ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第790話 二人の師匠

 さて、一方のランである。ランはキヨモリに続き、

ソレイユという師匠を得てから今日で三日目となる。

キヨモリの修行は単純であり、とにかく素振り、寝ても覚めても素振りである。

これは居合いに関しても例外ではなく、

ランはとにかく何度も何度も繰り返し繰り返し剣を抜き、振らされていた。

もちろんただ振る訳ではなく、少しでも剣筋が乱れると、

途端にキモヨリに肩をバシッと叩かれるのだ。いわゆる座禅の時のアレと一緒である。

この三日間のうちに、ランが肩を叩かれる回数は格段に減っていた。

これは遅いようでいて、実はとても早い成長っぷりである。

キヨモリの指導は本人が暇を持て余しているせいか一日八時間にも及び、

三日間で計二十四時間、ランは丸一日剣を振り続けた事になる。

その間ランが集中力を欠いたのは一日に一度ずつの計三度、

いずれもハチマンが到着した瞬間にであった。

だがキヨモリはその事に対して何も言わなかった。

ハチマンの到着後は、ランの集中力が格段に上がる事が分かったからである。

おそらくランは、ハチマンにいいところを見せようとしてより集中していたのであろう。

 

「おい小僧、出来ればずっとここにいてくれんかのう?」

「いや、俺にも学校とかがあるからな」

「そこを何とか!」

「何ともならねえよ!我が侭言ってんじゃねえよじじい!」

「か~~~ら~~~の~~~?」

「くるくる回ってんじゃねえ!ってかいい歳して簡単にランの影響を受けんじゃねえよ!」

「かわいいじゃろ?楓に受けがいいんじゃよこれ」

「だったら楓にだけ見せてりゃいいだろうが!」

 

 さすがのハチマンもそのキヨモリの変わりっぷりには怒りを抑えられなかったらしく、

かなりエキサイトした口調でキヨモリに怒鳴りまくった。

だがキヨモリは何度怒鳴られても笑顔を崩さない。

キヨモリにしてみればハチマンもまたかわいい孫の一人のようなものであり、

楽しくじゃれあっているような感覚なのだろう。

だがそんな会話の最中にも、キヨモリはランの肩を叩く事をやめない。

さすがというべきであろうか。

 

「おいじじい、ランの調子はどうだ?」

「うむ、順調じゃぞ、次は色々な体勢で体の芯がブレないように剣を扱う修行じゃな」

「じじいもいい歳なんだからあまり無理すんなよ」

「このくらい余裕じゃって、そもそも儂の若い頃はな……」

 

 キヨモリはそう言って若い頃の苦労自慢を始めたが、ハチマンは完全にスルーである。

 

「よしラン、ちょっと一緒に休もうぜ」

「あっ、小僧、何を勝手に……」

「いいからいいから、そろそろ姉さんも来る頃だから、どうせ交代の時間だろ?」

「何?もうそんな時間か、なら今のうちに少し休ませておかんとのう」

「そういうこった、ラン、行くぞ」

「うん!」

 

 ランはそう返事をして刀をしまうと、嬉しそうにハチマンの隣に並んだ。

 

「そういえばユウが山ごもりを始めたらしいぞ」

「へぇ、どこで?」

「ヨツンヘイムの奥地だそうだ」

「ヨツンヘイム……私も行った事ないのよね」

「そのうちあっちをメインにしたシナリオが追加されるから、その時に行けばいいさ」

 

 ハチマンはランにそう言い、ランは嬉しそうに微笑んだ。

それからしばらく休憩した頃、ソレイユが到着し、二人はそのまま訓練場へと向かった。

入れ替わりでキヨモリは一旦ログアウトである。

 

「姉さん、忙しいのに悪いな」

「大丈夫大丈夫、忙しいのは薔薇だけだから」

「そうか、それならまあいいか」

 

 どうやらハチマンは、薔薇の負担については気にしないようである。

もっとも今度労ってやろうと考えてはいたので、薔薇的にも多分嬉しいであろう。

そして今度はソレイユの修行が始まった。

 

「え、何だこれ、もしかしてずっとこれを続けてたのか?」

 

