ランが絶叫しつつ、湖にダイブしていたその頃、ヴァルハラ・ガーデンでは、
アスナとキリト、それにリズベットが集まって三人でのんびりと雑談をしていた。
「ねぇアスナ、今日はハチマンは?」
「えっとね、ゾンビ・エスケープっていうゲームをやってるよ」
「また別のゲームに手を出したの?」
「うん、何か最初はイベント提携の申し込みがあったから、
お試しでやってみる事にしたらしいんだけど、意外と面白かったみたい。
今はレヴィと萌郁さんと三人でチームを組んで攻略してるらしいよ」
「ん、萌郁って誰だ?」
「あっ」
アスナはキリトにそう問われ、内心でしまったと思った。
アスナは一緒に麻衣のロケを見に鎌倉に行った事もあり、萌郁の存在を知っているが、
他人に話していいかどうかをハチマンから聞かされていなかったからである。
「う~ん」
「いや、言いにくいなら別に構わないんだが」
「ううん、多分大丈夫、ハチマン君は、
他の人に言っちゃいけない場合はちゃんとそう言うから、
萌郁さんについて何も言われてないって事は、
私がいいって判断したら言ってもいいって事だと思うの」
「ふ~ん、それじゃあ頼むわ」
「うん、えっとね、キリト君はいずれソレイユに入社する事になるんだろうし、
リズはその奥さんになるんだから教えておくけど……」
そのアスナの前置きに、二人は飲んでいたお茶を思いっきり噴き出した。
「な、な、な………」
「ちょ、ちょっとアスナ、いきなり何を……」
ここでまさかのアスナの天然が炸裂である。
「ん?私、何か変な事を言った?」
「あ~………」
「いや、何でもない」
二人はそのアスナの反応を見て、突っ込むのをやめる事にした。
つまりこういった事は、よくある事なのであろう。
「そう?えっとそれでね、ソレイユには、市場調査部っていう部署があるのね。
でもその実態は……じゃじゃ~ん!『ルミナス』っていう、ソレイユの情報部なんだよ!」
「じゃじゃ~んって……」
「情報部?もしかしてそれって非合法な活動も含むの?」
「別に殺人とかしてる訳じゃないよ、過去の事は知らないけどさ、
でもまあ企業活動を行う上で、どうしても避けて通れないトラブルってあるよね」
「暴力団対応とか防諜活動とかか」
「うん、それと法に触れない程度のスパイ活動とかなのかな、よく分からないや」
「なるほど、まあそういう部署も企業には必要か……」
「やっぱりそういうものなんだねぇ」
それで二人は一応その事について納得した。
「で、桐生萌郁さんはそこの部員で、表向きはハチマン君の運転手をやってる綺麗な人。
その実態は、多分ハチマン君の懐刀だね」
「なるほど、表の薔薇、裏の桐生みたいな感じか」
「何それ格好いい」
アスナは頷きながら、かつて萌郁と一緒に行った鎌倉でのロケ見学の事を思い出していた。
「八幡君!」
「八幡!」
「おう明日奈、理央、今日はおめかしてきたな、よく似合ってるぞ」
「えへへ、ありがとう!」
「麻衣さんの前で、あんまり恥ずかしい格好はしたくなかったから……」
明日奈はピンクに細い白のストライプの入ったTシャツの上に白いジャケットを羽織り、
赤と白のギンガムチェックのミニスカートに黒のストッキングという服装であった。
理央は黒のタンクトップの上に、黄緑のオフショルダーのトップス、
そして下は青のフレアスカートである。肩の露出を控えめにしているところが理央らしいが、
胸がまったく控えられていない所が八幡的には困り物であった。
続いてレスキネンが笑顔で八幡の肩をぽんぽんと叩いてきた。
「八幡君、今日はオサソイありがとうね」
「いえいえ部長、約束でしたからね……あっ!」
「ん?どうかしたかい?」
「あ、いえ、そういえばレヴィも一緒に連れてってやるって前に約束したような気がして」
