ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第771話 助っ人参上

 ユウキが覚醒し、完全に取り残されたランは、

ハチマンと共にEランクミッション『迫り来る敵を殲滅せよ』を何度もプレイしていた。

このミッションは、ライトユーザーに一番人気のいわゆる無双系のミッションである。

通常はただ銃を乱射していればいいだけのミッションであるが、

二人はこのミッションを、近接武器縛りでプレイしていた。

ちなみにハチマンは基本見ているだけであり、全ての敵をランが一人で殲滅している。

このミッションで出てくるゾンビの数は実に千体、そして今五回目のミッションが終了した。

これまでにランは、都合五千体のゾンビを一人で殲滅している事になる。

 

「次!」

「まあ待て、ただ戦うだけじゃ、強さは身につかん」

「で、でも……」

「焦る気持ちは分かるが、今のお前はただ力任せに敵を倒しているだけだ。

全ての敵を斬っているんじゃなく、全ての敵を叩き潰している、

そう言われると自分でも心当たりがあるだろ?」

「う……」

 

 ハチマンから見ても、確かにランは強い、強いのだが、

敵の倒し方については不満があった。

先ほどの言葉通り、例えば全ての敵の首を一撃で落としているとかなら、

ハチマンは全く不満を感じなかったであろう。

だがランは、囲まれないようにする為の蹴りや峰打ちに関しては、

先日の教え通りに上手くこなしていたが、

いざ敵を倒そうとする時に、斬撃ではなく打撃によって敵を倒す回数がかなり多かった。

これでは単純にステータスの高さで押し切っているにすぎず、

もしもランよりステータスが高い強敵が出てきた場合、苦戦するのは目にみえている。

 

「じ、じゃあどうすれば……」

「そこなんだよなぁ……俺が教えられるのはあくまで乱戦の時の戦い方くらいで、

俺自身、日本刀の扱いに習熟してる訳じゃないし、

何より俺とお前じゃスタイルが違いすぎるからなぁ」

 

 基本カウンター使いのハチマンに対し、ランは特に決まったスタイルを持たない。

恐ろしい速度の連続突きを放ったかと思えば、流れるような左右の連撃を見せ、

刀の持ち換え等も平気で行い、先程まで普通に刀を握っていたかと思えば、

次の瞬間には逆手で刀を構えたりと、とにかく変幻自在なのである。

惜しむらくは決め手に欠ける事だろうか、必殺技と呼べる程の技はランにはまだ無い。

 

(いっそリーファにでも指南役を……

いやいや、さすがに将来やり合うかもしれない相手を師匠と呼ばせるのはな……)

 

 そんな悩むハチマンを見て、ランは申し訳ないと思ったのか、

努めて明るい顔をしながらこう言った。

 

「大丈夫、今度は失敗してもいいから、とにかく敵を斬るように心がけてやってみるわ。

毎回そういった目標を立てて、一つずつ課題をクリアしていって、

最終的にはそれを頭で考えずに自由自在に繰り出せるようになれればいいわよね」

「とりあえずそうするしかないな、どんな体勢からでも敵を真っ二つに出来る技術を……」

 

 そう言ったハチマンの脳裏にとある光景が浮かんだ。

それはどんな時もこちらにとって致命的な攻撃を繰り出してくる、

一人の剣士と戦った記憶であった。

 

「ん、いや、ちょっと待てラン、もしかしたらお前に剣を教えられる奴がいるかもしれん、

ちょっと頼んでみるからとりあえず家で待っててくれ、

どれくらい時間がかかるか分からないからな」

「それならもう一回くらい今のミッションを……」

「駄目だ、少し休め。思ったよりも精神ってのは疲弊しやすいもんだからな。

目標を決めるのはいいが、ただ漫然とその状況をクリアするだけじゃ意味がない、

ちゃんと休憩し、精神を研ぎ澄ませて、その状態で敵と向き合った方が、

お前にとってもよりいい結果が出るはずだと俺は思う」

 

 確かにランは、微妙に頭が鈍っているのを感じていた。

さすがに五千体の敵を、その対処方法まで考えながら一気に倒したのだ、

頭にも見えない負担がかかっていて当然である。

 

