「ありがとうお姉さん!ボクの名前はユウキ、お姉さんの名前は?」
「私の名前は………」
その問いに答えようとした瞬間に、アスナの視界がザザッとブレた。
(えっ?)
そして『DISCONNECTION POWERDOWN』の文字が表示され、
一瞬でアスナは現実世界へと帰還する事となった。
「あ、あれ、一体何が……もしかして停電?」
そう呟いてアミュスフィアを外す明日奈の目の前に、
凄く申し訳なさそうな表情をした母親の顔が現れた。
「きゃっ、お、お母さん、一体どうしたの?」
「ごめんなさい、私ってばちょっとドジっちゃって、コンセントに足を引っ掛けて……」
見ると確かにアミュスフィアに繋がるコンセントが抜けていた。
「そういう事か、いきなりだったから驚いちゃったよ、
あれ、でもお母さんはどうしてここに?」
「夕食の時間になってもあなたが降りてこないから、様子を見にきたのよ」
「あっ!」
それで明日奈は、約束していた夕食の時間が過ぎている事に気が付いた。
家にいる時は家族みんなで決まった時間に一緒に夕食をとるというのが、
結城家の家族の間で取り決められた約束事なのであった。
「ご、ごめん……」
申し訳なさそうにそう言う明日奈に、京子はだが笑顔を見せた。
「それはまあ、一言言っておいて欲しかったのは確かだけど、
そういう事だってあるわよ、だから気にするんじゃないわ。
私達だってもう、とっくに娘離れしているんですからね」
「それでもやっぱりごめんなさい……」
明日奈は自分がいかに、両親の心の広さに助けられているのかをその言葉で実感し、
このまま休憩がてら、一緒に食事をとろうと考えた。
「お母さん、すぐ行くから下で待っててもらっていい?
ちょっと里香にメッセージだけ入れておくから」
「あらそう?別に明日奈だけ夕食は後でもいいのよ?
私は浩一郎で我慢するし、お父さんなんか泣かせておけばいいんだし、」
「ううん、いつも私の我侭を聞いてもらってるんだし、
あまり甘えてばっかりなのはいけないと思うから……」
明日奈は殊勝にもそう言ったが、兄である浩一郎の扱いが雑な事には一切触れていない。
どうやら結城家ではいつもの事のようである。頑張れ浩一郎、負けるな浩一郎。
そしてその明日奈の言葉を聞いた京子は、少し目をうるうるさせながら明日奈を抱き締めた。
「きゃっ、ど、どうしたの?お母さん」
「ううん、本当にいい子に育ってくれたなって思って」
「え、そ、そうかな、好き勝手ばっかりさせてもらって、申し訳ないって思ってるんだけど」
京子はその明日奈の言葉に居住まいを正し、真面目な顔でこう言った。
「言うのは何度目かになると思うけど、
昔の私は明日奈に対して決していい母親じゃなかったと思うの。
口を開けば勉強しろ、お淑やかでいろとか、あれこれ口やかましかったでしょう?」
「そ、そんな事ないよ、うん」
明日奈は目を逸らしながらそう答え、その事を京子にバッチリと指摘された。
「目を逸らしながら言っても無駄よ、明日奈」
「あ、あは……ごめん」
再び謝った明日奈に、だが京子は笑顔を向けた。
「でも私のそういう躾に従って明日奈が今日まで成長していたとしても、
今みたいに笑ってくれたかどうかは分からない、
ううん、多分笑わない子になっていたと思うの」
「そ、そんな事は……」
そう否定する明日奈を、京子は更に否定した。
「ううん、今思えば、小学校高学年辺りから中学校にかけての明日奈の笑顔は、
どこか作り物めいていたように思うの。やっぱり今の笑顔を見せられると駄目ね、
どうしてもそういうの、分かっちゃうのよね……」
「お、お母さん……」
明日奈は何と言っていいのか分からず、そう言う事しか出来なかった。
「なんてね、シリアスごっこはここまで、さて、夕食にしましょうか」
「って、今の全部演技!?お母さん、変わりすぎだから!」
明日奈はそう絶叫し、京子はそれを見て、ころころと笑った。
「変えたのはあなたと八幡君でしょうに、
というか明日奈、お友達にちゃんと連絡は入れておきなさいよ」
「あっ、そうだった、忘れるところだったよ」
明日奈は京子にそう言われ、ゲーム内の里香に、
夕食で十五分ほど席を外すと自分のスマホからメッセージを入れた。
『オーケー、慌てずによく噛んで食べるのよ』
里香からそんな返信があり、明日奈はついでにユウキへの伝言を頼もうかと思ったが、
さすがにもういないだろうと考え、それはやめておいた。
(きっとまた会えるよね)
その言葉が実現するのは、自作ソードスキルシステムが実装された後となる。
