ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第794話 Sランクミッション(バーサス剣鬼)

 残るはラスボスの変異ギガゾンビのみであり、

ランは今まさに、そのラスボスと対峙していた。さすがはラスボスというべきか、

ランを見ても考え無しにいきなり襲いかかってくるような事はしてこない。

 

「さすがにSランクミッションのボスともなると、見るからに強そうよねぇ……」

 

 この変異種は、上二本の手に剣を持っており、

下二本の手は懐に飛び込んでくる敵をひねりつぶす為か、無手となっている。

 

「厄介そうだけど、必ず倒してみせるわ」

 

 手始めにランは、先ほど通常のギガゾンビを倒した手を使ってみる事にした。

一旦後方に下がったランは、下に飛び降りると見せかけて穴の縁の鉄骨に捕まり、

後を追ってきた変異種が中に飛び込んできた瞬間に、

腕の力と腹筋だけを使って上へと戻り、居合いの構えをとって上で待ち構えた。

そして敵が顔を出した瞬間にそちらに向けて飛び込もうとしたランは、

一歩を踏み込んだ所で自らの失敗に気付き、無理やり足を踏ん張って後方へと飛んだ。

 

「よく考えてみたら、そりゃそうよね」

 

 重ねて言うが、この変異種には腕が四本ある。

そして上二本の手には剣を持っている為、

下から上に登るにしても、その際に使用する腕は、当然下の二本という事になる。

下から顔を出した変異種は、手に持つ剣を顔の前でクロスさせており、

いくらランでもその状態から居合いを決めるのは不可能であった。

 

「でもまあこの状態なら他にもやれる手はあるのよ!」

 

 ランはそう言って、敵がまだ上がりきっていないのを見て変異種に突っ込み、

不自由な体勢から変異種がたて続けに振るってきた二本の剣をヒラリヒラリと掻い潜り、

敵の横に飛び出すと、そのま床を蹴って角度を変え、敵の首目掛けて飛んだ。

 

「もらった!」

 

 だがその瞬間に、そこにあった敵の首がいきなり沈んだ。

どうやら下二本の手を離したらしく、敵の体は再び下の通路へと戻っていたのだった。

 

「嘘っ!?」

 

 そしてランが通過した後、変異種は余裕を持って上へと上がってきた。

その表情は気のせいかもしれないが、こちらをあざ笑っているかのように見え、

ランは頭に血が上りそうになるのを抑えようと深呼吸をした。

 

「ふぅ………中々いい動きをするじゃない、手は随分と器用に動くみたいね」

 

 ランはそう言って、間髪入れずに再び敵へと突撃した。

今度の突撃は随分と体勢が低く、地を這うように敵へと突撃したランは、

敵の懐に見事に滑り込み、そのまま足を狙った。

変異種はリーチが長いせいで、敵に懐に入られた場合、剣での攻撃は当たらないのだ。

残る二本の手でランを捕まえようにも、ランが剣を振り下ろした腕の真下に入った為、

それがブラインドとなってランの居場所を正確に把握する事が出来ず、

適切な対応をとれないでいた。

 

「足一本、もらったわ!」

 

 ここで変異種のAIは凄まじい勘の冴えをみせた。

その位置的に、ランがおそらくどちらかの足を狙ってくるだろうと推測し、

ランが左腰に刀を差しているこの状況なら、ランが自身の左足を狙ってくると読み、

右足を軸に無理やり自身の体をくるりと回転させ、

接近してくるはずのランの後頭部辺りを狙って回し蹴りを放ったのである。

 

「なっ……」

 

 ランはいきなり目標が消失したように見え、一瞬狼狽したが、

ここで足を止めるという愚かな選択を取る事はなく、

そのまま左足で地面を蹴って、正面右へとジャンプした。

その背後を凄まじい音を立て、敵の左足が通過していく。

 

「手だけじゃなく足技も中々ね、それでこそ我がライバルよ」

 

 勝手に変異種をライバル認定したランは、

どうやら敵はこちらに攻撃に対応するのが上手いようだと判断し、

改めて目の前にいるこの変異種をあっさりと下に放り出したソレイユの偉大さを痛感した。

 

(凄いな師匠、こいつをあんなにあっさりと投げちゃうなんて……)

 

 だが同時にランは、こうも思っていた。

 

