「それじゃあ早速儂向きのミッション?とやらを紹介せい」
「え?いきなりか?じじいのそのキャラ、初期ステータスのままだよな?」
「まったく歯が立たないようなら改めて育成?とやらをするわい」
「まあそう言う事ならお試しでってのはありか……」
キヨモリが熱心にそう主張してきた為、三人は恒例のEランクミッション、
『迫り来る敵を殲滅せよ』を三人でプレイしてみる事にした。
当然ハチマンとランは見ているだけである。
「ふむ、あれがゾンビとかいう西洋怪異か、
あっちの文化は今一理解出来んというか、まったく趣きが無いのう」
「まあ日本の妖怪とかと比べるとな」
「日本の妖怪も人を食ったりはするが、それぞれきちんと背景があるからの、
あんなのはただの動く死体にすぎんじゃないかい、まったく発想が貧困よの」
「それには同意するが、さしあたってこのゲームの敵は、全部あんな感じだからな」
「やれやれ、まあとりあえず肩慣らしといくかの」
そう言ってキヨモリは刀を構えた。
「どれ、今儂が成仏させてやるからの、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
ランはそんなキヨモリの様子を見て、やっぱりお爺ちゃんなんだなとあらためて実感した。
「ほれ行くぞ、突撃じゃ」
その直後にキヨモリがそう言っていきなり敵に突撃していった為、
二人は唖然とした後、慌ててその後を追った。
「おいおいマジか、いきなりかよ」
「ハチマン、フォロー!」
「おう、分かってるって」
だがそんな心配はまったく無用であった。
どう見てもキヨモリは軽く剣を振っているだけに見えるのだが、
その一振りごとに、敵の首がまとめていくつか飛ぶのである。
「………は?」
「え、何あれ」
そう言ったのも束の間、キヨモリは足を止め、刀を見ながらぶつぶつと何か言い出した。
「ふ~む、あまり期待してはおらんかったが、この刀は中々の業物よの、
手にしっくりと馴染むわ」
「お、おいじじい、よそ見すんな!」
「左右から来てる、来てるから!」
そんな二人の焦りを伴う言葉にはまったく反応を示さなかったが、
キヨモリは敵が至近距離まで近付いてきた瞬間に、
敵の方をまったく見ずに、スッ、と剣を振るった。
「うるさいのう、考え事の邪魔をするんじゃないわい」
よく時代劇で聞くような、スバッ、とか、ザシュッ、などという音はまったくしない。
ゾンビ・エスケープはあくまでもゲームなので、
多少そういった擬音がするようにプログラミングされているのだが、
それなのにそういった類の音がまったくしないまま、
左右から迫っていたゾンビの首が、コトリと落ちた。
「ん、何か言ったかの?」
ここで初めてキヨモリは、ハチマンとランに反応した。
「い、いや、何でもない……」
「ちょっとハチマン、あんた京都であの師匠に勝ったのよね?」
「お、おう、そのはずなんだが、本当に現実だったのか、ちょっと自信が無くなってきたぞ」
その頃には二人はもう戦闘に介入する意思を失っていた。
前進を再開したキヨモリはまるで無人の野を進むが如く、平然とゾンビ達の間を進んでいく。
キヨモリは派手な動作はまったく見せず、
ただ無造作に、最小の動きで敵を葬っていくのみであった。
それから一時間後、キヨモリの撃破スコアはまもなく千に到達しようとしていた。
残る敵は四体、最後の山場の変異種カルテットである。
「ほ?」
さすがのキヨモリも、雰囲気が違うその四体を目にして足を止めた。
「もしかしてこいつらで最後かの?」
キヨモリは振り返ってハチマンにそう尋ね、ハチマンは頷きながらこう答えた。
「左から『クズマ』『バルス』『幼女』『モモン』だ」
「こりゃまた統一性の無い名前じゃのう……」
「まあ適当に付けた名前だからな」
「ふ~む、一番左が確か……何じゃったか」
「幼女だ」
「さっきと順番が違う気がするんじゃが……」
「まあ適当に付けた名前だからな」
「そっちも適当じゃったか……」
要するに誰が誰とは決まってないんじゃなと思ったキヨモリは、
ここで初めて居合いの体勢をとり、敵の襲撃に備えた。
「居合いか……」
「居合いかぁ……」
その姿を見たハチマンとランは同時にそう言ったが、そのニュアンスは微妙に違っていた。
ハチマンは興味深そうにそう言っただけであったが、
ランの言葉は迷うような響きを伴っていた。
「ん、何か思うところでもあるのか?」
「う、うん、師匠に居合いも教えてもらうべきなのかなって」
「ふむ、とりあえずチャレンジしてみるのは悪い事じゃないだろ」
「そうかな?うん、それじゃあ今度教えてもらってみる。
それに適したような場所ってどこかにある?」
