Aランクミッションをクリアした次の日、八幡はソレイユ本社にいた。
「あっ、八幡……様、お帰りなさいませ」
八幡の顔を見たかおりは、思わずいつものように話しかけようとし、慌てて言い直した。
「かおり、そういうのはいいから」
「てへっ」
かおりはそう言って自分の頭をコツンと叩き、
八幡はそんなかおりに対し、妙に真面目な顔を向けた。
「な、何?」
「かおり」
「う、うん」
かおりはその真剣な眼差しに思わず頬を赤らめた。
直後に八幡は、とても優しい笑顔を見せながらかおりにこう言った。
「てへっ、は俺達の歳だともうきついと思うから気を付けろよ」
かおりはそう言われ、一瞬固まった後、拳を握ってぷるぷると震え出した。
「そ、そんなの分かって………って、あれ?える、八幡は?」
「八幡さんなら凄いスピードで逃げていったよ」
「くっ、相変わらず逃げ足が速い……」
「ほらほらかおり、仕事仕事!」
「あっ、いらっしゃいませ、ソレイユへようこそ!」
こうして直ぐに切り替えられる辺り、かおりの成長のほどが伺える。
「さて、本丸へと向かう前に裏をとるか」
八幡はそう呟くと、第一開発室へと向かった。
「おお?ハー坊、どした?何か用事カ?」
「あっ、八幡さ~ん!」
そんな八幡をアルゴが出迎え、舞衣もこちらに手を振ってきた。
この第一開発室を使っているのは基本、アルゴと舞衣、そしてダルだけである。
他の者達は皆、新設された第二開発室にいる。
今はそちらが主力になっており、第一の方は本当に大事な部分だけを担当しているのだ。
「なぁアルゴ、ゾンビ・エスケープについて一番詳しいのは誰だ?
特に『バイオハザードが起こった研究所から脱出せよ』
っていうAランクミッションについてな」
「んん~?そのミッションだけうちで開発したはずだぞ、
担当したのは確かマイマイだったカ」
「ほう、わざわざ第一で担当したのか、しかも舞衣がな……」
そう呟いた八幡は、舞衣のいたデスクの方を見たが、舞衣の姿はいつの間にか消えていた。
「あれ、おいアルゴ、舞衣はどうした?」
「ん?お~いマイマイ?あれ、ついさっきまでそこにいたよナ?」
「ああ」
八幡はそう答えると、後ろ手に入り口の鍵をガチャッと閉めた。
「え………おいおいハー坊、乱交でもするつもりカ?」
「お前はもっと言葉をオブラートに包め」
「根が正直なもんでな、欲望には素直になる主義なんだヨ」
「………まあいい、とりあえず舞衣に用事がある、探すのを手伝ってくれ」
「ん~?あいヨ」
一方こちらは八幡の口から『バイオハザードが起こった研究所から脱出せよ』
という言葉が出た瞬間に、少し離れた所にあるダルのデスクの下に隠れた舞衣である。
(やばいやばいやばい、まさかあの事が八幡さんに知られた!?
あそこに到達出来る人なんているはずないって思ってたのに……)
陽乃に依頼されたとはいえ、ノリノリでプログラムを組んだ舞衣は、
そう考えて背筋を寒くした。
(ど、どっちだろ……確率は七分の一だけど……)
実はあのゲーム内の陽乃の写真と姿は、
週に一度だけ舞衣の姿に変わるようにプログラムされていたのである。
それが舞衣がノリノリで作業を行った理由であった。
そして八幡とアルゴの足音が、コツコツと遠ざかっていった。
どうやら入り口から遠い所を探しているようだ。
(チャンス!今のうちにあの鍵を外して外に出さえすれば……)
そう考えた舞衣は、デスクの下から出てこそこそと入り口へ向かって這っていった。
(あと少し……)
そう思って取っ手に手を伸ばした舞衣の首根っこがいきなり誰かに捕まれた。
「ヒッ……」
舞衣は慌ててその主を確認しようとしたが、
首根っこを押さえられている為に振り向く事が出来ない。
そして背中の方から今一番聞きたくない声が聞こえた。
「おう舞衣、床に這いつくばって具合でも悪いのか?
