ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第076話 クラインの希望

「皆様、大部屋でお食事の用意が出来ております」

 

 七人が風呂からあがると、女将NPCがそう話しかけてきた。

 

「ん、誰か頼んだのか?」

「はいはい!俺俺!」

 

 そのハチマンの問いに、クラインが手を上げた。

 

「やっぱり温泉といえば大部屋でみんなで食事だろ?」

「お、おう……」

 

 そんなクラインの温泉へのこだわりに多少引きつつも、

悪い事ではないので皆大人しく従い、大部屋へと向かった。

ちなみにアメニティ扱いで、浴衣がしっかりと用意されていた。

これはこれで家で重宝するので、特にアスナはとても喜んでいた。

ハチマンも、これで家でもアスナの浴衣姿が見られると喜んでいたのだが、

もちろんそんな態度はおくびにも出さなかった。

 

「おおー、ここもいい感じの部屋だな」

「いかにも温泉って感じだね」

「私、温泉とか行った事ないんですごく新鮮です!」

「そうか、現実に戻ったらシリカもいつか本物の温泉に連れてってやるからな」

「ハチマンさんありがとうございます!」

「おい、ハチマンだって温泉とか何度も行った事があるわけじゃないだろう……」

「行った事の有る無しの間には、超えられない壁があるから別にいいだろ」

「それは確かにそうだけどさ……」

 

 ハチマンは周りを見渡し、この中で温泉に行った事のある者に挙手を促した。

手を上げたのは、なんとエギルだけだった。

ハチマンはエギルに駆け寄り、手を取って賞賛した。

 

「さすがエギル、日本人の心がよく分かってるな!」

「ハチマンが日本人代表みたいな事を言ってる……」

 

 エギルはハチマンのその言葉に少し首を傾げつつ、何かに気付いたように答えた。

 

「ああ、言った事無かったか?俺は日本生まれの日本育ちのチャキチャキの江戸っ子だぞ」

「そうなのか!」

「そうだったんですね!」

「おう」

 

 そのエギルの言葉を聞いた一同は、ややエギルとの距離を詰めたようだ。

そのいかにも日本人的な反応は、エギルにとっては慣れ親しんだものだった。

日本人は、見た目がいかにも外人という場合やや怖がるケースが多いが、

生まれが日本だと聞くと安心して距離を詰める部分が確かにある。

それはさておき、一気にヒーロー扱いになったエギルを見て、

クラインは対抗意識を燃やしたのか、前に出て宣言した。

 

「よし、俺が日本伝統の裸踊りの芸をする!」

「おい……クラインそれはさすがに」

 

 キリトが即座に突っ込み、止めようという素振りを見せたが、ハチマンはそれを止めた。

 

「いいんだキリト。クラインは日本男児の心意気を見せたいだけなんだ。

だからそれを止める理由は俺達には無い」

 

 そう言うのと同時にハチマンはアスナに目配せをし、

アスナがリズベットとシリカに何か耳打ちしたが、男連中は誰も気付いていなかった。

 

「よしクライン、全力でお前の魂の篭った裸踊りを披露しろ!行け!クライン!」

「任せろ!俺の生き様、見せてやるぜ!」

 

 クラインは張り切って前に出て、いざ服を脱ごうとした。その瞬間にハチマンが叫んだ。

 

「よし、アスナ、リズ、シリカ!ハラスメントコードを発動させろ!

この馬鹿を監獄送りにしてやれ!」

「おいいいいいいいいいい」

 

 クラインはギリギリのところで服を脱ぐのを止める事に成功した。

 

「ちっ、もう少し遅くに叫べば良かったか」

「ハチマン!てめえ今何て事をしようとしやがった!」

「いや、今のは明らかにクラインが悪いと思うぞ……」

「まあ、クラインが悪いな」

 

 キリトとエギルは上手に空気を読み、ハチマンに味方した。

クラインはぐぬぬとなりながらも、泣きながら裸踊りを諦めたようだ。

そんなクラインは、泣きながらいきなり独白を始めた。

 

「くそ、俺はどうすればヒーローになれるんだ。

格好つけても決まらないし、笑いを取ろうとしてもすべっちまう。

いつになったら俺に春が訪れるんだよ……」

 

 それはクラインの魂の篭った独白だった。さすがのハチマンも思う所があったのだろう。

少しだけクラインに優しくする事にしたようだ。

 

「あー……すまんクライン、つい俺も悪ノリしちまったようだ」

「いや、いいんだハチマン。俺はきっとこういう星の下に生まれた男なんだ」

 

 ハチマンは頭をぼりぼりと掻きながら、まず女性陣に質問した。

 

「なあお前ら、お世辞とかを抜きにして、クラインの事をどう思う?」

「うーん、明るくて前向きでいいと思うよ」

「ちょっとお調子者すぎる所はあるけどね」

「本当はすごく真面目で誠実な人なんじゃないですかね?」

「お、意外と高評価だな。じゃあ、お前らから見るとどうだ?」

 

 ハチマンは、今度はキリトとエギルに尋ねた。

 

