ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第811話 お姉ちゃん

「ねぇハチマン、次にこのボスに挑む時、

アスナに手伝ってもらったりするのって、駄目…………かなぁ?」

 

 当然ハチマンは、そのユウキの頼みを無碍にしたりはしない、だが即座に肯定もしない。

 

「むぅ………」

 

 そのハチマンの迷いはもっともである。

アスナのプレイヤーとしての格は遥か高みにあり、

おいそれと攻略に貸し出せるような存在ではないからだ。

当のアスナはランとユウキの強さを近くで見極めたいという希望を持ってはいたが、

参加の可否に関してはハチマンに一任するつもりなのか、

この件に関しては沈黙を貫いていた。

 

「なあユウ、ユウはアスナの実力についてどう思ってるんだ?」

「え?えっと、敵を釣りながら平行して回復魔法の詠唱を行うとか、

応用力があって凄いヒーラーだなって」

「ふむ、他には?」

「えっ、他?う~ん……この前一度一緒に戦っただけだから、

そこまで詳しく見てた訳じゃないんだよなぁ……」

「ん?アスナ、『そんな感じ』なのか?」

「あ、うん、『そんな感じ』かな」

 

 そんな二人の微妙な言い回しの意味が分かる者はここにはいない。

 

「なるほど、お前達も大体同じような印象か?」

「うん、視野が広いなって驚いた覚えがある」

「補助のタイミングも絶妙で、凄く助かりました」

「かゆい所をかいてくれる、みたいな」

「なるほど、お前達が持った印象についてはよく分かった」

 

 ハチマンはその一同の言葉で、スリーピング・ナイツの全員が、

ヴァルハラのメンバーについてまだあまり調べてないんだなという事を理解した。

 

(敵対するかもしれない相手の情報を調べるのはずるいとか考えちまったんだろうが、

ちょっと甘い気もするな、まあこいつらだからこれでいいのか)

 

 ハチマンはそう考えつつも、まだユウキからの要請についての結論は出せなかった。

 

「ランはどうだ?リーダーとしてどう思ってるんだ?」

「そうね、正直私はアスナさんと一緒に戦った事が無いから、

あくまでみんなの感想から判断するしかないのだけれど、

出来れば参加してもらえると嬉しいかしら、私達はALOにはあまり伝手はないし、

今からアスナさんと同じくらい信頼出来る別のヒーラーを探すのは正直骨が折れるわ」

「まあそれは確かにそうだろうな。

ちなみにその条件に合うヒーラーを紹介する事も俺には可能だが、

それについてはどう思う?」

 

 その言葉に一同は顔を見合わせたが、誰かが何か言う前に、

ユウキが先んじてハチマンにこう言った。

 

「やだ、ボクはアスナがいい!」

「ほうほう、それはどうしてだ?」

「いくら信用出来ても知らない人とと一緒に戦うのはやっぱりちょっと嫌だし、

何よりボクは、アスナの事が全部大好きだから!」

 

 そう言われたアスナはとても嬉しそうな顔をし、

ハチマンはその言葉で思わず先ほどの理央の顔が頭に浮かんだ。

 

(全部が好きなら一緒にいたいって当然思うよな……

理央には………謝罪するのも何か違う気がするし、

紅莉栖が上手くやってくれる事に期待するしかないか。

そうしたら約束通り、飯にでも連れてってやるとして、こっちについては………)

 

 そしてハチマンは顔を上げ、にこやかな顔でユウキに言った。

 

「分かった、アスナの参加を認めよう。

ただし今回だけじゃなく、しばらくの間はメンバーとして扱うってのが条件だ」

「えっ、本当に?アスナはそれでいいの?」

「私は構わないんだけど、ハチマン君、どうして?」

「アスナにとってもいい気分転換になると思ってな」

「あ、確かにそうかも」

「やった!それじゃあ決まりね!」

 

 ユウキは嬉しそうにアスナの手を握りながらそう言った。

 

「ふう、これで攻略の目処がたったね!」

「やった!こんな綺麗な人と一緒に冒険出来るなんて夢みたいだぜ!」

 

 ちなみに最後にそう言ったジュンは、私が綺麗じゃないって言いたいのとノリに凄まれ、

慌ててテッチの後ろに隠れていた。そんな喜ぶスリーピング・ナイツのメンバーをよそに、

アスナはこそこそとハチマンに話しかけていた。

 