(でも私だって、何回かその師匠を投げ飛ばす事に成功しているのよ、

ならこいつ相手にも、私の技は絶対に通用するはず)

 

 ランはそう考えて刀をしまうと、無手で敵に向かって構えをとった。

 

「ソレイユ流『拳士』ラン、参る!」

 

 そんな流派が存在するのかどうかは知らないが、気分を出す為にそう言い、

ランはとにかく相手の動きをよく見ようと深呼吸をした。

 

「心を静謐に保って敵の力の方向をよく見る、師匠、その教えを今ここで実践します」

 

 ランは体の力を抜き、脱力した状態で敵が攻撃してくるのを待ち構えた。

それを好機と思ったのか、変異種は大雑把な動きでランに近付き、両手を振りかぶると、

ラン目掛けて左右から二刀を同時に振り下ろした。

 

「その動きは何度も見たわ」

 

 ランはそう言うと、左足一本の力だけで、トンッ、と軽く前に跳び、

そのひと跳びで敵の殺傷圏内から逃れると、

眼前に迫る敵の右腕を掴み………いや、その表現は正しくないだろう。

正確には、その右腕に軽く手を添え、スッとその腕を下げた。

その瞬間に変異種の体がフワリと浮きあがる。

 

「完璧!」

 

 ランは確かな手応えを感じ、思わずそう叫んだ。確かの今の動きは、

ソレイユが見てもかなりの高得点を与えたであろう、素晴らしいものであった。

だがランは一つだけミスを犯した。

それはソレイユが見せた動きとは本当に些細な違いでしかなかったが、

このケースにおいてはとても大きなミスとなりうるものであった。

 

「あれ?」

 

 ランは先ほどまで感じていた確かな手応えが急に消失したのを感じ、

危険を感じて咄嗟に投げを途中で止め、一気に後方へと跳んだ。

 

「一体何が………えっ、嘘………」

 

 呆然とそう呟くランの視界に、下二本の手を失った変異種の姿が映った。

ソレイユとランの動きの違いはこうである。

ソレイユは敵がその手に持つ剣を、完全に振り下ろした後に投げを打ったのに対し、

ランは若干勝利を焦ったせいか、敵の剣がまだ振り下ろされている途中で投げを打ったのだ。

そのせいでフワリと体を浮かされた変異種は、咄嗟の判断で剣の軌道を変え、

本当にまさかではあるが、自らの下側の二本の腕を、そのまま自分で斬り落とし、

かなり乱暴なやり方ではあるが、ランに投げられるのを防いだのであった。

その事を朧気ながら理解したランは、不恰好ながらも何とか着地した変異種に対し、

惜しみない賞賛の言葉を送った。

 

「素晴らしいわ、まさか自分の腕を斬り落として敗北を防ぐなんて思いもしなかった。

そんなあなたをただ変異種と呼ぶのは失礼ね、

これからはあなたの事を、『剣鬼』と呼ぶ事にするわ」

 

 『剣鬼』はその呼びかけに応えた訳でもないのだろうが、

手に持つ二本の剣を高く上げて斜めに振り下ろし、その剣先をランに向けた。

どうやらやる気満々のようである。

 

「こうなったら純粋に剣と剣の勝負よ、結城流『剣士』ラン、参る!」

 

 当然キヨモリの苗字を知ってるランはそう言うと、

刀を正眼に構え、じりじりと敵との距離を詰めていった。

『剣鬼』もそれに合わせてじりじりとランに近付いてくる。

リーチの差がある為、当然『剣鬼』の方が先にランを殺傷圏内に収める事になるだろう、

理論的に当然の帰結としてそう考えたランは、敵を凝視しつつ、

その時がくるのを全神経を集中させて待ち構えていた。

ゾンビに筋肉があるのかどうかは分からないが、

ランは以前ハチマンに教わった事を思い出しながら、ゾンビの手首に注目していた。

 

『敵が攻撃してくる時は、敵の腕の筋肉が盛り上がるんじゃないかって思うだろ?

