ハチマンが目を覚ますと、もう日は高く昇っていた。
昨日は色々な事がありすぎたせいか、思ったよりも疲れていたんだなと自己分析しつつ、
ハチマンは、アスナを起こさないように静かにソファーに座り、今後の予定を考え始めた。
(まずは武器の新調だな。その後は、アスナに戦闘の基本を叩き込むついでに、
強化素材を集めて、他には各種ポーションは常備しときたいところだよな。
後は俺の新しい宿探しか。さすがにこのまま一緒というのはまずい、
親しき仲にも礼儀ありだ)
そんな風に考えをめぐらせていると、コンコンココーンとドアがノックされた。
昨日と同じ叩き方だったのでアルゴだろうと当たりをつけ、
ハチマンは、ドアの外に声をかけた。
「アルゴか?」
「ハー坊か。ちょっと話があるんだけど、中に入れてもらっていいカ?」
「ああ、今開ける」
ハチマンはアルゴを中に入れ、ソファーに座るように促した後、
キッチンに行って牛乳の入ったコップを二つ持ってきた。
「つまらないものですが」
「お、ハー坊気が利くじゃないか。さてはオレっちに惚れたかぁ?」
「それは無い」
「即答カ……」
アルゴは、ちょっと落ち込んだような仕草で言った。
「で、何の用事だ?」
「それなんだけど、出来ればアーちゃんにも一緒に聞いて欲しいんだよナ」
「アスナにもか。いい時間だしそろそろ起こすか。お~いアスナ、そろそろ起きろ~」
ハチマンは衝立の向こうで寝ているアスナに声をかけた。
アスナもそれで目覚めたのか、寝惚け眼をこすりながら返事をした。
「ふぁぃ……今起きましゅ」
(何だこのあざと可愛い生き物は……)
ハチマンはそんな寝惚けたアスナに、用件を伝えた。
「アルゴが来てるから、ちょっと着替えてこっちに来てもらっていいか?俺達に話があるそうだ」
「アルゴさんが来てるの?ちょっと待ってて」
思ったよりしっかりした返事を確認したハチマンは、自然な動きで牛乳をもう一つ用意した。
そんな二人の様子を見たアルゴは、昨日とは少し違うなと思い、ハチマンに鎌をかける事にした。
「ところでハー坊。実際のところ、アーちゃんとオレっちとどっちが好きなんダ?」
「アスナだ」
「即答!?」
ハチマンのあまりの即答っぷりに、思いっきり素で反応してしまったアルゴだったが、
そんなアルゴにまるで追い討ちをかけるように、ハチマンは続けて言った。
「アスナは友達だがアルゴは顔見知りだ。どっちが好きかは言うまでもないだろ」
昨日とはまったく違うハチマンの態度に、アルゴはかなり驚いていた。
(友達?友達になったって事か?それは理解できるけど、それだけでこんなに変わるもんか?
目の光も何か違う気がするし、二人の間に、一体何があったんダ)
そんなアルゴの動揺をよそに、衝立の向こうから声がかかった。
「ハチマン君聞こえてるからね?そ、その、ありがとう。でも恥ずかしいからやめてね?」
「す、すまん。女友達が出来た事なんて、一度もないんでな……その、気をつけるわ」
しばらくして、アスナが衝立の後ろから出てきたが、アルゴはまだ動揺したままだった。
ハチマンは、アルゴの頬をぺちぺち叩きながら呼びかけた。
「おーいアルゴ、話があるんだろ?ほら目を覚ませ」
アルゴは我に返ると、咳払いをした後、頭を切り替え、すぐに本題に入った。
「それで相談なんだけどな、初心者向けのガイドブックを作って、無料で配布しようと思うんダ」
「いいんじゃないか?このままだとかなり、死者が出るだろうしな」
死者、という言葉が出た瞬間、アスナが緊張したのを感じたハチマンは、
アスナの肩をぽんぽんと叩きながら、二人に声をかけた。
「そうならないように、俺達も極力手伝う。それでいいか?話ってのもそれだよな?」
「さすがハー坊は話が早いナ」
「何が出来るかはわからないけど、私も出来る限り手伝うよ」
そんなアスナにハチマンは、自分なりの意見を言った。
「アスナに求められているのはまあ、初心者の視点だな。
ガイドブックに記載してあるといいなと思う事は何かとか、まあそんな感じだろ」
「うん、それならお役にたてると思う」