 ソレイユの滞在は一日四時間程度であり、

実はハチマンは、その稽古をつけているところを見るのは今日が初めてであった。

そんなハチマンの目の前で、ランがソレイユに延々と投げられ続けている。

ランも投げられないように抵抗するそぶりは見せるのだが、

それはまったく上手くいっていない。

 

「ランちゃん、そろそろどういう時に投げられるか分かってきた?」

「師匠、まだ何となくしか分かりません」

「そう、まあその体に教えてあげるわ」

 

 そう悔しそうに言うランに、ソレイユはあっさりとそう言い、尚もランを投げ続けた。

 

(こいつも頑張るよなぁ………)

 

 ハチマンのランを見る真剣な視線を受け、ソレイユが突然動きを止めた。

 

(ん、何だ?)

 

「ハチマン君、随分熱心にランちゃんを見てるわね」

「お?おう、まあ興味はあるからな」

「そう」

 

 ソレイユは一旦手を止め、ランと何か話している。

ランはポンと手を叩き、そして二人はコンソールを開いてあ~だこ~だ議論していたが、

やがて話がまとまったのか、まるで着物のような和風の戦装束へといきなり着替え、

二人揃ってこちらに向かって歩いてきた。

 

「ん、動きやすい服装にしたのか?」

 

 思わずそう声をかけたハチマンに、ランは笑顔でこう答えた。

 

「ええそうよ、どう思う?」

「いいんじゃないか?」

 

 ハチマンはその動きやすそうな格好を見て何となくそう答え、二人はその言葉に頷いた。

 

「それじゃあ絶対に目を離さず、問題点が無いかどうかしっかりと見ていてね、約束よ?」

「ん?おう、約束だ」

 

 自分にも何か手伝える事はないかと考えていたハチマンは、その言葉に安易にそう頷いた。

 

「それじゃあ宜しくね」

「ハチマン、ちゃんと見てるのよ」

「分かってるって、何か気になる事があったら直ぐに言うさ」

 

 二人はそのままハチマンに背を向けて元の場所へと戻っていったが、

その表情がとても嫌らしくニヤリとしていたのは、ハチマンからは見えなかった。

そして修行が再開され、ハチマンはしっかりと見極めようと二人の様子に集中した。

 

「おっ?」

 

 修行再開後、いきなりランがソレイユの投げに耐え、

早くも着替えの効果が出たのかと、ハチマンは若干驚きながら、少し前のめりになった。

その瞬間に二人はお互いの襟の部分をぐっと掴み、思いっきり力を入れた。

直後にどうやったのか、二人の体がふわっと浮かび上がったように見え、

ハチマンの視界が二人の着ていた戦装束によって完全に塞がれた。

そう見えたのは戦装束が舞ったせいなのだが、ハチマンの目にはまだそう認識されていない。

 

「うおっ、何だ今の、一体どうやったんだ?」

 

 ハチマンはきょとんとし、視界を塞ぐその戦装束が完全に地面に落ちきるのを待った。

だが何かおかしい。二人の体が浮かび上がったのであれば、

その戦装束はもっと勢いよく地面へと到達するはずだ。

だが今目の前にあるその布は、ひらりひらりと下へ舞い落ちている。

 

(な、何かやばい気が……)

 

 ハチマンは本能的にそう察知し、思わず目をつぶった。

その判断は完全に正しかった。二人は示し合わせた上でお互いの衣服を相手からはぎとり、

ハチマンに自分達のプロポーションの素晴らしさを見せつけようとしたのであった。

 

「きゃっ、やだ、どうしよう、ハチマン君に全部見られちゃった、

これは責任をとってもらわないといけないわね!」

「いや~ん、まいっちんぐ!……って師匠、ハチマンの奴、目を閉じてます!」

「何ですって!?往生際が悪い……」

「見えないからよく分からないが、どうせいつもの全裸になってるとかそういう奴だろ?

