「ALOよ、私は帰ってきた!」
「またベタなネタを……」
「で、どこで教えてくれるの?」
「言っておくが、俺は刀は専門じゃないからな」
「いいよ別に、で、どうする?」
「そうだな……」
ハチマンは少し迷いながらギルドメンバーのリストを開き、
今は誰もインしていない事を確認した。
一般的にはリストに映らないように姿を隠して活動する者もいたりするのだが、
ヴァルハラのメンバーで、こそこそと活動する事があるのはハチマンくらいなので、
多分リスト通り、誰もいないのだろう。
「よし、誰もいない事だし、ヴァルハラ・ガーデンに行くか」
「えっ?私がヴァルハラ・ガーデンに?」
「ん、何か都合が悪かったか?」
「都合が悪いというか、ラスボスの城だから、なるべく近寄らないようにしてたのよね」
「そういう事か、まあしかし、お前も情報の有用性については理解してるんだろうし、
どんな手段で俺達を超えようとするにせよ、
そろそろ敵の情報も収集しておくべきじゃないか?」
「確かにそうなのよね……」
ランは少し迷ったが、結局そのハチマンの意見に従い、
最終目標たる敵の本拠地へと乗り込む事を決断した。
「分かった、そうさせてもらうわ」
「よし、そうと決まったら早速行くか」
二人ははじまりの街をそのまま並んで歩いた。
これはまるでデートのようではないか、ランはそう思い、気分が高揚するのを感じていた。
ランももうそれなりに長くALOをやっており、
この辺りはよく見慣れた景色のはずであったが、
今日の街は何故かキラキラして見え、ランはその現象を不思議に思いながら、
ふっと隣を歩いているハチマンの方を見た。
「いつもと違う事といえば、ハチマンが隣にいる事くらいね」
「ん、いきなり何だ?」
「えっとね、見慣れたはずのここの景色が、
何かキラキラして見えるから何でかなって思って。
あっ、もしかしてこれが恋の力って奴?」
ランがそう言った瞬間に、まさか照れたのだろうか、
ハチマンは赤面し、肩を振るわせ始めた。
それを見たランはあっと驚き、思わず胸をときめかせた。
「ハ、ハチマンがついに私にデレた!?」
「い、いや、お前、恋の力って……」
よく見るとハチマンは照れているのではなく、どうやら笑いを堪えているようだ。
その事を理解したランは、先ほどの自分のくさいセリフを思い出し、
恥ずかしさのあまり、ハチマンと同様に赤面した。
「な、何よ、私だって本当なら女子高生なんだから、
それくらいの夢を見たって別にいいじゃない!」
「い、いやすまん、これは俺が悪かった、
お詫びにトレンブル・ショートケーキを奢るから許してくれ」
「トレンブル・ショートケーキ?
あっ、そういえば前にスモーキング・リーフのみんなが嬉しそうに、
ハチマンに奢ってもらったって話してた!一度食べてみたいって思ってたのよね!
「そうか、それなら丁度良かったな」
ランは一体どんなケーキなんだろうと、期待に胸を膨らませたが、
次の瞬間にハッとした顔をし、ハチマンに抗議した。
「あ、甘い物で私の怒りを逸らそうだなんてそうはいかないわ!
私はそんな安い女じゃないのよ!」
「そうか、じゃあこの話はボツだな……」
「ま、待ちなさい、別に食べないとは言ってないわ、
内容がちょっと不満だって事が言いたかったのよ!」
「それじゃあもっと値段の高い肉料理でも……」
「っ………」
ランは今、自分が不利な事を自覚していた。
(完全にミスった……余計な意地は張らず、素直に喜んでおけば良かった……)
どう考えても今のハチマンは、神妙そうな表情こそしているが、
内心ではニヤニヤしているに違いないのだ。それによって受ける屈辱を差し引いても、
ランはトレンブル・ショートケーキを食べてみたかった。
以前スモーキング・リーフで話を聞いてから、
すぐにでもその名物ケーキを食べに行きたいという欲求を抱いていたランは、
強くなる為に全員が必死で金策をしている状況の中、
ケーキが食べたいなどとはどうしても言えなかったのだ。
おそらくそれくらいなら誰も文句を言う事はないと分かっている、分かっているのだが、
それでもこういう場合には遠慮して何も言えないのが、
ランのいい所でもあり悪い所でもあった。
ユウキ達がランの不在時にどのくらい稼いだのかを知っていれば、
こんなに葛藤する事も無かっただろうが、
今のランにとってはハチマンの誘いこそが唯一の蜘蛛の糸なのである。
ちなみにそんなランは、通常はハチマンに対してはまったく遠慮が無く我侭いっぱいである。
これもやはり恋の力という奴なのであろうか。
「し、仕方ないわね、こんな時間にソードスキルの指南を頼んだのは私だし、
今日はトレンブル・ショートケーキ如きで手を打ってあげるわ」
「お前は詩乃か」
ハチマンが突然そんな事を言い出し、ランはきょとんとした。
「『シノ』って誰?」
「ヴァルハラ最強のツンデレ眼鏡っ子だ」
「それ、眼鏡って言う必要あった!?」
「………確かに無いが、うちのメンバーは濃い眼鏡っ子が多いからつい、な」
