ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第760話 甲斐性を見せなさい

 ランがいなくなった後、スリーピング・ナイツは街でひたすら情報収集を行っていた。

これは別に確固たる目的があって行われているものではなく、

他ならぬユウキが、まったく指示を出せない状態だったからであった。

 

「ユウキ、今日はどうする?」

「うん……」

「何かやりたい事があるなら何でも付き合うぜ」

「うん……」

「心ここにあらずだね、参ったな……」

「うん……」

「今後の為にも各層の街がどうなってるか徹底的に調べてみるのもいいかもね」

「うん……」

 

 万事がこんな感じであり、一同はいっそ、

ハチマンに相談するのもアリじゃないかと考えるようになっていた。

 

「いつもこういう時に相談に乗ってくれるランがいないんだし、

他に何か相談出来るような知り合いって、ハチマンさんくらいしかいないのよね……」

「ハチマンさん、ノリには甘いからなぁ」

「ふふん、羨ましいでしょ」

「もしくは相談するならおばば様とかか?」

「可能ならそうしたいですけど、最近ちっともログインしてないみたいなんですよね」

「そっかぁ……それじゃあスモーキング・リーフの誰かは?」

「う~ん、相談相手には向いてない気がしてならない」

「じゃあ後は……ユキノさんとか?」

「正妻様か……」

「うん、アリだな」

「とりあえずハチマンさんかユキノさんかおばば様を見つけたら、

連絡を取り合ってどこかに集合な」

 

 仲間達のそんな会話にまったく反応しているようには見えなかったが、

その時のそりとユウキが立ち上がった。

 

「ユウキ、出かけるのか?」

「うん、このままじゃ駄目だと思うから、ちょっとどこかで頭を冷やしてくる……」

 

 その若干前向きな言葉に一同は少し安心したが、

それでも今の状態のままおかしな場所に行かせる訳にはいかないと思ったのか、

シウネーが気を利かせてユウキにこう声をかけた。

 

「それなら二十二層がお薦めです、あそこは敵も出ませんし、

景色もとても綺麗なので、散歩にはもってこいですから!」

 

 ちなみにこのセリフが出たのはそれだけが理由ではなく、

ヴァルハラ・ガーデンがある二十二層ならば、

もしかしたらユウキが直接ハチマンかユキノと遭遇する可能性もあるのではないかと、

シウネーが期待したせいもあった。

 

「そっか、うん、そうだね、そうしてみる、ありがとうシウネー」

「はい、お気をつけて!」

 

 そしてユウキが去った後、一同は深いため息をついた。

 

「重症だな」

「まあ多少は気持ちが前向きになったように感じなかった?」

「これで復活してくれればいいんだけどな」

「今日駄目だったらどうする?ハチマンさんとかに相談する前に、

俺達から発破をかけるか?」

「でも出来れば自分の力だけで立ち上がって欲しいところですよね」

「確かにそうだね、まあユウキが帰ってきた時の反応を見て改めて相談しよう」

「だな!とりあえずこっちはこっちで戦闘メインの活動に戻る前に、

色々と情報を集めておこうぜ」

「ランとユウキが復活した時に、

どんな指示が出ても直ぐに動けるように準備しておかないとだわね!」

「よし、ボク達も行きますか!」

 

 残された五人はそう張り切った声を上げ、方々に散っていった。

ランの不在とユウキの不調を受け、自分達が何とかしないとと結束した五人の士気は高い。

 

 

 

 さて、その頃仲良く弁当を作っていたアスナとリズベット、それにキズメルは料理を終え、

味見役を仰せつかっていたキリトと共に、いざ出発しようとしていた。

 

「準備完了!」

「普通の格好でいいよね?こんな日に戦闘するつもりもないし」

「それでいいと思う。さて、出発するか!」

「あ、そうだ、キズメルも一緒に行かない?」

 

 その時アスナがそんな事を言い出した。当然他の者もそれに賛成である。

 

「しかし私にはここを守るという仕事が……」

「別に義務じゃないんだからそう肩肘を張るなって」

「確かにそうだが……」

「大丈夫だって、ハチマンは絶対に怒ったりしないから。

むしろキズメルが一緒に紅葉を見たなんて聞いたら、凄く喜ぶと思うぞ」

「む、そうか、それじゃあ私も共に行くとしよう」

 

 こうして四人は連れ立って散歩に向かう事となった。

その道中で、話は再びゾンビ・エスケープの話題に移った。

 

「ところでアスナはゾンビ・エスケープってのはやらないの?」

「ううん、そのうちみんなでやりたいなって気はあるよ?

でもまあ今はハチマン君達が熱心に攻略してるみたいだから、

そっちが落ち着いたらかなって思ってるけどね」

「み、みんな!?そ、そう、みんな、みんなね……」

 

 そのアスナの言葉にリズベットはやや顔を青くした。

それもそのはず、リズベットは普通にゾンビとかが苦手なのである。

 

「ア、アスナはその、ゾンビとか平気なんだっけ?確かオバケは大の苦手だよね?」

「あ、うん、オバケみたいに実体が無いのは苦手だよ?