残念だったな、見え見えすぎて対処するのが簡単だったぞ」

 

 ハチマンは自慢げにそう言ったが、その認識は間違いである。

今のハチマンは、確かに危険なものを視界におさめずには済んだが、

二匹の肉食獣を相手に完全に無防備状態なのである。

 

「それはどうかしら」

「タックルは腰から下!」

「うおっ」

 

 いきなりそう叫んだランにタックルをくらったハチマンは、

地面に後頭部を打ちつけないように思わず身を固くしたが、

そんなハチマンの背中は柔らかいクッションのような物に支えられた。

 

「はい、拘束~!」

「師匠、こっちもオーケーです」

 

 ハチマンの両手はソレイユに背後から凄い力で拘束され、

同時に腹の上に何かがドスンと乗った。

 

「はい、ご開帳~!」

「いや~ん、まいっちんぐ!」

 

 背後から伸びてきた手がハチマンの目を無理やりこじあけていく。

その視界にうっすらと見えるのは、背後から伸びた足によって拘束されるハチマンの両手と、

目の前いっぱいに広がる白いランの胸であった。

 

「お、お前ら何をする!」

「あら、ちゃんと見ててねっていう約束を強制的に執行させているだけよ?」

「ちゃんと見てるって約束したわよね?」

「あ、あれはそういう意味じゃ……ってか真面目に修行しろ!」

 

 ハチマンはそう抗議したが、二人はとりあわない。

 

「あら、これも修行の一環よ、強敵相手にマウントをとる、立派な修行よね?」

「はぁ……はぁ……」

「ランの奴が目を血走らせて荒い息を吐いてんじゃねえか!こんなの修行じゃねえだろ!」

「それじゃあ師匠、お先に頂きます」

「次は私の番だからね!」

 

 そしてランが後ろ手にハチマンのズボンに手をかけようとした瞬間、

遠くから三人に呼びかける声が聞こえてきた。

 

「すまんすまん待たせたの………

って、ややや、こ、これは……眼福眼福、なまんだぶなまんだぶ」

「きゃっ!」

「し、師匠!」

 

 さすがのランとソレイユも、いきなりのキヨモリの復帰に慌ててハチマンから離れ、

解放されたハチマンは、二人に装備を整えさせた後に正座させ、ガミガミとお説教をした。

 

「お前らは本当に何がしたいの?何で俺を困らせるの?」

「え~?だってハチマン君が、興味があるって言って熱心にランちゃんの胸を見てたから、

もっと見やすいようにしてあげなくちゃって思うじゃない?」

「胸とは一言も言ってねえ!」

「やだもうハチマンったら………いいのよ?」

「何がいいんだよ!何も良くはねえよ!」

 

 

「の、のうハチマン、この二人も悪気があった訳じゃなかろう、

広い心でそれくらい勘弁してやれ」

 

 しょげる二人に見かねたキヨモリが仲裁するまでそのお説教は続いた。

今日のハチマンは叫びっぱなしである。そして説教を終えた後、

ハチマンは疲れた顔で腰をおろし、二人に修行を続けるように促した。

 

「よ~し、それじゃあランちゃん、気を取り直して修行を再開するわよ!」

「はい師匠!頑張りましょう!」

 

 ハチマンは顎に手をつき、そんな二人を苦々しく見つめていたが、

そんなハチマンにキヨモリが言った。

 

「ほ、お主はおなご相手には相変わらず隙が多いのう」

「返す言葉もねえわ」

「まあしかし、今の騒ぎであの二人も機嫌よく修行に集中出来ているようじゃし、

お主が犠牲になる事によってより早くランが強くなるならそれにこした事は無かろうて」

「俺にとっちゃ困る事極まりないんだが?」

「あの二人にああされるのは迷惑じゃったかの?」

 

 ハチマンは迷惑と言う単語を出され、一瞬言葉につまったが、直ぐにこう叫んだ。

 

「あ、当たり前だろ!」

 

 慌ててそう言うハチマンの背中を、キヨモリはポンポンと叩きながら言った。

 

「まあそういう事にしておくかの、ふふん、よしよし」

「子供扱いすんな」

「なんのなんの、儂にとっちゃまだまだお主も子供じゃて」

 

 そんな男二人を横目で見つつ、ランとソレイユは、ひそひそと言葉を交わしていた。

 

「師匠、惜しかったですね」

「今度またチャレンジしましょうね」

「はい、今度こそ頑張りましょう!」

 

 ハチマンのピンチはまだまだこの後何度も訪れるようである。

だがこの事でランはより集中力を増し、

この日初めてランは、演技ではなくソレイユの投げに耐える事が出来たのであった。

ランの修行は続く。


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