「………濃いって、どんな?」
「具体的にはツンデレ眼鏡っ子と肉食眼鏡っ子と相対性眼鏡っ子の三人がいる」
「ツンデレ眼鏡っ子が一番普通だった………」
ランは相対性眼鏡っ子ってどんな子なんだろうと興味津々であったが、
まさかリアルで紹介してくれとも言えず、歩きながら色々と妄想を膨らませる事になった。
「あそこだ」
相対性眼鏡っ子について考えに耽っていたランに、いきなりハチマンがそう言った。
「あ、いつの間に……」
ランは転移門を潜ったことも覚えていないくらい、歩きながら考えに集中していたようだ。
見るとランの手をハチマンが握っていた。どうやらここまで連れてきてくれたらしい。
そしてランはその事を自覚した瞬間に真っ赤になった。
「な、な………」
「ここだここだ、よし、入るぞ」
そう言ってハチマンはランの手を離し、中に入っていった。
ランはその事を残念に思いながらも、
一刻も早くトレンブル・ショートケーキを食べたかった為、
慌ててハチマンの後を追って席につくと、いきなり目的の品を注文をした。
「早っ」
「べ、別に楽しみにしてた訳じゃないんだからね」
「余裕が足りない、平凡すぎる、三十点」
「うぐ………じゃあお手本を見せなさいよ」
「そうだな、詩乃なら多分、
『あんたが早く食べたそうだったから代わりに注文してあげたのよ。
感謝の印に今後これを食べる時は、毎回必ず私の顔を思い浮かべなさい』
くらいは言うかもしれんな」
「ツンデレ要素がどこにもない………」
「そう思ってるうちはお前もまだまだだ」
「えっ、そのセリフにはツンデレが隠れているの!?ぐっ、ツンデレ道は奥が深い……」
などと会話しているうちに、注文の品がすぐに到着した。本来は一瞬で出てくるのだが、
もしかしたらAIが搭載された店員NPCが、会話中の二人に気を利かせたのかもしれない。
「うわっ、何これ、本当にこの大きさ?やだ、どうしよう、こんなに食べて太らないかしら」
「むしろここで太ったらそっちの方がびっくりだよ」
「た、確かにそうね、ごめんなさい、ちょっと動揺してしまって」
「気にするな、大体みんなそういう反応をする」
「だよねだよね!」
「食べたいだけ持ってっていいからな、適当に切り分けてくれ」
「分かったわ、刃物の扱いは得意だもの」
「普通はそのセリフ、包丁の扱いが上手い人とかが使うセリフなんだけどなぁ」
「何?何か文句でもあるの?」
「別に無いさ、人それぞれだ。ほれ、もういい時間だし、さっさと食って移動しようぜ」
「うん、今切り分けるから待ってて」
ランはそう言って、ケーキをピッタリ半分に切り分けた。
「半分でいいのか?もっと取ってもいいんだぞ?」
「足りなかったらそっちのをあ~んしてもらうから大丈夫」
「いや、しないからな」
ハチマンはそう言ってランの皿に自身のケーキの三分の一程を渡し、
残りをパクパクと食べ始めた。
負けじとフォークを持ち、ケーキを一口食べた瞬間にランの顔が蕩けた。
「やばたにえん!」
「お前は本当に覚えたばかりの言葉をすぐ使いたがるよな……」
「い、いいじゃない、私、世が世なら絶対にギャルになってたんだし!」
「ギャルを職業みたいに言うな」
そのハチマンの言葉にランが何か言おうとした瞬間に、
システムメッセージのアナウンスが流れた。
『アインクラッド三十三層のフロアボスが討伐されました』
「ほ?」
「やっとか、結構かかったな」
「そういえばこの前から結構経ってるわよね」
「まあでもこのくらいが普通なんだよな」
「そうなんだ、やっぱヴァルハラってやばたにえん!」
「……………」
そのランの言葉にハチマンはもう突っ込まなかった。
「さて、ヴァルハラ・ガーデンに行く前に、ちょっと寄り道するからな」
「どこに行くの?」
「剣士の碑だ」
「剣士の碑?ふ~ん」
ランは剣士の碑というのが何の事か分からなかった為、
とりあえず大人しくハチマンに付いていく事にした。
そしてたどり着いたのは、以前見た何か名前のような物が羅列されている石版の前であった。
「あっ、ここ知ってる!ねぇ、ここって何の施設なの?」
「ここはフロアボスを討伐したレイドから七人……今は八人になったんだが、
その名前が表示される場所だな」
「へぇ……あっ、本当だ、あちこちにハチマンの名前がある!
あれ、その七人?最近は八人になってるけど、その名前の下に書いてあるのは何?」
「ほ?よくあれに気付いたな。最近知られるようになったんだが、
近くで見ると、一番下の名前の更に下に小さく数字が書いてあるんだよな。
それが名前が表示されているプレイヤー以外に、
何人のプレイヤーがその戦闘に参加してたかっていう数字だな」
「へぇ、そうなのね、全部のフロアの所に数字が表示されてるんだ」
その時ランの脳理に一瞬何か閃いたが、その考えは形を成さず、直ぐに消えていった。
「時間をとらせて悪かったな、それじゃあそろそろヴァルハラ・ガーデンに向かうか」
「うん!」
こうしてハチマンとランのプチデートは終わり、二人はヴァルハラ・ガーデンに向かった。