ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第763話 Aランクミッション(取り込み中?)

 さて、古来よりどんな戦いも百戦百勝とはいかないものである。

当然ハチマンであろうと、確率は低いが負ける時は負ける。

今回はその稀有な例を見てみよう。

 

 

 

 何度かBランクミッションを達成し、チームワークもしっかりとしてきたハチマン達は、

この日、遂にAランクミッションに挑む事にした。

そのミッションの名は『バイオハザードが起こった研究所から脱出せよ』といい、

ストレートすぎてハチマンも呆れるくらい、定番中の定番ミッションであった。

 

「さて、初のAランクミッションだが、まあ俺達は今まで通り、出来る事をやるだけだ。

失敗しても構わないくらいの気持ちでとにかくリラックスしていこう」

 

 実はこの日のレヴィは二日酔い状態であり、モエカは前日の仕事が遅くまでかかり、

かなり寝不足であった。二人ともその事をハチマンに伝え、

時間をずらしてもらうなり何なりすれば良かったのだが、

下手に体力のある二人の事、きっと大丈夫だと安易に考え、

そのままこの日の攻略に参加する事となった。とはいえその考えもあながち間違いではない。

レヴィにしてみれば、戦場にいる方がもっと過酷であり、

モエカはターゲットの張り込みなど、この程度の寝不足はしょっちゅうであったからだ。

とはいえこの日、二人のテンションが妙に高かった事は間違いない。

 

「うん、まあ王道よね」

「あっはっは、俺、こういうの昔の映画で見たぜ」

「ゾンビものの基本」

「まあそういう事だ、よし、行くぞ」

 

 ステージを開始して直ぐに場面が切り替わると、そこは病室のような場所であり、

四人が四人とも革のロープでベッドに拘束されている状態であった。

 

「………まさか全員が拘束された状態からスタートとはな」

「まあありうる状態じゃない?」

「そう言われるとそうだけどな」

「でもまあこれだけあからさまだと逆に分かりやすくていいじゃねえか、

近くに必ずヒントがあるはずだしよ」

「まあそういう事になるよな、よし、とりあえず周辺を観察だ」

 

 だがどんなに探しても、辺りにはそれっぽいスイッチも何も見つからなかった。

 

「一応あのロッカーの上に、ナイフっぽいのは見えるが……」

「誰か一人が脱出出来たらそれで全員解放出来そうね」

「問題はその最初の脱出方法だな、まさか時間じゃないだろうな」

 

 そのハチマンの言葉を聞いた瞬間に、ランがこう呟いた。

 

「別に一発クリアを目指してる訳じゃないんだし、

もしここで一番にこの拘束から抜け出せたら、ハチマンを襲うのはありかしら……

もちろん怒られると思うけど、別に実害がある訳じゃないし、

所詮ゲームの中での出来事よね……」

「おいこらラン、こんな時に何を言ってやがる」

 

 そう言われたランは、慌てたようにこう答えた。

 

「あ、あれ?今私、口に出してた?」

「おう、バッチリとな。後でお仕置きが必要だな」

「………」

 

 だがランはその言葉に何の反応も示さず、何か考え込んでいた。

 

「ん、何だ?」

「ううん、どうせお仕置きされるんだなって思って」

 

 その瞬間にハチマンは、自分の失敗を悟った。

結局お仕置きされるんだなと思ったランが暴走する未来が見えたからだ。

 

「あ、いや、しないしない、考えるだけなら自由だ、俺はお前の内心の自由を保障する」

 

 慌ててそう取り繕ったハチマンであったが、ランは何も反応しない。

 

(まずい……こいつなら本当にやりかねん)

 

 そう考えてハチマンは顔を青くした。

こういう場合、誰か一人がランダムに選ばれて先に自動で解放されるのは、

ゲーム的に十分ありうる展開だったからだ。

 

「レ、レヴィ、モエカ、頼むぞ、絶対にアイよりも先に拘束から逃れてくれ、

これで確率は四分の三になるから大丈夫なはずだ」

 

 そう言ってハチマンはレヴィとモエカの方に顔を向けたが、

二人もまた無言であった為、背筋を寒くする事となった。

 

「お、おい……」

 

 ハチマンはこの状況にかなり焦った。だが幸いな事に、天はハチマンに味方した。

 

 カチッ

 

 そんな音と共に、ハチマンの体を拘束していたロープが根元から外れたのだ。

これは強運のように見えて実はそうではない。

元々リーダーの拘束が時間経過で外れるような仕様だったからだ。

 

(ふう、これでやっと攻略に専念出来るな)

 

 ハチマンはロープを解きながらそう考え、三人の拘束を外す為にナイフを手にとった。

 

「よし、今解放してやるからな」

 

 そこでハチマンは、ピタリとその動きを止めた。

 

(これはもしかして、

最初に解放した奴が俺に襲いかかってくるなんて事があるんじゃないのか?)