「こんにちは!」
「こんにちは、いい天気ですね」
「あ、ども」
丁度その頃ユウキは、インしてきたキリトとリズベットと丁度すれ違ったところであった。
知らない人にもちゃんと挨拶をするのはハチマンの教育の成果だろうか。
「なぁキリト、今の娘だが……」
「お、キズメルも気付いたか」
「ああ、正直剣に愛されているなと感じた」
「そこまでか……あいつが成長した時が楽しみだな」
そんな二人の会話を聞いていたリズベットが、きょとんとしながらこう尋ねてきた。
「え、何の事?」
「今すれ違った彼女がさ、多分相当強いだろうなって」
「へぇ、そうなの?」
「ああ、装備からすると多分コンバート組だろうな、腕に対して装備が弱すぎる」
「よくそういうの分かるわよね……」
「リズも剣の良し悪しは分かるだろ?あれと一緒さ」
「ああ、そう言われたら私も納得かも」
「だろ?」
こうしてキリトとリズベット、そしてキズメルにも鮮やかな印象を残しつつ、
ユウキは街へと走り去っていった。
「で、学校の方はどうなんだ?」
「うん、毎日楽しいよ。あ、これ美味しい、お母さん、今度作り方を教えて」
「別にいいわよ、でもこれを八幡君に食べさせる時は、
お母さんに作り方を教わったってちゃんと正直に言うのが条件よ」
「お母さん、八幡君の事が大好きだよね……」
「お、お父さんだって負けてないからな!」
「まったくうちの両親は……」
「そういうお前が一番八幡君の事が大好きだろ?」
「兄さんうるさい、さっさとフカちゃんの親戚と結婚しなさい」
「言われなくてもするっての!」
結城家の食卓がこんなに賑やかになったのは、つい最近の事である。
昔はほとんど会話もなく、明日奈にとっては苦痛でしかなかった食事の時間も、
今ではすっかり幸せな時間へと変貌していた。
そのせいなのだろうか、実は明日奈の食事量は昔と比べて確実に増えていた。
その過剰な栄養が胸に回った為、明日奈は他人よりもやや遅れた成長期を迎え、
最近胸のサイズがどんどん大きくなっているのである。
同時に体重も増えているのだが、明日奈はそれほど気にしてはいない。
まだ世間一般から見れば、痩せている部類に入るからである。
「おい明日奈、お前、最近太ったんじゃないか?」
「兄さんは死ねばいいんじゃないかな?」
「お、お前な……」
「でも確かに明日奈は最近太ったように見えるわね」
「事実だからね、まあでもほとんど胸にいってるみたいだし、
世間一般と比べるとまだまだ痩せてるって言える数値だから大丈夫だよ。
このままいけば、ハル姉さんみたいになれるかな?」
「そうなれるといいわね」
「まだまだ希望は捨てないよ!」
「いや、それは無理だろ」
「だから兄さんは死ねばいいんじゃないかな?」
「お、俺の扱いって……」
こんな会話を交わしながら、明日奈は食事を終え、洗い物を手伝おうと立ち上がったが、
そんな明日奈に京子が笑顔でこう声をかけた。
「明日奈、片付けは今日はいいから、早くお友達の所に戻ってあげなさいな」
「ありがとうお母さん!今日は甘えるね」
「その代わり、早く孫の顔を見せるのよ」
「もう、まだ早いってば!」
「あ、そっか、私、いい事を思いついたわ」
突然京子がそう言い、明日奈は嫌な予感がした。
「な、何かな?」
「明日奈に今すぐ子供を産んでもらって、二人が就職するまでうちで育てるというのはどう?
もちろん結婚はその後でいいわよ、
結婚式に二人の子供が参列するなんて珍しくていいじゃない」
「親が未婚の娘に子作りを推奨しないで!」
「…………ケチ」
京子は頬を膨らませながらそう言った。正直クールビューティーが台無しである。
「もう、子供じゃないんだから我侭言わないの!」
「はぁ、それじゃあもういいわ、明日奈、行っていいわよ、シッシッ」
「さっきと態度が違う!?」
そう言いながらも明日奈は、笑いながら自分の部屋へと戻っていった。
「幸せだなぁ」
明日奈はそう呟くと、表情を引き締めながらアミュスフィアをかぶった。
「さて、待たせちゃってるから早く戻らないと」
そしてログインした後、アスナはきょろきょろと辺りを見回した。
「やっぱりいないか」
そして近くにキリトとリズベットとキズメルの姿を見つけたアスナは、
嬉しそうな顔で三人に駆け寄り、開口一番にこう言った。
「ちょっと聞いてよ、うちのお母さんがとんでもない事を言い出したの!」
「え~?何だって?」
「それがね……」
その少し後に、四人の楽しそうな笑い声がその場に響き渡った。
この日のアスナの幸せな時間は、その後もまだまだ続く事となった。