「ハチマン君、嬉しいんだけど本当にいいの?」

「別に構わないだろ、みんなには俺から説明しておくわ。

あと、トード・ザ・インフェクションの攻略さえ済めば、

仮に別の敵相手に一緒に戦う事になっても、それはそれで本気を出して構わないぞ。

気分転換の延長って事でしばらくこいつらと行動を共にしてみるといい、

きっとアスナにはいい刺激になるはずだ」

「うん、分かった、それじゃあそうしてみるね!」

 

 そう言ってアスナはスリーピング・ナイツの下に向かった。

 

「みんな、これからは私の事はアスナって呼び捨てにしてね、

戦闘中に名前を呼ぶ時は、短い方がいいに決まってるからね」

「分かった、宜しくな、アスナ!」

「ありがとうアスナ」

「アスナ!」

 

 ハチマンはその光景をうんうんと頷きながら見ていたが、

よく見るとランがその輪に加わっていない。

ランは例のハンカチを握り締め、少し離れた所でぷるぷるしていた。

 

「おいラン、お前、何やってるんだ?」

 

 ハチマンのその声でランの様子がおかしい事に気付いたのか、

ユウキが慌ててランに駆け寄った。

 

「ラン、どうしたの?」

「ユウ…………」

 

 ランが震えたまま、そう言って涙目でユウキを見つめてきた為、

ユウキはギョッとしつつもその雰囲気に押され、思わず一歩下がった。

 

「な、何?」

 

 そしてランは、恨めしそうな声でユウキに向かって言った。

 

「お、お姉ちゃんとアスナさんだったら、どっちの事が好きなの!?」

 

 ランがそう叫んだ瞬間にスリーピング・ナイツのメンバー達は頭を抱え、

そんな一同にハチマンがこう尋ねた。

 

「え、おいお前ら、ランってこんなにシスコンだったっけ?」

「あ、うん、そうなんだよ兄貴、最近たまにこんな感じになるんだよね」

「今まではずっと一緒だったからそうでもなかったけど、

しばらく離れてたから、シスコンっぷりが前面に押し出されてきたのかもね」

「はぁ、あのランがなぁ」

 

 ユウキ以外の者の反応はそんな感じであったが、

当のユウキはまったくシスコンの毛が無かった為、困惑した顔でランに言った。

 

「え~?そんなの比べるものじゃないじゃん!」

「比べなさい!」

「え~………面倒だなぁ、それじゃあ………アスナ」

「がああああああああああああああん!」

 

 ユウキの口からその言葉が放たれた瞬間にランはそう叫んで崩れ落ち、

アスナは何となく申し訳なさを感じてその場でもじもじした。

そしてランは顔を上げ、鬼の形相でユウキに質問した。

 

「ど、どうして?何か理由でもあるの?」

「あ~、うん、最近たまに思うんだよね、

本来はボクの胸に来るはずだった栄養を、ランが全部持ってちゃってるなって」

 

 その言葉にアスナ以外の一同は思わず噴き出した。

 

「た、確かに………」

「でもランにはどうしようもないね」

「こればっかりはねぇ」

 

 一方アスナは何故か自分の胸を触りながら、ぶつぶつと何か呟いていた。

 

「アスナ、どうかしたか?」

「あっ、ううん、このキャラの胸のサイズって、今の私のサイズと全然違うなって思って」

「ああ、ランダムで出来たとはいえ、確かに当時はそのくらいだったよな。

もしそのせいで自分の動きに違和感が出てるのなら、

今度スキャン機能を使って修正するといい」

「えっ、そんな事が出来るんだ?」

「まあキャラメイクのサブ機能みたいなもんだな」

「そっか、そんな機能が……」

 

 そんな二人の下に、突然ランが猛ダッシュしてきた。

 

「うおっ」

「きゃっ」

「ハ、ハチマン!今すぐ私の胸の脂肪をユウに移してあげて!」

「いきなり何かと思えば、んな事出来る訳ないだろうが!」

「じゃあ今からユウの胸を揉みまくって、私と同じサイズにしてあげて!」

「言っておくが、ここで何をしようが現実の自分にはまったく影響ないからな」

「う、うぅ……それじゃあ私は一体どうすれば……」

「今のままでいいだろ、別にユウが、お前の事を嫌ってる訳じゃないんだからな」

「で、でも………」

 

