ハチマン達が扉を開けると、そこは左右に別れた通路になっており、
左は培養室、右は居住区という案内板が壁に付けられていた。
「培養室とか想像したくもないな……」
「必要なアイテムとかも無さそう」
「ここはやっぱり居住区?」
「だな、辺りを警戒しつつそっちに向かおう」
しばらく進むと突き当たりに階段があった。その階段は上下に伸びており、
ハチマンは思わず舌打ちをした。
「チッ」
「どうしたの?」
「いや、さっきのギガゾンビの所にあったボタンといい、
このシナリオを作った奴は性格が悪いなと思ってな」
その言葉に首を傾げる三人に、ハチマンはこう説明した。
「見てみろ、階段が上下に分かれてるだろ?つまり選択を間違えたら、
ここからの脱出はほぼ確実に失敗するって事だ」
「あっ」
「そういえばそうだな……」
「運命の分かれ道?」
「そういう事になるな、よしラン、またお前が選べ」
「ええええええええ?また私?」
困った顔でそう言うランに、レヴィが笑顔で言った。
「大丈夫だお嬢、失敗したらしたでそれもまた楽しいってもんだ」
そしてモエカもランの肩に手を置き、うんうんと頷いた。
そして最後にハチマンがこう言った。
「ラン、今日のお前には強運の星がついてる、何も考えずに本能のまま行動してみろ」
「本能のまま……本能、本能……」
ランはそう呟いた後、ハッとした顔でハチマンを見て、直後にもじもじし始めた。
「や、やっぱり恥ずかしいよ、人の見てる前でハチマンとするなんて……」
「いいから真面目にやれ」
「あっ、はい………」
ハチマンに冷たい目で見られながらそう言われ、さすがのランも反省し、
どちらを選ぶか真剣に考え始めた。
「上か下か……」
そしてランは顔を上げ、真っ直ぐな瞳でハチマンに言った。
「上に行きましょう」
「おう、ちなみに理由を聞いてもいいか?」
「例えば女性のゾンビが出てきたとするじゃない、下から見上げれば、
そのゾンビのパンチラが拝めるかもしれないわ!これも全てハチマンの為の選択なのよ!」
「おうそうか、それじゃあ女ゾンビのパンツを見る為に上に行くか」
「やっ、ごめん、冗談、冗談だってば!………って、あれ?」
ランはハチマンに叩かれるなり何なりされるだろうと予想してそう言ったのだが、
ハチマンは平然とランの指示に従って上へと向かって歩き出した。
「えっと……怒らないの?」
「何で怒るんだよ、さっきも同じようなくだらない理由でボタンを押したじゃないかよ。
そしてそれは正解だった、だったら今回も迷う事はない、俺はお前を信じているからな」
「ハ、ハチマン……」
ランは感動した顔で、うるうるとした瞳をハチマンに向けた。
「後はお前が女ゾンビのパンチラを拝めれば完璧だな」
「私はハチマンに見て欲しかったんですけど!?」
「俺にはそんな趣味は無え」
ハチマンはランの妄言をバッサリと切って捨てた。だがランは諦めない。
「肌色率がほぼ百パーセントのゾンビだったらどう?」
ハチマンはその言葉に一瞬動きを止めたが、直後に呆れたような顔でランに言った。
「(無くもないが……)そもそも何故お前はそんなに女ゾンビのパンチラに拘るんだよ」
「ハチマン、今一瞬心が動いたでしょ!」
「気のせいだ」
「いいえ、絶対に心が動きました!」
「なるほど、構ってちゃんか」
「ぐっ……」
その言葉は確かにランの痛いところを突いたらしい。
今のランは、とにかくハチマンに相手をして欲しがっていた。
ハチマンは何故かと考え、とある事実に思い当たり、鎌をかけるつもりでランにこう言った。
「ははぁ……そんなにユウがいなくて寂しいのか?」
「べっ、別にユウなんかいなくても私は平気ですし?」
その反応から、その言葉がまさに真実を言い当てた事を悟ったハチマンは、
ニヤニヤしながらランの頭に手を置いた。
「そうかそうか、あっはっは」
「べ、別にそんなんじゃないから、本当だから!」
「お前にもそんな部分があったんだなぁ、うんうん、
しばらく俺達が一緒に遊んでやるからあまり寂しがるなよラン兎」
