ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第797話 屈辱のエア痴女

「おい、待てよラン!」

 

 ヴァルハラ・ガーデンを逃げ出すように飛び出した直後、

追いかけてきたハチマンにそう呼び止められたランは、

迷いながらもその場で足を止め、かなり緊張しながらハチマンが到着するのを待っていた。

 

「うぅ、やっぱり肉欲塗れの顔で追いかけてきたわね、

このままハチマンとゲームの中で結ばれるのはアリなのかしら。

嬉しいんだけど複雑な部分もあるというか、

そもそも今の私の体って、ちゃんと現実と同じサイズや柔らかさになってるのかしら。

サイズはともかく柔らかさは微妙よね、そんなのスキャンじゃ絶対に分からないはずだし。

とりあえず揉んで確認してみようかしら、もみもみもみっと。

むむむむむ、揉んだ感じは確かに記憶にある私の胸の柔らかさに近い気がする、

なら別に問題ないのか、今日はお風呂に入ってないけど、

別にここなら何かが汚れたり臭ったりする訳じゃないし、多分平気よね。

あっ、でも待って待って、ここにいる私って本当に今の私?

だってだって、この前ログアウトした時、

私ってば牛乳も二杯飲んだしバストアップ体操もしたわよね?

って事は今がまさに成長期の私としては、

ゲームを始めた頃の体型データを使ってるこのキャラよりも、

リアルじゃ遥かにグラマーでエロチックな、よりハチマン好みの体に成長してるんじゃない?

これは困ったわ、私としては、ネットで培ったこの私のテクニックを駆使して、

今晩はハチマンを寝かさないで、一晩中ひぃひぃ言わせてやりたいところだけど、

せっかくだし、よりエロさを増したスーパー私でハチマンの前に立ちたいわよね、

やっぱり今日のところはパスして、

後日完璧な状態でベッドの中の戦いに望むのが良さそうね」

 

 そう結論付けるのにここまで僅か三秒という高速思考であったが、

正直色々と突っ込みどころが満載である。

そもそもランはネットで培ったテクニックとか言っているが、

まあありえないのだが、もし仮に今日この後ハチマンとランが結ばれる事になったとして、

何の経験も無いただの耳年増のランが、まがりなりにも経験があるハチマンを相手に、

そのテクニックとやらで主導権を握れるはずもなく、いざその状況になった時、

ランはベッドに横たわって緊張に身を固くする事しか出来ないであろう。

要するにこれは、ハチマンとは結ばれたいが、

正直怖いので勇気が出るまで先送りしたいという、ランの言い訳の為の理論武装なのである。

 

「お前は何をぶつぶつ言ってるんだ?」

 

 そんなランにハチマンがやっと追いついてきた。

 

「そんな訳でハチマン、私のグラマラスでエロチックな体を肉欲のままに貪るのは、

後日私の準備がきちんと整ったらでお願い!」

「どんな訳かは分からないが、整っても何も無いからな」

「えっ?でもさっき、堂々と私に体を要求してきたじゃない!」

「すまん、それは俺の言い方が悪かっただけで、

正確には労働によって返してもらう、という意味だ」

「えええええ!?でも、だって……」

 

 ランは口でこそ困ったような事を言っていたが、内心ではほっとしていた。

ハチマンと過剰なスキンシップをとるのは平気でも、

いざ最後までとなると、勇気が出ないのは当然である。

 

「そういう事だから安心してくれ、エア痴女さん」

「べっ、別にエアじゃないし、普通に痴女だし!」

 

 ハチマンが、大丈夫ちゃんと分かってるという顔でそう言った為、

ランは不本意のあまり、即座にそう反論したが、

ハチマンはそんなランの肩をポンと叩き、うんうんと頷いた。

 

「という訳で、体での支払いについては心配するな、無理な事はさせないからな。

いいところ素材狩りの手伝いをさせるくらいにしておくから、

とりあえず今日は適当な宿に泊まってしっかり休むといい。

アインクラッドの宿なら昔の名残りで大体の宿はちゃんとベッドを完備してるからな」

 

 ハチマンはそう言ってヴァルハラ・ガーデンに戻っていき、

残されたランは屈辱に震えつつ、それを黙って見送る事しか出来なかった。

 

「くっ、この私をエア呼ばわりした事を、絶対に今度後悔させてやるんだから……」

 

 ランは一人になった後にそう呟くと、はじまりの街で適当な宿を確保し、

ハチマンにどんなセクハラをしてやろうかと妄想しながらその日は眠りについた。

 

 

 

 そして次の日の朝、ランは早速スモーキング・リーフへと向かった。

 

