ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第802話 あの幻影の少女は

「おはようみんな」

「おはようラン!」

「いやぁ、昨日はぐっすり眠れたな!」

「やっぱり自分達の家があるっていいよね」

「借家じゃやっぱり寛げませんからね」

 

 スリーピング・ナイツのメンバー達は、スリーピング・ガーデンで初めての夜を過ごし、

全員が自宅と呼べる場所があるという幸せを噛みしめていた。

 

「さて、それじゃあ朝食にしますかね」

「今日は予定通りに黒鉄宮でいいのか?」

「ええそうね、まあ今の私達ならもう余裕だと思うけれど、油断しないでいきましょう」

「ついに兄貴に与えられた試練をクリアする時が来たぜ!」

「やってやりましょう」

 

 皆はそう気勢を上げ、転移門を通り、はじまりの街へと乗り込んだ。

 

「さて、黒鉄宮に向かうわよ」

 

 一同はそのまま黒鉄宮目指して進んでいった。

さすがにまだランの見た目と二つ名は広まっていないようで、

道中で特に誰かに声をかけられる事はなかったのだが、

剣士の碑の前に通りかかった時、ランに声をかける者がいた。

 

「お、そこを行くのは絶刀さんか?」

 

 そのセリフを聞いた他の者達は驚いたような表情を見せた。

どうやらまだランから、絶刀を名乗る事にしたとは聞いていなかったらしい。

 

「あら、スピネルさん、おとといぶりね」

 

 そこにいたのは先日家を紹介してくれたスピネルであった。

後ろにはおととい会った他のメンバーの姿もちらほら見え、

ランは嬉しそうにそちらにも手を振った。

 

「おお?今日はそっちも仲間と一緒なんだな」

「ええ、昨日合流したの。ふふっ、みんな強そうでしょ?」

「おお、何か雰囲気があるな、特にそこの、絶刀によく似た子とかはやばそうだ」

 

 スピネルはユウキの方を見ながらそう言った。

 

「あら、よく分かるのね、この子は私の双子の妹のユウキよ、

ここだけの話、もうすぐ絶剣を名乗る予定になってるの」

「は、初めまして、ボクはユウキです」

「おう、これから宜しくな、ユウキちゃん」

「ユウ、それにみんな、

この人がスリーピング・ガーデンを私に紹介してくれたスピネルさんよ」

「あっ、そうだったんだ、ありがとうお兄さん!」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」

 

 そうお礼を言われた当のスピネルは、ランに詳しく説明されなくても事情を察したのか、

鷹揚な態度でひらひらと手を振った。

 

「そうか、あの家を買ったんだな、それなら紹介した甲斐があったってもんだよ」

「ふふっ、みんなあの家を気に入ってしまったの」

「そうか、本当に良かった。で、今日はどうしてここに?剣士の碑でも見にきたのか?」

「ううん、これから黒鉄宮に向かう予定なの」

「黒鉄宮?あそこか……あそこにもいずれ攻略の手が回ると思うが、

階層更新の方が忙しいから、ほとんど手付かずなんだよなぁ」

「ヴァルハラが三十層近くまで攻略してると思うのだけれど」

「そうそう、そんな感じだな。ただそっちはほら、名誉っていうか、

そういうのが足りないからうちもあまり攻略に熱心にはなれないんだよな」

 

 そう言ってスピネルは、剣士の碑の方をチラっと眺めた。

 

「ああ、名誉、名誉ね、確かにそうかも」

「だろ?あそこに名前が載るってのは、

一流プレイヤーの仲間入りをしたって事になるからさ、

俺としても、いつかはギルドの全員の名前を載せてやりたいって思ってるんだよな」

「でも同盟の存在のせいで、中々そうもいかない訳ね」

「まあそういうこった、向こうが本当に正々堂々と攻略してるなら、

今の状況にも別に文句は無いんだがな」

「そうね、怪しすぎるわよね」

 

 そんな会話を交わす二人の横から、ユウキがこう質問してきた。

 

「ねぇ、前から気になってたんだけど、この剣士の碑ってどんな場所なの?」

「ここはフロアボスを討伐したレイドから八人の名前が選ばれて表示される場所だな」

「あ、そういう事だったんだ!」

「よく見てみなさいユウ、あちこちにハチマンの名前があるわよ」

「うわ、本当だ、そっか、そういう場所なんだ」

 

 ユウキは目をキラキラさせながらそちらを見、そんなユウキにスピネルが言った。

 

「いつかうちとそっちで合同であそこに名前を載せるってのも楽しそうだな」

「ええそうね、その時は是非宜しくお願いするわ」

「こちらこそ喜んで」

 

 二人はそう言葉を交わして握手した。

 