(奉仕部の理念でもあるからな。魚を与えるのではなく、釣りの仕方を教えるって事だ)
その後三人は、今後の予定について話し合った。
最低限載せなければいけない項目、なるべく急いで製作するためのスケジュール。
これから二人がどういう予定でいるか等々、これからやるべき事が、
驚くほどスムーズにまとめられていった。
「リアルの話を聞くのは野暮かもだけど、二人は高校生か?なんか会議慣れしてるっていうか、
生徒会活動でもやってたのカ?」
アルゴがふと、そんな事を聞いた。ハチマンは、この二人には何も隠す気は無くなっており、
自然に自分の事を、話してしまっていた。
「俺は高二だな。ちょっと前に他校との交流会で嫌ってほど会議に参加させられてな……」
「私も高二かな。生徒会はやってなかったけど、学級委員とかは何度もやらされてた」
「なるほどな。二人ともおねえさん的にポイント高いナ」
「そういうとこお兄ちゃん的にはポイント低いけどな……」
突然わけのわからない事を言い出したハチマンに、二人はきょとんとした。
ハチマンは、自分がつい反射的に口にした言葉に気付き、説明をした。
「なるほど、たまたま妹さんの口癖と一緒だったんだナ」
「ああ、ここに飛ばされたのが俺で幸いだったわ。もし小町だったらと思うとゾッとする」
「確かにヤバかっただろうな。ニュ-ビーなら尚更ナ」
そんな会話をしていた最中、ハチマンは、ふと何かに気付いたように考え事を始めた。
二人は何事かと様子を伺っていた。ハチマンはぶつぶつと何かをつぶやいていたが、
考えがまとまったらしく、顔を上げてアルゴの方を向いた。
「なあアルゴ、頼みがある」
「内容にもよるけど手伝ってもらうお礼に依頼料はサービスしとくよ。で、なんダ?」
「おそらく街には、外に出る勇気のない大人が結構いると思うんだよ。
そういう大人に、それとなく教会の事を教えてやってくれ。
あそこには大人数が生活できる施設が整えられているはずだ。
その上で、街を彷徨っている子供達を集めてくれるよう頼めば、コミュニティが出来る。
戦闘向きではない人のコミュニティが出来れば、そういう人たちが安全に暮らしていける。
後は、ガイドブックでも何でもいいんだが、そこに、街の中でコルを稼ぐ方法を載せよう」
その提案を聞いて、二人は感心した。
それは、こんな状況だとどうしても忘れがちな、人として大切な考え方に思えたからだ。
そしてここまでのやり取りは、ハチマンの言う、奉仕部とやらの理念にも合致するように思えた。
「素直にすごいよ。ますますハー坊に興味が出てきたヨ」
「私もそこまでは考えられなかった。ハチマン君すごいね!」
ハチマンは、褒められ慣れていないせいか、顔を赤くして下を向いていた。
「それじゃオレっちは、仕事が山積みだからそろそろいくぜ。
あとハー坊、良かったら戦闘訓練の時は呼んでくれな。興味があるんでナ」
「ああ、わかった」
「なんか二人と一緒に行動していれば、オレっちも現実に帰れそうな気がするんだよな。
それじゃまたな、二人とも。絶対に死ぬなヨ」
そう言い残して去っていくアルゴを見送った後、二人は出かける準備を始めた。
宿を出ると、ハチマンはアスナに滞在期間を延長させ、自分はすぐ近くの別の宿をとった。
アスナは多少渋っていたが、男女が一緒なのは友達でも良くないと説得し、納得してもらった。
「とりあえず今日のうちに武器を新調出来たら、明日からは少し遠出をする事になる。
今日のうちにしっかりコルを稼いで、あの宿は期間いっぱいまで延長しておいた方がいいな」
「なんで?」
「あそこ以上に設備の整った宿は無いからな。女の子的には風呂の有る無しは大事だろ?」
「他の人に悪い気もするけど、うん、正直そうかも……」
「これくらいしてもバチは当たらんだろ。それにな……なんて言えばいいか……
女性プレイヤーは確かに少ないが、いないわけじゃない。
女性プレイヤーにはきつい環境だし、コミュニティももう出来ているかもしれん」
「うん、そうだね」
「そしてアスナに、女性プレイヤーの友達が出来たとする。
そうすると、お泊り会とかもあるかもしれないだろ?