「ほうほう、でもそのクルマじゃ六人は乗れないね」
「しまったな、どうするかな」
「それじゃあ私がバイクを出す」
その時後ろに控えていた萌郁が八幡にそう提案してきた。
今日の萌郁はデニムパンツに白のTシャツ、そしてライダージャケットという格好だった為、
最初から自分がバイクに乗る事を想定していたのだと思われた。
「それは助かるが、いいのか?」
「いい、私がバイクの運転が上手い事を八幡君に見せたいし」
「そ、そうか」
最近よく見せるようになったこういう萌郁の微妙なアピールが、八幡は嫌いではなかった。
以前はほとんど感情を見せなかった萌郁が、
徐々に人間味を取り戻してきているように思えるからだ。
「萌郁さん、格好いい」
そこで横から明日奈が八幡の方をチラチラ見ながらそう言ってきた。
どうやら八幡にも褒めろと言いたいらしい。
「萌郁の可愛い格好も見てみたい気はするが、やっぱりそういうシンプルなのが、
美人の萌郁にはよく似合うな」
「そう」
萌郁は一言だけそう言って振り向いてしまったが、
その顔が赤く染まっていた為、明日奈はよくやったという風に八幡の背中を軽く叩き、
そのまま萌郁に歩み寄った。
「萌郁さん、気を遣わせちゃってごめんね」
申し訳なさそうにそう言う明日奈に対し、萌郁は軽く頭を振りながら言った。
「ううん、一応保険のつもりだったし、バイクの運転は好きだから」
その会話に横から理央が加わった。
「凄いなぁ、格好いいよね、私はそういうの苦手だから……」
「練習すればきっと出来る」
「かな?まあ私が免許をとるとしたら車の方だろうけど、
今度時間が出来たらチャレンジしてみようかな」
「うん、乗り物を自由に操るのはきっと楽しい」
萌郁は無表情ながらも、微妙に口の端を持ち上げながらそう言った。
どうやら笑顔を浮かべているらしい。事前に八幡に言い含められていたのか、
明日奈も理央も萌郁の感情が薄い事は理解しており、
逆にその事で、その萌郁の表情の変化に気が付く事が出来た。
二人は顔を見合わせ、笑顔で萌郁の手を握った。
「楽しい一日にしようね、萌郁さん」
「案内は私に任せて」
「う、うん」
萌郁はそう言って再び顔を赤くし、八幡とレスキネンは、それを見てうんうんと頷いた。
「仲ヨキ事は美しきかな、だったかな?」
「そうですね、いいと思います」
「お~いボス!」
そこにレヴェッカが、露出は激しいが動きやすそうな格好で現れた。
白のへそ出しトップスの上に若干サイズが大きめな黒のYシャツを羽織り、
下はショートデニムパンツという服装である。
実はこれは、陽乃の私服を借りたものであった。
Yシャツが大きめなのは、その懐にいつも通り銃を吊っているからであろう。
ちなみにレヴェッカは嘉納の伝手で、シークレット・サービスに順ずる扱いを受けている為、
銃の所持を許可されているので特に問題はない。
「ボス、いきなりだったから待たせちまったな」
「いや、こっちこそ悪い、約束の事をすっかり忘れててな、
急な話になっちまって本当にすまん」
「これから楽しいお出かけなんだ、それくらい別にいいって」
その時明日奈が八幡のおしりをつねった。
「痛っ、何するんだよ明日奈」
「八幡君、女の子がおしゃれしている時は?」
八幡はそう言われ、即座にレヴェッカの格好を褒めた。
「レヴィの私服姿って珍しいよな、
やっぱりスタイルがいいと、そういう格好が似合うんだな」
「おう、サンキューな、ボス」
珍しく頬を少し赤くしながらレヴェッカがそう言った。
「うん、よろしい」
「何度もフォローありがとな、明日奈」
「いえいえ」
そして萌郁はバイクに跨り、他の者はキットに乗り込んだ。
「それじゃあ出発だ」
一行はそのままのんびりと鎌倉を目指し、無事に撮影現場へとたどり着いた。
「ここか」
