ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第779話 アスナの不調

 ランが二人の強力な、というより強烈な師匠を得て修行に邁進し、

ユウキが剣に覚醒して体術の修行にあけくれていたその頃、

このエピソードのもう一人の主人公であるはずのアスナは、

仲間達に慰められながら、一人落ち込んでいた。

 

 

 

 実はこの日、ヴァルハラでは近接戦闘職の者達による総当たり戦が行われていた。

これは二ヶ月に一度、自由参加が前提で定期的に行われているもので、

勝ったから特に何かあるという訳ではなかったのだが、

ギルドメンバーの実力の底上げを図るという点ではかなり重要なイベントであった。

ちなみにルールは魔法なしのガチンコ勝負、

半減決着モードで制限時間は一戦につき五分、だけである。

この日の参加者は、キリト、アスナ、コマチ、リズベット、シリカ、エギル、クライン、

シノン、セラフィム、リーファ、フカ次郎、クックロビンの十二人であり、

見学にユキノとスクナが訪れていた。

ハチマンはランに付き合ってゾンビ・エスケープをプレイしており、

レコンはスリーピング・ナイツを見守っていた為に不参加である。

そしてこの日の戦闘で、アスナは何と五勝六敗と負け越してしまったのであった。

アスナにとっては初の経験であり、特に調子が悪かった訳でもなく、

更には暁姫という強力な武器を携えての敗北だった為、

アスナの受けた衝撃は凄まじく、戦いが終わった後にどよんと落ち込み、

それを今、皆が必死で慰めている所なのであった。

 

「まあこういう日もあるだろ」

「うん……」

「確かにちょっと調子が悪そうだったわね」

「どうかな、自分じゃ普通だと思ってたんだけど」

「微妙に姿勢が守りに入ってた気はしたかなぁ?」

「私が守りに?」

「うん、何だろなぁ、ちょっとモチベーションが低そうみたいな?」

「そっか……」

「確かに闘争心が足りなかったような気はしたな」

「闘争心……そう言われるとそんな気がしないでもないかも……」

 

 その最後のキリトの言葉がアスナにとっては一番しっくりと感じられたようだ。

今も確かにショックを受けてはいるが、直ぐにやり返してやるという感覚が、

自分の中に沸きあがってこないのである。

 

「まあハチマンと話してみろよ、俺達が気付かない事に何か気付いてるかもしれないしな」

「うん、とりあえず今日ハチマン君の家にお泊まりして相談してみる……」

 

 その言葉にその場にいた何人かはとても羨ましそうな顔をしたが、

その時のアスナは、普段なら一部の女性陣に気を遣って言わないような、

そんなストレートなセリフを自分が言ってしまった事にすら気付いていなかった。

そしてアスナはフラフラと立ち上がり、そのままログアウトしていった。

 

「おいおい、アスナの奴大丈夫か?」

「どうだろうな」

 

 クラインのその言葉に、エギルは難しい顔をした。

 

「あれは重症かも?」

 

 続けてフカ次郎が心配そうな顔でそう言った。

 

「多分問題は心の方にあるよね」

 

 そのクックロビンの言葉に、キリトは頷きながらこう答えた。

 

「確かに最近のアスナは丸くなってきてたしなぁ、多分その辺りの影響なのかもな」

「お兄ちゃん、セクハラ!」

 

 そのキリトの言葉に即座にリーファが突っ込んだ。

ちなみにリーファ的には冗談のつもりであったが、

どうやらキリトはその言葉を真に受けてしまったようだ。

 

「ち、違う、丸くってのは性格的な意味であって、

決して太ったとかそういう意味じゃないよ!」

「お兄ちゃん慌てすぎ、冗談だってば」

「冗談かよ!本気で焦ったじゃないかよリーファ!」

 

 そんな二人の会話に横からこんな突っ込みが入った。

 

「まあでもこの前体重を測ったら、ちょっと太ってたのは確からしい」

 

 その言葉を発したのはセラフィムであった。

それに対してユキノが首を傾げながらこう返した。

 

「でもアスナは太ったようには全く見えないわよね?」

「そう、問題はそれなのよ……」

 

 リズベットが悔しそうな顔でそう言い、そんなリズベットをシリカが宥めた。

 

「まあまあ、こういうのは個人差ですから仕方ないですよ」

「個人差?何の事?」

 

 興味深そうにそう尋ねてきたスクナに、リズベットは更に悔しそうな顔でこう答えた。

 

「実はこの前うちの学校で、身体検査があったのよね」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、キリトとクラインとエギルはそっとその場を離れた。

その話は自分達が聞くべきではないと考えたのだろう。

ヴァルハラは女性プレイヤーの方が多い特殊なギルドである為、

基本男性陣は、普段から女性陣にはかなり気を遣っているのである。

 

「で、その時のアスナの数値がさ……」

 