「分かった、それじゃあ甘いものでも食べながら休憩するわ」

「おう、そうしろそうしろ、気分だけでも糖分を脳に補給しとけ。

確かプレイヤー一人につき、どの食べ物系アイテムも、

一回までなら無料で試食可能なはずだから、

今のうちにいずれ元気になった時に俺に奢らせたい甘味をチョイスしておくといい」

「やった!それじゃあ片っ端から食べてみる!」

「おう、それじゃあ家で待っててくれ」

「うん、いい結果が出る事を期待して待ってるわ」

 

 そしてハチマンはログアウトし、早速どこかに電話をかけた。

 

「久しぶりだな、一つ頼み……いや、命令がある」

 

 

 

「うわぁ、こんなにブランド物のお菓子があるなんて、知らなかったわ。

これは私的にAランク……これ美味しい!文句なくSね!これは……ごめんなさい、Cね」

 

 ランはハチマンに言われた通り、色々な店を訪れ、沢山の戦利品を確保していた。

今までは意識していなかったが、ゾンビ・エスケープにはかなり多くのスイーツ店があり、

ランは調子に乗って、無料のスイーツをとにかく集め回ったのである。

そして家に帰り、そのスイーツをテーブルに並べて一人ご満悦な表情で、

生意気にもそれぞれのスイーツの自分的ランク付けを行っていたのであった。

 

「とりあえずAとSランクの物は、いずれハチマンに全部奢らせましょう、

自分で言ったのだから、今更吐いた唾は飲み込まないわよね。

うん、このリストは永久保存版ね、このままリアルの私のメアドに送っておこっと」

 

 このリストの通りに買い物に行くとすると、

ハチマンは普通に日本を縦断する事になるのだが、そんな事はランの知った事ではない。

約束は約束だし、ハチマンならばその約束は必ず実行してくれると知っているからである。

 

 コンコンコン。

 

 その時ランの部屋の扉がノックされた。ここにはインターホンなどは付いていない為、

ランは一応警戒しながらドアの向こうにこう声をかけた。

 

「合言葉は?」

「あ、合言葉?そんなのハチマンからは何も聞いてないが……」

 

 その言葉を聞いたランは、相手がハチマンが呼んできてくれた助っ人なのだと確信した。

同時にハチマンがこの場にいない事も分かったが、ハチマンの事だ、

多分助っ人用の装備でも調達しているのだろうと思い、ランはそのまま扉を開けた。

 

「合言葉は冗談よ、どうぞ、入って」

 

 そこに立っていたのは高校生くらいに見える男子であった。

だが若い癖に妙に風格を感じさせる。

 

(この人、多分凄く強い……)

 

 そしてその男子が口を開いたが、

その言葉はその風格には釣り合わない、とても軽い調子であった。

 

「何だ冗談か、てっきりハチマンがミスったかと思って、儂、ちょっと固まっちゃったぞい」

 

(儂?それに変な語尾……ぞいって……)

 

 その妙に古めかしい言い方に、何となく嫌な予感がしたランは、

その男に向かい、ストレートにこう質問をした。

 

「あなた………誰?」

「儂?儂は結城清盛、主とは一度くらいは会った事があった気もするが、

今日は現当主の命令を受けて駆り出されてきた、まあ引退したただのじじいじゃよ。

あやつめ、『死ぬ前にもう一人くらい前途ある若者の役に立て』とかぬかしおっての、

そうなったらもう来るしかないじゃろ」

 

 ランの脳は、その言葉をすぐには処理出来なかった。

ランが再起動したのはそれから十秒後である。

 

「えええええええええ?か、楓ちゃんのお爺さんの、偏屈ラスボスじじい!?」

 

 そのランの言い方に、清盛は怒る事もなく、逆に申し訳なさそうな顔をした。

 

「まあお主からすればそう思うわなぁ、うちの一族の馬鹿共が不愉快な思いをさせたの、

それに気付かなかった儂も同罪じゃな、本当にすまんかった」

「い、いえ、そんな……それに確かその人達は、噂の結城塾に放り込んでくれたんですよね?

