「あれ、でもかおりって確かソレイユの寮に住んでるんだよね?今日は実家にでも帰るの?」
「ううん、寮には戻るよ。今日は千佳とご飯を食べに行く約束をしてたんだ。
明日奈はこれから八幡の家?」
「うん、まあそんな感じかな」
「まあこの路線に乗ってるんだから当たり前だよね。
今度また別の日に誘うから、その時は三人でまた出かけようね」
「うん、喜んで!」
二人は楽しそうにそんな会話をしていたが、この美女二人が揃うととにかく目立つ。
そして今の時刻は夕方であり、乗車率がかなり高くなる時間でもある。
当然不埒な事を考えながら二人に近付こうとする者もおり、
そういった者の一人が、今まさに二人の隣に移動しようとしていた。
「きゃっ」
その時明日奈が小さな声で悲鳴を上げ、その不審者は驚いた。
見ると狙っていた美女二人組と自分との間に、山のような背中が割り込んでおり、
明日奈とかおりに近付くのは不可能だと悟ったその不審者は、
悔しそうに舌打ちをして去っていった。
「なんだ、義輝君かぁ、びっくりした、久しぶりだね!」
「あれ、材木座君?お疲れ様!」
「ごめんごめん、我のせいで驚かせてしまったかな?
明日奈さんお久しぶり、そして折本さんお疲れ様!」
その山のような背中の持ち主は、
たまたま別のドアから同じ時間の同じ車両に乗り込んだ材木座であった。
材木座は車内で二人を見付け、他人に迷惑をかけないようにそちらに移動していたが、
同じようにその二人に近付こうとする男の姿を見付け、
慌てて二人とその男の間に割り込んだのであった。
材木座はそのまま二人を守るような位置をキープし、
近くに不審者を寄せ付けないように周囲に気を配っていた。
だが二人を不安にさせないように、その事は二人には一切言うつもりはない。
義輝は昔と比べると、格段にいい男に成長しているようであった。
「明日奈さんは今日は八幡の家?」
「うん、そうするつもり」
「私は友達と食事かな」
「なるほど、我もそろそろ有給を消化しないとまずいと言われたので、
たまにはと思って実家に帰る途中かな」
「あっ、そういえば義輝君は今はうちの会社に出向してるんだっけ?」
「うちの会社?ああ!そうですよお嬢様、お父様の会社に出向させてもらってます」
材木座は冗談ぽい口調でそう言い、かおりはポンと手を叩いた。
「あ、そっか、そういえば明日奈ってレクトの社長令嬢なんだっけ」
「お父さんにパーティとかに無理やり付き合わさせさせられて、
苦痛ばっかりなんだけどね……」
「あ~、そういうのってやっぱりあるんだ……」
「うん……」
そう語る明日奈の表情は本当に嫌そうに見え、かおりは心から明日奈に同情した。
その時材木座が意外な事を言い出した。
「あ、それなら我もあるぞ、パーティに出席させられて苦痛な経験」
「えっ、そうなんだ?」
「八幡の奴が、たまに我にそういうのを押し付けてくるのだ……」
「うわ」
「八幡君……」
「しかも八幡の奴、いつまでたっても我をソレイユに呼び戻してくれないし……」
「な、何かごめんね」
明日奈はいたたまれなくなったのか、思わずそう謝った。
「もし良かったら、今度私から八幡君に言っておこうか?」
「あ、いや、冗談冗談、レクトの仕事も楽しいから大丈夫大丈夫」
材木座は笑顔でそう言い、明日奈は興味深げな顔で材木座にこう尋ねた。
「義輝君はレクトで今何をしているの?」
「今我は、ゾンビ・エスケープの運営と開発の手伝いをしているかな」
「あ、それ、今度私達もやろうかって話してたの」
「それはまた奇遇な」
「それそれ、聞いてよ明日奈」
ゾンビ・エスケープの名前が出た瞬間にかおりは自慢げな顔をし、明日奈にこう言った。
「実はあのゲームのスポンサー連動方式って私のアイデアなんだよ!」
「そうなの?」
「うん、前に新しいゲームのアイデアの社内公募があって、
そこで私が出した意見が通ったの」
そのかおりの言葉を受け、材木座もこう賞賛した。
「あのアイデアは我もかなり良かったと思う、実際結果も出してるしな」
「うん、金一封ももらったし、お財布的にもかなり良かった!」
「金一封?どのくらい?」
「えっとね……」
かおりは明日奈の耳元でこそこそと何か囁き、明日奈の顔が驚愕に見開かれた。
「えっ、そんなに?」
「うん、私も正直びっくりした……」
「車とか買えそうじゃない!」
「まあ免許をとるのが先だけどね」
