「ユウキ、さすがにもうアイテムが持てない」
「そっか、それじゃあ今回はこのくらいにしておこうか。
また明日にでも来ればいいしね」
「いや、この狩り場に来るのは多分当分先にしておいた方がいいかな」
「何で?」
そのタルケンの言葉にユウキはきょとんとした。
「いや、これ全部一度に売ったら、いくらS級食材でも絶対に値崩れするって」
「あ、ああ~!」
過ぎたるは及ばざるが如し、
さすがにこれだけの量を、今までと同じ値段で売る事は不可能だろう。
その数実に三百七十二個、そのほとんどが、ユウキのストレージに入っていた。
「くそ~、やりすぎた?」
「まあ少しずつ売っていけばいいんじゃないかな?
数を絞ればそうそう値崩れしないっしょ」
「まあでもプレイヤー間取引は、需要と供給のバランスだしねぇ」
そう呟いた直後にタルケンはハッとした顔をした。
「そうか、システムに売っちゃえばいいんだ!」
「システムに?どういう事?」
「うん、ALOにはNPCが経営する飲食店が沢山あるじゃない?
で、そこの食材ってどうやって調達していると思う?」
「えっと……」
「そもそも調達っていう概念があるのが驚きなんだけど。
普通は仕入れとかは関係なく、品切れ無しの無限在庫でしょ?」
確かにノリの言う通り、通常NPCショップの商品は無限というのが定番である。
「一般的な料理はもちろん仕入れとか関係なく出てくるんだけど、
例えばこのラグーラビットの肉を使った料理なんかは、
プレイヤーが店に直接売ったら商品が売り出されるってシステムなんだよね」
「何それ珍しい」
「レア食材を手に入れたプレイヤーが、自分じゃ調理出来ない、でも食べたい、
って所からギャグで要望してみたら通ったって噂だよ」
「何その神運営」
「まあその辺りは兄貴の仕業って事にしとこうぜ、多分的外れじゃないだろうし」
「さっすが兄貴!さすあに!」
実際のところこれは、キリトの要望だったりする。
「それよりも話の続き、続き」
そうせかされたタルケンは、一気に話の核心に迫った。
「要するに色々なフロアを回って、ラグーラビットの肉を買取りしてくれる店を探して、
そこに分散して売っちゃえばいいんじゃないかって事」
「買取価格はどうなってるの?」
「前調べた事があるんだけど、スモーキング・リーフに売る値段の八掛けくらいだったかな」
「悪くないな」
「むしろそっちの方がこの場合は楽でいいかもな」
「でも義理を欠くのは反対かな」
「だね、とりあえずスモーキング・リーフには、値崩れするかもって伝えた上で、
通常買い取り価格の半分の値段で二十個くらい売ればいいんじゃないかな」
「まあそのくらいが妥当かな」
「でもその前に、やらなきゃいけない事があるんじゃないのか?」
ジュンが真剣な顔でそう言い、一同に緊張が走った。
「な、何?」
「いいか、これはS級食材だ、そして何個か減ってもこの状況ならまったく問題ない。
要するに味見だ味見、とりあえず食ってみようぜ!」
「そ、そうか、そう言われると確かに……」
「危なく普通に全部売るところだったね」
「いやいや待って待って、それ以前にこれを調理出来る人なんてこの中にいるの?