 ここでリズベットは一旦話すのを止め、きょろきょろと辺りを見回し、

男性陣が遠くにいるのを確認して、キリトにこう声をかけた。

 

「キリト、えらい!」

 

 その呼びかけに対し、キリトは当然だとばかりにヒラヒラと手を振った。

 

「うちの男どもってこういう時にはちゃんと気を遣ってくれるからいいよね」

「逆に申し訳なくなる事もあるけど、まあ確かに助かるわよね」

 

 リズベットは嬉しそうにそう言い、ユキノもそれに同意した。

 

「さて、それじゃあ安心して話を続けますか、で、その時のアスナの数値なんだけど、

ウェストは一センチ細くなってて、お尻は変化なしだったんだよね。

身長は変わらず、体重だけが増えたみたいな」

 

 その言葉に何人か固まった者がいた。

具体的にはリーファ、シノン、クックロビンの三人である。

 

「今故意に、何かの変化について触れなかったよね……」

「うん、まあそれがオチだし、私も教室でその話を聞いて愕然としたもん」

「ですよね、私もです……」

「なるほど、胸が大きくなった分だけ体重が増えた訳ね」

 

 そこでユキノがストレートにそう言い、

三人はユキノを信じられないような物を見る目で愕然と見つめた。

 

「な、何かしら?」

「まさかユキノの口からそんな言葉が平然と出るなんて……」

「え、そんなにおかしい?実は私も同じような状態なのだけれど……」

「「「えええええ?」」」

 

 そのユキノの告白に、三人は目玉が飛び出る程驚いた。

 

「まあ私の場合はその、元が小さいから別に自慢出来る数値になった訳ではないのだけれど、

それでも成長は成長だし、私的には満足というか、

もし万が一彼に触られた時に、最低限心地よさを感じてもらえるくらいだけあれば、

それでいいかなと思うようになったというか……ってやだ、私は何を言っているのかしら」

 

 そんなユキノを他の者達は、生暖かい目で見つめていた。

 

「え、その目は何?」

「副長が乙女になった……」

「ううん、ユキノも変わったなって」

「そういうとこ、丸くなったよねぇ」

「まあ私ももうすぐ二十二だし、しっかりと現実を見るようになったのよ」

「さっすが大人の女!」

 

 ユキノはその言葉に柔らかい笑顔を見せたが、

ユキノは今でも敵の前に立った時にはまったく容赦を見せる事は無い。

大人になったとはいうが、その辺りは昔からまったく変わっていないようである。

 

「お義姉ちゃんが言うには、多分SAO時代にずっと入院してて、

栄養が足りなかった分成長が止まってて、

それが改善されたから胸に栄養がいくようになって、

この歳でいきなり成長を始めたんじゃないかって」

「ああ、それはありそう」

「まあ元々そういう身体的素質があったんだろうね」

「基本スペックの違いかぁ……」

「まあその辺りの話は今回の件とは無関係でしょうし、このくらいにしましょうか」

 

 そこでユキノが穏やかに話を終わらせ、

リズベットがもう戻ってきていいという風にキリト達を手招きで呼び寄せた後、

話は元のアスナの不調の話に戻った。

 

「さっきの話で出たのは、守りに入ってた、モチベーションが低かった、

闘争心が足りなかった、という三点だったと思うのだけれど、

やはりその辺りが調子が出ない原因なのかしらね」

「問題は次の総当り戦の結果だろうな」

「確かに今回の件についての再現性があるのかどうかが一番の問題かもしれないわね」

「まあ俺達にはなんとなく程度の感想しか言えないからなぁ」

「まあ結局ハチマンに任せるしかないんじゃないかな、

アスナの事を一番よく分かっているのはハチマンなんだし」

 

 当然の事ながら、結局その後もこれだという意見は出ず、

この日の活動はこれで終了となった。

そしてログアウトした明日奈は一人とぼとぼと八幡の実家へと向かっていたのだった。

 

「はぁ、私、一体どうしちゃったんだろ」

 

 明日奈は立ったまま電車に揺られながら、ぼ~っと流れる景色を見つめていた。

正直明日奈には、不調に対する心当たりはまったく無い。

むしろ今は私生活が充実しすぎて怖いくらいなのである。

そして電車が停まり、明日奈の目に、見覚えがある建物が映った。

 

「あ、ソレイユだ」

 

 明日奈は誰か知り合いが乗ってくるかなと思い、何となく乗車口の方をじっと見ていたが、

明日奈のソレイユの知り合いは、そのほとんどが寮生活の為、そんな偶然は滅多にない。

だが今日に限っていえば、偶然の神様が明日奈に気を遣ってくれたようで、

発車のベルが鳴った後、明日奈の知り合いが一人、電車の中に駆け込んできた。

 

「ふう、危ない危ない………あ、あれ?明日奈?」

「かおり、偶然だね!」

 

 その駆け込んできた知り合いは、折本かおりであった。


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