かおりはまだそのお金の使い道を決めておらず、今日千佳に相談するつもりらしい。
「あの時は我も含めてゲーマー目線のアイデアばっかりだったから、
折本さんのアイデアは一歩抜きん出て見えたし、一位をとるのも頷けるかな」
「へぇ、そうなんだ!かおり、凄いね!」
「いやぁ、あはははは……」
明日奈に純粋な賞賛の視線を向けられたかおりは、
八幡のマンションで見たアニメが元ネタだとは今更言えないのであった。
「そういえば今、八幡君もゾンビ・エスケープをやってるよ」
「何っ、あ奴め、いつの間に……ちなみにキャラの登録名は?」
「普通にハチマンかな」
「ふむふむ、ちょっと失礼」
材木座はスマホを取り出して何か調べ始め、直後にその目が驚愕に開かれた。
「千葉デストロイヤーズのリーダーってハチマンだったのか……
メンバーの名前とか全然見て無かったな……」
明日奈とかおりはその言葉に思わず噴き出した。
「千葉デストロイヤーズ?」
「な、何それ?」
「ゾンビ・エスケープのトップに君臨する攻略チームの名前かな、
今思えばいかにも八幡らしいというか……」
「トップって凄いじゃない!」
「八幡君、さすがだなぁ……」
かおりは素直にそう賞賛したが、
明日奈は微妙にもやもやしたものが胸に沸きあがってくるのを感じていた。
やはりまだまだ昼間の総当り戦のショックを引きずっているようだ。
そんな明日奈の微妙な感情の揺らぎに気付いた者がいた、まさかの材木座である。
「あの、明日奈さん、もしかして何か悩みでも抱えてる?」
「あれ、そんな風に見える?まあうん、今ちょっと悩んでるんだよね……」
「前に会った時と笑顔の印象が違うというか、まあそんな感じがしたからもしかしたらと」
「うわ、材木座君凄いね、私、全然気付かなかったよ……」
「逆にまめに会ってるせいではないかな、我、明日奈さんと会うのはかなり久々だし……」
材木座はそう言って、友達の悩みに気付かず、
やや落ち込んだ様子を見せたかおりをフォローした。
やはり昔の材木座からは考えられない気の遣い方である。
「確かに久しぶりだよね」
「本当に感覚的なものだから、正直我もまったく自信は無かった」
「でも凄いなぁ、確かにちょっと今日、落ち込む事があってさ」
「人に言える悩みなら、我と折本さんに話してみては?」
「うん、それは問題ないよ、ちょっとくだらない話になっちゃうんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん!」
「我で良ければ」
その明日奈の言葉にかおりと材木座は笑顔で頷いた。
「えっとね……」
そして明日奈は今日の出来事を二人に語り始めた。
「………なるほど、そんな事が」
「全然くだらなくなんかないってば」
「ありがとう二人とも、私にとってはやっぱり大事な事なんだよね、
八幡君の隣に立つ資格を失っちゃったみたいに感じられちゃったからさ……」
「「いやいやいや、それは無い」」
明日奈のその自信無さげな言葉に二人は即座にそう突っ込んだ。
「え、でも……」
「八幡は明日奈にゲーム内の強さなんて求めてないってば」
「というか、何かを要求しようだなんて思ってもいないと思うぞ」
「むしろ一緒にいてくれてありがとう、みたいな?」
「うむ、その言葉は実に八幡に似合う表現だな」
明日奈はそう言われ、微妙に納得しがたい表情をしたが、
本人の納得には関係なく、それは事実である。
「しかしそういう事か、それなら我に一つ心当たりがある」
「本当に?教えて、義輝君」
「ただ合っているかどうかは自信がない、それだけは覚えておいてくれ」
「それでも手がかりになるかもだし聞いておきたい」
明日奈は藁にもすがる思いでそう言い、義輝は自分なりの考えを述べる事にした。
「分かった。我の心当たりというのは、明日奈さんの変化についてなんだが、
我の記憶だと、最初に会った時の明日奈さんは、
せっかく再会出来たというのに、家族、特に母上に対して少し身構えているように見えた」
「最初に会った時ってSAOから解放された直後だよね?」
「うむ、そのくらいかな」
「あの時かぁ、確かにあの時はなぁ、
お母さんに対して不満というか、忸怩たる気持ちもあったかも」
「その少し後に会った明日奈さんは、その話しぶりからご家族との関係は改善されており、
その代わりに何か強い決意を秘めた瞳で八幡と一緒に行動していたような気がした」