仮にもこれ、S級食材だよ?」
その言葉に一同は顔を見合わせ、がっくりと肩を落とした。
「無理ですね……」
「おいおいどうするよ、兄貴に頭を下げて、ヴァルハラの料理人に作ってもらうか?」
「うぐぐぐぐ、それは出来れば避けたいね……」
「って事は食えないのか?」
「少しお高くなると思うけど、やっぱり店に持ち込んで……」
「それしかないか……」
一同は微妙に負けたような気分になったが背に腹はかえられない。
そのまま街に戻り、近場にあったレストランに駆け込んだ。
「お、いけるいける」
「これ、肉一つで何人前いけるんだろ」
「気にしない気にしない、人数分いっとけ!」
「そうだね、どうせ売るんだしね」
そして人数分の肉を売った一同は、料理の値段をチェックした。
「お、これって肉一つで二人前くらいになるのか?」
「値段的にはそうかも」
「なら資金も余裕だな、早速注文しようぜ」
NPCレストランのいい所に、待ち時間が無いという点がある。
その為注文して直ぐに料理がテーブルに並び、一同は緊張しながらその料理を口に運んだ。
「う、うめえ!」
「これはやばいですね……」
「まさかこれ程とは……」
「生きてて良かった……」
「これからは飯にももう少し気をつかおうか……」
「だね……」
そして料理を堪能した後、一同は手分けして各フロアの店を回り、
莫大な金額を手に入れる事に成功した。
「これ、二十個売ると、買取金額がガクンと下がるな」
「在庫が無くなったらまた上がるんじゃない?」
「料理の値段は下がってなかったし、多分相当先になるだろうね」
「さすがにそう上手くはいかないかぁ!」
だがスリーピング・ナイツはネットの力を甘く見ていた。
ALO専用の掲示板に、肉を売った十分後、こんな文章が書き込まれたのである。
『何かラグーラビット料理があちこちの層のレストランに溢れ返ってるぞ、
確認出来ただけで十八~二十一層』
その二十分後、その階層のラグーラビット料理は全て売り切れ状態となった。
そしてスリーピング・ナイツの後を追うように、
じわじわと上層下層に探索の網が広がっていく。
『くっそ、二十二層よりも上の層じゃ、売り出されてないみたいだ』
『十五層で確認、我注文に成功す』
『十三層、頼んだ瞬間に売り切れた、セーフ!』
トラフィクスにいたプレイヤー達も、その情報を聞いて続々とALOに戻りつつあり、
今や一桁台の層の主街区には、かなりの数のプレイヤーが殺到していた。
さすがは日本人、食に対する執念が半端無い。
そしてついに、スリーピング・ナイツの存在が明るみに出た。
『七層のレストランに食材を売っているギルドっぽい連中を発見、
仲間と共にメニューのチェックに入る』
『たった今ラグーラビット料理の売り出しを確認、タイミング的にも間違いない、
六人くらいの小規模ギルドだった』
『どうやら移動する模様、六層に行くと山をはって先回りするわ』
その直後に六層に、凄まじい数のプレイヤーが転移を開始した。
少し遅れて六層に転移したユウキ達は、
ありえないくらい多くのプレイヤーが転移門広場に集まっているのを見て驚愕した。
「え、何この人達、ここで何してんの?」
「何かイベントでもあったっけか?」
「そんな記憶はありませんね」
「まあいっか、とりあえずボク達には関係ないでしょ」
関係おおありである。幸いユウキ達の特徴を書き込むような者はおらず、
そこはALOの民度の高さがあらわれていたが、
人数だけは書き込まれていた為、当然ユウキ達はマークされる事となった。
「………何かこっちの後をぞろぞろついてきてる気がしない?」
「う、うん……」
「何なんだろうね」
「ちょっと怖いんですけど……」
そこにたまたま通りかかったのがユキノである。
ユキノは先日会ったスリーピング・ナイツの姿を見かけ、
周りに他のヴァルハラのメンバーがいない事を確認し、
声をかけようとしたのだが、この光景の異様さにすぐに気付き、足を止めた。
「これは連合………じゃないわね、同盟でもないし、一体何なのかしらね、
とりあえずその辺りの人に聞いてみるとしましょうか」
ユキノはそう呟くと、集まった群衆の一人に声をかけた。
「ごめんなさい、そこのあなた、ちょっといいかしら」
「あ、はい、何でしょ………ぜ、絶対零度さん!?」
その声はかなり大きく、ユキノの存在は周知される事となった。
だがユキノは注目される事に慣れている為、そんな事は気にしない。
「これは一体何の集まりなの?」
「あ、はい、実はですね……」
そこでユキノは初めて、このラグーラビット祭の事を知った。