でもまあゾンビみたいなモンスターっぽいのは別に大丈夫」

「そ、そう……」

 

 そのリズベットの態度を見て、さすがのアスナも事情を察したらしい。

 

「まあ大丈夫だよ、希望者を募る感じになると思うし」

「あ、う、うん、そうだよね」

 

 リズベットはその言葉にホッとしたような顔をした。

その時キリトが思い出したように二人に横から話しかけてきた。

 

「そういえばみんなが料理をしている時にちょっと調べたんだけど、

ゾンビ・エスケープって、開発はレクトの運営はソレイユなのな」

「えっ?」

「あ、そうだったんだ?」

「でも他社のスポンサーが沢山ついてるんだよな、

どうやら達成度に応じて買い物に使えるクーポンとかをくれるらしい」

「うん、それも今説明しようと思ってたんだけど、

ハチマン君がそういうクーポンを沢山持っててね、最近色々と連れてってくれるんだよね」

 

 ハチマンもアスナも基本はお金持ちのはずなのだが、

やはりそういった楽しみは、また別物のようだ。

 

「そ、そうなの?」

「うん、あ、後、ゲーム内にもアンテナショップ的なお店がたくさんあって、

そこで直接注文をする事も出来るみたいだね」

「へぇ、完全なスポンサー連動型なんだ……」

「誰が考えたんだろうね、姉さんかな?」

 

 アスナはそう言ってリズベットの方に振り返ったが、

リズベットはぶつぶつと呟きながら、何か考えているようだった。

 

「リズ?」

「あ、ううん、何でもない、気にしないで」

「あ、うん」

 

 そしてアスナがキズメルに話しかけたタイミングを見計らって、

リズベットはキリトをぐいっと自分の方に引き寄せた。

 

「キリト」

「な、何だよ」

「分かってるわよね?」

「………へ?」

「私がホラー映画とか苦手なの、当然知ってるわよね?

それじゃあ私が何を言いたいかも分かるわよね?彼氏なんだから!」

「え、あ、お、おう、分かった、それじゃあゾンビ・エスケープはやらない方向で……」

 

 キリトがそう言った瞬間に、リズベットはキリトの背中をバシっと叩いた。

 

「痛っ、な、何だよ!」

「あんたはやりなさい」

「へ?」

「あんたもハチマンを見習って、たまには男の甲斐性ってものを見せなさい」

「あ、そういう事か……」

 

 それでさすがのキリトもリズベットが言いたい事を理解したようだ。

 

「わ、分かった、今度やってみるわ……」

「頼んだわよ」

 

 リズベットはそう言ってキリトをじっと睨み、

キリトは後でハチマンに詳しい話を聞こうと心に誓った。

 

「あ、見て見て、この辺りの景色、凄くない?」

「これは確かに美しいな、あの緑溢れていた森が、今は燃えるようだ」

 

 そのアスナとキズメルの言葉で、キリトとリズベットも思わずそちらの方を見た。

 

「うわ、凄いね」

「おお、どこかの観光地みたいだな」

 

 秋モードの実装当日という事もあり、まだ周囲には人の姿は見えない。

 

「ここまで綺麗だとは思ってなかったわね」

「まだそれほど移動してないし、今からでもシリカちゃんを呼ぼっか?」

「あ、そうだね、それじゃあ私もお花摘みに行きたいし、その時ついでに聞いてみる」

「あ、悪い、それじゃあついでに俺も……」

「うん分かった、キズメルと二人で待ってるね」

「ごめんねアスナ」

「ううん、シリカちゃんへの連絡はお願いね」

「うん、任せて!」

 

 そしてキリトとリズベットはそのままその場に腰を下ろし、

その場には魂の抜けた二人の体だけが残った。

 

「そういえばこの近くに、昔ヌシを釣った川があるんだったっけ」

「それならあの川じゃないか?」

 

 キズメルが遠くを指差し、アスナは目を細めてそちらを見た。

 

「あ、多分あそこかな?あれ、あんなところに人がいる、

横になってジタバタしてるけど、何してるんだろ?」

 

 見ると川べりには、確かにプレイヤーが一人いた。

遠くから見る感じ、女性プレイヤーのようだ。

 

「う~ん」

 

 アスナがそちらをちょこちょこと気にする様子を見せた為、

キズメルが気を利かせてアスナに言った。

 

「遠くてどんなプレイヤーなのかよく分からないが、アスナなら別に危険は無いだろう。

気になるのなら様子を見にいってくるといい、二人の体は私が見ておくからな」

「え、でも……」

「大丈夫だ、ここはモンスターも出現しないし、もし他人が来ても、

私が黒アゲハの格好をすれば、あえて仕掛けてきたりはしないだろう」

「う、うん……それじゃあお言葉に甘えてちょっと行ってくるね」

 

 こうしてアスナはそのプレイヤーの下へと一人で向かう事となった。


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