ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第769話 目覚める才能

「ここは……?」

「まず間違いなく未踏破エリアだね」

「何この景色、こんなの初めて見た……」

「多分上のフロアの木から、ここまで根が伸びてるイメージなんだろうね」

 

 そこは結構広い広場になっていたが、天井から木の根が床まで伸びてきている、

木の幹だけの森のような場所であった。

一応根から若干枝というか、根の先なのだろうが、そういった物が伸びており、

そこにちょっとだけ葉がついている。

 

「何ていうか、雄大な景色だねぇ」

「でも敵の姿は全然見えないね」

「もしかして採掘場とか採集場とかそんな感じなのかな?」

「それならそれで期待出来そうだけど」

「よ~し、それじゃあ手分けして……」

 

 ジュンが振り返ってそう言いかけた瞬間に、その体に凄まじい衝撃が走った。

 

「うおっ!」

「総員戦闘準備!」

 

 ユウキには何か見えていたのだろう、即座にそう指示が出た。

その言葉を受け、テッチが前に出た。

 

「くっ、HPがいきなり一割も削られたぞ……何だ?」

「分からない、でも何かが飛んできたのは確かだね」

「そうか、すまんテッチ、頼むわ」

「ここは任せて」

 

 テッチは盾を構え、仲間を守るように仁王立ちした。

その手に持つ盾に、ガン!ガン!と衝撃が走るが、

やがて効果が無いと分かったのか、その攻撃が止んだ。

 

「一時撤退!」

 

 ユウキが続けてそう指示を出し、スリーピング・ナイツは少し後方へと後退し、

それを後ろで見ていたハチマンとランも、慌てて後ろに下がった。

 

「ハチマン、どう思う?」

「少しだけ見えたが、あれは敵のダイレクトアタックだな」

「えっ、って事は、敵が突っ込んできてるって事?」

「ああ、しかしあのフォルム……あいつらはあんなに好戦的じゃないはずだが……」

「あいつら……?」

 

 ランはそう聞き返したが、ハチマンから返事はない。

ハチマンは下を向き、首を傾げながらぶつぶつと何か呟いていたが、

やがて顔を上げ、ランにこう言った。

 

「あれは多分、ラグーラビットの変異種だ」

 

 

 

「見てよこの盾、これって足跡じゃない?」

 

 敵の攻撃が届かないであろう距離まで後退した後、

テッチがそう言って、仲間達に自分の盾を見せた。

 

「マジだ、足跡だ」

「つまり敵は、目にも止まらぬスピードで飛んできて、この盾を蹴って戻ってるって事?」

「そういう事になるね」

 

 その盾には敵の足跡の形がハッキリと残されていた。

幸い盾が壊れるような事は無さそうだが、ジュンがくらったダメージからして、

一気に来られると非常にまずいと思われた。

 

「どうする?」

「敵の正体が知りたいね」

「とりあえず一匹斬ってみるしか……」

「あの早さで動く敵を斬るとなると、この中じゃユウキくらいしか可能性が……」

 

 他の者は自信がないのであろう、困ったような顔でユウキを見た。

 

「とりあえずやってみるよ」

「僕もフォローするから」

「うん、お願い」

 

 そしてユウキとテッチが前に出た。

テッチは危なくなったら直ぐに前に出るつもりで盾を構えたままユウキの隣に陣取り、

ユウキは体を半身にし、剣を青眼に構えた。

これならば敵が真っ直ぐ突っ込んできても、そのまま斬る事が出来る。

そして向こうから何かが飛来した瞬間に、ユウキは剣をその敵の前へと持っていこうとした。

だが中々その攻撃は当たらず、テッチの盾にガン!ガン!という衝撃が走り続けた。

 

「くっ……」

 

 それでもユウキは諦めずにチャレンジし、やっと一匹の敵をその剣で斬る事に成功した。

その瞬間にユウキのアイテムストレージに何かが加わった。

 

「オッケー、再度後退!」

 

 そして再び後方に下がった後、ユウキは自らのアイテムストレージを確認した。

 

「ん、何だこれ、ラグーラビットの肉だってさ」

「えっ?」

 

 その言葉にタルケンは驚愕した。

 

「ほ、本当に?」

「うん、タル、これが何か知ってるの?」

「それってS級食材の名前だよ、多分このゲームの中で、一、二を争う程値段が高いよ」

「えええええ?」

「マジかよ……」

「ほらここ、もらった資料に説明が書いてある」

 

 それによると、ラグーラビットはほとんどの階層の森エリアに存在するが、

性格は極めて臆病な上に慎重であり、仕留めるのは簡単ではないと書いてあった。

 

