次の日八幡は、学校が終わるとすぐにソレイユへと向かった。
『試作型ニューロリンカーver2.13 AR edition』
を使ってみた結果を紅莉栖に伝える為である。
「うい~っす」
「あっ、八幡、随分と眠そうな目をしてるね」
八幡が部屋に入った瞬間に、誰よりも早く理央がこちらに掛け寄ってきた。
まだまったく反応していない者もいるのに、
どうやらまだ八幡が外にいる時からその存在に気付いていたと思われる。
恋する少女は実に目ざとい。
「お前ほどじゃないがな」
「え……私、そんなに眠そう?」
「というか、目の下の隈がちょっとな。あまり無理をするなよ」
「無理はしてないつもりなんだけどな……」
「じゃあ単純に寝不足だな、睡眠時間をもっと長くとる事だ」
「う、うん……」
その時八幡の背中がツンツンと誰かにつつかれた。
「八幡」
「ん、紅莉栖、どうした?」
「そんなんじゃこの子には効かない」
そう言って紅莉栖は八幡の耳を引っ張り、その耳元で何か囁いた。
「俺が理央にそう言えばいいのか?」
「うん、八幡が良ければだけどね」
「ん~、まあいいか、分かった、やってみる」
そして八幡は理央の方に向き直ってこう言った。
「その目の下の隈が消えたら、今度二人で一緒に飯でも食いに行くか」
「師匠、ちょっと早いけど休憩に入ります、もし何かあったら仮眠室にいますから」
その言葉に対する反応は劇的であった。
理央は紅莉栖の返事も待たずにそう言って部屋を出ていき、
それを見た八幡はぽかんとした顔をした。
「まさかこんなに効果があるとは……」
「正直助かったわ、最近理央の体調の事は、ちょっと気になっていたのよ」
「学校よりも全然楽しいとは言ってたし、動きにも特に問題は無さそうだったけど、
それでもやっぱりちょっと、ねぇ」
紅莉栖のその言葉に真帆も同意した。
「ですね、まああれくらいの年の女の子が、
相手の男次第でころころと気分を変えるのはよくある事だと思いますけどね」
紅莉栖はそう言いながら八幡の方を見た。釣られて真帆も八幡の方を見る。
「………何でそこで俺を見る」
「相手の男だから」
「いや、その表現はどうなんだ?」
「どうも何も、理央を連れてきたのは八幡じゃない」
その予想と違う言葉に、八幡は少し慌てながらこう答えた。
「あ、そっちの意味か」
「何?どういう意味だと思ったの?
もしかして八幡って、思ってたよりも恋愛脳だったりする?」
「ぐぬ……」
紅莉栖がドヤ顔でそう言った為、若干イラっとした八幡であったが、
詩乃や雪乃が相手ならともかく、紅莉栖相手に大人しく言われっぱなしになる八幡ではない。
当然八幡は、即座に紅莉栖に反撃を開始した。
「クリスティ~~~~~~~~~~~ナよ、
さっき理央の事を、あのくらいの年頃の子とか言っていたが、
それを言ったらお前の方が理央より年下の思春期真っ只中ではないのか?
よもやその歳でもうお局様を気取っているのではあるまいな?」
「そ、それは一体誰の真似のつもりか!」
顔を赤くしてそう抗議する紅莉栖を無視し、八幡はチラリと真帆の方を見た。
「そうよ紅莉栖、あなたはまだ十七なんだし、
日本にいたままだったらまだ一介の女子高生にすぎなかったはずなんだから、
大人ぶってばかりいないで、たまにはやばたにえんとか使ってみてもいいのよ?」
「何ですかそれ!っていうか先輩、裏切るんですか!?」
「私は誰の味方でもないわ、強いて言うならこの場を面白くしてくれる方の味方よ!
ね、部長もそうですよね?」
「そうダネ、ボクもかねてから、クリスには少しモエが足りないなと思ってはいたんだヨネ」
「わ、私に萌えとか必要ないですから!」
「萌えといえばこの僕、橋田至にお任せだお!」
その瞬間に部屋の扉が開き、外から鼻息を荒くしたダルが中に飛び込んできた。
「また面倒なのが……」
「紅莉栖、そういう時は、『場がカオスすぎてやばたにえん!』と言いなさい」
「先輩しつこい!っていうかそんなの私には無理ですから!」
紅莉栖はぶんぶんと首を振りながらそう言い、
形勢がこちらに有利だと感じた八幡は、再びキョーマの物真似で押す事にした。
「よく来たな、我がフェイバリット・ライトアーム?よ?」
「八幡、何で疑問形でオカリン風なん?
