ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第803話 トード・ザ・インフェクション

「来た!新種のカエル来た!」

「とりあえず一戦してみて敵の情報を探りましょうか」

「そうだね、みんな、数が多いから気をつけて!」

 

 三十回目の分岐で初めて出現したそのカエルを相手に、

スリーピング・ナイツはフォーメーションを組み、立ち向かった。

 

「名前はスカベンジャー・トードみたいだな」

「ドロップアイテムは?」

「また肉だけみたい」

「多分美味いんだろうけど、これはちょっとなぁ……」

「いえ、リストによると、こいつの肉はまずいらしいです」

「え、って事は………」

「はい、食肉としてはゴミですね、でも素材にはなるらしいですよ」

「オーケーオーケー、まあ敢えて捨てるのも勿体無いし、

とりあえずアイテムに関しては放っておいて、このまま進むわよ!」

 

 さすがにこのスカベンジャー・トードは、

表の最高到達階層近い三十層クラスの敵という事もあり、

戦っていても、かなり手応えが感じられた。

もっとも苦戦する程ではなく、一同は順調に奥へ奥へと進んでいった。

 

「ん、行き止まりか?」

「いや、これ、扉じゃないか?」

「って事はボス部屋?」

「ついにか……」

 

 一同はボス部屋を前にして、やや緊張していた。

そんな仲間達の緊張をほぐしたのは、リーダーのランであった。

 

「それじゃあ遠慮なく、なでなでっと」

「きゃっ!」

 

 ランはいきなりノリのお尻に触り、

男勝りのノリにしては珍しく、そんなかわいい悲鳴を上げた。

 

「何するんだよラン!男も女もお構いなしかよ!」

「失礼ね、私は立派な痴女だから、男にしか興味がないわ」

「自分で痴女って言うとか……」

「まあランらしいよ、うん」

「兄貴も苦労するよな……」

「平常運転ですね」

「我が姉ながら恥ずかしいよボクは……」

「惜しい!」

 

 お姉ちゃん、までニアピンだったと思ったランは、思わずそう叫んだ。

 

「えっ、何が惜しいの?」

「さあ」

 

 ランはその問いにそっけなくそう答え、続けてこう言った。

 

「男にしか興味がないのは確かだけど、そもそもハチマン以外は男と認めないのだけれどね。

それはさておきみんな、緊張は解れた?」

「緊張?あっ……」

「やり方は微妙だったけど、確かにもう平気だね」

「というか何故私を選んだし……」

「何故かって?そこにノリのお尻があったからよ!」

「ああ、はいはい、分かった分かった、次やったら殴るからね」

「いいじゃない、別に減るものじゃないんだし。それに女同士なんだし」

「いや、私の中の何かが減る、そして私にそういう趣味はない」

「ふ~ん、やっぱりノリは、触られるならハチマンに触られたいのね」

「当たり前………って、きゃああああ!嘘!今の無し!」

 

 ノリはうっかりそう答えかけ、再びかわいい悲鳴を上げ、即座にその言葉を否定した。

だが当然時既に遅く、見ると全員が生暖かい目でノリの方を見ていた。

 

「くっ………ラン、超殺す!」

 

 そのランは、ノリに親指を立ててこう言った。

 

「私達、ずっ痴女だよ!」

「くっ……」

 

 その言葉にノリはとても嫌そうな顔をしたが、

直後にランが表情を引き締めた為、ノリだけでなく他の者もハッとし、

しっかりとそれぞれの武器を握りしめた。

 

「冗談はここまで、それじゃあ行くわよ、みんな」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 そしてボス部屋と思しき部屋に乗り込んだ瞬間に、背後の扉が閉まった。

 

「むっ」

「閉じ込められた?」

「落ち着きなさい、さくっとボスを倒せば済む事よ」

 

 ランがそう言い放ち、仲間達はすぐに落ち着いた。

この辺りはユウキには出せない雰囲気である。

 

「来るわよ」

 

 見ると部屋の中央に、何かの影が浮かび上がってきた。

それは爛れた肉塊というべき姿をしており、その肉塊が、ゲロゲロと鳴き声を発した。

 

「うげ………」

「またカエルなんだ」

「名前は………『トード・ザ・インフェクション』」

「あ~、何か俺、兄貴達がこいつを倒さないで放置した理由が何となく分かっちゃった」

「奇遇ですね、僕もですよ」

「あ、僕も僕も」

「男共はグチグチ言ってないでさっさと突っ込む!」

「「「え~………」」」

 

