ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第778話 ハイブリッド・ラン

 ユウキ達と別れ、オリジナル・ソードスキルのアナウンスを聞いたハチマンは、

レコンと別れ、そのままゾンビ・エスケープに舞い戻った。

 

「さて、ランも何か刺激を受けていてくれればいいんだが……」

 

 そう思って占有している部屋の扉を開けたハチマンの目に飛び込んできたのは、

ハンカチを咥えながら、ぐぬぬとこちらを睨みつけているランの姿であった。

 

「またか………おいじじい、ランは今度は一体どうしたんだ?」

「お主がランの妹のマウントをとった時からずっとこうじゃぞ」

「マウントで?何でそうなる?」

 

 きょとんとするハチマンだったが、ランはまるで呪詛のようにぶつぶつとこう呟いていた。

 

「ハチマンに乗ってもらえるなんて、ユウの奴何て羨ましい……

というか妹に先を越されるなんて……」

「乗ってって何だよ……それに何の先を越されたってんだ、相変わらずの耳年増が」

 

 ハチマンは呆れたようにそう言ったが、ランの目は虚ろであり、

ハチマンの方を見ようともしない。

 

「おいじじい、これはどうすりゃいいんだ?」

「どうすればいいと言われてものう……

その後お主がずっと妹御を膝の上に乗せていたのがトドメになったようじゃが、

まあ外部から刺激を与えて覚醒させるしかないんじゃないかのう」

「外部からの刺激か……」

 

 キヨモリにそうアドバイスされたハチマンは、とりあえずランの頬をペチペチと叩いた。

だがまったく効果はなく、ランはぶつぶつと呟き続けていた。

 

「う~ん、これじゃ足りないか……まったく面倒臭え……」

「妹御と同じようにするしかないんじゃないかのう」

「仕方ない、マウントから顔の真横の地面にパンチでも……

まったく手間をかけさせやがって……」

 

 キヨモリがそう言い、ハチマンはため息を付きながら愚痴るようにそう言った。

一応覚醒を期待してか、ハチマンはやや乱暴にランを仰向けに転がしたのだが、

何の反応も無く呟くのをやめないと確認したハチマンは、

仕方なくランに馬乗りになり、肩をぐるぐると回した。

 

「さて……特にこいつの場合は、変な所に触らないように注意しないとな……」

 

 ランとユウキでは体の一部分の起伏がかなり違う為、

ハチマンは必要以上に気を遣い、ランのその部分をしっかり注視しつつ、

顔の横にパンチを入れる為に前傾姿勢をとった。

 

「はぁ、こいつも胸ばっかりじゃなく、脳にも栄養を回してくれればな……」

 

 そんな失礼な事を言いながら、ハチマンは右手を振り上げた。

その瞬間にランはニタリと笑い、ハチマンの隙をついてその顔を自分の胸に押し付けた。

ランの胸に注意を向けていたハチマンは、その攻撃を防げなかった。

 

「わっしょい!」

「うわっぷ、て、てめえ、いつから覚醒していやがった!」

「最初からだけど?」

「何だと……だ、騙しやがったな!おいじじい、早く助けろ!

今はこいつの方が俺よりもステータスが高いからひきはがせな……うごっ」

 

 ランはその瞬間にハチマンの頭を持つ手に力を入れた。

 

「師匠、協力ありがとっ!」

「な、ななな何の事じゃ?儂は別に何も……」

 

 ランに突然そうお礼を言われたキヨモリは、

ハチマンの手前、さすがにまずいと思ったのか、焦ったような顔をしてそう言うと、

そっぽを向きながら鳴らない口笛を吹き始めた。

 

「ヒュウ、ヒュウ」

「むぐっ……く、くそっ、微妙におかしいと思ったらじじいもグルだったのかよ!」

「し、仕方ないんじゃ、儂もせっかく出来たかわいい弟子に嫌われたくないんじゃ!」

「ざけんな!弟子なら俺がもっとかわいいのを紹介してやる!」

「無理じゃ!もう儂、ランに情が沸いてしまったんじゃもん!」

「もん、とかガキみたいな事を言ってんじゃ………むがっ」

 