まあ僕としては、萌えの布教が出来れば何でもいいんだけど」
「丁度良かったわ、もうすぐ休憩時間だし、
その間に萌えの何たるかを紅莉栖に徹底的に叩き込んで頂戴!」
「むむっ、心得ました、真帆たん軍曹!」
「ええっ!?ちょ、ちょっと、私にはそんなの必要ない、必要ないから!」
「いいから行くわよ紅莉栖」
「えええええええええ?」
抵抗空しく、そのまま紅莉栖はダルと真帆に連行されていき、
その場には八幡とレスキネンだけが残された。
「さて、僕からもハチマン君に一つオネガイがあるんだヨネ」
「あ、はい、何ですか?」
「さっきリオが仮眠室に行くと言ってたダロウ?」
「ええ、そうですね」
「なのでちょっと仮眠室に行って、リオのスマホをここに持ってきて欲しいんダヨ。
実は今日の仕事はもう終わったようなものでね、
あの子はスマホで目覚ましをセットしてると思うから、それをこっそり回収して、
今日くらいはぐっすり寝かせてやろうと思ってね」
「なるほど、そういう事なら任せて下さい」
「すまないね、頼むよ」
「はい、それじゃあ早速行ってきますね」
八幡はそのレスキネンの頼みを快く引き受け、仮眠室へと向かった。
仮眠室には一つだけ使用中になっているドアがあり、
八幡はその部屋のマスターキーを借りようと考えたが、
一応その前にドアが開くか試してみようと思い、ドアノブを捻った。
「おい………」
そのドアには鍵がかけられておらず、八幡はため息をつきながらこう呟いた。
「無用心だな、まあうちの社内で何かあるはずもないが、
世の中には絶対って言葉はたまにしかないからな、たまにしか」
そして八幡は中に入り、理央の様子を伺った。
「お、理央の眼鏡を外した顔を見れるのはかなりレアだな、
ふ~む、まあでも眼鏡をしていようがいまいがこいつは………
おっとっと、いかんいかん、本来の目的を果たさないとだな」
八幡は雑念を払うように首をぶんぶんと振り、
どこにスマホを置いているのか探そうとと思い、部屋の中を見回した。
そしてベッドの頭の部分に三枚の布が放置されているのを発見し、
思わず叫びそうになり、慌てて自分の口を押さえた。
「こ、こいつ、俺が来ると分かっててわざとやってんのか………?
何でそこに白衣とスカートとブラがあるんだよ、というかこれは実にけしからん………」
よく見ると理央の胸元は大きく露出されていたが、
今の八幡のセリフが、その状態を目にした上で放たれた言葉かどうかは定かではない。
「まったく、今ここにいるのが俺だから良かったものの、
これは今度注意しておかないといけないな」
八幡がそう言った瞬間に理央が寝返りをうち、冗談ではなく布団が吹っ飛んだ。
そして上半身はTシャツが一枚のみ、下半身は下着だけという、
理央のあられもない姿が八幡の目の前に晒された。
「う…………………俺だから良かった、俺だから良かった」
八幡はうわごとのようにそう繰り返すと、理央を起こさないように気をつけながら、
吹っ飛んだ布団をそっと理央に掛け直し、
ホッとしたようにため息をつくと、ボソリとこう呟いた。
「はぁ、理央の旦那になる奴は、この寝相の悪さに苦労させられるんだろうな……」
そして八幡は、本来の目的を達成する為に再びキョロキョロし、
枕元に目的の品である理央のスマホが置いてあるのを見て、そちらに手を伸ばした。
「ふう、まさかたったこれだけの事に、こんなに苦労させられるとは……
まあこれさえ回収しちまえば、アラームが鳴る事もなく、理央もぐっすり眠れるだろ」
その時八幡の指が、理央のスマホの画面に軽く触れ、待ち受け画面が表示された。
そこには八幡と理央が並んだ状態で、まるで恋人同士のように笑顔で写っており、
八幡はその見覚えの無い写真を見て動揺した。
「え、あれ、何だこれ、こんな写真撮った事あったっけか?」
八幡は首を傾げながらその写真をじっと見つめ、
画面の端の方で咲太と佑真の顔が見切れている事に気が付いた。
「あ、これってあれか、前に学校で撮った奴を理央が加工したのか」
それはまだ理央が学校に通っていた時に、
たまたま八幡が迎えに行った時に撮られた写真であった。
「まったく、俺なんかのどこがいいんだか………」
八幡は苦笑しながらそう呟いたが、その瞬間に背後から理央の声がした。
「ぜ、全部………」
「お、お前、起きてたのか?」
「うん、結構前から………」
そして理央は八幡の手を握り締め、再び言った。
「ぜ、全部だから……」
そんな理央に八幡が赤い顔で何か言おうとした瞬間に、理央は八幡の手を離し、
頭に布団を被りながら早口でこう言った。
「ごめん、ちょっと気分が高揚し過ぎたみたい、冗談………じゃないけど、今のは無し!
ちゃんとアラームを切って寝るから、私の事は心配しないで!」
「そ、そうか、それじゃあゆっくり寝るんだぞ」
八幡はそれ以上何を言っていいのか分からず、大人しく仮眠室を出た。
残された理央は部屋の鍵を閉め、再びベッドに横たわり、頭を抱えた。
「し、しまった、攻めすぎた……」
この後理央は結局眠れず、起こしに来てくれた紅莉栖に事情を聞かれ、
何があったのかを正直に話し、そのまま紅莉栖に慰められる事となった。
「いい理央、理央はまだ若いんだから、絶対に焦っちゃ駄目よ。
チャンスがあるかどうかは私には分からないけど、
少なくとも他の人達は全然焦ってないでしょう?
むしろ虎視眈々と何かを待っているような、そんな気がしない?」
この時から理央には、
自分を八幡にとって、無くてはならない存在にまで押し上げるという目標が出来た。