「それじゃあ私達はそろそろ行くわ」

「おう、頑張ってな」

「そっちもね」

 

 そしてジュエリーズと別れた後、ノリが勢い良くランに迫ってきた。

 

「ちょっとラン、どういう事?」

「ん、どうしたの?」

「いや、さっき絶刀って………」

「ああ、その事。おととい同盟の雑魚共を蹴散らした時に、

多くの観客の前で絶刀を名乗ったのよ。

その事にはハチマンも特に異論を差し挟まなかったから、

今の私の実力が、絶刀を名乗るに足ると判断してもらえたんじゃないかしら」

「そ、そうなの?でもラン、しばらくゲームにログインしていなかったんじゃ……」

「け、検査の間に一人で修行してたのよ、時々ハチマンにも手ほどきしてもらってね」

 

 ランはそう言い訳し、他の者達も一応その説明に納得した。

 

「なるほど、そういう事か」

「ハチマンさんに?ラン、ずるい!」

「ノリは隠れハチマン好きすぎるでしょう」

「全然隠れてないけどな」

「ボ、ボクは?ボクももう絶剣を名乗っていいのかな?」

 

 ユウキがやや興奮ぎみにそう言い、ランは腕組みしながらユウキにこう答えた。

 

「そうね、ユウももう絶剣を名乗ってもいいとは思うのだけれど、

それには一つ、絶対に外せない条件があるわ」

「条件?どんな?」

「赤の他人の前で、それっぽい実績を示す事」

 

 その言葉にユウキも含めた他の者達は納得した。

 

「ああ、そっか、二つ名ってそういうものだよね」

「ええ、自分で勝手に名乗るだけじゃ、説得力が無いものね」

「確かに……」

 

 そうランに説明されたユウキは、鼻息も荒くこう言った。

 

「分かった、ボクもそういうチャンスを逃さず、実力を世に示すよ!」

「その意気よ、頑張りなさい」

「うん、頑張る!」

「決して焦らないようにね、先ずは黒鉄宮の三十層からよ」

「だね!」

 

 そして黒鉄宮に入ったスリーピング・ナイツは、

とりあえず前回の続きである十八層を目指した。

 

「さて、またカエル天国か……」

「タイニートードちゃん、久しぶり!」

 

 そこからトード地帯を経てジャイアント・トード地帯へとたどり着いた一行は、

敵の歯ごたえの無さにやや驚かされた。

 

「敵が遅い……」

「ラグーラビットの足元にも及ばないわね」

「しかも弱い……」

「こんなもんだったっけ?」

 

 この事からも、スリーピング・ナイツがかなり成長した事が分かる。

 

「ラン、どうする?」

「そうね、一気に二十五層くらいまで駆け抜けてみましょうか」

「オーケー、スリーピング・ナイツ、ゴー!」

 

 そのユウキの声を合図にスリーピング・ナイツは走り出した。

道中を急いだ分、敵の出現数は少なく済み、一行はあっさりと二十五層へとたどり着いた。

 

「よし、ここで敵の強さを調べるわよ」

「オーケーオーケー、ちなみに出てくる敵がジャイアント・トードだったらどうする?」

 

 そのジュンの問いに、ランはあっさりとこう答えた。

 

「当然スルーして次に行くわ」

「一気に三十層まで行くのもアリだと思うけど」

「一応よ一応。もし三十層の分岐の奥でおかしな罠に巻き込まれて閉じ込められたとして、

そこの敵を相手にするのに何かのアイテムが多めに必要とかなったら困るしね」

「ああ、そういうのもあるね、うちはヒーラーが少ないから」

 

 ジュンがぼそりとそう呟き、ヒーラーという言葉で、

ユウキの脳裏に先日知り合った一人のヒーラーの優しげな笑顔が浮かんだ。

 

「ここにアスナがいてくれたら良かったのになぁ」

 

 ちなみにスリーピング・ナイツの全員が、

ヴァルハラの事を調べる必要性を感じていたにも関わらず、何かと忙しかった為、

精々がメンバーリストを簡単に眺めるくらいであり、

まだ誰もメンバー個々の事を詳しく調べた者はいないのである。

 

「アスナ?誰?まさかユウ、私というお姉ちゃんがありながら浮気を……」

「そこはハチマンの名前を出すべきだよね!?」

「ハチマンはユウのお姉ちゃんじゃないのよ!」

「ごめんラン、ちょっと意味が分からない」

 

 そうユウキに言われたランは、一瞬悲しそうな表情をした。

先日ユイにお姉ちゃんと呼んでもらったランは、

このどさくさに紛れてユウキにもお姉ちゃんと呼んで欲しかったのである。

だがさすがに今までずっとお互いの事を名前で呼び合ってきたせいか、

ユウキが自主的にそう呼ぶのを期待するのはかなりハードルが高いようであった。

 

