ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第768話 第二十一層・迷宮区

 夜遅くまで、徹底的な話し合いを行ったスリーピング・ナイツは、

基本的に現段階では金策を優先する事とし、

リツにもらったリストを見ながら集めてきた情報と照らし合わせ、

ネット等も駆使して狩り場の選定を進めていた。

 

「品薄の素材を中心に狙うのはまあ当然として」

「でもそういうのをドロップする敵が出る狩り場って人気じゃないの?」

 

 そのノリの当然の疑問に答えたのはタルケンだった。

 

「本来ならそうなんだけど、今はほら、人がトラフィックスの方に流れてるからさ」

「ああ、みんなトラフィックスやアスカ・エンパイアの方に行ってるんだ」

「そっかそっか、それじゃあ今のうちだねぇ」

 

 ユウキも納得したようにうんうんと頷いた。

 

「うん、多分上位人気の狩り場は混んでると思うけど、

多少移動が大変な狩り場はすいてると思う」

「いっそそこでキャンプでも張って、可能な限り頑張ってみようか?」

「いいね、兄貴の言いつけには逆らう事になっちまうけど、

寝ずに集中してやれば相当稼げるんじゃね?」

「よし、それじゃあそれに該当する狩り場をタル、紹介して」

「うん、二十一層の迷宮区がいいかなって思うんだよね、

そこって水辺の狩り場らしいんだけど、すぐ近くに安全地帯もあるし、

何より兄貴達が一気に攻略しちゃったから、

中の情報があんまり広まってなくて、行くのは素材収集ギルドの人達くらいらしい」

「いいね」

「オーケー、それじゃあそこに行こう!」

 

 そしてスリーピング・ナイツは出撃し、その後をレコンが密かに付いていった。

 

 

 

 一方急いでALOに移動したハチマンとランも、

レコンからの情報を得て二十一層の迷宮区に向かっていた。

 

「今向かってるのってどんな狩り場?」

「迷宮区に隠し扉があってな、そこの奥に滝があるんだよ。

そこの川から敵が沸くんだが、一定距離まで川に近付かないと敵が沸かない上に、

その滝の後ろが安全地帯になってるっていう、ペース配分がしやすい狩り場だな」

「へぇ、そんな所があったんだ」

「まあ迷宮区の奥の奥だから、素材狩り専門ギルドくらいしか行かないけどな。

経験値だけ言えば、もっと効率のいい狩り場は沢山あるしな」

「なるほど、つまりあの子達は、金策を優先する事にしたのね」

「先に装備を揃えるというのはいい考えだと思うぞ」

「そうね、私もそうするつもりだったしね」

 

 そして二人はレコンと合流し、追跡役を交代した。

 

「悪いなレコン、こんな役目ばっかりさせちまって」

「いえいえ、それが僕の仕事ですから」

 

 ちなみにリツがスリーピング・ナイツに渡した資料を作成したのはレコンである。

情報を集め、纏め、そして仲間達にフィードバックするレコンの存在は、

今やヴァルハラ・リゾートの影の大黒柱と言っても過言ではない程大きいのである。

 

「それじゃあ僕はこれで」

「サンキューな、レコン」

「ありがとう、レコンさん」

 

 そして二人はスリーピング・ナイツを見守りながら、その後をついていった。

 

 

 

「本当に誰もいないな」

「それでもいつもは素材狩りの人がそれなりにいるらしいよ。

でもそれ系の人は、今は三十二層と三十三層の調査に出てるってリツさんが言ってた」

「ああ、階層更新がされたもんな」

「大忙しなんだろうね」

「さて、この辺りに隠し扉があるはずなんだけど」

 

 タルケンは地図を見ながら仲間達にそう言った。

 

「その地図もそうだけど、他の層の地図も、フィールド、迷宮区、ダンジョンって、

ほとんど網羅されてるよな」

「これって絶対ヴァルハラの内部資料だよね……」

「まあ直接もらったわけじゃないからセーフ、セーフ!」

 

 実際はローバー経由なのでアウトなのかもしれないが、それは言わぬが花であろう。

 

「あ、ここだここだ、この岩の裏に取っ手があるんだってさ」

「お、本当だ、これをえ~と……」

 

 ジュンがその取っ手を押したが扉は開かない。

 

「開かないね」

「押して駄目なら引いてみろってか」

 

 だが扉は開かない。

 

「って事は、まさかのスライド式か……」

 

 横向きに力を入れると扉は簡単に動き、奥へ続く道が現れた。

 

