ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第796話 三人目の師匠

「や、やっと入れた……」

 

 ヴァルハラ・ガーデンに初めて足を踏み入れたランは、疲れた顔でそう言った。

 

「だな……まさかこの時間にもあんなにプレイヤーがいるとはな」

 

 二人は時間も時間であり、特に何も考えず、

適当に雑談をしながらヴァルハラ・ガーデンに向かって歩いていた。

そして不用意に塔の前の広場に出てしまい、

そこにそれなりに多くのプレイヤーの姿を見付け、

ここに初めて来るランは警戒するそぶりを見せた。だがそんなランをハチマンが制した。

 

「まさかこれが全部ハチマンの知り合いじゃないわよね?」

「当然だ、俺には友達は仲間と身内以外にはほぼいないからな」

 

 そう言うハチマンは、しまったという顔をしており、ランは一体何だろうと思ったが、

その瞬間に前方のプレイヤー達から黄色い声が上がった。

 

「ザ・ルーラー様よ!」

「日課の散歩のつもりだったけど、今日の私はついてるわ」

「さっき回ってきた、二層で見かけたっていう情報は正しかったのね」

「ハチマン様!私、腕に『覇王』のマークを入れてきました!」

「ハチマン様、うちのギルドの顧問をやってくれませんか?

まだメンバーは少ないですが、全員女性です!」

「ハチマン様!」

「ザ・ルーラー様!」

 

 よく見ると、そこにいたのは全員女性プレイヤーであった。

 

「え、何これ……」

「グルーピーって奴だな……」

「つまりハチマンのファン?」

「それも熱狂的なな。もっとも俺だけのファンじゃなく、

ヴァルハラのファンってのも多いはずだ」

「さすがというか、他のゲームでもこんなの見た事ないわよ……」

 

 ランはそう呟き、警戒の姿勢を解かないまま一歩後ろに下がった。

有名人であるハチマンと一緒にいるというだけで、

嫉妬の感情を向けられる可能性を考慮したからである。

だが予想外な事に、そんな事にはまったくならなかった。

完全に無視されているという訳ではなく、会釈をしている者も数多くいたのだが、

ただ一人として、ランを敵視してくるような者はいなかったのである。

 

「うわ、民度高っか」

 

 ランは通常ありえないその風景に驚いたが、

この状況でその理由をハチマンに尋ねる事は不可能であった。

ハチマンはその女性プレイヤー達を適当に相手にしつつ上手くあしらっており、

その姿からはかなりの慣れを感じさせた。

どうやらこういう日々の積み重ねが、ハチマンの対人スキルを成長させているらしい。

ちなみに顧問の話だが、顔を出したりする事は出来ず、

何かあってもよほどの事じゃない限り基本関与しないという条件付きだが、

ハチマンは珍しくその話を受けたようだ。

何故こんな話を受けたかというと、理由は簡単であり、

そのギルドがG女連とナイツを組んでいるギルドだったからである。

先日のアスカ・エンパイア内の戦争には参加していなかったようだが、

いずれヴァルハラと関わってくる事もあるのだろう。

そして全ての女性プレイヤーを捌き終った後で、話は冒頭に戻る。

 

「や、やっと入れた……」

「だな……まさかこの時間にもあんなにプレイヤーがいるとはな」

「パパ、お疲れ様です!とりあえず飲み物をどうぞ!」

「パ、パパ!?」

「おうユイ、準備がいいな、上から見てたのか?」

「はい、相変わらず凄い人気だなって思いながら見てました!」

 

 今日のヴァルハラ・ガーデンの留守番係はどうやらユイだったらしく、

そのユイの一言で驚いたせいか、ランの疲れは一気に吹き飛んだ。

だがその時のユイは妖精バージョンの姿をしていた為、

ランはすぐに相手がNPCだと判断する事が出来、

余計な誤解が生まれる余地はまったく無かった。

そして自己紹介を済ませ、ユイが何故ハチマンの事をパパと呼ぶのか説明を受けたランは、

いつもの癖なのか、胸を持ち上げるように腕を組みながら、

ハチマンとユイには聞こえないくらいの声で、ボソリと呟いた。

 

「なるほど、ユキノさんは昔、アスナって名前だったんだ……」

 

 勘違いもここに極まれりである。

そしてランは顔を上げると満面の笑みを浮かべながらユイに言った。

 

「ユイちゃん、今度から私の事は、二号さんって呼んでね」

「二号さんですか?はい、分かり………」

 

 よく意味が分からないながらも、

持ち前の社交心を発揮して笑顔でそう答えようとしたユイの口を、

ハチマンが素早く右手で塞いだ。

そして残り左手で、ハチマンはランの頭を思いっきりゴン!と上から叩いた。

 

「な、何するのよ!」

「それはこっちのセリフだ、ユイに変な事を吹き込むんじゃねえ!