「で、アスナって誰?」

「あ、うん、モブを釣るのが上手いヴァルハラのヒーラーさん?ちなみにボクの友達」

「へぇ、そんな知り合いが出来たのね」

「うん、アスナってば、綺麗な長い水色の髪をした、とっても美人さんなんだよ」

「わ、私とどっちが美人!?」

「え~?そんなの決まってるじゃん」

「そ、そうよね、私とユウはほとんど同じ顔なんだし、当然私を選ん………」

「アスナ」

「うがあああああああああああああ!」

 

 ランはユウキがそう言った瞬間に発狂モードに入り、辺りを滅茶苦茶に走り始めた。

 

「うわ、ランが壊れた」

「おいユウキ、責任をもってランを止めてくれよ」

「え~?ああなったランを止めるのってかなり面倒臭そうなんだけど………」

 

 そう言ってユウキがランに声を掛けようとした瞬間にランは走るのをやめ、

平然とした顔で元の場所に戻ってきた。

 

「そういえばアスナって、ユキノさんのSAO時代の名前じゃなかったかしら」

「落ち着いたと思ったらいきなり何!?え、そ、そうなの?」

「ハチマンのSAO時代の彼女の名前はアスナだったらしいわ、

つまりそれって正妻であるユキノさんが昔そう名乗ってたって事でしょう?

この前当時の説明をしてもらったから間違いないわ」

「そうだったんだ、へぇ………」

 

 ランの勘違い、ここに極まれりである。

もっともそれを言ったらここにいる全員がそうなのではあるが。

 

「それじゃああれだ、ALOに先にアスナがいたから、

ユキノさんはアスナって名前を選べなかったって事になるのかな」

「『アスナ☆』とか、『ア†ス†ナ』とかいう手もあったかもだけど、

ユキノさんはそういう事をする人じゃ無さそうだしね」

「「「「「「さすがにそれは無い」」」」」」

 

 全員に即座にそう否定されたランは、拗ねた表情で頬を膨らませた。

 

「何よ、みんなして私の事を中二病とでも言いたいの?」

「そこまでは言ってない」

「これはある意味自爆なのでは」

「いや、ランは中二病だろ?」

「むしろ違うと思っていた事の方が驚きですよ」

「むぅ……」

 

 ランは分が悪いと思ったのか、露骨に話題の修正に入った。

 

「で、アスナってどんな人なの?」

「えっとね、水色の長い髪が凄く綺麗で、笑顔がかわいくて、

専門のヒーラーなんだろうけど、凄く上手かった!」

「そうなんだ、シウネーはどう思った?」

「はい、多分敵を釣りながら回復魔法の詠唱も行ってたと思います」

「それは凄いわね……」

 

 ランはシウネーのその意見を聞き、素直に感心した。

 

「さすがヴァルハラと言うべきかしら、しかし水色、水色の髪ね……」

 

 ランはその言葉に記憶が刺激されるのを感じ、

何となしに腰に差していたスイレーに手を添えた。

その瞬間にランの脳裏に以前初めてスイレーに触った時に見た映像がフラッシュバックした。

 

「あっ!」

「どうしたの?」

「ユウ、覚えてない?初めてあなたがセントリーに触れた時の事」

「初めてセントリーに?…………あっ!」

 

 そう言われて思い出したのか、ユウもあっという表情をした。

 

「どう?」

「確かにあの時見えた女の子って、アスナそっくりかもしれない」

「そのアスナって子はレイピアは使えるの?」

「使えない………んじゃないかな、武器で戦ってるのなんて見た事ないし」

「そう、まあでもこれが偶然とは思えないわ、

どんな不思議な力が働いているのかは分からないけど、

私達があの時見た映像の少女が手に持っていたのが、

レイピアじゃなく杖だった可能性も否定出来ないしね」

「う、うん、確かにそうかも」

「まあとりあえず直ぐにどうこうする話ではないし、それは一時置いておいて、

今は三十層の攻略の事だけを考えましょう」

「そうだね、そうしよっか!」

 

 そしてスリーピング・ナイツは進軍を再開し、

正確には二十五本目の分岐という意味であるが、黒鉄宮の二十五層へとたどり着いた。

だがそこにいたのは、今までと変わり映えしないジャイアント・トードの姿であった。

 

「う~ん、仕方ない、このまま三十層まで駆け抜けましょう」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 そして三十層に到達した瞬間に、空気が変わったような気がした。

 

「これは……」

「前にトードがジャイアント・トードに変わった時の雰囲気と同じだね」

「あっ、見て、あれ!」

 

 そこで一同が見たのは、ジャイアント・トードよりも更に大きい、

スカベンジャー・トードという新種のカエルの姿であった。


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