「それならCランクサバイバルミッション『腐死山から脱出せよ』だな、
舞台が山の中だから、練習に使える木が沢山あるぞ」
「へぇ、富士山ねぇ」
「おう、腐死山だな」
ハチマンはランが普通に富士山を想像している事はもちろん分かっていたが、
黙っていた方が面白いと思い、特に訂正はしなかった。
そんな二人が見守る中、カルテットの中の一人が動いた。
こちらをかく乱しようとしているのかトリッキーな動きでキヨモリにぐんぐん近付いていく。
だがその程度では当然キヨモリは惑わされない。
キヨモリは半眼で敵を見つつ、敵が射程距離に入った瞬間に、
気合いの掛け声と共に居合いで敵を一刀両断にした。
「スティール!」
その声にハチマンがピクッと反応した。
「いや、まさかな……」
「スティールって何?」
「ただの掛け声だろ」
「ふ~ん、変わってるわね」
ハチマンはランにそう尋ねられ、聞き間違いではなかったなと思いつつも、
とりあえず経過を見守る事にした。
そして立て続けに襲い来る敵を相手に、キヨモリから続けてこんな掛け声が放たれた。
「どうじゃ、鬼がかってるじゃろ!」
ピクッ。
「死ね、存在Xめ!」
ピクピクッ。
「喝采せよ!」
ピクピクピクッ。
キヨモリがそう叫ぶごとに順調に変異種が倒されていき、
ついにこのミッションは無事クリアされた。
そしてあと数歩歩けばクリアという所でぷるぷる震えていたハチマンが突然キレた。
「何でじじいの癖にそんなマイナーネタの更に元ネタまで知ってんだよ!」
ハチマンは堪えきれずにそう絶叫した。
「え?え?」
「楓に付き合ってアニメを見ていたら、その……な?」
「その、何だよ!」
「引退して暇じゃから、ほれ、色々見たくなるじゃろ?てへっ」
「てへっ、じゃねえよ、じじいがそんな事言っても全然かわいくねえよ!」
「ちょ、ちょっとハチマン?」
「何じゃと!楓は儂の事、いつもかわいいって言ってくれるんじゃぞ!」
「そんなのお世辞に決まってんだろ!真に受けてんじゃねえよクソじじい!」
「ふざけるんじゃないわい!天使の楓たんがそんな事思ってるはずが無かろう!」
「たんって何だよたんって、昔の重厚なキャラはどこにいったんだよこの孫馬鹿が!」
「孫馬鹿で大いに結構じゃわい!孤高を気取って孫に嫌われたら本末転倒じゃ!
そもそもお主も儂の孫みたいなもんじゃないか!
もっと儂にお爺ちゃんお爺ちゃんと甘えてこんか!」
「そのセリフは二十二年分のお年玉を俺に渡してから言いやがれ!」
「何で儂より金持ちのお主にお年玉をやらにゃいかんのだ!むしろ儂によこせ!」
もう滅茶苦茶である。そんな二人の言い合いを見て呆気にとられていたランは、
二人の言い合いが一向に収まらないのを見てさすがに何とかしないといけないと思ったのか、
おもむろにハチマンの尻を蹴った。
「うぎゃっ!」
「ハチマン、落ち着いて。そして師匠、ごめんなさい」
ランは続けてキヨモリの尻を蹴り、クリアゾーンに叩きこんだ。
その瞬間にクリアメッセージが流れ、三人は控え室へと排出される事となった。
「何をするんじゃ愛弟子よ!」
そう抗議するキヨモリに、ランは目をうるうるさせながらこう言った。
「師匠、敬愛する師匠と愛する人が言い争っているのを見るのはつらいのです」
「むっ、た、確かにそうじゃな、すまんかった、儂反省」
さすがのキヨモリも、かわいい弟子の涙には弱いらしい。
もっともそれはランの演技なのだが、キヨモリがそんな事に気付くはずもない。
「ほら、ハチマンも」
「ちっ、今日のところは引いてやるか」
「ありがとう、愛してるわ」
「うぐっ……」
いつものような耳年増的セクハラ攻撃には強いハチマンだが、
こういった正統派の攻撃にはかなり弱い。
ハチマンはそれ以上何も言えず、大人しく引き下がる事しか出来なかった。
「それにしても師匠、よく初期ステータスのままクリア出来ましたね」
「まあ少し体が重く感じたがの」
「なら今得た経験値を使って身体能力を上げましょう」
「そうじゃな、教えてくれるかラン」
「はい、喜んで」
ハチマンはそんな師弟の交流の場面を見て、
この二人は昔はお互いあまり良くは思っていなかったはずなのに、
変われば変わるもんだよなぁと感慨深く思った。
「それじゃあじじい、それが終わったら、今後のランの育成計画を立てようぜ」
「そうじゃな、どこに出しても恥ずかしくない立派な嫁に教育してやるわい」
「嫁じゃねえよ、剣士だよ!」
とにもかくにもこうしてランは、
キヨモリの実力を見せつけられ、その力量にまったく疑いを持つ事なく、
素直にキヨモリの教えに従い、ここから成長を加速させていく事となった。