「しかしよくこんなのを見つけたよなぁ」

「噂だと兄貴は、ダンジョン内に罠とかがあると、何となく分かるらしいよ」

「えっ、そうなの?」

「近付くとおしりの穴がムズムズするとか……」

「そんな訳ないでしょ!」

 

 そのジュンの言葉が聞こえたハチマンは、スッと目を細くした。

 

「ジュンは今度お仕置きだな」

「うん、まあ今のは私も仕方ないと思うわ」

 

 冗談だったのだろうが、自業自得でお仕置きされるのが決定したジュンを先頭に、

スリーピング・ナイツはそのまま岩の洞窟を下っていった。

 

「奥から水音がするね」

「目的地は近いな」

「お、向こうに明かりが……」

 

 そこからしばらく歩くと開けた場所に出た。思ったよりも広い。

 

「おお、これは中々……」

「絶景かな絶景かな~!」

「よ~し、それじゃあとりあえず、滝の裏にあるっていう安全地帯に荷物を下ろそう!」

 

 ユウキの号令で、一同はそのまま滝の裏に続く道を上っていった。

 

「お、何か色々置いてあるな」

「あ、これってば、ユーザー共用アイテムって奴だ、

黒鉄宮にあったユーザー伝言板と一緒で、

一応アイテムの帰属権は設置したギルドにあるけど、

どなたでもご自由にお使い下さい、みたいな奴」

「おお、さすがは兄貴、このソファーとかかなりお高くね?」

「ふわっふわだ、ちょっと眠くなりそう」

 

 一同はしばらくはしゃいだ後、

少し休憩してから本来の目的を達成する為に戦闘準備を始める事にした。

こうなると出てくるのは、やはりランの話題である。

 

「しかしランは、いきなりだったね」

「一体どうしちゃったんだか」

「検査って言ってたんだから、そのまんまじゃない?」

「まあそうなんだろうけど、今頃兄貴といちゃいちゃしてたりしてな」

 

 そのジュンの言葉に真っ先に反応したのはやはりユウキであった。

 

「え~?ずるい!ボクだってハチマンといちゃいちゃしたいのに!」

「ユウキに男女のそういった機微なんて分かるの?」

「それくらいの知識はあるよ!子供じゃないんだからさ!」

「本当に?」

「当たり前でしょ、そもそもボクが何も言わなくても、

ランが勝手に恥ずかしい事を教えてくるし!」

「「「「「ああ~!」」」」」

 

 どうやらユウキの性教育の先生はランのようである。

それはそれで問題がありまくりそうだが、

こればかりはさすがに、ハチマンに教わったりする訳にもいかないのだ。

 

「そう言われると確かにそうだよなぁ」

「ちょっとユウキの将来が心配になってきた」

「うん、ボクもそんな気がしてきた……

もしかしてボクの知識って偏ってるんじゃないかって」

「ま、まあそれは今度兄貴に確認してもらえよ」

「う、うん、そうする……」

 

 場の空気はそのせいで若干暗くなりかけたが、

そこはリーダーの自覚の出てきたユウキが即座に立て直した。

 

「さて、準備を終わらせて、ひと狩りいこう!」

「おう!」

「だね」

「よ~し、頑張って稼ごう!」

 

 そして準備が整い、遂に狩りが始まった。

 

「無理なく自分達のペースで出来るのがいいな」

「ジュン、敵が足りない、もっと釣っていいよ」

「オーケーだ、まとめて行くぜ!」

 

 ジュンは打たれ強い為、しばらく川辺に留まり、

出来るだけ多くの敵を沸かせてから釣っていた。

ランがいなくともスリーピング・ナイツのチームワークはしっかりしており、

それを見ていたランは、悔しそうにハンカチを咥えた。

 

「キーッ、もっとピンチになりなさいよ!」

「お前、何しにここに来たんだよ……」

「でもこの形は私の理想じゃないから別にいいけどね」

 

 ランは急に真顔になってそう言った。

 

「理想?お前の理想って何だ?」

「ヒ・ミ・ツ」

 

 ランは腕で胸を寄せて上げて前かがみになり、

人差し指を自らの唇に当てながら片目をつぶり、そう言った。

だがハチマンは当然スルーである。

 

「ふ~ん、まあいいけどな」

「ちょっと、このかわいくて色っぽいランちゃんにちょっとはドキドキしなさいよ!」

「そういうのにはもう慣れた」

「くっ、これだからヴァルハラは……」

 

 ランはヴァルハラのメンバーについて詳しい訳ではないが、

他にはありえないだろうと推測し、そう言った。

 

「まあ見た感じ長丁場になりそうだ、キャンプ用の厚手のラグを持ってきたから、

こっちもごろごろしながら見守る事にしようぜ」

「何その気配り、もしかして私を落とそうとしてるの?