「何で兎?」
「知らないのか?兎は寂しいと死んじゃうんだぞ、
だから俺はお前を寂しがらせたりはしない」
「う、うぅぅ、そういう所がずるい!」
ランはそう言って顔を赤くし、下を向いた。その直後にハチマンはピタリと足を止めた。
「ストップだ、上に何かいる」
その言葉を聞いた瞬間にランのスイッチが切り替わり、ランは鋭い目を上へと向けた。
まだまだ甘いが、さすが一流の世界に足を突っ込みかけているだけの事はある。
「敵?」
「そうだな、まあでも足音からするといいとこ数体だろ」
「どうする?」
「とりあえず見極める、少し待ちだ」
ハチマン達は、踊り場の角から上の階の様子を伺った。
ずるずるという音が徐々に大きくなり、そして姿を現したのは………
肌色率百パーセントの女研究員のゾンビであった。
そのゾンビ達はかなりミニなスカートを履いており、
その奥から色とりどりの布がチラリチラリと顔を覗かせていた。
その絵面だけ見れば確かに派手であり、
無表情な上に足を引きずっているのが微妙にエロさを感じさせる。
「「「「っ………」」」」
四人は同時に絶句し、特にランは、え?本当に?みたいな表情をしていた。
自分で言った事が実現した形だが、さすがのランも、
これをネタにハチマンをからかう余裕も無いほど驚いているようだ。
「………まあこういう状況もありえなくはないと思ってはいたが」
「えっ、そうなの?」
「さっき無言だったのはその想定が頭に浮かんだからだ。
見てみろ、あの見た目なら、思わず攻撃を躊躇うプレイヤーもいそうだろ?」
「あっ、確かに……しかもパンツに目がいって瞬殺される馬鹿も絶対いそう!」
「………表現はともかくまあそういう事だ、このステージを設計した奴は本当に性格が悪い」
「私達には関係ないけどね」
「まあそうだな」
ハチマン達はそのまま問題なくその肌色ゾンビ達を殲滅した。
この中に、見た目が普通だからと躊躇うような甘い者はいない。
「さて、これで地下四階までは来れたが……」
「左右どっちの通路も見渡す限り、ずっと続いてるね……」
「ここまで広いとさすがにだるいな」
「どうする?」
「そうだな……手持ちのアイテムからするとワンチャンあるかもしれん、
ここは一つ、ショートカットするか。おいラン、もう一度お前の強運を見せてくれ」
「えっ、失敗したらって考えたら微妙に嫌なんだけど」
「大丈夫だ、今度こそ失敗しても何も問題はない、ある事を試すだけだ」
「ある事って?」
ハチマンはそう問われ、天井を指差した。
「手榴弾で天井を爆破して、鉤つきロープで上に上がる」
その言葉にランは絶句した。レヴィは面白そうに口笛を吹き、
モエカは黙って手榴弾と鉤つきロープを取り出した。
「という訳で、お前の勘にピピッと来る場所を探してくれ」
「はぁ、別にいいけど、本当に適当に選ぶからね!」
「それでいい」
ランはそのまま先頭に立ち、上を見ながら歩いていく。
やがて立ち止まったのは、何の変哲もない通路のど真ん中であり、
しかもランの視線は真横を向いていた。
「この向こうからラブコメの波動を感じる」
「ラ波感?何だ?」
「分からないけどとにかくラブコメ、でも外に出れそうな気がする」
「上じゃなく横か………」
さすがに遮蔽物も何も無いこの場所で手榴弾を使うのはリスクが高いように思われた。
四人はどうすればいいか相談し、皮すきを力任せに壁沿いの地面に斜めに突き刺し、
そこに手榴弾をセットして、ピンに鉤つきロープを引っ掛け、
そのロープの先をハチマンの腰に巻き付けた。
「使い道が無さそうな物でも、工夫すればそれなりに何とかなるもんだな」
「後はお願いね」
「おう、とにかく全力で走るわ」
そしてハチマン一人が手榴弾の所に残り、三人は遠くに避難し、その場に伏せた。
そのままクラウチング・スタートの要領で走り出したハチマンが、
一気にトップスピードに乗った辺りで手榴弾のピンが抜けた。
そのままハチマンは、三秒後に三人が伏せている場所まで到達し、同様にその場に伏せた。
バンッ!
