ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第798話 絶刀

 三十四層はつい先日行けるようになったばかりという事もあり、

物見遊山のプレイヤー達で賑わっていた。

 

「まあやっぱり混んでるわよねぇ、まだちゃんと探索されてないだろうし、

掘り出し物の物件とか無いのかしら」

 

 ランはそんな事を考えつつ、転移門の中央に立ち、どちらに行こうか考えていた。

その時いきなりすぐ近くでプレイヤーのものと思しき怒声が上がり、

ランは何事かと思ってそちらの方を見た。

 

「最近のお前らは臭えんだよ、絶対に一番乗りはしない癖に、

常に二番手をキープして初見クリアを延々と続けるとか怪しすぎんだろ!」

 

 どうやらランもよく聞く同盟の疑惑について、

中堅ギルドの連中が物申している場面に遭遇してしまったようだ。

 

「何が怪しいんだ?単に実力の差だろ?」

「だったら何でいつもボスに一番手で突入しないんだ?

それのどこが実力があるって事になるんだ?」

「確実にクリア出来る確信があるから焦ってないだけさ。

これでもうちは攻略ギルドのトップだからね、それくらいは普通だろ?」

 

 確かに同盟がフロアボスを倒した回数は、ALOでトップなのは確かである。

 

「はっ、お前らがトップ?どう考えても二番手だろ、

お前ら一度でもヴァルハラに勝った事があるのかよ!」

 

 そうだそうだ!という声が周囲のプレイヤーから口々に上がる。

どうやら人気の上では同盟はヴァルハラにぶっちぎられているらしい。

 

「ヴァルハラはきっちり一番手で突入して初見クリアしてると思うけど?」

「はっ、ヴァルハラの奴らは『知ってる』んだから当たり前だろ。

お前らはうちには文句を言う癖に、ヴァルハラには絶対に文句は言わないんだよな」

「はぁ?お前、先の内容を知ってる事がずるいとか言うつもりか?

SAOの攻略組が、ただのほほんと戦ってたとでも思ってんのか?」

「そ、そこまでは言わないが……」

「そう言ってんのと同じだろうが!ふざけんな!あの人達は文字通り命を賭けて、

ボスやフロアの情報を手に入れてきたんだよ!」

「そうだそうだ!そもそもヴァルハラの人達は、

普段は遠慮して攻略には出てこないだろうが!」

「この前みたいにお前らが煽らない限りな!」

「煽っといて完封負けするとか恥ずかしくないのかよ!」

 

 どうやらプレイヤーの感情は、ほとんどがヴァルハラ寄りのようだ。

同盟のプレイヤー達は、さすがにこの話の進め方だと分が悪いと思ったのか、

露骨に話を最初の話に戻してきた。

 

「と、とにかくだ、ヴァルハラの事は関係ないから置いておいて、

うちが必ず初見でボスを倒しているのは、

普段からしっかりとどんな状況にも対応出来るように準備しているだけだ」

 

 さすがにそう言われてしまうと、中堅ギルドの連中も下手に突っ込む事が出来なかった。

そもそも同盟の疑惑とは言うが、何か証拠がある訳ではないのだ。

相手を詰めていくにはやはり証拠が少なすぎる。

 

「はぁ、攻略ギルドも大変よね」

 

 ヴァルハラはその強さ故に、批判に晒されるのはよくある事であり、

その事についてはランは何とも思わなかった。

どうせ名前が売れればスリーピング・ナイツだって叩かれるに決まってるのである。

 

「とにかく疑惑があるのは確かなんだから、

今度は一番手で入って初見クリアしてみせてくれよ」

 

 この言い方から、中堅ギルドのそのプレイヤーが、スパイの存在を疑っているのが分かる。

 

「そうしてもいいんだが、そうするとお前らの挑戦する機会が無くなっちまうからな、

それはさすがに申し訳ないから、うちはまた二番手以降でいかせてもらうさ。

俺達を疑うのは勝手だが、突っかかってくるなら何か証拠になるものでも持ってくるんだな」

「私達の事は気にせず一番手で突入してくれてもいいんだけど?」

 

 そこで中堅ギルドの女性プレイヤーがそう言い、

そのプレイヤーに対し、同盟のプレイヤーからこんな声が上がった。

 

「はっ、女連れで攻略とかいいご身分だねぇ、

あんたも精々仲間に股を開いて、いいアイテムを回してもらうんだな!

なんならハチマンに股を開けばヴァルハラに入れてもらえるかもしれねえぞ、

あそこはそういうギルドじゃないかって評判だしなぁ」

 

 もちろんそんな噂は一切無く、これはただの印象操作である。

 

「そんな噂、聞いた事ないんだけど?」

 

 その女性プレイヤーは怒りを内に秘めたような声でそう反論した。

侮辱されても感情をストレートには表に出さない、我慢強いプレイヤーなのだろう。

だがそんな彼女に容赦なく罵声が飛ぶ。

 

「なら試してみろよ、ハチマン様、私をヴァルハラに入れて下さい、

その代わりにこの体を好きにしてくれていいですってな!」

「もしくは攻略でも手伝ってもらえよ、そうすれば初見の一番手で突入しても、

楽々クリア出来るだろうよ」

「ヴァルハラに手伝ってもらえれば、さぞ楽だろうな、

結局ハチマンはただの卑怯者なんだよ!」

「俺達同盟が一番熱心に攻略を進めてきたんだ、文句があるなら実力で来いや!」

 

 同盟のプレイヤー達のその勢いに、さすがの周囲のプレイヤー達も絶句したのか、

その言葉に対して即座に反応が返ってくる事はなかった。

言ってる内容がひどすぎて、聞くに耐えなかったという面もあるだろう。

だがそんな中、両陣営の中央に進み出たプレイヤーが一人いた、ランである。

ランは愛するハチマンを侮辱され、ハッキリ言ってぶちキレていたのである。

 

「な、何だてめえは!」

「通りすがりのただのハチマンの知り合いよ、

文句があるから実力で相手をしてもらおうと思って前に出てきたと、まあそういう事」

 

 そのランの言葉に場はシンと静まり返った。

凛として立つランは、その見た目の美しさとプロポーションの良さに加え、

今はやや冷たい雰囲気を醸し出していたせいか、

それ以上ランに何か言える者はこの場には皆無であった。

 

「あら、さっきまでの威勢はどこにいったの?