「なるほど……とりあえずあそこにいるのは私の知り合いなの、
今確認してくるからちょっと待っててもらえるかしら」
「は、はい、ありがとうございます」
ユキノは他の者にも聞こえるようにそう言い、
スリーピング・ナイツの方へと歩いていった。
ユウキ達も既にユキノには気付いており、一同は嬉しそうにユキノに手を振った。
「ユキノさん!」
「この前ぶりです!」
「みんな、お久しぶり、それでいきなりで悪いのだけれど、ちょっと聞きたい事があるの」
ユキノはそう切り出し、スリーピング・ナイツから事情聴取をした。
「なるほど……」
「それじゃあこの連中って、ネットを見て集まってきたって事ですか?」
「ええ、そのようね。でもあなた達、よくそんなにラグーラビットの肉を集めたものね」
「実は穴場を見付けたんですよ」
「あらそうなの?ふふっ、ハチマン君が聞いたら悔しがるわね、
彼もこつこつとラグーラビットの肉を集めているようだし」
「そうなの?それじゃあ今度、ハチマンに自慢してみようかな!」
だがユウキよ、ハチマンは既にその事を知っているのだ。
「しかし参ったな、残りの肉はいくつなんだっけ?」
「あと十八個……」
「十八……それでも多いとは思うのだけれど、さすがにこの人数ではね」
ユキノは少し考え込んだ後、こう質問してきた。
「また肉を狩りにいく予定はあるのかしら?」
「多分値崩れしちゃうって思って、当分やめとこうって話してたんですけど、
こうなったらまた行くしかないですよね?」
「別に義務ではないのだから気にする事はないと思うわ、
でもこれはあなた達にとっては大金を得るチャンスかもしれないわね」
「だよね!明後日また肉を仕入れてくるよ!」
ユウキはそう決断し、他の誰からも異論が出る事はなかった。
「で、お店の買取価格はどのくらいなのかしら」
「えっとですね……」
ユキノはその金額を聞いて、ニッコリと笑った。
「分かったわ、私に任せて頂戴」
「あ、はい、お願いします」
ユウキは反射的にそう答え、事の推移を見守る事にした。
「みんな、残念ながら肉の残りはあと十八個だそうよ、
なのでここは一つ純粋に勝負といきましょう、
今から私がアイテムを使ってクジを作るから、先着十八名にその肉を売るわ、値段は……」
そう言ってユキノは、店での買取価格よりも高く、
通常の相場よりもやや安い、絶妙な金額を提示した。
「そのクジ引きに参加したい人は、ここに並んで頂戴、こちらで人数を数えるわ、
それじゃあはい、スタートよ!」
その言葉と共に、ユキノの前にずらりとプレイヤーが並んだ。
「ごめんなさい、誰か人数を数えてくれるかしら」
「あ、はい、俺がやります!」
ジュンがそう言って並んでいる人数を数え始めた。
その数は実に百三十人にものぼったのである。
「ここで締め切りよ、それじゃあクジをキットで作成するから順番に引いていって頂戴」
「ALOにはそんなアイテムもあるんですね」
「ええ、ドロップ武器とかを誰に渡すか公平に決めるのとかにも便利でしょう?」
「あ、確かに!」
「それじゃあ運試しといきましょうか」
そして十八人のラッキーな者が選ばれ、
その者達はほくほくした顔でラグーラビットの肉を入手し、帰っていった。
それを見届けたユキノはユウキに言った。
「また混乱するのを避けたかったら、ここで予約をとっておくのもありよ」
「予約かぁ、この人数ならいけるね、うん、そうする!
ユキノさん、何から何までありがとう!」
「気にしないで、ハチマン君からもよくしてやってくれと頼まれている事だしね」
そしてユウキは自ら他の者達に声をかけた。
「初めまして、ボク達はスリーピング・ナイツ!
一応在庫一掃セールって事で、明後日に残りの肉を売り出します!
そこそこの数があるので、予約したい方は今ここで受け付けます!」
その声に買い損ねてしょげていた者達は大歓声を上げた。
ラグーラビットの肉は常に品薄なので、買いたくても買えないのが現状であり、
これはまさに千載一遇のチャンスだったからである。
そしてタルケンが希望者の名前をチェックしていき、残りの百十二人は全員予約を終えた。
「ありがとう!それじゃあまた明後日のこの時間にこの場所で!」
こうしてスリーピング・ナイツの名は、
ラグーラビットの肉を頑張って集めて沢山提供してくれた神ギルドとして、
一部の者達にその名を覚えられる事となった。
これ以降、スリーピング・ナイツの名は徐々に知れ渡っていく事となり、
蛇足ではあるが、六人のユキノに対する崇拝度がかなり上昇する事となったのだった。