よしよし、俺が仮眠室へと運んでやろう」
「だ、大丈夫、ちょっと立ちくらみがしただけだから!」
「立ちくらみ?そうか、それじゃあ立ちくらみによく効くマッサージをしてやろう」
「ヒッ……」
そして舞衣は、有無を言わさず八幡にお姫様抱っこされた。
「おいアルゴ、仮眠室だ」
「がってん承知だゼ!」
そして三人はそのまま仮眠室に入っていき、
八幡は舞衣をベッドに横たわらせ、アルゴがその舞衣を背後から拘束した。
「さて、立ちくらみに効くツボはここだな」
八幡はそう言って舞衣の足裏に指を当てた。
「い、痛くしないで……」
舞衣は懇願するようにそう言ったが、八幡は顔色一つ変える事はない。
「大丈夫だ、これが終わればお前は今よりも健康になれる」
「痛くする事を否定しない!?
あっ、八幡さん、その位置だと私のパンツが見えちゃいますよ!」
舞衣はあの手この手で、せめて足裏マッサージだけは避けようと試みたが、
八幡は尚も顔色一つ変える事はなかった。
「大丈夫だ、そういうのは他の奴で見慣れてるから」
「くっそおおおお、みんなの馬鹿馬鹿馬鹿!」
そしてしばらくの間、仮眠室には舞衣の悲鳴と嬌声が響き渡り、
少し後に、アルゴが拘束するまでもなく、舞衣はぐったりとベッドに横たわった。
「な、なぁハー坊」
「ん?どうしたアルゴ」
「とりあえずノリで手伝ったけど、マイマイは一体何をしたんダ?」
「それを今から聞き出す、まあ大体分かってるんだけどな」
そして舞衣の尋問が始まったが、舞衣は全く抵抗する事なく、
八幡の質問にスラスラと答えていった。
「ふぁ、ふぁい……確かに私があの写真と死体のプログラムを組みまちた……」
「なるほどなるほど、それは全部姉さんの指示って事でいいんだな?」
「そ、そうでしゅ……」
「分かった、忙しい中すまなかったな、俺は社長室に行ってくる」
「ふぁ、ふぁい……行ってらっしゃいましぇ……」
舞衣は息も絶え絶えにそう答え、八幡は立ち上がった。そんな八幡にアルゴが言った。
「おいハー坊」
「ん?」
「オ、オレっちにも痛くないようにその、ちょこっとだけマッサージを頼む、
特に肩を中心にナ」
「分かった、でもちょっとだけだぞ」
そしてアルゴは八幡に肩周りを揉まれ、極楽にいるような表情をした。
「これは気持ちいいナ……」
「ず、ずるい……」
それを横で見ていた舞衣が、恨めしそうな目で言った。
「お前の体もかなり楽になっているはずだが……」
「確かにそうですけど!そうですけど!」
そしてアルゴも少ししてふにゃふにゃになり、そんな二人を残して八幡は外に出ていった。
「マ、マイマイ、しばらく休憩ナ……」
「うん、どうせ立てないしね……」
(どうしよう、他のステージの事も早めに言って謝った方がいいのかな……)
そして最終目的地である社長室に到着した八幡は、コンコンコンとドアをノックした。
「は~い、どうぞ~?」
八幡はその声に従い中に入った。見ると陽乃はデスクに座り、
休憩しているのかのんびりをお茶を飲んでいる所だった。
「ちょっとお疲れみたいだな」
「ん~、まあねぇ、最近書類仕事が多くてねぇ」
「それなら俺が肩を揉んでやろう、こっちのソファーに座ってくれ」
「あら優しい」
陽乃はそう言って、大人しくソファーへと移動した。
「さて、とりあえず肩のこりを集中的にほぐすか」
「うん、お願い」
八幡は真面目に施術し、陽乃は気持ち良さそうに目を細めた。
「あっ、う~、いいわぁ、出来ればもうちょっと前の下の方をお願い」
「断固として拒否する」
「え~?そこが一番重いのに……」
「重いだけで凝ってはいないよな?」
「そんな事、触ってみないと分からないじゃない!」
「ああ、はいはい、きっと柔らかい柔らかい」
「昔は今程度の会話で顔を赤くしていたのに……」
「慣れたんだよ、今や姉さんの地位は絶対じゃない。
小猫や理央、レヴィに萌郁にマックス、まあ沢山いるからな」
「ぐぬぬぬぬ、私のアドバンテージが……」