「それっていつくらいの時?」
「二人が熱心にGGOをやっていた頃かな」
「ああ~!」
その頃の明日奈は、自分よりもむしろ八幡の安全の為に、
とにかくラフィンコフィンの手がかりを掴もうと頑張っていた。
八幡が絡む事なのでそのモチベーションは確かに高かったはずで、
材木座からそう見えたとしてもまったく不思議ではない。
「でも今の明日奈さんは、そう、とても穏やかで幸せそうに見える。
確かに塞ぎこんでいたようにも感じたけど、でも根っこの部分は幸せそうに見えた」
「うん、確かに今は何もかもが幸せすぎて怖いくらいかも」
「なのでそう考えると、今の明日奈さんに足りないものは、
明確な敵、もしくはライバル、あるいは目標、なのではないかな?」
「敵、ライバル、それに目標かぁ……」
明日奈は確かにそれはあるかもしれないと感じた。
人の悪意に敏感で臆病だった材木座は、
社会人経験を経て、他人の感情を何となく読めるようになっていたようである。
「あ、私も一ついい?」
「かおりも何か気付いた?」
「そうじゃないんだけど、ほら、明日奈ってお兄さんが買ってきたナーヴギアを、
たまたま被って事件に巻き込まれたんだよね?」
「うん、そうだよ?」
「って事は、明日奈は元々ゲームとかする人じゃなかったんでしょ?」
「それは確かにそうだね」
「じゃああれだ、もしかして明日奈は、その頃の明日奈に戻りつつあるんじゃない?」
「えっ?」
その指摘は明日奈にとってはコロンブスの卵であった。
今の自分にとって、VRゲームが切っても切り離せない存在なのは間違いないが、
ほんの五年前までの自分は、まったくそんな事はなかったと自覚させられたのだ。
「そう言われると確かにそうなんだけど、
でも私、もし今VRゲーム禁止って言われたら、禁断症状が出るくらいの自覚はあるよ?」
「でもプレイする事と強くある事は違うでしょう?」
「あっ……」
今の自分は確かに幸せだ。周りには沢山仲間がいていつでも一緒にわいわい騒げるし、
家族、特に以前は隔意があった母との関係も劇的に改善しているし、
愛する人と好きな時に好きなだけ一緒にいられる。
でもそれは全て、自分がゲーム内で強くある事とは何の関係もないのだ。
例え自分が弱くとも、仲間は変わらず一緒にいてくれるはずであり、
家族も何も変わらずに接してくれるはずであり、
八幡も変わらず自分の事を愛してくれるのだ。
「かおりの言う通り、例え私が強くなくても今の私の幸せには何の変化も無いのかも」
「だよね、多分それが今回負け越しちゃった原因だよきっと」
「そう………なのかな」
「ならどうすればいいかの答えは簡単だね、さっき材木座君が言ったように、
強くある事で、明日奈がより幸せになれるんだって自覚出来ればいいんじゃない?
ライバルに勝つとか、強大な敵に勝つとか、何か大きな目標を達成するとか、
そういう目的意識があれば、この問題は自然と解決出来るんじゃないかな」
「うん、うん、ありがとう二人とも!」
そうお礼を言う明日奈の目には光が戻っていた。
そうする事で事態が改善するかどうかはまだ定かではないが、
少なくとも大きなヒントである事は確かだと思われたからだ。
「まあ後は、思った事を八幡に話してみるといい」
「それある!多分八幡ならきっと何かしらいいアドバイスをくれるよきっと」
「うん、そうしてみる!今日二人に会えて、本当に良かった!」
そして目的地に到着し、電車を降りた三人は、
再会を約してそれぞれの目的地へと散っていった。
「お~い、明日奈」
「あっ、八幡君!」
八幡の家へと向かう道の途中で、おそらく小町にでも話を聞いたのだろう、
八幡が笑顔で明日奈を迎えに現れた。
「今日は散々だったらしいな、大丈夫か?」
「うん、実はさっきかおりと義輝君に会って、色々話して二人からいいヒントをもらえたの!
家に着いたらその時の事を色々話すね!」
「かおりに材木座が?まあ元気になってくれたなら良かったよ」
ちなみに後日八幡は、かおりと義輝を食事に誘い、
何でも好きな物を頼むようにと感謝の意を表現した。
それくらい話に聞いていた明日奈の様子と今の明日奈の様子は違っていたのである。
「それじゃあ帰るか」
「うん!」
明日奈は嬉しそうに八幡の腕を抱き、二人は仲良く家へと歩き始めた。
ここから明日奈の強さを取り戻す為の戦いが始まる。