二人の師匠との修行を終え、ランはハチマンとの食事を楽しんでいた。
どうやらハチマンは先ほどの出来事を踏まえ、ランのガス抜きを行う必要性を感じたらしく、
いつもならログアウトしている時間にも落ちる事はなく、
この日はランにずっと付き合っていた。
「最後の方、何か掴めた感じだったな」
「うん、どうすれば投げられちゃうかっていう感覚がやっと分かった気がする」
「それさえ掴めれば、相手を自在に投げられるようになるまであと一歩だな」
「うん、まあさすがに普段は剣を持ってるから、
片手で相手をいなすくらいになると思うけど、それでも動きの幅がかなり広がると思う」
「そうか、まあ頑張れよ」
「うん」
「それじゃあ俺はもう落ちるが、あまり無理はすんなよ」
ハチマンはそう言って落ちていき、それを見送った後にランはこう呟いた。
「大丈夫、無理はしてないから」
ランはそのままいつも使っている控え室を占有し、
日課のEランクミッション、『迫り来る敵を殲滅せよ』を一人で開始した。
「今日の課題はどうしようかな、時間はかかってもいいからなるべく慎重に進んで、
敵を投げてから倒していこうかしら。でも変な癖がついても困るしなぁ……
よし、今日は全部の敵をひと太刀で倒していく事にしよっと」
ランは修行のせいで、実はもうかなりのレベルで素手でも戦えるようになっているのだが、
慎重なランはもう少し投げについてソレイユから学んでから実戦に移ろうと考えていた。
下手に自己流で戦って間違った技を身につけてしまうのが怖かったというのもある。
ランはソレイユとキヨモリが不在時に、たまにレヴィとモエカと三人で潜り、
その動きを参考にする事によって、既に集団戦をスムーズにこなす技術は手に入れていた為、
最近はEランクミッションではもう物足りないくらい、
一人でもスムーズにクリア出来るようになっていたのだが、この日のランは一味違った。
とにかく敵がどう動くのか、先が見えるのだ。
ついでに言うと、多少無理な体勢からでも今までよりも威力のある攻撃が繰り出せている。
「私、確実に強くなってる……」
自身の成長をこれでもかというくらい実感させられたランは、
次の日も、そしてまた次の日も集中して修行をこなし、
最終的にはキヨモリに一度も肩を叩かれず、
ソレイユの投げにほぼ完璧に耐える事が出来るようになっていた。
もっともソレイユが本当に本気を出せば、まだまだ投げられてしまうのだが、
逆に言うとそこまで高度な技術を使わない限り、
今のランはそうそう投げられないという事である。
「ランちゃん、私の動きを思い出して、今度はちょっと私を投げてみて」
修行の最後に突然ソレイユがそう言い出し、ランは目を丸くした。
「でも師匠、私、まだ投げについては何も……」
「大丈夫大丈夫、抵抗も一般人レベルでしかしないから、とにかくやってみるのよ」
「う、うん」
ランは何度も深呼吸をし、心を落ち着かせた後に、ソレイユに立ち向かっていった。
そしてその一発目、ランはいともあっさりと、ソレイユを宙に舞わせる事となった。
「えっ?」
「きゃっ………そうそうそのイメージよ、今の感覚を忘れないで」
「うん!」
それを見ていたハチマンとキヨモリは、
ソレイユがわざとおおげさに投げられた事を理解していたが、
その有効性もまたよく理解していた。
「小僧、見たかえ?今ので嬢ちゃんの動きが明らかに良くなったの」
「顔つきも、自信ありげな顔になったな、さすがは姉さんだ」
「そろそろ完成って事でいいのか?」
「そうじゃのう、まあ仕上がり具合をどこかのミッションで見る事になるかの」
「分かった、何か良さそうなのを見繕ってくるわ」
ハチマンはそう言って訓練場を出て、別に部屋を一つ占有し、
何かいいミッションはないか、色々と探し始めた。
「ふむ、これでいいか、Sランクミッション『パンデミック』だな、
ギガゾンビや変異種がかなり出てくるが、まあ問題ないだろ」
そしてこの日の修行を終えた後、とりあえずランを休ませ、
ハチマンとソレイユとキヨモリは、三人で車座になってランの仕上がり具合を確認した。
「姉さん、どうだ?」
「そうねぇ、あのレベルならもう後は実戦を繰り返せば仕上がるんじゃないかなぁ」
「じじいの方もそんな感じでいいんだよな?」
「じゃな、基本はしっかりしてるからそれで問題ないのう」
そこに丁度、レヴィとモエカが現れた。
「ようボス、それに大ボス、今日の修行は終わったか?」
「ああ、今日はもう終わりだ」
「それじゃあまたお嬢とどこかのミッションにでも行くとするかね」
「それなら丁度良かった、今日はこの後全員でSランクミッションに行くぞ」
「ほう?」
「そうなの?」
「ああ、手順としてはこうだ」
ハチマンはそのまま四人に何かを説明し、四人は若干驚いたような表情をした。
「それはさすがにきつくないか?」
「ああ、その為に最初六人で潜って………」
「ああ、なるほど、そういう事なんだ」
「それはいいかもしれんのう」
「よしモエカ、悪いがランを呼んできてくれ」
「分かった」
呼び出されたランは、これからSランクミッションに行くと聞き、目を輝かせた。
「遂にSランクに挑戦なのね、で、何に挑むの?」