「仲間想いで面倒見がいい?」

「ムードメーカーだな」

「こっちも中々高評価じゃないか。なんでこんなクラインに彼女が出来ないんだ?」

「うーん、女の目から見ると、彼女が欲しいオーラを出しすぎている気はしますね」

「なるほど。でもちゃんと見ると、全体的にはいい奴って事でいいのか?」

「いい人って、正直私達に言わせると、褒め言葉とも言い切れないんだけどね」

 

 シリカとリズベットがそんな事を言い、アスナがそこに言葉を付け加えた。

 

「まあ、ハチマン君には全体的に劣るかな」

「おいアスナ、俺が大好きなのは分かったから、とりあえず静かにしていような」

「はーい」

 

 ハチマンは今の意見を参考に、深く、それはもう深く考え込んだ。

何か葛藤しているようにも見える。

やがて結論が出たのか、皆が注視する中、ハチマンはクラインに質問を始めた。

 

「クライン、お前今いくつだ?」

「多分今は二十六になってるはずだ」

「お前年上は好きか?」

「むしろ年上が好きだな」

「喫煙者でちょっと私生活にだらしない所がある女性をどう思う?」

「俺はそんなの気にしない」

「おっさんくさい部分がある女性とかどう思う?」

「それもその人の魅力だろ」

「ふむ……その人が決して美人とは呼べない見た目の人でも気にしないか?」

「俺は、俺をちゃんと見て好きになってくれる人なら、そんなの気にしねえ!」

「そうか……」

 

 ハチマンが思い浮かべていたのは当然平塚静の事だった。

最後の質問は、いわばクラインを試すためのフェイクの質問だったが、

どうやらクラインは、それも無事クリアしたようだ。

 

「分かった。もし現実に帰還できたら、俺が今言った条件に当てはまる女性を紹介してやる」

「まじかハチマン!」

「大マジだ。ただし二年前の話だから、今はもしかしたら決まった人がいるかもしれない。

その時はスッパリと諦めろ」

「分かった」

「ちなみにその人は、俺にとってはとても大切な人だ。もし泣かせるような事があったら、

俺はあらゆる手を使ってお前を社会的に抹殺する」

「ハチマンが言うとマジで洒落にならねーなおい!だが俺は絶対にそんな事はしねえ!」

「それじゃクライン。お前はそれを希望に思って、これからもっと攻略を頑張れ。

そして俺達の手で絶対にこのゲームをクリアして、全員で現実に帰還しよう」

「おう!」

 

 残りの五人もそれを唱和し、改めて一同は、現実への帰還を誓った。

 

「それじゃ飯にしようぜ。今日はちょっと豪勢にいくか」

「よし、ここは俺が奢るぜ!」

「当たり前だろ」

「お、おう……」

 

 その夜はまたも宴会となり、一同は楽しい時間を過ごす事が出来たようだ。

同時に現実へ帰還した後の集合場所も、エギルの店と決定された。

御徒町にある、ダイシーカフェという店らしい。

もしかしたらもう潰れている可能性もあるが、

そこらへんは政府が上手くやってくれていると信じようという事になった。

そして宴会も終わり、ハチマンとアスナは二人で家族風呂に入っていた。

 

「今日も楽しかったね」

「ああ。二人で温泉に行くのは宿題って事にするか。現実世界で行けばいいんだしな」

「そうだね」

「そういえばうちは一般的な共働きのサラリーマンの家庭だが、

アスナのご両親は何の仕事をしてるんだ?」

「えーとね、レクトっていう会社のCEOをやってるよ」

「うげ……めっちゃ大手の電機メーカーじゃねーか……しかもCEOか?

これは本格的にそっちの勉強もしないと、アスナのご両親に認めてもらえないっぽいな」

「頑張ってね、私の旦那様」

「おう!」

 

 ハチマンは決意を新たにした。そんなハチマンを微笑みながら見つめていたアスナは、

なんとなしにハチマンに尋ねた。

 

「そういえば、ハチマン君は千葉に住んでるんだっけ」

「ああ」

「千葉で知ってる人って、雪ノ下さんくらいかなぁ……」

「え?雪ノ下って、名前は?」

「知ってるって言うか、面識があるくらいだけど、雪ノ下陽乃さんて人」

「まじかよ……」

 

 ハチマンは、雪ノ下陽乃と自分の関係を、簡単にアスナに説明した。

 

「世間って思ったより狭いんだねぇ」

「だがこれは朗報と言えるな。いざとなったら陽乃さん経由でアスナに連絡がとれる」

「あっ、そうだね!」

「とにかく、まずは二人一緒に現実世界に帰還しないとな」

「クラインさんに女の人を紹介しないといけないしね。

あれってハチマン君が前話してくれた、先生の事だよね?」

「ああ、話した事があったのか。そうだな、俺が一番尊敬する人だ」

「でも、美人って話じゃなかったっけ?」

「ああそれはな、クラインが美人じゃなきゃ嫌だとかぬかしやがったら、

この話は無しにするつもりだったからな」

「なるほどね」

「まあとにかくだ」

 

 そう言いながら、ハチマンはアスナを抱き寄せた。

二人とも裸だったのでアスナは恥ずかしく思ったが、どうやら嬉しさの方が勝ったようだ。

 

「これからも宜しくな、アスナ」

「うん、これからも宜しくね、ハチマン君」

 

 そして二人はそのまま唇を重ねた。

プログラムされた無機質な夜空だけが、それを見ていたのだった。


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