「おいお前ら………いや、やっぱりいい」
四人纏めてミンチにされ、ロビーへと戻ってきた一同であったが、
ハチマンは三人に文句を言いかけ、そしてやめた。
三人が死んだような表情をしていたからである。
「今日はここでやめておくか」
さすがにそう口に出したハチマンの腕を、しかし三人はガシッと掴んだ。
「行きましょう」
「さすがにこのままじゃ終われねえ」
「このまま落ちても絶対に寝れない」
「そ、そうか、自業自得とはいえそこまで悔しかったんだな、それじゃあ行くか」
そして四人はすぐさまリベンジへと向かった。
とはいえハチマンの言う通り自業自得なので、
リベンジというのは少し間違っているかもしれない。
そしてステージは再びの拘束状態から開始された。
その状態でハチマンは、仲間達にこう指示を出した。
「先ずはやる事を確認するぞ、多分俺が最初に解放されるから、直ぐに全員の拘束を解く。
そしたらベッドの裏の武器を回収だ。そして一分ほど全員で室内に何か無いか確認し、
部屋を出てそのまま右に行く。さっきギガゾンビはドアの左から顔を出していたからな、
おそらくそっちに行くと鉢合わせしてしまうはずだ」
「「「了解」」」
そして予定通りにハチマンが解放され、ハチマンは最速で全員の拘束を解いた。
「鉤付きロープを発見」
「手榴弾発見」
「孫の手発見」
「何で孫の手……皮すき発見」
「皮すきって何?」
「これだ」
それは一辺が刀のように鋭くなっている三角形の金属板に、木の取っ手がついた物だった。
その尻の部分も金属で覆われており、ハンマーとしても使えるようだ。
「何それ?」
「塗装用の工具だな、シンプルなのに便利なんだぜこれ。
前に軽井沢で塗装の事を教えてくれた人が持ってたのを見せてもらったから知ってたわ」
「色々やってるのね……」
そして一同は部屋を出て右へと進んだ。
予想通りギガゾンビの姿は見えなかったが、とにかく敵の数が多かった。
この道は一本道で、基本敵はいないのだが、
途中にある扉の中からゾンビがわらわらと現れるのだ。
そしてどの部屋の中を覗いても何も無い、という事が繰り返されていた。
だがどうしてもこの状態では部屋を調べない訳にはいかない為、
一同は噛まれて感染しないように注意しながら敵を殲滅しつつ進んでいった。
「ここまでのゾンビ、全員白衣を着てるよな」
「確かにね、それにしてもこの施設、研究員多すぎじゃない?」
「大企業」
「うちがモデルだったら笑えるな………よっと」
そんな冗談を言いながらハチマンは、何匹目かのゾンビの首を刎ねたが、
直後に何かに気付いたような声を上げた。
「むっ」
「どうしたの?」
「いや、今倒した奴が変異種っぽかったんでな」
「あらそう?見た目じゃ分からなかったけど」
「随分と長い牙が生えてたんだよ、顎を突き破るくらいのな」
「うわ、本当だ、セイウちんと名付けておくわ」
「何だそりゃ、まあ他にも気になる所は無くもないんだが、とりあえず今はいい」
「ふ~ん、よく分からないけどまあ先へ進みましょう」
そしてその一本道は遂に行き止まりとなり、その突き当たりにある扉を残すのみとなった。
「ここが本命じゃなかったらやばいな」
「ギガゾンビとやり合わないといけねえな」
「まあ今はフル装備だし何とかなるんじゃない?」
「そうかもだが……まあとりあえずここからだ」
そしてハチマンが扉を開けた瞬間、中からいきなり変異種が現れた。
まるで犬のように四つん這いになっており、その口には巨大な牙が生えている。
「さっきの奴と一緒だな」
その部屋にはその敵しかおらず、たかが一匹ではハチマン達に対抗出来るはずもなく、
その変異種はあっさりと倒される事となった。
「ふ~む」
「何?どうかした?」
「いや、こいつの着てる白衣が、な」
ハチマンはそう言って、その白衣をしげしげと眺めていた。
その間に三人は部屋の中を調べたが、その部屋にも先へと続くルートは無かった。
「どうする?」
「さすがにこれだけ時間をかけちまうと、ギガゾンビが背後から来てもおかしくはねえよな」
「まああの部屋の滞在時間の長さがさっき襲われた理由だとは思うが、確かに怖いな」
「でも引き返すしかないかな?」
「途中までな、ちょっと確認しておきたい事がある」
ハチマンはそう言って、来た道を足早に戻り始めた。
「どこに行くの?」
「最初の変異種がいた部屋だ。実はあいつの白衣だけ、ちょっとデザインが違ったんだよ。
でもまあ変異種特有の白衣なのかなとか思ってその場は放置しちまったが、
今倒した変異種の白衣は他の敵の着てるのと同じだったから、
何かある可能性が否定出来ないと思ってな」
「へぇ、よく見てるわね」
そして最初の変異種がいた部屋に戻ると、ハチマンはその白衣をごそごそと探り始めた。