「『パンデミック』だ」
「あれかぁ、やばい敵が沢山出てくる無双系の癖に無双出来ない奴ね」
そのまま六人は『パンデミック』に乗り込む事となり、
中に入ってすぐに、ハチマンがランに言った。
「ラン、ここの敵の配置をとにかくしっかりと学んでおけよ、この後何度か入るからな」
「そ、そうなの?うん、分かった、頭に叩き込んでおくわ」
そして六人の進撃が始まった。先頭はハチマン、その横をランとキヨモリが固め、
その後ろにソレイユを中心に、銃を持った三人が続く。
「正面に変異種の集団、左右から通常雑魚」
「左は俺に任せてくれ、あのくらいなら一人で十分だ」
「右は私が」
「レヴィ、モエカ、そっちは頼む。ラン、じじい、斬り込むぞ、姉さんはフォローを頼む」
「「「了解」」」
どうやらこの程度の戦力が押し寄せてくるのが日常茶飯事なステージのようだ。
そして殲滅を終え、しばらく進んだ後、ハチマンは一同に止まるように指示をした。
「ギガゾンビが二体に雑魚の群れか、広場で戦うのは少し厄介だな、
このままあそこの通路におびき寄せる、みんなは向こうで待機しててくれ」
「ハチマン、気をつけてね」
「おう、とりあえずランとじじいも銃を持っておいてな」
ハチマンはそう言って敵を釣りにいき、しばらくしてから大量の敵を連れて戻ってきた。
「滑り込む、直後に一斉射撃だ!」
そんなハチマンの声が聞こえ、一同は横に並んで銃を構えた。
ここならば敵に避けられる事なく全ての弾丸を敵に叩き込む事が出来るだろう。
そして一同の目の前で、凄い勢いで走ってきたハチマンがこちらに向けてスライディングし、
その瞬間に五人は敵に向かって一斉に射撃をした。
「くたばれギガゾンビ!」
「前にミンチにされた事、忘れてないわよ!」
「………死ね」
特に以前Aランクミッションで若干のトラウマを抱えていた三人は、
恨みのこもった視線をギガゾンビに向け、そう叫びながら全力で攻撃していた。
もっともあれは自業自得だったはずなので、若干筋違いな恨みではある。
完全な被害者といえるのは、ハチマンだけであろう。
「………そんな事があったの?」
「らしいのう、まあ聞いた話だと、その時は三人がかりでハチマンを襲ってたらしいがの。
もちろん性的な意味でじゃが」
「えっ、何それ、私も参加したかった!」
「まったくお主らはブレんのう……」
さすがにこの地形ではどうしようもなかったのか、それでギガゾンビはあっさりと倒れ、
ついでに他の雑魚もミンチになった。
「まあ一人で戦うなら、こういう場所じゃなく広い所の方がいいかもしれないけどな」
ハチマンは何気なくそう言い、一同は更に先へと進んでいった。
その後も変異種やギガゾンビがそれなりに出没し、正面から力で戦う展開になったが、
思ったよりもこのミッションは、敵は強いが道のり自体は短いミッションらしく、
そのままあっさりとクリアする事が出来た。Sランクなのに簡単に見えるかもしれないが、
実際一般のプレイヤーがこれに挑戦した場合、通常は銃の威力が足りなくて詰む事になる。
ハチマン達は、他のプレイヤーと比べると、かなりの資金を使って装備を充実させており、
その装備に関していえば、比べるべくもない高性能の武器を揃えているのである。
何せ、ロケットランチャーすら所持しているくらいなのだ。
「思ったよりも簡単だった?」
「まあこっちは火力が充実してるからな」
「本来はこういう風に色々頑張って資金を使って準備すれば、
他のプレイヤーにもちゃんとクリア出来るような難易度になってるんだけどね、
そこまでランクを上げなくても下の方のサービスが充実しちゃってるから、
その辺りの調整が今後の課題になるわね」
「なるほど、まあそっちは姉さんに任せるとして、だ」
そしてハチマンは、改まった顔でランに言った。
「ラン、卒業試験だ、何度挑戦してもいいから、一人でこのミッションをクリアしてこい」
「へ?」
ハチマンにそう言われたランは、最初にハチマンが言った言葉の意味を理解した。
「『この後何度か入る』ってそういう事」
「ああ、そういう事だ」
「分かったわ、敵の配置は言われた通り覚えておいたしコツも何となく分かった、
今の自分が持つ能力をフルに生かしてやってみる」
ランはそう宣言し、持てる限りの武器を五人からかき集め、一人で中に入っていった。
「どのくらいかかるかな?」
「どうだろうな、まあとりあえず俺は出てくるまで待ってるわ、
お前らは先に落ちててもいいぞ」
ハチマンはそう言ったが、誰も落ちる事はなかった。
そして外で待っている間、ランは何度か敗北して外に排出されてきたが、
その度にぶつぶつと何か反省した後に再挑戦を続け、迎えた何度目かの挑戦で、
ランは今までとは違い、今度はかなりの時間、外に排出されてこなかった。
「お、これはもしかしてもしかするか?」
「かもしれないわね」
「お?これは……」
その瞬間に部屋に、システムメッセージが響き渡った。
『Sランクミッション、パンデミック、がクリアされました』
直後にランがドヤ顔で外に出てきた。ランはその豊満な胸を張り、一同に向けて言った。
「これで卒業ね、フルボッコにしてやったわ!」
こうしてランは、ALOに帰還する事になった。