「極めて臆病………?好戦的の間違いじゃなくてか?」

「うん、これだとそうなってるね、って事は、これは大発見なのかも」

「でもこれを倒すのは至難の技だと思うな」

「僕もまったく自信がないです……」

「正直私も……」

「俺もだわ……」

 

 それでもせっかくのS級食材である。一同は駄目元でやるだけやってみようと思い、

テッチを中心にフォーメーションを組み、少しずつ前進した。

 

「来たっ!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツの絶望的な戦いが始まった。

 

 

 

「S級食材?お高いの?」

「おう、とてもお高い」

「それはいいわね、でもあれを倒すのって、

剣を並べて防御壁を形成するくらいしか思いつかないんだけど」

「確かにそれは有効かもしれないが、ユウキならあんなの斬れるだろ?」

「ハチマンはそう思うの?」

「おう、多分あいつはまだ自分の才能がどこにあるか把握出来ていない、

あのベタ足がその証拠だ」

 

 見ると確かにユウキは待ちの体勢で、べったりと足を地面につけていた。

 

「確かにユウが調子がいい時は、もっと軽やかな気もするわね」

 

 

 

 当のユウキは攻撃を当てられない自分に若干怒りを感じていた。

 

「くそっ、くそっ、何で当たらないんだ……

ランならきっと、余裕でこんな奴ら、倒しちゃうと思うのに!」

 

 

 

「だとよ?」

「ユウは私を何だと思っているのかしら、私でもこれは難しいわよ」

「まあ今のお前には確かに難しいかもな」

「気になる言い方ね、今の私には?」

「おう、お前はまだまだ修行が足りないからな」

「それは認めるけど……あれ、でもユウは現時点でも斬れるの?」

「ああ、あいつが自分の剣というものを掴んだらな」

「ふ~ん」

 

 ランは面白く無さそうにそう言った。

まだそう簡単に自分がユウキに負けるとは思っていなかったからだ。

 

「きゃっ」

 

 その直後にハチマンがいきなり動き、ランの目の前に短剣を突きだした為、

ランはたまらずそう悲鳴を上げた。

 

「な、何?」

「油断するな、こっちにも来てるぞ」

「えええええ?」

 

 二人はそのまま後退し、ハチマンは近くにある草むらに手を突っ込むと、

そこから何かを拾い上げた。それは完全に目を回したラグーラビットであった。

 

「な、何その子、もしかしてそれがラグーラビット?」

「おう、あのままだとお前の顔面にぶつかるところだったからな、撃墜しておいた」

 

 ハチマンはそう言ってそのままラグーラビットにとどめを刺した。

 

「えっ?ぜ、全然見えなかった……」

「まあお前はよそ見をしてたから仕方ない、っと、ここでもまだ来るか」

 

 そう言ってハチマンは軽く短剣を振った。

その直後に再び後方で、ボスっという音がした。

どうやらラグーラビットが、また草むらに突っ込んだのだろう。

 

「どうやら敵は、徐々にこっちに押し寄せてきているようだな」

「今のは見えたわ、目の前で敵がぶっ叩かれて気絶してた」

「ほう、よく目をつぶらなかったな」

「うん、まあそのくらいは何とかね」

「それならいずれ、お前にも斬れるようになるさ」

「そうだといいけど」

 

 そしてハチマンは再びラグーラビットを拾い上げ、そのままとどめを刺した。

直接斬らないのは、ランに当たらないように角度を変えて弾いているせいである。

 

「やっぱりまだ私はハチマンの域には達していないみたいね」

「才能はあるんだ、まあ今はとにかく経験を積んでみろ」

「経験ね……」

「それにしてもユウの奴、いつまでああしてるつもりだ、

リズムが悪い、もっと調子がいい時の自分をイメージしろ」

 

 ハチマンは若干イライラしたような感じで少し大きめな声でそう言った。

 

「ハチマン、声、声!」

「おっと悪い、つい声が大きくなっちまった」

 

 

 

 だが予想外にその言葉に反応した者がいた、ユウキである。

ユウキは驚いた顔できょろきょろした後、仲間達に向けてこう言った。

 

「い、今ハチマンの声がした気がする」

「幻聴じゃね?こっちには何も聞こえなかったぞ」

 

 確かにジュンが言う通り、声が届くはずもないくらい、ハチマンとの距離は離れている。

 

「本当に聞こえたのか?」

「うん、リズムが悪いって。もしかしてこれ、愛の力かな?」

「さあ」

 

 他の者達はさすがに余裕が無いのか、何も言ってこない。

当のジュンもたまたまテッチの真後ろにいたせいで喋れただけで、

余裕がある訳でもないのでその返事はとても短かった。

 

「リズム、リズムか……」

 

 ユウキはそう呟きながら、突然鼻歌を歌い出し、一同を驚愕させた。

 