そんな時、そこが風呂のある部屋だったら、最高だろ?
そういう息抜きってのは、こういう場合必ず必要なんだよ。
女友達とかいた事ないから、ただの俺の勝手な妄想かもしれないけどな。
あとこれだけは必ず約束して欲しいんだが、ここは善人ばかりな世界じゃない。
だからそういうのは、必ず信頼できる相手とだけにしてくれ」
アスナは驚いたようにハチマンを見つめた。
ハチマンは少し気恥ずかしいのか、顔を逸らしていた。
アスナはハチマンが向いている方に回り込み、ハチマンの顔を覗きこんで、満面の笑顔で言った。
「やっぱりハチマン君は優しいね。うん、約束する!」
「ばっかお前、俺が優しいとか、これはそんなんじゃねえよ。
これくらいの気遣いは、ぼっちには必須のスキルなんだよ。
もし俺が誰かに話しかけて、その誰かが俺なんかと友達だと周りに思われたら申し訳ないだろ?
だから絶対に俺からは他人に話しかけないとか、そういうのと同じ事だよ」
「ふぅん……」
アスナは、早口でまくしたてるハチマンの顔をさらに近くで覗きこんだ。
(近い近い!勘違いするからやめてくれませんかね?うっかり好きになりそうになるだろ!
その後告白して振られるまである、って振られちゃうのかよ)
「もうぼっちじゃないんだから、お風呂うんぬんの事はともかく、
今早口で言ったようなスキルは必要なくなったね」
「あっ、ハイ」
「それじゃ早速、ドロップ武器を狙いにいこう!」
ハチマンは、アスナにはかなわないなと思いながら、狩場への先導をするのだった。
二人は狩場に着くと、張り切って狩りを始めた。
短剣は、狩りを始めてからすぐにドロップしたが、細剣は中々ドロップしなかった。
出来れば今日中に終わらせたいと、アスナの中にわずかばかりの焦りが生まれていた。
その焦りが、少しばかりのピンチを生んだ。
通常は、刺突技《リニアー》を多用し、トドメの際もほとんど隙の無いアスナであったが、
焦りからか、瀕死の敵に対して必要の無い《リニアー》を使ってしまい、技後硬直していた。
丁度その瞬間を狙ったかのように、横から敵がつっこんできた。
アスナは衝撃に備えたが、ギン!という音がしただけで、いつまでたっても衝撃は来なかった。
硬直の解けたアスナが慌てて目をやると、そこにはハチマンの背中があった。
敵の攻撃を弾いたらしく、そのままハチマンは、棒立ちの敵の首を刎ねた。
「すまん、サポートが遅れた」
「ううん、ありがとうハチマン君。今の技は何?」
「ああ、パリィって言うんだよ。通常は敵の武器をカウンターぎみに弾いて硬直させるんだ
そうすると、大体次の攻撃でクリティカルが入る。あ、これはアスナにも覚えてもらうからな」
「うん、頑張る!」
「おっと、やっとドロップしたみたいだぜ、ほれ」
どうやらハチマンのアイテムストレージに、お目当ての細剣がドロップしたようだ。
アスナはハチマンからアイテムを受け取り、実体化させた。
「それがアスナの新しい武器、ウィンドフルーレだ」
「綺麗………」
「苦労した甲斐があっただろ?」
アスナは、言葉も出ないまま、自分の新しい武器の輝きに魅せられていた。
(どうやら気に入ってくれたようで何よりだよ)
「それじゃ明日から遠征で、その武器の強化素材集めと修行だな」
「うん、頑張ろう!」
「それじゃ帰るか」
こうして、二人は、アインクラッドでの二日目を終えた。