「おはよう~!久しぶり!」

「あっ、ランなのな!しばらく姿を見なかったけどどうしてたのな?」

「ちょっと他のゲームで修行をしてたのよ、おかげで随分と強くなったわ」

「他のゲーム?ふ~ん」

 

 リナは他のゲームという概念がよく分からないようで、曖昧にそう頷いた後、

思い出したように奥から何かを持ってきて、ランに差し出した。

 

「それじゃあこれ、とりあえず預かってたから渡しておくのな」

「これ?一体何を………って、あれ、これっておばば様の………」

 

 それはユウキ達が頑張って購入したスイレーであった。

どうやら荷物が多い為に、そのままスモーキング・リーフに預けられていたらしい。

 

「なのな、ランの武器だな」

「嬉しいけどこれ、本当にもらっちゃっていいの!?」

「もらうも何も、ユウキ達が普通に買って、そのまま預けていったのな」

「買った!?あれ、ごめんなさい、ちょっと脳がこの現状に追いついてこないんだけど、

それじゃあユウキのセントリーは?」

「普通に買って持っていったな」

「えええええ?あの子達、どうやってそんな大金を……」

「新しいラグーラビットの狩り場を発見して、この前までそれで荒稼ぎしてたのな」

「ラッ、ラグー?え、あれがそんなに?」

 

 ランはラグーラビットの価値についてはそれなりに知っていたが、

まさかそこまでの金額になるとは思ってもおらずに混乱したが、

どうやら仲間達が凄まじい大金を稼ぎ、首尾よく武器を入手したのだと知って、

目標が一つ早期に達成出来た安堵感で、その場にへたりこんだ。

 

「何だ、ユウの奴、私がいなくてもちゃんと出来たんじゃない」

 

 ランはユウキの成長を喜びつつ、当の本人がどこにいるか、

改めてギルドメンバーリストを眺めた。

 

「そういえばヨツンヘイムにいるって言ってたけど、どの辺りにいるのかしらね」

 

 そこには見慣れぬ地名が表示されており、ランはその地名の事をリナに尋ねてみた。

 

「ねぇリナ、この『巨人のるつぼ』ってどの辺りにあるのか知ってる?」

「巨人の………?う~ん、リナには分からないのな、

多分リョクちゃんなら知ってるから、ちょっと呼んでくるのな!」

「ありがとう、わざわざごめんね」

「別に構わないのな、リョクちゃ~ん、ちょっといい?」

 

 その声に呼ばれて奥から出てきたリョクは、ランの質問にこう答えた。

 

「そこならヨツンヘイムに入ってから、五時間ほど進んだ所じゃん」

「五っ………五時間!?」

「しかも道中の道は意外と入り組んでるから、行くのはかなり大変じゃんね」

「そうなのね、う~ん、面倒臭いところにいるわね、合流しようと思ってたけど、

さすがにそれはパスさせてもらおうかしら」

「それがいいじゃん、地図はヴァルハラのページに載ってるからいいとしても、

正直あそこまで一人で行くのはかなり骨じゃんね」

「うん、だるいからパス!それじゃあどうしようかな、

ここにずっといるのも申し訳ない気がするし、

新しい拠点に出来そうな家でもどこかに無いか、探しに行こうかな」

「あっ、それならユウキ達に支払うお金の残りが用意出来たから、それも渡しておくのな!」

「お金………?」

 

 そう言ってリナがランに差し出してきたのはかなりの大金であり、

ユウキ達がとんでもない額を稼いだのだと、ランは改めて実感した。

 

「ま、まだこんなに?」

「なのな!これで追加の素材分も含めて全ての支払いが完了じゃん!」

「あ、ありがとう」

「それがあれば、きっとそれなりの家が買えるじゃん、

まあ一人で決めていいかは別として……」

「うん、そうね、候補だけ見繕っておいて、とりあえず後でみんなと相談する事にするわ、

ところでユウ達は、いつ頃戻ってきそう?」

「戻ってくる前に連絡が入るはずだけど、正確には聞いてないかな」

「そう、それじゃあまたその頃に顔を出すわ、何か分かったら連絡してもらっていい?」

「任せるのな!」

 

 こうしてランは、この日は家探しに潰す事にした。

 

「でも私もまだまだ土地勘が無いしなぁ、ハチマンでも呼び出そうかしら」

 

 ランはそう呟きつつ、昨日の事があってまだハチマンと顔を合わせるのは気まずかった為、

とりあえずはじまりの街は広すぎる為にパスし、つい先日更新された、

今の最高到達点である三十四層から下へ下へと主街区を巡っていく事にしたのだった。


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