でもご生憎様、私はとっくに落ちてるのよ!」

「ふう、快適快適」

「だから人の話を聞きなさいよ!」

 

 ランはしばらくジタバタしていたが、やがて諦めたのか、

ハチマンの隣にごろりと横になった。

 

 

 

 そして数時間後、ぶっ続けで敵を狩っていたスリーピング・ナイツの動きが止まった。

 

「あれ、どうしたのかしら」

「ジュンがきょろきょろしてるな」

「敵の姿も見えないみたい、もしかして枯れた?」

「どうだろう、そんな事例は今まで一度も確認されてないが、まあ少なくともこの場所で、

あれだけのペースで敵を狩った奴らなんて今までいなかっただろうしな」

「あ、見てハチマン、川の中!」

 

 ジュンは気付いてないようだが、川の中から何かの背びれのような物が顔を覗かせていた。

その大きさは今までの雑魚の二倍くらいはあるだろうか。

 

「まずいな、何かジュンにピンチを知らせる方法は……」

「ここで出ていく訳にもいかないしね」

「まあ最悪出ていくけどな」

「う~ん、こっちにいる誰かが気付いてくれればいいんだけど……」

 

 その言葉にハチマンはハッとし、ランにこう言った。

 

「そういやお前達姉妹は、テレパシー的な繋がりは無いのか?」

「ハチマン、アニメの見すぎ」

「まあ駄目元でユウに念を送ってみろよ、何もしないよりはマシだろ」

「はぁ、分かった、やってみるわ」

 

 ランはそう言うと、ユウキに向かって念を送り始めた。

 

「川、背びれ、川、背びれ、川、背びれ……」

 

 その直後にまさかの事態が起こった。

ユウキが川の中にいるモンスターの存在に気付いたのだった。

 

「ジュン、後ろ!川の中に何かいる!」

「ええっ?あ、危ねえ!本当だ!」

 

 さすがのハチマンとランも、これにはびっくりであった。

 

「マジか……」

「嘘でしょ……?」

「今の反応だと、多分偶然だよな?」

「う、うん、テレパシー的なものを受信したようには見えなかったわね」

「でももしかしたらもしかするかもしれないが……」

「本人に確認したいわよねぇ」

「ああ、何かもやもやする」

「あ、見てハチマン、モンスターが姿を現したわ」

 

 見ると背びれがどんどん大きくなり、そのままのそりと何かが陸へと這い出した。

 

「………なんだあれ?」

「トカゲ?」

「でかい背びれだな、ああ、あれだ、スピノサウルスだったか?あれと似てるな」

「何それ、恐竜?」

「ああ、肉食恐竜だな」

「それじゃああいつの呼び名は『スッピん』にしましょうか。

それにしてもあの子達、大丈夫かしら……」

「相変わらずのネーミングセンスだな……まあ平気だろ、雑魚の沸きも止まったし、

フィールドボスやフロアボスよりは弱いはずだしな」

 

 そのハチマンの言葉通り、唸り声を上げて襲ってきたそのスピノサウルスもどきは、

スリーピング・ナイツによってあっさりと倒された。

 

「ふう、見た目ほど強くはなかったね」

「テッチ、タンクお疲れ!」

「まあ攻撃が噛みつきだけだったから楽だったよ、うん」

「誰か何かドロップした?」

「こっちは何も」

「こっちもよ」

 

 全員がそう言われ、ドロップ品を確認したが、誰も何も得てはいなかった。

 

「一応初物っぽい、どこにも載ってないよあんなモンスター」

「何なんだろうな……」

「まあ少し休もうよ、さすがに休憩したい」

「だな、そうしようぜ」

「そうだね、それじゃあそうしよっか」

 

 そのままスリーピング・ナイツは休憩の為に滝の裏に消えていったが、

直後に滝の方からこんな声が聞こえた。

 

「おおっ?」

「な、何これ?」

「一体どうなってるんだろ」

「もしかしてあの敵は、これのトリガーだった?」

「かも!ちょっとだけ休んだら、奥に行ってみようぜ!」

「しっかり準備もしないとですね」

 

 その言葉にハチマンとランは顔を見合わせた。

 

「ねぇ、今の会話って……」

「隠し通路でも出てきたっぽいな」

「私達も行ってみましょうか」

「だな」

 

 スリーピング・ナイツの戦いは、ここから第二ラウンドを迎える。 


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