 ハチマンはジタバタともがいたが、ステータスの差は如何ともしがたい。

当然この事もランはしっかりと計算済であった。

ランはこういう事にはとてもよく頭が回るのである。

胸に潤沢な栄養を回しつつ脳の一部にもしっかり栄養を回す、ランはデキる女のようだ。

 

(くそっ、どうすれば……)

 

 その時思いがけない事態が起きた。三人のいつ控え室の扉が誰かにノックされたのである。

 

 コン、コン、コン。

 

「おい、誰か来たぞラン、待たせるのも悪いからとりあえず俺を解放しろ」

「え~?ここには他に知り合いなんかいないし、冷やかしかいたずらじゃない?

そんなのほっとけばいいわよ」

 

 その時ドアの向こうから、聞き覚えのある声がした。

 

「ハチマン君、いる~?あなたの大好きなお姉ちゃんですよ~?

ここにキヨモリさんが来てるって聞いて、挨拶に来たわよん」

「え、ハチマンのお姉さん?」

「馬鹿姉!?」

 

 それは紛うことなき雪ノ下陽乃の声であった。

もし陽乃にこんな場面を見られたら、どんな行動を起こすか想像もつかない。

ハチマンは焦り、ランはハチマンの姉らしき人物にどう挨拶しようかと考え、固まった。

だがそんな二人より先に、名指しされたキヨモリが動いた。

 

「おいハチマン、今のは確か、ソレイユの社長の声じゃよな?」

「ああそうだ、ちょっと待っててくれ、今ランを説得……」

「そうかそうか、ほいほい、儂はここじゃぞい」

「あっ、じじい、待てって……」

 

 だがそんなハチマンの声も空しくキヨモリの手によって扉は開かれた。

 

「あらキヨモリさん、またその姿で遊んでたんだ?」

 

 目の前にいる若い男がキヨモリだと、陽乃はすぐに看破した。

陽乃はこの姿を以前京都で見た事があったからである。

 

「おう、そうじゃそうじゃ、別に儂が望んだ訳じゃないんじゃが、ハチマンが勝手にのう」

「なるほどなるほど」

「しかしよくここにハチマンや儂がいると分かったのう?」

「それはまあ、控え室をレンタルしたら、外に代表者の名前が表示されるからね、

それを見てここだなと当たりをつけてきたって訳」

「ほうほう、さすがじゃのう」

「いやいや、それほどでも」

 

 どうやらこの二人、京都での一件以来、実はとても仲良しだったようだ。

会話がまるで、昔なじみのように気さくな雰囲気である。

 

「で、ハチマン君は?」

「おう、小僧ならそこじゃ」

「あらそう、ありがとうキヨモリさん、え~と、ハチマン君ハチマンく……ん?んん~?」

 

 陽乃はどう見てもランを襲っているように見えるハチマンの姿を見てスッと目を細めた。

 

「違う、誤解だ、これはランの罠にはまってだな………」

 

 ハチマンはその視線を受けて慌ててそう言い訳をし、

ランも慌ててハチマンの拘束を解き、立ち上がろうとしたのだが、

ハチマンが言い訳に集中し、動きを止めていた他に中々立ち上がる事が出来ない。

 

「ほうほう、なるほどなるほど、あなたが噂のランちゃんね」

「は、初めましてお姉さん、ハチマン相手に既成事実を積み重ねている状態で失礼します、

そのうちあなたの妹になる紺野藍子と申します」

 

 ランがどう挨拶しようかと考えた末に出した答えがこれであった。

まったくいい性格をしている。

 

「ぷっ、あはははははははは!」

 

 その答えは確かに陽乃の意表をついたらしく、陽乃は大声でそう笑った。

 