「………違いなんてある?」
「ん?ここを見てみろ、この袖のラインが一本多い。そして襟の形が違う」
ランはそう言われてその白衣を凝視し、やっとその違いを理解した。
「こんなの普通気付かないと思う……」
「こういうのは違和感を感じ取るんだよ、覚えとけ」
「う、うん、分かった」
「お、あったぞ」
ハチマンはその白衣のポケットから、何かカードのような物を見つけ出して取り出した。
「それは?」
「多分カードキーだな」
「でもそれっぽい扉は無かったわよね?」
「ああ、なので結局ギガゾンビのいる方に行かないといけないって事だな」
「うえぇ……」
「まあ動いてるとは限らないさ、覚悟を決めていくぞ」
そして一同は、最初に拘束されていた部屋の前を通過し、
すぐに突き当たりにぶち当たった。だが今回のそのドアは、今までの扉とデザインが違う。
躊躇っていても仕方がないので、一同はそこから中に入った。
「うわっ」
「い、いた!」
「こんなに近かったんだ……」
そこにはガラスの筒の中で眠る、ギガゾンビの姿があった。
「ハチマン、こっちの扉にカードキーのスロットがあるわよ」
「ここが出口か、しかしこいつはな……」
その筒に繋がる機械にはタイマーのような物がついており、
そのタイマーは残り一分を切ろうとしている所だった。
「まさかこのタイマーがゼロになったらこいつが出てくるのか?」
「このボタンを押せば止まるんじゃない?」
ランが指差すその先には、赤と青の二つのボタンがあった。
「かもしれないし、逆に早めに出てくるのかもしれねえぜ、お嬢」
「あ………そっか」
「こういう場合の定番か、赤の線を切るか青の線を切るかってか?」
「ど、どうする?」
「そうだな……」
ハチマンは少し考えた後、ランに向かってこう言った。
「こうなったら最初にそのボタンを見つけたランに任せるさ、
何、失敗しても気にするな、その時はこいつとここでガチでやり合おう」
「私が決めるの?」
「おう、お前の好きにしちまえ」
「うん、分かった!」
タイマーの残りは三十秒ほど、そしてランはボタンの前で一度目を瞑り、
その目をカッと開くと、そのボタンに手を伸ばしかけ、ピタリと止めた。
「どうした?」
「ど、どどどどうしようハチマン」
「だからどうしたんだよ」
「私ね、今はいてるパンツの色を選ぼうと思ったんだけど……
私今、メディキュボイドの中にいるからパンツを履いてないの!」
「心底どうでもいいわ!時間が無いんだよ、さっさと選べ!」
「どうでもいいとは何よ、ちょっとは興味を持ちなさいよ!」
「あはははは、あはははははは!」
「ぷっ………クスッ」
レヴィとモエカもそのやり取りを聞いて、さすがに笑いを堪えられなかったようだ。
「さすがだぜ、お嬢」
「最高」
「最低の間違いだ、モエカ」
「ああもう、それじゃあどうすればいいってのよ!」
「お前の好きにしろ、この際時間切れでも仕方ない、そうなったらなったで戦うだけだ」
「むむむむむ」
ランは尚も悩んでいたが、残り十秒を切った時点でその顔がパッと明るくなった。
「そうか、これよ、これしかないわ!」
そしてランは何を考えたのか、赤と青のボタンを『同時に』押した。
「え?」
「おお?」
「お、おいラン!」
だがその瞬間にカウントが止まり、筒の中のギガゾンビの体が崩れ始めた。
「マジかよ………信じられん」
「あははははは、やっぱりお嬢は面白え!」
「どうやって決めたの?」
「えっとね、私がいつかハチマンに脱がせてもらおうと思って、
密かに準備してあった勝負パンツの色にしたわ!」
「……………要するに紫か」
「おお、エロいなお嬢!」
「褒めすぎよ、レヴィ」
「誰も褒めてねえよ!」
「か~~~ら~~~の~~~?」
「いや、変わらねえからな?」
「えええええええええ?」
ランはそう絶叫し、その場に両手をついた。
「そ、そんな……自分でもちょっとエロすぎるかなと思った程のとっておきだったのに……」
「いや、ただ勝負パンツとか言われても、俺にはまったく想像出来ないからな」
「想像出来ないなら妄想くらいしなさいよ!」
「あ~はいはい、エロいエロい。レヴィ、モエカ、それじゃあ行くぞ」
「ちょっ、待って、私を置いていかないで!」
そんなつれない態度をとりながらも、前を行くハチマンの口元はニヤケていた。
(ランはもしかして、恐ろしい強運を持ってるのかもしれないな、
いつかそれが救いになってくれればいいんだが)
ちなみに赤のスイッチはギガゾンビの即時解放、
青のスイッチは時間を五分延長しての解放に設定されている。
どちらも押さなければカウント通りの解放だ。
このおそらく誰もが引っかかってしまう最初にして最大の難関を、
ランのおかげでクリアした一行は、かなり有利な状態でミッションを進められる事となった。