 ジュン、テッチ、タルケンの三人はとても嫌そうにそう言うと、

仕方ないといった感じで一歩前に出た。その瞬間にそのカエルの皮膚から雫が床に落ち、

その部分がジュッという音を立てて煙を吹いた。

それを見た三人は、背筋が凍るような思いをし、思わず足を止めた。

 

「うげ………」

「マジかよ」

「インフェクションってどんな意味でしたっけ」

「さあ………」

「俺達も勉強はそれなりにしてるけど、そこまで英語に堪能な訳じゃないからな」

「アイ、キャント、スピーク、イングリッシュ!」

 

 そんな三人に、さっきの仕返しとばかりにノリが言った。

 

「いいからさっさと突っ込みなさい、生贄ど………いや、勇敢な男の子達」

「それはちょっと追従が露骨すぎやしませんかね」

「そうだそうだ!」

「骨は拾ってあげるから安心しなさい」

「あれが酸なら骨も残らなさそうだけどね」

 

 そう言いながらもテッチは、タンクの責務を果たす為に果敢に前へと一歩を踏み出した。

そんなテッチ目掛けてトード・ザ・インフェクションは、口から何かの液体を飛ばし、

避ける間もなくテッチの持つ盾に着弾した………が、何も起こらない。

 

「あ、あれ?」

「酸とかじゃないみたいだね」

「盾の耐久度はどう?」

「変わってないね」

「ラン、一度下がるわ、直接手で触ってみて確認する」

「分かったわ、ボスもまだ動かないし、許可するわ」

 

 その言葉通り、ボスはまだ動こうとしない。

そして戻ってきたジュンは、恐る恐るテッチの盾についていた液体に触った。

その瞬間に、ピコンという音と共に、ジュンの状態表示が変化した。

 

「どうなった?」

「うわ………マジかよ」

「どうしたの?」

「『傀儡化・カエル』って出てる」

「え………」

「ジュン、カエルになってしまうん?」

「どこぞの名作アニメっぽい言い方すんなって……」

「これは予想外ね、浄化魔法は効くのかしら……」

 

 ランはそう言って、ジュンを丈夫なロープで縛らせた。

 

「ロウソクやムチが無くてごめんなさいね」

「おいおい俺を見くびるなよ!」

「あっと、ごめんなさい、ジュンの変態レベルはそんなものじゃなかったわね」

「そっちの意味じゃ………うっ、ケロ………うま………」

 

 ジュンはそう言いかけたが、その口はジュンの意思に反しておかしな事を口走った。

 

「お?」

「今ケロって言った?」

「シウネー、ジュンが完全にカエルになったら浄化魔法を」

「分かりました」

 

 そしてジュンが四つん這いになり、その口から再びケロッという声が聞こえた瞬間に、

シウネーはジュンに浄化魔法をかけた。

 

「ケロッ、ケロケロっ………って、復活!

やべえやべえ、自分の体を他人に動かされる感覚って気持ち悪すぎるわ」

「良かった、浄化魔法は有効みたいね」

「ちなみにもし効かなかったら?」

「骨は拾ってあげると言ったでしょう?」

「………」

 

 ジュンはその言葉に青ざめ、浄化魔法が効いて良かったと心の底から安堵した。

 

「で、どうします?」

「そうね、さすがに全ての攻撃を避けるのは億劫だけど、

とりあえず口に注目しておけば被弾も減るでしょう」

「とにかく気をつけるしかないね……」

「シウネー、かなりの負担をかける事になると思うけど、頑張って」

「はい、死ぬ気でやります」

 

 そしてスリーピング・ナイツは、本格的に敵への攻撃を開始した。

 

「テッチはとにかく盾を前面に出して、敵のヘイトをスキルでしっかり固めてね。

他のアタッカーはやりすぎないように、敵が自分の方を向いたら即回避の準備よ」

 

 その作戦は一定の効果を発揮し、敵のHPは順調に削れていった。

特にランとユウキの攻撃力は凄まじく、

かなり多いように感じられた敵のHPも残り六割となっており、

このままいけば攻略は確実と思われた。

異変が起こったのは敵のHPが丁度半分になった時である。

 

「うわっ」

「な、何だ?」

「総員、一時撤退!」

 

 そして敵のHPが半分になった瞬間に、いきなり敵の体が崩れた。

そのピンク色のゲル状の物体が、そのまま地面に広がっていく。

 

「うげぇ」

「気持ち悪いね………」

「何がしたいのこのケロリンは」

「おいおい、もうフィールドの半分以上が肉に覆われてんぞ」

「どんどんこっちまで広がってくるね」

「あっ、見て、奥!」

 