 ランはそう言いながら、ぶつぶつ呟き始め、

その呟きの一つが聞こえたハチマンは、とりあえずランをどうにかしようと思い、

そっとユウキの下へ行き、その耳元で何か囁いた。

 

「えっ、そうなの?」

「おう、ランが今そう呟いてた。このままだと面倒だから、ランの機嫌を直してやってくれ」

「本当にそんな事で機嫌が直るのかなぁ……」

 

 そして一同が何事かと見守る中、ユウキはランに近付き、その耳元でこう言った。

 

「余計な心配はしないで。大好きだよ、お姉ちゃん」

 

 その瞬間にランは顔を上げ、頬を紅潮させながらじっとユウキの方を見た。

 

「ユ、ユウ……」

「な、なぁに?お、お姉ちゃん」

 

 そんなランの様子にユウキは内心かなり引いていたが、

ハチマンがユウキに向かって手を合わせながら、頼むという風に頭を下げているのを見て、

我慢してその場に踏みとどまる事にした。

 

「私も大好きよ、ユウ!」

「うわっ、ラ、ラン……じゃない、お姉ちゃん、苦しいから!」

「あっと、ごめんなさい、

本当のお姉ちゃんなら、妹が苦しんでいたら即座に手を離すものよね」

「何故そこで大岡裁き………」

「ランってやっぱり時々昭和っぽいよな」

 

 周りの者達はそんな感想を言い合っていたが、ユウキから離れたランは、

満面の笑みでアスナに近寄り、その手を握りながらこう言った。

 

「ユウキの『お姉ちゃん』のランよ、アスナ、これから宜しくね」

 

 どうやら先ほどのアスナの言葉をしっかりと聞いていたのだろう、

ランは言われた通りにアスナを呼び捨てにしながら、

お姉ちゃんの部分を特に強調しつつそう言った。

 

「うん、宜しくね、ランお姉ちゃん」

「ずきゅうううううううん!」

 

 アスナは冗談のつもりでそう言ったのだが、その瞬間にランがそんな奇声を上げた。

 

「………ラン」

 

 呆れた顔でそう言うハチマンに、ランは興奮ぎみにこう言った。

 

「ハ、ハチマン、今私の体を電流が走り抜けたんだけど!今のは一体何かしら!?」

「ああ、はいはい、きっと体が喜んだんだろ、良かったな、お姉ちゃん」

「………ハチマンに言われても電流が走らないわね」

「俺はどう見ても弟キャラじゃないからな」

「アスナさんも妹キャラには見えないのだけれど」

「アスナにはリアルでお兄さんがいるからな、正真正銘妹で間違いない」

「そうなんだ?」

「あ、うん、私、妹だよ」

 

 アスナははにかみながらそう言い、そしてハチマンは一同に向けてこう言った。

 

「そんな訳で、とりあえずアスナは期間限定のレンタル移籍という事にするから、

それに合わせてその服のマークもスリーピング・ナイツのマークに変えてもらうか。

おいラン、お前達のギルドのマークってまだ無いのか?」

「あるわよ、ほらこれ」

 

 そう言ってランは、コンソールを可視化してハチマンに見せた。

 

「フカの愛天使に似てるな」

「えっ、本当に?」

「まあハートと羽根っていうモチーフが一緒なだけで、デザインは別物だから気にするな。

ふむ、そういえばお前達の装備にはこのマークはついてないんだな」

「あ、うん、職人に伝手がないからさ……」

「分かった、ついでにそれも俺が手配してやろう、ナタクはっと………お、いるな、

今から職人をここに呼ぶから、みんな装備にマークを付けてもらうといい」

 

 そのハチマンの言葉に、一同は大歓声を上げた。

こうしてアスナはしばらくスリーピング・ナイツのメンバーとして活動する事になり、

マークの件を含めてギルドとしての体裁が完全に整ったスリーピング・ナイツは、

ここから本格的に活動を開始する事となった。

その最初の目標は、当然トード・ザ・インフェクションである。




スリーピング・ナイツが遂に本格始動です!

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