そんな会話で様子を見つつ、八幡は本題に入る事にした。
「そういえばゾンビ・エスケープって、うちが運営してたんだな」
「あら、言ってなかったっけ?」
「おう、さすがにそこまでは把握してなかった」
「もしかしてプレイしてみた?」
「ああ、この前Aランクミッションの、『バイオハザードが起こった研究所から脱出せよ』
を、苦労して何とかクリアしたところだな」
その言葉に陽乃は一瞬動きを止め、探るようにこう質問してきた。
「あれはAランクミッションの中でも特に難易度が高いのに、よくクリア出来たわね」
「一度失敗したけどな。いやぁ、赤と青の選択で両押しとか鬼すぎんだろ」
「えっ?あそこでイモータルオブジェクトを排除出来たの?」
「イモータルオブジェクト?ああ、あのやばいゾンビの事か、ってか詳しいんだな、姉さん」
「ま、まあうちの製品みたいなものだし?」
八幡にそう言われ、陽乃は慌ててそう取り繕った。
「で、その後はどうしたの?」
「ああ、普通に階段を上ってかなり長い時間うろうろさせられたが、
まあ何とか地上までたどり着いたわ」
「へぇ、そう、へぇ、それは大変だったわね」
その八幡の言葉に陽乃はあからさまにホッとした表情を見せた。
そのせいで自己主張したくなったのか、陽乃はドヤ顔で八幡にこう言った。
「実はあのステージは私が設計したのよ!」
「マジか、最初に拘束された時にベッドの下に武器があるとか盲点で見逃しそうになったわ」
「ふふん、わざと目立つ所に武器っぽいナイフを置いて、目を逸らさせる心理的トラップよ。
って、武器も見つけたんだ?」
「まあ萌郁は優秀だからな」
「萌郁ちゃんも一緒なのね、へぇ、やるもんねぇ」
「ちなみに次のカードキーを見つけたのは俺だ」
「片っ端から敵を倒して何か持ってないか調べたの?」
「いや、あいつだけ制服のデザインが違ったからな、まあ分かりやすかった」
その八幡の言葉に陽乃はぽかんとした。
「えっ、あれが分かったの?」
「違和感を感じたからな」
「くっ、生意気な……それじゃあ次のボタンの選択も八幡君が?」
「いや、あれはアイだな」
「アイ?ああ、眠りの森の?あの子も一緒なんだ?」
「あとレヴィな」
「それはまた凄いメンバーを集めたものね、戦闘に関しては余裕じゃない?」
「まあな、しかしボタンを両押しなんてよく思いついたな、
あれはさすがのオレも見抜けなかったぞ」
「ふふん、最初は赤と青、どっちにしようかって普通に考えてたんだけど、
その時つけてた下着が紫だったから、それで思いついたのよ!」
その言葉を聞いた八幡は微妙な顔をした。
八幡が突っ込むと思っていた陽乃は、その態度に拍子抜けしたような顔をした。
「何で何も言わないの?」
「いや………ちょっと頭痛がしてな、アイが両押しを決めた理由も、
あいつの勝負パンツが紫だから、だったんだよ……」
「何ですって!?あなどれない子……将来的に私の一番のライバルになるかもしれないわね」
八幡はその言葉に関しては完全にスルーした。
「まああの肌色率百パーセントなゾンビはどうかと思ったが……」
「健康な男の子は手が出しにくいでしょう?」
「まあ確かにな、俺は気にせず殲滅したが」
「さすがというか……後はそうね、地下二階のトラップなんだけどさ!」
「おう」
その辺りについては八幡は未経験なので、適当な答えを返すだけとなった。
だが基本肯定肯定で押した為、陽乃は気分が良くなったのか、ずっと喋り続けている。
(そろそろ完全に油断してきてるな、話すのに夢中になってやがる)
八幡はそろそろ頃合いかと思い、密かに持ち込んだ結束バンドで陽乃の手を拘束した。
袖の上からそっと拘束した為、陽乃はまだそれに気付いていない。
「足も疲れてないか?ちょっと見せてみろ」
「あ、うん、痛くしないでね?」
「分かってるって」
八幡はそんな口実で陽乃の前に屈んで足を持つと、そのまま一気に両足を拘束した。
「な、何をするの?あ、あれ?いつの間に両手まで!?