だったらそれで十分です、私も変な呼び方をしてしまってすみませんでした」

 

 ランは殊勝な態度でそう謝った。確かにかつての清盛は嫌悪の対象でしかなかったが、

今のハチマンと関係を持った清盛は、別にそんな事はなく、

むしろ今接して感じた通りの好々爺なのだ。

 

「そう言ってもらえると儂も気が楽になるわい、

まあその分のお詫びとして、儂に出来る事は何でもさせてもらうからの」

 

 清盛は胸をドンと叩いてそう言い、そんな清盛を見て、

ランは気になっていた事を清盛に尋ねた。

 

「ところであの、その姿は……」

「ん、これか?あばたー?とかいうのを作るのをハチマンに任せたら、

この姿にしてきおったんじゃよ、これは儂の半世紀以上前の姿じゃな」

「と、時の流れの残酷さを感じるわ……」

 

 ちなみに今の清盛の姿は、ハチマンとガチでやり合った、あの時の姿の流用である。

 

「待たせたな、ラン、じじい」

 

 そこにハチマンが姿を現した。その手には一振りの日本刀が握られている。

そしてハチマンは、その刀を清盛に差し出しながら言った。

 

「おいキヨモリ、これでどうだ?」

「うむ、いいバランスだ、手にしっくりと馴染むわい」

「あの時キヨモリが選んだ刀と同じバランスの奴を選んだからな」

 

 その二人の会話に、慌てたようにランが突っ込んだ。

 

「ちょっ、ハチマン、呼び捨ては失礼でしょ!」

「ん、まあそう言われると確かにそうなんだが……」

「今はこやつが結城家の当主じゃから、別に構わないんじゃよ」

「名目上はな」

「あっ、そ、そういえば確かにそんな事を聞いたような……」

 

 だが理由はそれだけではないらしく、ハチマンは続けてランにこう説明した。

  

「それにな、プレイヤーネームがまんまキヨモリなんだよこのじじい、

本名はやめろって言ったのによ……」

「だってこういう時くらい、本名を呼び捨てにして欲しかったんじゃもん、

その方がいかにも仲間って感じでいいじゃろ?」

 

 その言い方にランは思わず噴き出し、ハチマンは苦々しい顔をした。

 

「昔と話し方と態度が全然違うのな……それに前はその姿の時は、『俺』とか言ってた癖に、

今はまんまいつも通りの『儂』だし」

「楓と一緒に暮らしてるから、合わせてたらこうなったんじゃ!

それに今更俺とか言ったら楓を怖がらせてしまうじゃろ!」

 

 そこにランも同意した。

 

「私もその方がかわいくていいと思います!」

 

 その言葉に喜びつつも、キヨモリはランにこう告げた。

 

「お嬢ちゃん、いや、ランじゃったか、敬語を使う必要はないぞえ、

儂達は仲間なのじゃからな!」

 

 そう言われたランは、頷くかと思いきや、首を横に振った。

 

「ううん、それなら師匠って呼ばないと。その方がキヨモリ的に良くない?」

 

 その言葉にキヨモリは、パッと明るい顔をした。

 

「ふむ、師匠、師匠か、思えば儂は、医学の道では数多くの弟子をとったが、

剣の道では弟子はとらなかったんじゃったわ。つまりランが儂の一番弟子という事になるの」

「本当に?やった!」

 

 ランはその言葉に素直に喜び、キヨモリも喜んだ。

 

「まさかこの歳で剣の道の弟子がとれるとはの、これもハチマンのおかげじゃな」

「俺に感謝の気持ちがあるのなら、その分こいつをしごいてやってくれよ、じじい」

「じじいじゃない、キヨモリじゃ!」

「ああはいはい、分かったよキヨモリ」

「それでいい、何たって儂らは仲間じゃからな!」

「仲間だからね!」

「「イエ~イ!」」

 

 キヨモリとランは仲良くそう言ってハイタッチをし、

ハチマンは頭痛を堪えるかのようにこめかみを揉み始めた。

こうしてハチマンのチームに、五人目の仲間が加わった。


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