だろう。
もしそうなれば、二人ともそのままお別れという事になるだろう。
だがもし私がその宝石の中に入れば、いずれまた二人に会えるのではないかと、
なんとなくそんな気がするんだ」
「キズメルの勘か?」
「そうだな、勘と言っていいと思う。何も根拠は無いのだが、
私の中の何かが囁くんだ。絶対にそうするべきだと」
「ハチマン君……」
「アスナ、キリトを呼ぶぞ」
ハチマンはどうやら、そのキズメルの言葉に何かを感じたようだ。
キリトを呼び出し、今のキズメルの言葉について相談する事になった。
ほどなくしてキリトが到着し、二人はキリトに今の出来事について話した。
「なるほどな。またあの場所に行けば、おそらく可能だと思う」
「黒鉄宮のダンジョンのあのコンソールか。キリトは賛成なのか?」
「これだけ高度なAIが出した結論だ。多分何か意味があるんじゃないかと思う」
「アスナはどう思う?」
「私は……このままだと別れが確実だと言うのなら、可能性に賭けてみたい」
「キズメルは?」
「望むところだ」
「よし、それじゃ行くか。キリト、すまないが頼めるか?」
「わかった、任せろ」
四人は黒鉄宮に向かい、ユイを宝石の中に封じたコンソールに辿り着いた。
もちろん街の中では、キズメルは姿を隠していた。
「これは……とても強く精霊の力を感じる場所だな」
「ここでキズメルは、その身を宝石の中に宿す事になる。今のうちにお別れを」
「別れというか、これからもずっと一緒だけどな」
「そうだったな、すまん」
四人は笑いあい、キズメルは順番に三人を抱きしめた。
「これで私もずっと二人と一緒にいられる、そんな気持ちがとても強くなった」
「キズメル……」
「ずっと一緒だ、キズメル」
「ありがとう、二人とも。二人と出会えた事を、精霊の神に感謝したいと思う」
別れを惜しみつつ、ハチマンがキリトに言った。
「それじゃキリト、宜しく頼む」
「ああ」
ハチマンとアスナは、ずっとキズメルと手を繋いでいた。
そして三人の目の前で、キズメルは光となって消えた。
そこには美しい宝石が一つ残されていた。
アスナはそれを、大切そうに共用ストレージにしまった。
外へと向かいながら、三人はキズメルの事を話していた。
「これでいつかまた、キズメルに会えるのかな?」
「キズメルがそう言うなら、多分そうなんだろうな」
「どんな形での再会になるか、すごく楽しみだね」
「ああ」
そして少しして、三人は黒鉄宮の外に出た。
「それじゃ二人とも、そろそろ俺は行くよ」
「ありがとうな、キリト」
「キリト君、本当にありがとうね!」
「いつかまたキズメルに会えるといいな」
「うん!」
「それじゃ二人とも、また後でな」
「うん、またね!」
「おう、またな」
キリトはそう言って去っていき、二人は予定通り七十二層へと向かった。
「ここか」
「なんか、いかにも温泉って雰囲気のある、いい宿だね」
「古き良き時代の建物って感じだな」
「それじゃ入ってみよう!」
「おう」
二人が中に入ると、NPCの女将さんが出てきて、二人に話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。今日はお二人で宿泊で宜しいですか?」
「あっ、はい」
「おお、何かすごい本格的だな……」
「そうだね」
「それでは部屋にご案内しますね」
「お願いします」
二人は女将に案内されて、広めの和室に案内された。
その部屋には、情報通り露天の家族風呂がついていた。女将の話だと、大浴場もあるようだ。
二人は興奮しながら部屋の中や、外の景色を見ていた。
「何かすげーなここ。ここまで本格的な作りになってるとは思いもしなかったな」
「そうだね!これからどうしよっか。まずお風呂?」
「夕食は普通にメニューから選べるみたいだし、先に大浴場に行ってみるか」
「うん!」
二人はまず大浴場へと向かったのだった。
どうやら先客がいるようで、ハチマンは少し緊張した。
女湯にも先客がいたようだったが、アスナは特に何も気にしなかった。
このあたりは二人の性格の差なのだろう。
ハチマンは男湯に入り、その光景に愕然としてアスナに話しかけた。
「……おいアスナ、そっちもか?」
「……うん」
「やっぱりいたか……」
「もうびっくりだよ……」
男湯にいたメンバーは、キリト、クライン、エギルの三人だった。
「だからさっき、また後でなって言ったじゃないか」
「あれはそういう事かよ……」
「たまには裸の付き合いもいいもんだろ!」
「おいクラインにエギル、あんまり俺に近付くな。お前ら俺が好きすぎだろ。
キリトまで手をわきわきさせながらこっちに来るんじゃねえ!」
「いいじゃないかよー背中くらい流させろよ」
「そもそもアバターは汚れないからな」
「気分だよ気分!日本人なら背中の流し合いっこだろ!」
「まあそれは否定しないが……」
一方女湯のメンバーは、リズベットとシリカだった。
「男湯は騒がしいね」
「まあ楽しそうだからいいんじゃないですかね」
「それにしても、中に入ったらいきなり二人がいてびっくりしたよ~」
「まあ事前に知らせてたらサプライズにならないしね」
「アルゴさんはいないんだね」
「なんか、プロはただ情報を提供するのみとか言ってたよ」
「アルゴさんらしい」
「しかしアスナは相変わらずスタイルいいよね~」
リズベットがそう言うと、男湯の喧騒がピタリと止まった。
「この胸が今やハチマンの物に……これは許せませんな」
リズベットがそう言いながら、いきなりアスナの胸を揉んだ。
「きゃあ!リズ、胸を揉まないで!」
「良いではないか良いではないか」
「リズ!?」
「ハチマンめ、これを独占しているとは許せませんな」
男湯も、再び騒がしくなった。
「おい、お前らやめろ、俺を叩くんじゃねえ」
「うるせえ!幸せ税だっつの!」
「ハン、悔しかったらお前もさっさと相手を見つけてみろ」
「ちくしょー!正論だけに何も言い返せねえ!」
「もっともアスナ以上にできた嫁はこの世には存在しないだろうがなって、痛い痛い痛い」
そんな声が男湯から聞こえてきて、女湯組は笑い出した。
「何か男湯がすごい事になってるみたいだけど」
「ちょっとアスナ、旦那のピンチだよ。何とかしてあげたら?」
そう言いながら、リズベットが再びアスナの体を弄び始めた。
「ちょっとリズ、それ以上は駄目~!これは全部ハチマン君の物なんだから!」
そのアスナの声に、男湯が再びざわついた。
「アスナ!火に油を注ぐな!痛い痛い痛い、おいこらやめろ、クライン!
キリトも便乗するんじゃねえ!エギル、何とかしろ!」
「うっせえ!ハチマンの幸せ税はたった今から増額されたんだよ!」
「すまんハチマン。さすがにこれは俺にも止められない」
「お前ら覚えてろおおお」
こうして予想外に賑やかに、温泉宿の夜は更けていくのだった。