もしかして私に欲情して、これから特殊なプレイに興じようとしてる!?」
「悪い姉さん、さっき俺は一つだけ嘘をついた」
八幡はその陽乃の言葉も当然無視してそう言った。
「嘘!?私を愛してる、結婚してくれって言ったのは嘘だったの!?」
「おう、それも間違いなく嘘だな。でも今俺が言いたいのは、
実は俺達は、地下四階から直接地上に出たんだわ」
八幡がそう言った瞬間に、陽乃の顔からぶわっと汗が吹き出した。
「え、えっと……」
「最初はショートカットしようと思って天井を手榴弾でぶち抜くつもりだったんだが、
地下四階の廊下でアイが、この向こうからラブコメの気配を感じるとか言い出してな、
試しに壁をぶち破ってみたら、あったんだよ………」
「な、ななな何があったの?」
陽乃は顔面蒼白になりながらもそう尋ねてきた。
「姉さんが舞衣に作らせた捏造写真と死体だよ、この馬鹿姉が!」
「ひいいいいいいいいい!な、何でそんな神業を披露してるのよ!
あんなの絶対見つけられっこないのに!」
「絶対?本来はどうやってあそこに行くんだ?」
「ダ、ダストシュートから入るのよ!昔学校とかにあった奴!
上を目指してるんだから、普通下に戻ろうとする人なんかいないでしょう!?」
「なるほど、まあ運が悪かったな」
「どんな確率なのよ!ふざけるんじゃないわよ!」
「それはこっちのセリフだこの馬鹿が!」
八幡はそう言って、陽乃の足を持ち上げた。
「今日は特別痛いコースな」
「ま、待って、直ぐにデザインを変えさせるから!ほんの出来心だったのよ!」
「それは大前提だっての!」
「あ………そ、そう、その体勢だと私のパンツが丸見えになっちゃうわよ、いいの?」
「舞衣も同じ事を言ったが、もう慣れたから別に気にしない」
「くっそおおおお、みんなの馬鹿馬鹿馬鹿!」
「セリフまで同じかよ」
そして八幡は、容赦なく施術を開始した。
「い、痛い痛い痛い!死ぬ!」
「まあ痛くしてるからな」
「ごめんなさいもうしません!本当にしないから!」
「絶対だな」
「うん、絶対!」
「それじゃああと十分ほどで勘弁してやる」
「えええええええええ!?」
そして十分後、陽乃はやっと拘束を解いてもらい、
ソファーに座ってぽろぽろと涙を流していた。
「う、うぅ……」
「もうやるなよ」
「う、うん……」
「社長、失礼します」
丁度そこに薔薇が入室してきた。薔薇は号泣している陽乃を見てギョッとし、
八幡の方を見て、何故か顔を赤らめた。
「ご、ごめんなさい、もしかして事後?」
「んな訳あるか!」
その後薔薇は八幡から説明を受け、何ともいえない表情で陽乃の方を見た。
「社長」
「何よ」
「他のステージにもそういう仕掛け、絶対ありますよね?」
その言葉に陽乃はビクッとし、八幡は目を剥いた。
「何だと?」
「な、無い、無いよ?」
「信用出来ないな、おい小猫、舞衣をここに」
「分かったわ」
「そ、薔薇の裏切り者!」
その後、全て白状させられた二人は泣きながらプログラムを修正し、
こうしてこの一件は、完全に解決する事となったのだった。