 

 そんなハチマンの躊躇う様子を見たレヴィが、首を傾げながらこう尋ねてきた。

 

「ボス、どうかしたか?」

「あ、いや、悪い、このまま誰かの拘束を解いたら、

そいつに俺が襲われるんじゃないかなんておかしな事を考えちまった、

そんな事あるはずないのにな。今拘束を解くから待っててくれ」

「あははははははは」

 

 ハチマンは笑顔でそう言い、レヴィは面白そうに笑ったが、

笑っただけでそれ以上何も言わない。

 

「………おい?」

 

 だがレヴィはやはり何も言わない。

ハチマンはまさかと思い、モエカとランの方を見た。

ランは先程と変わらず静かにしており、、

モエカはいつも以上に無表情で、何を考えているのか分からない。

 

(こ、これは大丈夫なのか?)

 

 ハチマンは悩みに悩んだ末、ランの方に向かった。

 

 その理由は簡単である。この限定的な状況だと、

レヴィとモエカには遅れをとる可能性がある。ここはALOではないからだ。

だがランが相手なら、ランがコンバートしてきたが故にステータスこそ上を行かれるが、

素手の戦闘技術においてそうそう遅れはとらない、ハチマンはそう考えたのである。

 

「う………」

 

 ランもランで、拘束状態ではなく自由に動けるハチマンを自分が抑えるのは難しいと考え、

そんなうめき声を上げた。その声を聞いたハチマンは、心の中で安堵した。

 

(さすがのこいつらも、こうなったらふざけるのをやめて、

真面目にクリアを目指してくれるだろう)

 

 だがハチマンは勘違いしていた。

ランがうめき声を上げたのは、単にハチマンを独占出来なくなったからだったのだ。

そうなると手は一つである。

 

(ここは三人でかかるしかないけど、二人がどう考えているのかが判断出来ない。

ここは私がキッカケとなって、二人を覚醒させるしかない場面だけど、下手な行動をとると、

ハチマンに気付かれて真面目にゲームをクリアすると約束させられてしまうかもしれない。

つまり大事なのはタイミング、二人が解放された瞬間に、

二人にキッカケを与えつつ、ハチマンの脳に空白を作れればベストね、

そうなると私に出来る事は……)

 

 ランはハチマンに鍛えられた事により、以前よりもよく周りを見て、

よく考えるようになっていた。とんだ皮肉な事態である。

 

(よし、決めた。あとは細心の注意を払って……)

 

 ハチマンが多少警戒しているように見えた為、ランはあくまでも真面目な風を装い、

ハチマンに余計な事を言わせないように気を付けていた。

もしここでハチマンが一言でもゲームのクリアを目指す的な事を言ってしまえば、

その性格上、ランはその指示に逆らう事はしたくなかったからだ。

それはレヴィとモエカも同様であったが、遂にハチマンはその言葉を口にしなかった。

警戒しすぎて極力喋らないようにした、ハチマンのミスとは言えないミスである。

 

「それじゃあランから順番に三人を解放していくぞ」

 

 ハチマンはそう言ってランを解放した。

ランはハチマンに何かするようなそぶりはまったく見せず、

う~んと伸びをすると、ハチマンにこう言った。

 

「それじゃあ私は今のうちに室内をチェックしておくわ」

「おう、頼むわ」

 

 そしてハチマンはモエカを解放し、最後にレヴィを解放しようとした。

丁度その時ランが戻ってきてハチマンにこう報告した。

 

「ハチマン、私達が寝かされていたベッドの下に、私達の武器が貼り付けてあったわ」

「へぇ、拘束から解放される手段が簡単なのは、そういう事だったか」

「どういう事?」

「多分あっさりと拘束から解放する事により、この部屋は全然重要じゃないと思わせて、

室内の探索をしないまま外に出させるように仕向けたかったんじゃないか?