 その時部屋の奥が急速に盛り上がり、

それと共に部屋中に広がっていた肉塊が急速に引いていった。

その盛り上がった肉塊は再びカエルの形をとりつつあったが、

肉が広がっていた部分の床の色は、まるで血でもぶちまけたように赤いままであった。

 

「一体何がしたかったんだ?」

「床の色が八割くらいは赤くなりましたね」

「というか、敵が奥から動かなくなったね」

「考えていても仕方ないわ、こっちも攻撃を再開しましょう」

 

 そしてスリーピング・ナイツはテッチを中心に、再び敵に向かって進み始めた。

一同はそのまま赤い床に差しかかり、慎重に一歩を踏み出したが、

その瞬間に全員のHPが減り始め、一同は慌てて後退した。

 

「うわ、まじかよ」

「まさかのダメージゾーン?」

「まずいわね、うちにとっては最悪な仕様だわ」

 

 スリーピング・ナイツには遠距離攻撃を得意とする者はおらず、

シウネー以外の全員がダメージソーンの上に居ながら戦闘を行う以外の選択肢は無い。

 

「シウネー、今の感じだとどう?」

「そうですね、悔しいですが、私一人だとちょっと回復が追いつかないかもしれません」

「やっぱり無理か………」

 

 ランは下を向きながら腕組みし、やがて何かを決断したのか、キッと顔を上げた。

 

「よし、ここは私とユウの二人だけで削りましょう」

「それしかないか……」

「残念だけど、さすがにここはそうするしかないわよね」

「ユウ、出し惜しみは無しよ、いきなりマザーズ・ロザリオを使いなさい」

「うん、分かった、任せて!」

「他のみんなは敵のHPが残り二割になったら即座にあいつに突撃してね、

こっちがやられる前に一気に敵のHPを削りきるわよ!」

「「「「「了解!」」」」」

「ゴー、スリーピングナイツ、ゴー!」

 

 ユウキのその掛け声と共に、ランとユウキは敵目掛けて走り出した。

 

「ユウ!」

「うん!くらえ、マザーズ・ロザリオ!」

 

 ユウキはいきなりマザーズ・ロザリオを発動させ、敵に襲いかかったが、

最初の三手程で、ユウキの顔色が変わった。

 

「ラン、まずい!」

「どうしたの?」

 

 だがソードスキルを放ちながらである為、ユウキはそれ以上何も言えなかった。

マザーズ・ロザリオは突きの十一連打である為、開始から終了までの時間がとても短く、

喋る余裕などありはしないからだ。

そして異変を察知しながらも、ユウキはマザーズ・ロザリオをきっちり撃つ他はない。

これはオリジナル・ソードスキルとして登録したせいで、

マザーズ・ロザリオがシステムアシストを受ける事になった為、

途中でソードスキルを止める事が出来ないせいである。

そしてユウキはマザーズ・ロザリオのフィニッシュを放ったが、

そのエフェクトは心持ち大人しく感じられ、実際敵へのダメージも、驚くほど小さかった。

 

「ユウ、何があったの?」

「ラン、こいつ、一度溶けた後に再構成されたんだと思ってたけど、勘違いだった!

こいつの体はまだゲル状態のまま、多分物理ダメージに対する耐性か、カットがついてる!」

「そういう事………」

 

 ちなみにこのトード・ザ・インフェクションは、

こちらが魔法攻撃主体で攻撃すると、今度は魔法耐性が高くなる仕様となっているのだが、

スリーピング・ナイツがその事実を知る事はない。

 

「ラン、どうする?」

「それでも私達が攻撃し続けるしかないわ、

ダメージがまったくゼロという訳ではないのだしね」

「分かった、頑張る!」

 

 そんな二人を見ている事しか出来ない他のアタッカー陣は歯がゆさを感じていたが、

敵のHPが残り四割になった瞬間に、そんな五人の意識が唐突に消滅した。

 

「シウネー?」

 

 ランは先ほどまで続いていたシウネーからの援護が突然無くなった事に疑問を感じ、

チラリと後方に目を走らせた。

 

「えっ?」

 

 そこには五つのリメインライトがあり、ランは五人がいつの間にか死んだのだと理解した。

 

「な、何で……ユウ、みんなが、みんなが!」

「えっ?………ええええええ?何で?」

 

 このまま下がっても、二人にこの状況を打開する術はない。

そして二人は玉砕覚悟でそのまま戦い続け、当然のように玉砕し、

スリーピング・ナイツはここに全滅する事となった。


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