それは確かにそうなんだが、そんな筋肉を膨らませるような攻撃は、

速度が遅いから別に警戒する必要はない。

敵が動き出してからでもお前なら十分間に合うはずだ。

だがもしお前が瞬発力を生かして速度のある攻撃をしてくる奴を相手にする場合か、

もしくは速度か力がどちらが得意か分からない敵を相手にする場合は敵の手首に注目しろ。

武器を強く振ろうとする時に手首の腱がピクリと動くから、それが攻撃の合図だ』

 

 ハチマンはそう言った後、もちろん色々ある中の、

観察すべき一項目に過ぎないがなと付け加えたが、

今回ランはその教えを採用し、敵にカウンターを合わせるつもりでいた。

もし敵が両手の武器をほぼ同時に使ってきたとしても、

それなら対応出来るという自信がランにはあった。

 

「比企谷流『戦士』比企谷藍子、参る!」

 

(なんてね、ハチマンに聞かれたら、ため息をつかれそうだけど)

 

 ランはそう思いつつ、『剣鬼』の手首がピクリとした瞬間に全力で敵に突っ込んだ。

『剣鬼』は少し慌てたように見えたが時既に遅し、

今更モーションを止めてもランの刀の錆になるだけであり、

ランの目論見通り、ランに対応するような動きは出来ず、

そのまま剣を振り上げる選択をする事しか出来なかった。

 

 ガキン!

 

 ランはその、今まさに振り上げる瞬間の敵の右手の剣に、

ハチマン直伝の攻撃的カウンターを合わせて『剣鬼』を仰け反らせると、

返す刀で勢いに押されて後方に流れていた敵の左手を切断した。

 

「おおおおおおお!」

 

 そして一瞬で刀を鞘に収めた後に裂帛の気合いを放ち、

ガラ空きの『剣鬼』の首に向け、神速の居合い抜きを放った。

 

「死にたくなりなさい」

 

 その一撃で『剣鬼』の首は宙を舞い、その体はどっと地に倒れ伏した。

 

「ふぅ………」

 

 ランは刀を鞘に収めると、満足そうな顔で地面に落ちていた『剣鬼』の首に話しかけた。

 

「私を強くしてくれてありがとう、あなたの事、忘れないわ」

 

 その瞬間に『剣鬼』の首は消滅し、周囲にシステムメッセージが響き渡った。

 

『Sランクミッション、パンデミック、がクリアされました』

 

 そしてランは、軽い足取りで出口に向かって歩き始めた。

 

 

 

 その頃ハチマン達は、前回のクリア時間から類推し、

もしかしたらランがクリアしてくるかもしれないと、

かなり盛り上がりながら会話を交わしていた。

 

「お、これはもしかしてもしかするか?」

「かもしれないわね」

「お?これは……」

 

 その瞬間に部屋にシステムメッセージが響き渡り、

少し後に、ドヤ顔のランが一同の前に姿を現した。

ランはその豊満な胸を張り、一同に向けて言った。

 

「これで卒業ね、フルボッコにしてやったわ!」

「お嬢、やったな!」

 

 一番最初にランに抱きついたのはレヴィであった。

そしてモエカが控えめに続き、最後にソレイユがランの顔を自身の胸に埋め、

ランは嬉しいやら悔しいやら、複雑な思いを抱く事となった。

 

(くっ、こっちでもいつかみんなを追い越してやるわ)

 

「さすがは儂の弟子じゃな!」

「よくやったなラン」

「ありがとう師匠!」

 

 ランはキヨモリにそうお礼を言うと、問答無用でハチマンにダイブした。

そんな事をすれば、当然ハチマンは避けるに決まっている。

 

「むぅ、何で受け止めてくれないの!」

「いや、普通避けるだろ……」

「まったく、私の全裸が見られなかったからって拗ねるんじゃないわよ」

「はいはい、拗ねてまちゅよ」

「もう、いつまでも子供扱いして!

まあいいわ、とても気分がいいし、今日はこのくらいで許してあげましょう」

 

 そしてランは、ハチマンにこう宣言した。

 

「それじゃあ今からALOに戻るわよ、ハチマン、お供しなさい!」

「えっ、今からか?」

「ええ、みんなと再会する前に、

私もソードスキルの一つや二つは使えるようになっておきたいもの」

「ああ、そういう……」

 

 もうかなり夜も更けていたが、ハチマンはそのランの頼みを聞いてやる事にした。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「うん!みんな、そのうち落ち着いたら、またこっちで一緒に遊ぼうね!」

 

 こうしてランはALOに帰還する事となった。

ユウキが『マザーズ・ロザリオ』を完成させた、一日前の事である。


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