心配しなくても私はヴァルハラじゃないから、この場にあそこのメンバーは出てこないわよ」

 

 その言葉で安心したのか、ぽつぽつとランに対する攻撃が始まった。

 

「何だよ、ハチマンのグルーピーって奴か?」

「毎日さぞかわいがってもらってるんだろうな!

「くそ、ハチマンの野郎、こんな美人を好きなように……」

「美人は得だねぇ、簡単にハチマンに取り入れるんだからよ!」

 

 そんな彼らに対し、ランは静かにスイレーを抜くと、そちらに剣先を向けた。

 

「ごちゃごちゃ煩いわね、実力で行くって言ってるんだから、

さっさとデュエルを申し込んできなさいよ」

「い、言われなくても!」

 

 血の気の多そうな、体格のいい両手剣使いが一歩前に出てそう言い、

ランにデュエルを申し込んだ。

二人の間には、見た目からしてまるで大人と子供くらいの身長差がある。

 

「半減決着モードでいいかしら」

「おう、それでいい」

 

 その二人の声で我に返ったのか、周りの者達は、ランに向かって口々にこう叫んだ。

 

「ちょっとあんた、やめときなって」

「そうよそうよ、女の子が無理に戦う事はないわよ!」

「男共、誰かあの子と代わってあげてよ!」

 

 そう声を掛けてきてくれる女性プレイヤー達に、ランは振り返って笑顔で言った。

 

「心配しないで、こんな雑魚に私がやられる事なんてありえないから」

 

 そう言いながらランは、とても柔らかい表情でウィンクした。

先ほどまで敵に向けていた表情とはまるで違うその表情をを見て、

周りの者達は何も言えなくなった。

 

「さて、いつでもいいわよ」

「行くぞクソ女!俺達に挑んだ事を後悔させてやるからな!」

 

 そしてデュエルが開始され、

その両手剣使いは雄叫びを上げながらランに向かって突撃した。

ランにとってはいい獲物である。

 

「考え無しに突っ込んでくるとか馬鹿なの?」

 

 ランは軽くステップを踏んでその攻撃を躱し、着地した瞬間に居合いの体勢をとり、

そのまま凄まじいスピードでそのプレイヤーの横を駆け抜けた。

ぶわっという風が舞い起こり、気が付くとランは、

抜いていた刀をチン、と鞘に収めている真っ最中であった。

 

「えっ?」

「おい、今いつ抜いた?」

「っていうかあの男、動かないぞ」

「一体どうしたんだ?」

 

 その瞬間に両手剣使いのHPバーがごっそりと削られ、

システムによってランの勝利が宣言された。

斬ってから判定まで若干タイムラグがある程の凄まじい速度の斬撃が放たれたのだが、

その攻撃がハッキリと見えたのは、本当に一部の者達だけであった。

 

「マジかよ……」

「マジよ、次、かかってきなさい」

「くそっ、今度は俺がいく!」

 

 そんな状況が延々と繰り返され、同盟の敗北者は既に十人に達しようかとしていた。

もはやランに挑戦しようという者はいなくなっており、

周囲のプレイヤー達はやんややんやとランに拍手喝采していた。

 

「凄いぞあんた!」

「まるでヴァルハラのメンバーみたいだ!」

「さすがはハチマン様のお知り合いね!」

「お、お前、一体何者だよ……」

 

 先ほどまで威勢のいい事を言っていた同盟のプレイヤーの一人が、

萎縮したような口調で弱々しくランにそう尋ねてきた。

その疑問は、同盟も含めたここにいる全てのプレイヤーに共通する思いであった。

 

「私?そうね、自分で言うのは少し恥ずかしい気もするけど、ここは敢えて名乗るわ。

私はスリーピング・ナイツというギルドのリーダーをしているランという者よ、

ちなみにハチマンからは、『絶刀』を名乗るようにと言われているわ」

 

 そのランの言葉に周囲はざわついた。

要するに今の宣言は、ハチマンが自らランに二つ名を与えたという事に他ならないからだ。

 

「絶刀………」

「スリーピング・ナイツだって」

「この前ラグーラビットの肉を沢山供給してくれたギルドが確かそんな名前だったな」

「期待の新星の登場だな」

 

 そんなランに、同盟の一人がとても悔しそうにこう言った。

 

「ちっ、所詮ヴァルハラの太鼓持ちじゃねえか」

「あら、気持ちの上ではライバルのつもりなんだけど?うちは近いうちに、

ヴァルハラに出来なかった事を探して、何か一つは必ずやりとげる予定でいるのよ」

「んな事出来っかよ」

「出来ないと思ってるあなた達には一生出来ないでしょうね」

 

 ランは笑顔でそう言い、もはやランに対して何か文句を言える者は同盟には皆無であった。

何より彼らはラン一人に手も足も出なかったのだ。

ランは中堅ギルドのメンバーや、周囲のプレイヤー達に囲まれ、

その横で同盟のプレイヤー達は、すごすごとどこかに立ち去っていった。

 

 絶刀の伝説は、ここから始まった。


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