ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第767話 ランの小さな幸せの時間

 この日は珍しくハチマンとランが二人きりであった。

二人はとりあえずといった感じで攻略準備用の小部屋を借り、

特に予定も何も決まっていなかった為、そこで雑談をしていたのだった。

今日はレヴィは陽乃の護衛に行っており、モエカはFBの仕事のヘルプに行って不在である。

 

「なあラン」

「何?ダーリン」

「お~いダーリンさん、呼んでるぞ~」

 

 ハチマンはそう言っておおげさな態度で周囲をきょろきょろと見回した。

 

「くっ、何?ハチマン」

「お前さ、俺達がいない時は何をしてるんだ?」

 

 そのハチマンの問いにランは、特に考える事もなくこう答えた。

というか、やっている事の種類が少ないので考えるまでもないのである。

 

「FランクやEランクのミッションを一人でやったり、ALOに様子を見に行ったりかしら」

 

 実にシンプルな生活であるが、ランはずっとこんな感じで暮らしている。

いずれ病気の事が落ち着いたら、現実社会に復帰する為に、

若干時間が必要になるであろう。

 

「ほう?装備はどうしてるんだ?」

「ああ、ゾンビ・エスケープには装備の預かり屋があるのよ」

 

 ここのハチマンは新規で作ったキャラなので、知らないのも仕方がないだろう。

 

「それは知らなかったな、あれ、そういえばALOの装備はどうしたんだ?」

「ユイちゃんに預けたわ」

「ユイちゃん?誰だ?」

「ハチマンの娘なんでしょう?」

 

 そのランの言葉にハチマンはギョッとした。まったく予想もしていない言葉だったからだ。

 

「なっ……お、お前、いつユイと知り合ったんだ?」

「前にヴァルハラ・ガーデンの周りをうろうろしてた時に、

買い物帰りのあの子と行きあって、それからの付き合いね、

結構街で話もしてるわよ、色々な話をね」

 

 そのランの説明に一つだけ思い当たる事があったようで、

ハチマンは微妙にこめかみをピクピクさせながら、ランにこう言った。

 

「この前ユイが、『パパ、つつもたせって何ですか?』

とか聞いてきたのはお前のせいだったのか」

「あ~………確かにそんな会話をしたかも」

「まったく、おかしな事をユイに吹き込むなよ」

 

 そのハチマンからの苦情に、ランは珍しく神妙な顔をした。

 

「それについては反省しているわ、甘んじて罰を受けましょう」

 

 そう言いながらランは、部屋の中でいきなり服を脱ぎ始めた。

 

「ばっ、お前、いきなり何してんだよ!」

「罰といえば、やっぱり全裸にしての辱めじゃない?」

「やっぱりって何だよやっぱりって!」

「でも心まではあなたの好きにはさせない!」

 

 ランは何故かノリノリになってそう言いながら何かのポーズをとった。

 

「………何のセリフだ?」

「特に決まった作品を元ネタにしてる訳じゃないわ、定番っぽい事を言ってみただけよ。

もちろんポーズも適当」

「なるほど、確かにあちこちで言われてそうなセリフだな。

まあいいか、別に罰とかはどうでもいいわ、そもそもその気になれば、

ユイはいくらでもそっち方面の勉強も出来るはずだしな」

「あれ、怒ってないの?」

 

 ランは意外そうな顔でハチマンにそう尋ねた。 

 

「ユイはああ見えて別に子供って訳じゃないからな」

「どういう事?」

「AIに大人も子供も無いだろ?」

「あっ!確かにそう言われるとそうかも……」

 

 ランはその言葉にハッとした。

 

「本来は男女の区別も無いわよね、そして………善悪も」

 

 ランはそう言ってドヤ顔をしたが、当然ハチマンはスルーである。

 

「物腰が子供設定なだけで、実際に子供って訳じゃないんだよな。

ユイは多分お前よりも耳年増だが、空気を読んでそういう事は話題にしないって感じか」

「か、体は子供、頭脳は大人……そして空気も読めるんだ、凄いなぁ」

 

 素直にそう感心するランに、ハチマンはニヤニヤしながらこう言った。

 

「お前と正反対だな」

「失礼ね、頭脳だって……」

 

 ランはそう反論しかけ、ハッとした顔をしてこう言った。

 

「ん?って事は、ハチマンは私の体を大人だと認めている事に?」

 

 その言葉にハチマンは、旗色の悪さを感じつつ、とりあえずこう返した。

 

「………訂正する、心も体もどっちも子供だ」

 

 実に苦しい訂正っぷりであり、当然そんな言葉には、ランは何の痛痒も感じない。

 

「もう遅いわよ、へぇ、そっかそっか、ハチマンってやっぱりムッツリなんだ」

「その表現には遺憾の意を表明するぞ」

「それって確か、残念に思うって事じゃなかった?」

 

 ここでランは、中々博識なところを見せた。

 

「あれ、よく知ってやがるな」

「まあハチマンに言われてちゃんと勉強もしてるしね」

「ああ、紅莉栖が先生役をしてくれてるんだったな」

「うん、凄く分かりやすいのよ」

「オレも前教わったからそれは知ってる」

 

 二人は改めて牧瀬紅莉栖の偉大さに思い至った。

その能力にはまったく疑う余地はない。

 

「で、話は変わるんだけど、ほら、私ってば今は自宅に戻れないじゃない?

