「ハチマン!それってどういう……」
「この辺りは道が狭い、しっかり前を見ていろ」
「それはもちろん分かって………えっ?」
その時ランは、ハチマンの手が自らの胸へと伸びてくるのが見えた為、大混乱に陥った。
あのハチマンが自分の胸に触ろうとしている、しかしそれはありえない!
でも実際に手が伸びてきている、一体何が起こっているの!?といった所であろうか。
「ちょ、ちょっとハチマン、嬉しいけど、嬉しいけど!」
「ん?窓が開くと喜ぶなんて、お前には特殊な性癖でもあるのか?」
「へ?」
その言葉通り、ハチマンの手は揺れるランの胸の前を素通りし、
窓を開けるスイッチへと触れた。そのまま窓が大きく開け放たれていく。
そんなハチマンの姿を見たレヴィとモエカも同様に窓を開けた。
「えっと……何で窓を?」
「待ってろ、まだやる事があるから」
そしてハチマンは、次にランの下半身の方に手を伸ばした。
「こ、今度こそ騙されないわよ、これはフリ。何かのフリに決まってるわ」
「お前が何を言ってるのかまったく分からないんだが……」
そう言ってハチマンは、平然とした顔でランのお腹の辺りをまさぐった。
「ひぅっ!?」
さすがのランもそれには驚き、おかしな声を上げる事になった。
「な、ななな……」
だがさすがのランも、この状況でハチマンがエロい行為に及ぶなどとは思わない。
こうして実際に触られていても、その意識は変わらなかった。
多分何か理由があるのだろうと思ったその直後に、
パイスラ状態だったランのシートベルトがスルっと外れた。
「あっ、そういう……」
ランはそれで納得してしまい、その行為に何の意味があるのか深く考えなかった。
というか、考える余裕がなかった。再び前方に検問……というかバリケードが現れたからだ。
「あ、あれはどう考えても突破出来ないわよね?」
「ああそうだな、さすがにあれは無理だ。
でもまあ最初からあそこを突破するつもりは無かったけどな」
ハチマンは特に動じた様子もなく、淡々とそう言った。
「じ、じゃあどうするの?」
「おう、俺が合図したら、最速でハンドルを思いっきり左にきれ。とにかく一気にな」
「分かった、左ね………え?左!?」
ランはチラリと視線を横に向けた。左には色々な船が並んでいるのが見える。
要するに左には道などない、湖なのだ。
「あ、あの、まさかとは思うんだけど、もしかして窓を開けてシートベルトを外したのって」
「ああ、そのまさかだ、今から車ごと湖に向けてダイブする」
「う、嘘でしょ!?」
さすがのランも、これには顔面蒼白であった。
「いいかラン、正面を見てみろ、遠くに赤く突き出た塊が見えるだろ?」
「う、うん」
「あれが例の、車を一撃で破壊する化け物だ、正式な名前は知らないが、
俺達はあいつの事をギガゾンビと呼んでいる」
「何それ?ここに日本を誕生させるつもりなの!?」
「よく知ってるなお前……そこで質問だ、ドラゾンビのいないこの世界で、
あいつにこのまま突っ込むのと湖にダイブするの、どっちがマシだと思う?」
「未来の秘密道具に頼ってばかりじゃいけないと思うの。
えっと、このまま正面がいいと思………」
「よし、今だ!左にハンドルを切れ!」
「あっと、了解!って、ああああああああああ!」
障害物に突っ込むノリで、ギガゾンビに突っ込んだ方がましだと考えていたにも関わらず、
ランはハチマンのその言葉に反射的に手が動き、思いっきりハンドルを左に切った。
直後に車はガードレールを突き破って宙を舞い、
ランはデロリアン号に乗ったらどんな感じがするのか実感した。
「き、きゃあああああああああああ!」
「ヒャッホー!」
「…………楽しい」
「まるでジェットコースターだな」
ランの耳に、浮かれるレヴィの叫びとモエカの呟き、
そしてハチマンの冷静な言葉が入ってきた。
その直後にランは、ハチマンにしっかりと抱き締められた。
「ハ、ハチマン?」
「思いっきり息を吸って衝撃に備えろ!」
「………っ!?」
そしてランは言われた通りに大きく息を吸い、そのまま湖に沈み、
その十分後、一同はゴール近くの岸に這い上がった。
「げほっ、げほっ」
「ふう、やっと岸か、思ったよりも遠かったな」