その音から、どうやら思ったよりも威力が抑えられていたようではあるが、
手榴弾は問題なく爆発し、壁にぽっかりと穴が開いた。
「さて、奥はどうなっているのやら」
「ラブコメの波動が強くなった!」
「本当かよ……」
四人はそのまま壁の穴を潜り、その奥へと足を踏み入れた。
そこは宿直室的な部屋なのだろうか、水道があってトイレやシャワーがあり、
そして部屋の隅に置かれたベッドには、一人の女性がぐったりと横たわっていた。
「あれってゾンビか?」
「どうだろう」
「よし、せっかくだしこの残った孫の手でつついてみるね!」
ランはそう言って一歩前に出た。そのまま慎重にその女性に近付き、
孫の手でその女性の胸をもにゅもにゅした。
「おお、ナイスな巨乳、まるで生きているような弾力!
でもどうやら動かない方の死体で間違いないみたいね」
「…………おい」
「ちょ、直接じゃないからセーフ、セーフよ!!」
「お前は本当にブレないよな」
そう言いながらもハチマンはその物言わぬ死体に近付いた。
見るとその手に何かが握られている。
「ん?写真か?」
「あっ、そこから強いラ波感!」
それは小さな写真立てであった。そこに飾られていた写真は………
「あれ、これってボスと大ボスじゃねえの?」
「どう見ても事後」
「ハ、ハチマンの浮気者!」
「んな訳ねえだろ!何だこの捏造写真は……」
それは裸で眠る男性と、胸を布団で隠しながら嬉しそうに微笑む女性の写真であり、
二人は完全無欠の愛し合うカップルに見えた。
ところがその顔はどこからどう見ても八幡と陽乃の顔であり、
ハチマンはその写真を見て、慌ててその死体の顔を見た。
「姉さん……」
「うお、マジだ、これって大ボスの死体かよ」
「という事は……」
「このミッションの考案者って……」
そしてハチマンはぷるぷると震えながら、絞り出すような声で言った。
「そうか、道理で道中の端々から、考案者の性格の悪さがにじみ出てる訳だ……」
「って事は出口はここね!」
そう言いながらランが、いきなりそのベッドをずらした。
見るとそこにはポッカリと穴があいている。
「おお?凄えなお嬢!」
「どうして分かったの?」
「えっとね、多分私なら、愛するハチマンをこの部屋から逃がして、
その入り口をベッドで隠して死んでもそこを守るかなって」
そう言いながらランはドヤ顔でハチマンの方を見た。
ハチマンは苦笑しながらランの頭に手を乗せ、こう言った。
「そういう場合、そこで死体になってるのは俺だと思うぞ」
「あっ、た、確かにハチマンならそうかも!」
「まあでもこの部屋が、今ランが言ったようなシナリオを前提に作られたのは確かだろうな、
とりあえず中に入ってみるか」
「うん!」
そしてレヴィが笑顔でこう言った。
「まさかこれで終わりなんて事はさすがに無いと思うけどな!」
その一分後、レヴィは呆然とした顔でこう言った。
「さすがにあったわ」
「レヴィ、日本語が変」
「仕方ないだろモエモエ、さすがにこれは想定外すぎるだろ」
その抜け穴はそのまま外へと通じていた。あと一歩踏み出せばクリア認定されるであろう。
「まああの部屋までたどり着くのに本来ならもっと苦労するんだろうな」
「ああ、確かにそうか、って事は、やっぱりお嬢凄えって事になんのか」
「ありえない強運だな、まあこれが続けば大したもんだが」
「続くに決まってるじゃない!」
そう言ってランは一歩を踏み出し、このAランクミッションはクリアされた。
後日談。
その次の日、別のAランクミッションに挑んだ四人は、今度は死ぬ程苦労する事になった。
何とかミッション自体はクリアしたが、ランの選択がことごとく裏目に出た為である。
「な、何でこうなるの!?」
「まあこんなもんだろ、お疲れさん」
「納得行かないいいいいいいい!」
あの日の強運は、陽乃の執念がランに乗り移りでもしたせいだったのだろう。
それ以降、ランの身にあの日ほどの強運が舞い降りたのは、たった一度だけである。
その時八幡は日本にはいない。