「ユウキ?」

「待って、今何か掴めそうな気がするんだ」

 

 そしてユウキは曲に乗って左右に細かくステップを踏み始め、

そんなユウキをテッチは必死に守り続けた。

 

 

 

「お」

「ユウの鼻歌が聞こえる……あれ、今度はちょっと体を揺すってる?」

「まさか俺の声が聞こえた訳じゃないだろうが、何か掴んだのかもしれないな」

「そうなの?あれでいいの?」

「ああ、ユウはあれでいい」

 

 ユウキは今や、完全に自分の世界に没頭していた。

 

「リズム、リズム、そっか、そういう事なんだね、ハチマン」

 

 そしてユウキはカッと目を開くと、まるで踊っているように左右にステップを踏み始めた。

 

「そこか」

 

 そう言うのと同時にユウキの姿が消えた。

もちろん実際に消えた訳ではなく、相手の軌道上に瞬発力だけで移動しただけであるが、

周りの者達には確かに消えたように見えた。唯一の例外がテッチである。

テッチはユウキの前にいた為に、いきなり目の前にユウキが現れたのをハッキリと見た。

 

「うわっ」

 

 その瞬間に、テッチの目の前に飛来した物体が真っ二つになった。

ユウキが斬ったのである。

 

「うおっ」

「先ずひと~つ」

 

 ユウキはそう言うと、

アクロバティックな動きをしながら次々と飛来する物体を撃ち落していった。

その姿はまるで、かつてGGOで銃弾の嵐を撃ち落しまくったキリトの姿に酷似していた。

ユウキはあの時のキリトと同じように一度たりとも足を止める事なく、

ずっと動き続けていた。

 

 

 

「よしよし、それだそれ、ユウはそうじゃなくっちゃな」

「し、信じられない……」

 

 さすがのランも、驚きに目を見開いていた。

 

「今のユウにはあれくらいの動きは出来るはずなんだよ、

まあでもお前とユウの間にそんな差がある訳じゃない、あくまで相性の問題だな」

「確かにユウはスピードタイプだものね」

 

 ランは若干悔しさを滲ませながらそう言った。

確かにハチマンの言う通り、今の光景を見た後でも、

ランはまだそう簡単にユウキには負ける気はしなかったのだが、

目の前で自分に出来ない事をやられると、相性のせいとはいえやはり悔しいのだろう。

 

「ねぇ、もしかしてユウの才能が開花し始めた?」

「そういう事になるんだろうな」

「くっ、私達は、とんでもないものを目覚めさせてしまったようね」

「ネタに走るな、お前はお前でユウに負けないようにもっと頑張れ」

「言われなくても!」

 

 ランはユウキを見て闘志を燃やしながらそう言い、ハチマンは一人ほくそ笑んだ。

 

(これは予想外にいい結果が出たな、二人ともここから急激に強くなっていくだろう)

 

 

 

「凄いなユウキ!」

「うん、凄く体が軽いんだよね、どうやらボクにはこういうのが向いてるみたい」

 

 仲間達の目から、今のユウキはとても大きく見えた。

何より安心感がすごい。まるでそう、ハチマンがその場にいるかのように。

 

「俺達も負けちゃいられないな」

「だね!」

 

 そんなユウキの姿が一同の心に火をつけたのか、

ユウキほどではないにしろ、他の者も何匹かのラグーラビットの撃墜に成功した。

スリーピング・ナイツは、新たなユウキのスタイルに合わせて生まれ変わろうとしていた。

 

 

 

「おう、あいつらもやるもんだな」

「くっ、このままじゃ私の居場所が無くなりそう」

「それは大丈夫だろ、ユウの奴、攻撃が間に合ってはいるものの、

右への反応が微妙に遅いからな」

「そうなの?」

「ああ、お前が隣で戦っている光景を思い浮かべているんだろう」

 

 そのハチマンの言葉通り、ランの目に、ユウキの隣で戦っている自分の姿が浮かんだ。

だがその動きはまったくユウキと噛み合ってはいない。

 

「私が動くイメージと合わないのだけれど」

「お前の方がハードルを上げられちまったみたいだな」

 

 その言葉にランは唇を噛み締めた。

 

「……こうしちゃいられないわ、もうあの子達は大丈夫そうだし、

私達も街に戻ってそのままゾンビ・エスケープに戻りましょう。

ハチマン、二人で戦闘メインのミッションをやりまくるわよ」

「へいへい、仰せの通りに」

「ほら、さっさと来なさい」

 

 こうしてユウキは覚醒し、ランはその後を追いかける事になった。

この日はスリーピング・ナイツが急激にその実力を増していく、

その記念すべきキッカケの日となったのである。




この時からユウキの戦い方が、アニメに近いスタイルとなりました。

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