ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第805話 あの約束を果たす時

 八幡に渡された下着を付け終わった頃、やっと明日奈の意識が再起動した。

明日奈は『これってどういう事?』という表情をした後、困ったような顔をしている八幡と、

ニヤニヤしている京子の顔を見比べて何となく事情を悟った。

 

「………お母さん」

「なぁに?」

「さっき来たお客さんが八幡君だったというのは何となく分かったし、

その八幡君を私の部屋に連れてきたのはまあいいとして、

どうしてお母さんは、私の下着を八幡君に渡したのかな?」

「だって明日奈ってばいつも、八幡君が気に入る下着はどれだろう、

どの下着だと一番かわいいと思ってもらえるかなって凄く迷ってるじゃない。

だから今日は私が気を利かせて、

間違いなく八幡君が気に入る下着を本人に選んでもらったのよ」

「な、ななななな………」

 

 明日奈は出来れば八幡には聞かれたくなかった事を京子に言われてしまい、顔を赤くした。

 

「は、八幡君、違うの!確かにそういう事は多いんだけど、

でもいつもって訳じゃないんだよ!」

「いや、まあ何を着ていても変には思わないし………

ああ、そういう事を言うのはせっかく頑張って選んでくれている明日奈に失礼だな、

でもな……明日奈のその、下着に関して言えば、俺が不満に思った事は今まで一度も無いぞ。

明日奈はセンスがいいからな」

「ほ、本当に?」

「ああ、本当だ」

「そっか、良かったぁ……」

 

 明日奈は自分の努力が無駄じゃなかったと分かり、心から安堵した。

 

「まあ俺の為にしてくれている事なんだし、

別に待たされてもそういうものだと思っているから、

時間に関してはそこまで気にしなくてもいいからな」

「八幡君、あまり明日奈を甘やかしては駄目よ、

決まった時間内に相手の気に入る服や下着を選ぶのもまた女子力なんですからね」

「え、あ、は、はい」

「つ、次からはもっと頑張るよ……」

 

 今日は八幡に下着を選んでもらった為、あれこれ迷う必要が無くなった明日奈は、

そういえば今自分はどの下着を付けているのだろうと気になり、

改めて今の自分の格好を見る事にした。下着を付けた事は覚えていたが、

どんなデザインだったかは、意識が飛んでいた為にほとんど覚えてはいなかったのだ。

 

「というか、私が今着てる下着って………えっ、あっ、こ、これなの?」

「あら明日奈、今頃驚いたりしてどうしたの?」

「う、うん、実はこれを着てる時は頭が真っ白になってたから、正直よく見てなかったんだ」

 

 今回八幡が選んだ下着は、かなり布地が少ない際どいデザインの下着であり、

里香に選んでもらって買ったはいいものの、

さすがに少し恥ずかしく、今まで一度も着れなかった下着であった。

八幡も改めて明日奈の格好を見てその事に気が付き、慌てて明日奈に弁解した。

 

「い、いや、違うんだ明日奈、俺は別にそれを積極的に選んだんじゃなく、京子さんが……」

「お義母さん」

 

 そこに京子から横槍が入り、八幡は慌てて言い直した。

 

「お義母さんから渡された中に、一度も見た事がない下着があるなと思って、

丁度手にとったその時に明日奈が部屋に入ってきたから、

さすがに全裸のままはまずいと思って咄嗟に渡してしまったと、そういう訳なんだ」

「あ、そういう事だったんだ、それじゃあ八幡君、もう一回別のからじっくり選ぶ………?」

 

 明日奈にそう言われた八幡は、かなり葛藤するような表情を見せた。

 

「明日奈、八幡君の気持ちも分かってあげなさい、

八幡君はね、本当はそのままでいいって言いたいけど、

さすがにかなり際どいデザインだから、

今日は諦めて着替えてもらおうかどうしようか、凄く悩んでいるのよ」

「そ、そうなの?そっか、それじゃあ八幡君、今日は私、この下着で行く事にするよ」

「…………………………お、おう」

 

 八幡は京子に図星を突かれ、とても情けない表情をした後、

それでもここで余計な事を言う事は出来ず、そのまま明日奈に頷いた。

 

「しかし明日奈、あなたってば随分胸が大きくなったわねぇ、

もしかして八幡君に沢山揉んでもらった?」

「それもあると思うけど、多分成長期が遅れてきたんじゃないかな」

 

 平然とそう言う明日奈を見て、京子は少し心配になった。

 

「ねぇ明日奈、早く孫の顔が見たい私としては、

明日奈があまり恥ずかしがらないのを見ても何も感じないけど、

八幡君的には、明日奈にはもう少し恥じらって欲しいって思ってるんじゃないかしらね?」

 

 その京子の正論に、明日奈は難しい顔をした。

 

「それはそうなんだけど、ほら、私と八幡君って、

SAOの中でしばらく一緒に暮らしてた訳じゃない。

そのせいで、下着までならかなり慣れちゃってる部分があるんだよね」

「ああ、そういうのもあるのね」

 

 京子はその説明に納得し、八幡はその言葉に曖昧に頷いた。

確かに八幡もそう思わないではないが、

さりとて慣れてきているのもまた事実だったからである。

 