いいかユイ、こいつの事は、普通にランお姉ちゃんって呼ぶんだぞ」

「分かりました、ランお姉ちゃん!」

「!!!!!!!!!!」

 

 その呼び方は、想像以上にランの心に衝撃を与えたようだ。

 

「…………………いい」

「ん、何か言ったか?」

「ハチマン、もしかしたら私、生まれて初めてお姉ちゃんって呼ばれたかも!」

「いや、お前にはユウがいるだろ」

「ユウにはお姉ちゃんなんて呼ばれた事ないもの」

「そう言われると確かにそうか、いつもはランかランちゃんだったしな」

「ああ、何だろうこの気持ち、私のこの胸に詰まった母性本能が、

今まさに目覚めようとしているのかもしれない!」

「お姉ちゃんなのに母性本能とか俺にはよく分からんが」

 

 ハチマンは胸のくだりは華麗にスルーして、そう言うに留めた。

 

「ユイちゃん、私達、これからもずっと家族だよ!」

「はい、ランお姉ちゃん、今後とも末永く宜しくお願いしますね!」

 

 ちなみにユイは、これに似たセリフをヴァルハラの女性陣に何度も言っている。

最終的に誰が残るのかは分からないが、ユイはハチマンと特に関係が深い女性に対しては、

今後もそういった呼び方を続けるつもりであった。

 

(この事がある意味ヴァルハラの女性陣にとって、

ハチマンとの距離を客観的に測る密かな基準の一つとなっている)

 

ユイはそれが相手の精神衛生上にも最適だと理解しており、

それはMHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)

として生まれたユイの根底を成す基本的な本能のような物なのであった。

 

「で、パパ、今日はこんな時間にどうしたんですか?」

「おう、このランに、刀のソードスキルを教えてやろうと思ってな。

まあ俺は数個しか刀のソードスキルは知らないんだけどな」

「あっ、それなら私が全部分かりますよ!」

「そうなのか?」

「そ、そうなの?」

「はい、それもハウスメイドNPCの役目の一つですから!」

 

 どうやらそういう事らしい。

つまり今この場においては、ユイがランの新しい師匠という事になるのだ。

 

「ユイちゃん師匠、宜しくお願いします!」

「私の修行は厳しいですよ、ちゃんとついてきて下さいね!」

 

 ユイも師匠と呼ばれて嬉しかったのか、腕を腰に当てながらドヤ顔でそう言い、

その姿を見たランは萌え死にそうになり、ハチマンは慌ててカメラモードを起動し、

そのユイの姿をパチパチと写真に収めたのであった。

 

 

 

「ではこれより修行を始めますっ!」

「「おお~!」」

 

 準備を終えて訓練場に姿を現したユイに、パチパチパチパチ、と二人は拍手をした。

今はユイは少女の姿に変化しており、武器を持ったその姿はそれなりに様になっていた。

 

「それじゃあ今から順番にソードスキルを披露していきますから、

その型を隣でトレースしてみて下さいね」

「押守!」

 

 ユイは張り切って次々とソードスキルを披露し、ランがそれを真似ていく。

ユイは別にソードスキルが使えるだけで、強いという訳ではないのだが、

いや、或いはちゃんと戦えば強いのかもしれないが、

今回のケースだと、とにかくどんなソードスキルがあるのかランに見せるのが目的なので、

それには知識量が豊富なユイは、うってつけな師匠役であった。

中にはいかにも実戦では役に立たなそうなソードスキルも多数含まれていたが、

取捨選択をするのはランの役割であり、ランは熱心にソードスキルの研究をしていた。

 

(俺も後で、俺が知らない短剣ソードスキルがあるのかどうか確認しておくか)

 

 ハチマンはそう思いつつ、眠い目を擦りながら、

二人が楽しそうにしているのを微笑ましく見つめていた。

 

 

 

「どうだ?」

 

 しばらくして、ランが動きを止めたのを見計らい、ハチマンはランにそう話しかけた。

 

「うん、私、かなり強くなったかも」

「そうか、後は技の組み立てをしっかりさせて、どんなケースでどの技を出すか、

しっかり反復練習しておくんだぞ」

「うん、分かった。さてと、それじゃあそろそろ今日の宿を探すわ」

「宿か、お前達もそろそろ自分達の拠点が欲しいところだよな」

「そうなのよねぇ、まあそれは資金に余裕が出来てからみんなで探すわ」

「資金に余裕なぁ……」

 

 この時ハチマンは、スリーピング・ナイツの今の資金力をほぼ正確に把握しており、

それなりの家すら買える程の資金はある事を把握していたが、

ここで敢えてそれを言うと、今から家を探しに行くから付き合えなどと言われそうだった為、

ここは沈黙を貫く事にした。

 

「うん、資金に余裕」

「まあ気に入った家があって、金が足りなかったら貸してやってもいいから、

早めに安心して生活出来る家を手に入れる事だな」

「安心してか、分かった、もしそうなったら素直に借りる事にする。利子は私の体でいい?」

「おう、それでいいぞ」

 

 ここでまたハチマンの悪い癖が出た。

ハチマンは、何かしら仕事をさせて返してもらうつもりでいたのだが、

当然この場合、ランはそういう意味にはとらない。

 

「わ、分かった、それじゃあそういう事で!」

 

 ランはハチマンの気が変わらないうちに逃げ出そうと思ったのか、

そのまま急ぎ足で外へと出ていった。

そしてユイが、困ったような顔でハチマンに言った。

 

「パパ、今自分が何を言ったかちゃんと理解してますか?」

「今?ランに労働で金を返させるのって何かまずかったか?」

「えっと……………世の中の大半の女性は、

借金を体で返せと言われたら、別の想像をすると思いますけど………」

「別の?………あっ!」

 

 そしてハチマンは、慌ててランを追いかける事になり、

ランは渋々とそのハチマンの訂正を受け入れる事になった。

こうしてランの復帰初日の夜は終わり、いつになるのかはユウキ達次第なのだろうが、

ランは仲間達が戻ってきたら直ぐに再会出来るように、

次の日の朝からスモーキング・リーフに入り浸る事を決め、

そこで思ったよりもかなり早く、仲間達と再会する事となった。

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