ユウと鉢合わせしたらまずいし?」

「まあそうだな」

「でね、実はゾンビ・エスケープには、宿屋の類が一つも無いのよ」

「むっ、そう言われると確かにそうだな、

そうなるとずっとログインしたままのランにはちょっと困り物だな……」

 

 ハチマンはその事を失念していた自分の迂闊さを呪った。

年頃の女の子には確かにつらい状況である。

 

「まあ今までずっと寝ないでこのゲームをプレイしてたんだけど、

さすがの私もさ、ずっとこんな生活を続けてたらまずいんじゃないかと思う訳よ」

「まあ確かに良くはないだろうな、すまん、その辺りの配慮が足りなかった」

「なので何かいい宿代わりの建物があったら教えてもらってもいい?」

「オレもここの街にそこまで詳しいわけじゃないからな、

待ってろ、今知ってる奴に聞いてみる」

 

 ハチマンはそう言って、ゲーム内のメール機能を使って舞衣に連絡を入れた。

舞衣は仕事中なせいか、逆に直ぐに返信が返ってきた。

 

「………って返信早っ、ふむふむなるほど、よし、こっちだ」

「あ、何か見つかった?」

「おう、バッチリだ」

 

 ハチマンはそう言って歩き始め、ランもその後に続いた。

 

「この辺りはちょっと混んでるな、ラン、手を」

「う、うん」

 

 ランは頬を少し赤らめながら、差し出されたハチマンの手を握った。

 

(こうしてるとカップルに見えたりしちゃうのかな)

 

 そう思いつつもランは、ハチマンがどんどん賑やかな方に向かっているのを見て、

この辺りにそんな場所があったかと疑問に思った。

 

「何かどんどん街の中心に向かってるけど……」

「おう、ここの上らしい」

 

 そこは街の一番の中心地にあるビルの前であり、とにかく人が多かった。

 

「ここ?ここって有名なお店のネットショップ的なのばかり入ってるビルよね?

ここは基本リアルの商品の売り場なんじゃないの?」

「実はあまり知られていないが、

この上に下の店が共同で出してるレンタルスペースがあるらしい。

下の店のアイテムを、そこに自由に並べたり出来るらしいぞ」

「あっ、それってお試し的な感じで?」

「ああ、そういう事らしい」

「なるほどなるほど、まあそこまで長くこのゲームに滞在する訳じゃないし、丁度いいね」

「そういう事だな、それじゃあ行ってみるか」

 

 二人はそのままエレベーターに乗り、ビルの最上階へと向かった。

 

「ここ?」

「おう、ここらしい」

「思ったよりも人が少ないし、静かかも」

「まあ中は防音らしいから騒音の心配は無いと思うぞ。

とりあえず奥の目立たない場所を探すか」

 

 二人はその条件に合う部屋を見付け、その中に入ってみた。

 

「見事に何もないね」

「まあ待ってろ、ここをこうしてこうすると……」

「あっ、普通の部屋みたいになった」

「デフォルトのモデルルームの一つだな」

「へぇ、面白い」

「この部屋に住む感じでいいか?」

「うん、気にいった!」

 

 ランは嬉しそうにそう答えた。よくよく考えると、

ランは今までずっとユウキと二人で暮らしてきた為、一人暮らしは初めての経験なのである。

 

「とりあえずここは占有しておいたから、下の店に行ってみるか」

「うん」

 

 そして二人は下の階の有名な家具屋に入り、店内を色々回ってみた。

 

「お、展示品も変えられるのか、カタログにある商品は自由に呼び出せるらしいぞ」

「これじゃあそのうち店とかが無くなっちゃうね」

「全部こんな感じになるのかもな。まあ商品をそのまま持ち帰りたい人もいるだろうから、

売れ筋商品くらいは店に在庫として置いておくくらいはするかもだけどな。

それじゃあ部屋に置く家具を好きに選ぶといい」

 

 ハチマンはランにそう言ったが、ランはその言葉に首を横に振った。

 

「一緒に選ぼうよ」

「ん?別にお前の好きにしていいんだぞ?」

「一緒に選ぶのが楽しいんじゃない」

「まあそう言われるとそうかもだけどな、よし、それじゃあ一緒に選ぶか」

 

(今くらいは幸せを満喫してもいいよね、私に将来があるのかどうかまだ分からないんだし)

 

 ランはそう思いながらもハチマンと一緒に楽しい時間を過ごした。

 

 

 

「あ~、楽しかった」

「それじゃあ部屋に戻ってみるか、店で設置の設定をしたから、

きっともう室内が変化してるはずだ」

 

 二人はそのまま占有した部屋に戻り、中へと入った。

 

「うわぁ、素敵になったねぇ」

「かなりお高い家具も普通に選べたからな」

「壊す心配とかが一切無いってのもいいね」

「シャワーとかを使うのに、水道とかがまったく必要ないってのもゲームならではだよなぁ」

「とりあえずちょっとゆっくりしよっか」

「そうだな、のんびりするか」

 

 二人はソファーに座り、そこでのんびりとくつろいだ。

ランはさりげなくハチマンにくっつき、幸せを満喫していた。

 

「ん、誰かから連絡が入ったみたいだな」

 

 スマホからここに転送する設定にしてあった為、

丁度その時ハチマンに誰かからメールが届いた。

それを見たハチマンは、安心したような顔でランにこう言った。

 

「どうやらスリーピング・ナイツがやっと動き始めたらしいぞ」

「本当に?」

 

 どうやらランは、何度か様子を見に行き、悩むユウキの姿を見て心配していたようだ。

 

「おう、今うちのレコンが密かに後を追ってる」

「本当に大丈夫なのかな、ちょっと心配」

「これからこっそりと様子を見にいってみるか?」

「うん、出来れば」

「よし、それじゃあレコンに詳しい場所を聞いてみるわ」

「ありがとう、ハチマン」

 

 こうして二人は再始動したスリーピング・ナイツがちゃんとやれているかどうか、

様子を見に行く事にしたのであった。

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