「あっ、八幡さん!」
そんな一行を、丁度休憩していたのか、にこやかに他の者と会話していた麻衣が見付け、
嬉しそうにこちらへと走ってきた。
「麻衣さん、今日は押しかけちゃってすみません」
「気にしないで下さい、今監督に紹介しますね」
その言葉に他のスタッフは驚いた。
これまでにも知り合いらしき業界の人間は何人か訪れていたが、
麻衣が監督に紹介すると言ったのは八幡だけだったからだ。
しかも八幡の見た目は若く、とても大物には見えない。
「監督!」
「ん、何かあったのかい?」
「えっと、紹介したい人がいまして」
「それは珍しいね、こちらは?」
「ソレイユの比企谷八幡さんです、私が凄くお世話になってるんですよ」
「比企谷です、今日は見学を許して頂いてありがとうございます」
「これはご丁寧にありがとうございます、必ずいい映画にしてみせますので、
今後とも宜しくお願いします」
「はい、楽しみにしていますね」
それからしばらく撮影の見学をし、
麻衣の演技力を見て、この映画は成功間違いなしと思った一行は、
理央の案内で鎌倉の色々な観光スポットを回った後、食事をとる事にした。
その店での事である。
「うわぁ、紅葉が綺麗だね」
「おお、まだ少し暑いけど、もうすっかり秋って感じだな」
「ワオ、ビューティフル!エクセレント!」
「レスキネン部長、気持ちは分かりますけど落ち着いて」
丁度その時、同じように窓の外を見ていた萌郁が突然八幡にひそひそとこう囁いてきた。
「八幡君、あれ」
「ん?あれは……まさか重村教授か?隣にいる奴の顔はよく見えないが……」
八幡は顔を確認出来なかったが、それはノーチラスこと後沢鋭二であった。
「こんな所で見かけるなんて、偶然もあるもんだな」
「うん」
実はこの時二人は、近くの病院で眠るユナこと重村悠那の所へと向かう最中であった。
その事を八幡が知っていたら、後先考えずに店を飛び出していた事であろう。
だがノーチラスの顔を確認出来なかった為、八幡は動かなかった。
八幡がその病院にたどり着くのはかなり先の事となる。
「引き続き、教授の動向については調べておいてくれな」
「うん」
重村教授についての話はそこで終わり、食事を終えた後、店を出た一同は、
再び色々なスポットを回った後に帰路についた。
それがアスナが知る、少し前の鎌倉での出来事であった。
「アスナ、アスナ!」
「あ、う、うん」
アスナはそう呼びかけるリズベットの声で我に返った。
「どうしたの?何か心配事?」
「ううん、萌郁さん達と、麻衣さんの映画の撮影現場に見学にいった時の事を思い出してた」
「えっ、麻衣さんってもしかして、アサギさんの事?」
「うん」
「うわ、羨ましい、私も行きたかったなぁ」
「ごめんね、私もハチマン君に突然言われたからさ」
「そっか、今度そういう機会があったら誘ってくれるようにハチマンに頼んどこっと」
「うん、そうだね」
アスナはそう言いながら、何となく外の景色を眺めた。
そこはいつもの景色とは違い、遠くに見える森が赤く燃えるようであった。
「あっ!」
それでアスナはとある事実に思い当たった。
「ん、どうした?」
「今日からこの二十二層が、秋モードになるんじゃなかったっけ?」
「秋モード?ああ、そういえば確かに……」
「ああ~、そういえばそうだね」
その瞬間にアスナの脳裏に、鎌倉で見た見事な紅葉の風景が浮かび上がった。
「ねぇ、せっかくだから、みんなで紅葉を見に行かない?」
「お、それはいいな」
「二十二層の奥の方、どんな感じになってるんだろうね」
「興味があるよね」
「よし、弁当でも準備して、ピクニックとしゃれこむか」
「それじゃあ早速準備するね、ごめんキズメル、ちょっと手伝って!」
こうして三人は、ピクニックに出かける事にしたのだった。