「見るのと聞くのでは大違いだわ、想像以上に凄い子みたいね、ハチマン君」

「お、おう、色々と面倒をかけられっぱなしで大変だ……」

 

 ハチマンはそう言い、ランの拘束が外れている事にやっと気付き、そのまま立ち上がった。

 

「今解放してあげたのは貸しにしておくわ」

 

 そんなハチマンに、ランは更にそんなジャブを飛ばしてきた。

 

「お前は本当にいい性格をしてるよな」

「私もそんな自分の性格を、私の美点だと思っているわ」

 

 ランはぬけぬけとそう言い、陽乃もそれに同意した。

 

「あら、私もその何ていうか、抜け目のない所、好きよ」

「お褒めにあずかり光栄です、姉様」

「あんまりこいつを調子に乗らせるんじゃねえ、ったく……」

 

 ハチマンは二人が知り合った事に漠然とした不安を感じたが、もう後の祭りである。

そんな中、突然陽乃がこんな事を言い出した。

 

「まあそれは置いておいて、一応お仕置きは必要よね」

 

 その言葉にハチマンは内心で喜び、ランは身を固くした。

 

(おっ、これでランも少しは大人しく……)

(ま、まずいわね、さすがにやりすぎたかしら?)

 

 だが陽乃は二人が想像したのとは真逆な行動をとった。

いきなりハチマンの腕をとったかと思うと、

力を入れているようにはまったく見えなかったのに、

ふわりとハチマンを投げ飛ばし、地面に叩きつけたのである。

 

「うおおおおお!」

「はい、お仕置き。まったくハチマン君は、女の子相手に隙が多すぎるのよね、

そこでそうやってしばらく反省していなさい」

「く、くそ、お仕置きって俺にかよ!」

 

 ハチマンは悔しそうにそう言い、キヨモリはその一連の動きを見て感心したように言った。

 

「ほう、いい腕じゃな陽乃さんよ」

「ありがと、キヨモリさん」

 

 ランはその光景に脳が追いつかず、その思考は脳内で右往左往していたが、

やがて一つの場所に落ち着き、一つの結論を出した。

 

「あの、ね、姉様、もしかしてそのキャラはコンバートですか?」

 

 この質問からランが、陽乃の強さは高いステータスのせいなのではと考えた事が分かる。

だがそのランの質問に、陽乃はあっさりとこう答えた。

 

「これ?名前こそALOと同じでソレイユだけど、さっき作ったばっかりの初期キャラよん」

「えっ………?」

 

 ランは陽乃にそう言われ、この二人は同じ人種なのだと悟った。

この二人とは当然ソレイユとキヨモリである。

 

「ソ、ソレイユ姉様、私を弟子にして下さい!」

 

 そんなランが出した結論はこれであった。

折りしも先ほどユウキがハチマンのせいで、体術スキルについての考え方を改めたように、

それを見ていたランも、体術スキルをもっと使いこなさなければと考えていたのである。

当初ランは、ハチマンとキヨモリが不在の時間にALOに戻り、

そこで人のいない所で独学で体術スキルの修行をしようと思っていたのだが、

ソレイユの登場で事情はまったく変わったのである。

 

「弟子って何の?」

「体術のです、姉様!」

「ん~?体術ってALOの体術スキルの事?

私がやってるのは合気道であって、あれとはちょっと別物だと思うけどなぁ」

「その差分は自分で何とかします!暇な時だけでいいので私に稽古をつけて下さい!」

「ん~、どうしよっかなぁ?」

 

 ソレイユはそう言いながらハチマンの方を見た。

 

「ちなみにランは、じじいの弟子でもある」

「あ、剣術の?」

「そうじゃ、今は居合いを教えておるぞい」

「へぇ……それは中々ハイブリッドな子が出来上がりそうね」

 

 その言葉でランは、自分の弟子入りが認められた事を知った。

 

「私の修行は厳しいわよ、しっかりついてきなさい」

「はい、ソレイユ姉様!」

 

 こうしてランに、二人目の師匠が誕生する事となった。


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