わざとナイフが一本目立つところに置いてあるのもその一環かもしれないな」

「ああ、いかにもありそうな手口ね」

 

 そう言いながらランは、メニューを開くような動作をしたが、

ハチマンは、所持アイテムの確認でもしてるんだろうなと思い、特に何も言わなかった。

 

「さて、最後になっちまったがレヴィを解放するぞ」

 

 そしてハチマンは、レヴィの拘束を解いて振り返った。

見るとランが慌しくメニューを操作しており、ハチマンもさすがにそれを訝しく思った。

 

「ラン、何をしてるんだ?」

「うん、邪魔されちゃったら困るなって」

 

 その言葉にハチマンの脳は一瞬真っ白になった。

だがそんなハチマンの視界の中で、モエカはハッとした顔をして、

ラン同様に忙しく手を動かし始めた。同時に後方からも、レヴィが何かしている気配がする。

 

(ヤバイ、ヤバイ、ウゴケ、ヤバイ)

 

 そう本能が激しく警鐘を鳴らしたせいで、

ハチマンは辛うじて一言だけ言葉を発する事に成功した。

 

「お、お前ら今一体何を……」

「さあ?」

「さすがはお嬢だぜ」

「千載一遇のチャンス」

 

 そう言って三人は、そのままハチマンに襲いかかった。

 

「「「いただきます」」」

 

 当然ハチマンは、三人に激しく抵抗した。

 

「いただきますじゃねえ!おいコラ離せ!」

「ちょっとくらいいいじゃない」

「おい馬鹿やめろ、俺の手を胸に押し付けるな!」

「減るもんじゃないからいいじゃねえかよ、

離してほしかったらそのまま指を動かして俺の胸を揉みやがれ!」

「どんな脅し文句だよ!くそっ、ふざけんな、ハラスメント警告さん仕事しろ!って、

ま、まさかさっきのは……」

 

 通常はとっくにシステムから警告が出ているはずなのだが、

いくら待てども警告が出る気配はまったく無い。

 

「うん、そのまさか」

「ハラスメント警告はさっきオフにした」

「そういう事かよ畜生!」

 

 ちなみにハチマンの側のハラスメント警告は当然機能していたが、

三人は巧妙に立ちまわり、警告を発動させるようなヘマはしない。

ハチマンは暴れたが、レヴィとモエカは戦いのプロであり、こういう揉み合いに滅法強い。

ランもランで、ハチマンの視界を塞ぐように手で目隠ししてくるなど、

レヴィとモエカの動きを邪魔しないようによく考えて行動していた。

そしてハチマンの手が何か柔らかい物に触れたが、ハチマンは状況を把握出来ない。

思い余ってハチマンが選択したのは、駄目元でモエカに助けを求める事だった。

この三人の中ではモエカが一番ハチマンの言う事を聞く可能性が高いと判断したからである。

 

「モエカ、お前は俺の味方だよな?助けてくれ!」

「もちろん味方、だから私はハチマン君に一番喜んでもらえる選択肢を選ぶ」

「お、俺に味方してもらえるのが一番嬉しいんだが!」

「違う、この手がそれを証明している」

 

 その瞬間にランがハチマンの目から手を離した。

見るとハチマンの手が触れていたのはモエカの胸であり、ハチマンは慌ててその手を離した。

 

「ほら、手が嬉しがってた」

「べ、別に嬉しくねえよ!?」

 

 そんなハチマンの目を、モエカはじっと見つめた。

ハチマンは慌ててその目を逸らし、その瞬間にモエカは口の端を僅かに持ち上げた。

どうやら笑ったらしい。

 

「やっぱり喜んでた」

「喜んでねえよ!?」

「ううん、喜んでた」

「だから……」

 

 そんな二人の仲のいい様子に嫉妬したのか、レヴィとランがこう声をかけてきた。

 

「私も背中から胸を押し付けてるんだけど!」

「もう片方の手で俺の胸も揉みやがれ!」

「うう、誰か何とかしてくれ!」

 

 その時入り口の扉がバタンと開いた。

ハチマンは、ここでまさかの助けが登場かと思って感動したように入り口の方を見たが、

その顔が一瞬で顔面蒼白になった。同様にランも、一瞬でその表情を変えた。

レヴィとモエカもそれを見て手を止め、入り口の方に振り返った。

 

「「あ」」

 

 そこには『取り込み中?』と聞きたげな感じで、

入り口から顔を覗かせるギガゾンビの姿があり、

四人は完全に硬直し、そのまま侵入してきたギガゾンビに、

順番にミンチにされていったのだった。

 

 こうして初めてのAランクミッションへの挑戦は、

四人の心に微妙なトラウマを残して終わる事となった。


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