「確かに二人の熟年夫婦っぽい雰囲気はどうかと思ったけど、

まあそれならそれで、孫の顔が早く見れそうだから別にいいか」

「あ、あと五年くらい待ってね」

「はいはい、それまではうっかり出来ちゃうのを期待して待つ事にするわ」

「お、お母さんの言葉としてそれはどうなの………」

 

 そんな明日奈にウィンクした後、京子は明日奈にこう言った。

 

「それじゃあ明日奈、早く出かける準備をしちゃいなさいな」

「あ、そうだね、ちょっと急がないとだ」

 

 京子はそう言って下におりていき、その場には八幡と明日奈だけが残された。

 

「さて、それじゃあ準備しちゃうね。あ、ところで今日はどこに行くの?」

「箱根にあるうちの会社の保養所だな、多少遅くなるが、日帰りのつもりだ」

「まあ明日も学校だしね」

 

(でもまあ遅刻前提で泊まるのもありかなぁ……)

 

 そう思った明日奈は、一泊くらいなら泊まれる程度の準備をし、

八幡が明日奈のバッグをキットに積んでくれている間に、そっと京子に耳打ちした。

 

「お母さん、これから日帰りで箱根に行くらしいんだけど、

もしあんまり遅くなるようだったら八幡君を説得して泊まってきちゃうね」

「あら結構遠くまで行くのね、でもまあ別に構わないわよ、

明日奈だってもう子供じゃないんだし」

「ありがとう、それじゃあ行ってくるね、お母さん!」

「行ってらっしゃい」

「京子さん、行ってきます」

「お・義・母・さ・ん」

「お、お義母さん、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 そして二人はキットに乗って、箱根へと向かう事となった。

 

 

 

 道中はキットに運転を任せていたので、

二人は景色を見ながらのんびりと雑談する事が出来た。

 

「でもどうして箱根?何か理由でもあるの?」

「ああ、明日奈が気分転換になるように、行った事の無い所に行きたかったってのもあるが、

もう一つ、かねてからの約束を果たせる環境がやっと整ったからってのもあるかな」

「約束?何か約束してたっけ?」

「その前にこれを、もう調整はしてあるから」

 

 八幡がそう言って渡してきたのは、輪のような形の機械であった。

 

「これは?」

「うちで開発してるAR端末の試作品の最新バージョンだな、ニューロリンカーって奴だ」

「ああ、これがニューロリンカーなんだ!確か頭に被るんだっけ?」

「いや、このバージョンから首に掛ける仕様になった」

「分かった、それじゃあ付けてみるね」

 

 明日奈はそう言って、八幡に渡されたニューロリンカーを手に取った。

ふと見ると、ニューロリンカーの側面に

『ver2.13 AR edition』の文字が書いてあり、

明日奈は思わず笑いながら八幡に言った。

 

「これ、ダル君が作ったんだね」

「ARの部分に関してはそうだな、でも何で分かったんだ?」

「だってここの文字………」

 

 八幡はそう言われ、その文字列を見て苦笑した。

 

「ああ、確かにこれは一発で分かるよな」

「うん!」

 

 明日奈は笑顔でそう答え、ニューロリンカーを首にかけた。

 

「これでいい?」

「ああ、スイッチは明日奈の脳波を感知して自動で入るから、

特にどこもいじらなくていいからな」

「うわぁ、凄いんだね」

 

 明日奈がそう言った瞬間に、明日奈の視界を囲むように、

まるでALOの中にいる時のようなコンソールが現れた。

だがまだ開発中らしく、今はまだほぼ枠だけの状態のようだ。

 

「まだどこもいじれないんだね」

「まだ未完成だしな、だがまあ完成してる部分もあって、

今日は紅莉栖にAR機能のモニターを頼まれたついでに、

無理を言ってその機能をちょっといじってもらったんだ」

「そうなんだ、それってどんな機能?」

「それじゃあ明日奈、ちょっと後部座席の方を見てくれ」

「あ、うん、分かった」

 

 そして明日奈が振り向くと、そこには二人の人物の姿があった。

 

「あっ!ユイちゃん、それにキズメルも!」

「ママ!」

「アスナ、どうだ、驚いたか?」

「うん、びっくりした!八幡君、それじゃあ約束って………」

「ああ、これからみんなで星を見に行くぞ。

と言ってもここからでももう、少しは見えちまってるけどな」

「約束って、そっか、そっかぁ……」

 

 八幡にそう言われ、明日奈は目を潤ませながら、嬉しそうにそう呟いた。

 

「どうしたアスナ、どこか痛いのか?」

 

 そう言ってキズメルが手を伸ばし、アスナの頬に触れた。

驚いた事に、その手の感触までもがちゃんと再現されていた。

 

「ううん、嬉しいだけ」

「そうか、私もアスナと現実世界でも一緒にいられて、とても嬉しい」

「私もです、ママ!」

「うん、うん………」

 

 明日奈は涙を拭きながらそう答え、

そして一行は、外の景色を見ながらあれこれと色々な話をしつつ、

そのまま箱根にあるソレイユの保養所に到着した。


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