「女だらけの水泳大会ってか?」
「服が透けてる、このゲーム、よく出来てるね」
「まあ外部発注とはいえうちの製品だしな」
「巨乳三人組の濡れ透けにちょっとは反応したらどうなの!?」
「言い方がおっさんくさいぞラン」
「私の理想はちょい悪オヤジギャルだから別にいいの!」
「また昭和か………」
そんな軽いノリの会話を交わしながら三人は、
見事にゴール前へのショートカットに成功した。
だがさすがにそのやり方にはランから苦情が出た。
「ってかハチマン、さすがにあのダイブはいきなりすぎだから!」
「最初に湖があるって分かった時から予想しとけって」
「そんなの分かる訳ないじゃない!」
「他の二人は防水対策をちゃんとしてるだろ、ほれ、見てみろ」
「えっ?」
見るとレヴィとモエカは、ビニールのような物から銃と弾丸を取り出していた。
「あ、あれ?もしかして『これは想定の範囲内だ』って奴?」
「ん?まあこれくらいは普通だぜ、お嬢」
「このゲームは中途半端にリアルだから対策は必要」
「モエモエの説明が微妙にズレてるけど、でもまあ分かった、まだまだ私は甘かった」
二人が事も無げにそう言った為、さすがのランも、
それ以上ハチマンに抗議する事は出来なかったようだ。
「はぁ……」
「ほれラン、お前の刀だ」
「えっ?あ、あれ?そういえば私ってば刀をどうしてたっけ……」
「シフトレバーの横に置いてあったからな、
さすがに余裕がないだろうと思って俺が持ってきたぞ」
「ど、どこにそんな余裕が……」
「あ?余裕だろ?事前に窓も開けておいたから水中での脱出も容易だったし、
息も大きく吸っておいたからな」
「た、確かに楽だったけど……うぅ……自分の未熟さを思い知らされるわ」
ランはそう言われ、車からの脱出が実にスムーズに成功した事を思い出した。
一見無茶に見えて、実はハチマンが色々と事前準備をしていたせいであろう。
ランは、そういう部分は見習わなければと改めて思った。
「さて、さすがのギガゾンビも水の中までは追いかけてこなかったから、
ここからはもうヌルゲだが、とりあえずさっさとゴールまで突撃するとするか」
「多分近くまで行けば、クリア扱いになるはず」
「敵も全部まいたし、後はあそこにいる何匹かを蹴散らせばそれで終わりだぜ!」
「お、終わり?やっと終わりなの?」
「ん?大して時間はかかってないよな?」
「私にとっては凄く長かったわよ……」
さすがのランも、かなりへこたれたようにそう言う事しか出来なかった。
確かに攻略速度は早いのだろうが、あまりにも常識外れすぎるからだ。
検問に突っ込むくらいはともかく、まさかそのまま水の中にダイブする事になるとは、
さすがのランも想像すらしていなかった。
「ねぇ、いつもこんな感じなの?」
「ん?そうでもないが、フィールドマップはこういう力技が通用するからな、
自然とこんな感じになるな」
「今日はいつもよりもシンプルで良かったぜ」
「ん、楽だった」
「シンプルで楽……?これが……?」
ランは呆然とそう言ったが、これで終わりではない。
まだステージクリアにはなっておらず、最後の仕事が残っている。
「よし、突撃するぞ」
ハチマンの言葉でその事に気が付いたランは、
最後の力を振り絞ってハチマンの後に続いた。
「こうなったらとことんやってやるわよ!」
「お、元気だなラン、だがここは簡単に抜けるからな」
「え?」
その言葉通り、まだ敵が少し残っていたが、
ハチマンが素早くゴールラインに入った瞬間にゴールのゲートが開き、
外から中に入ってきた軍隊が、ゾンビを一掃し始めた。
同時に空から爆撃機らしき飛行機が突入してきて、街に爆撃を開始した。
「お、終わった?」
「おう、後はこのムービー的なエンディングの見物だ」
「イエーイ、楽勝楽勝!」
「この演出は斬新」
そしてランが呆然と見守る中、街は火の海に包まれていったのだった。
「うわ、軍隊とギガゾンビが激戦を繰り広げてるぞ」
「凄えな、なぁボス、どっちが勝つのかな?」
「どうだろうな、普通に考えれば軍隊だが」
「ん、拮抗してる」
「演出としちゃ凝ってるよな」
「軍の人、頑張って!」
こうしてこの日の攻略は終わり、ランは一つ成長する事となった。