スリーピング・ガーデンを後にしたハチマンとナタクは、
そのままアシュレイの店に向かっていた。
「いやぁ、まさかアスナさんがレンタル移籍する事になるとは思ってもいませんでしたよ」
「最近色々迷いも出ていたみたいだし、いい気分転換になればいいと思ってな。
それにランとユウキからいい刺激を受けられれば、アスナも今よりも強くなれると思うしな」
「そういえばアスナさんってこのところ、
オリジナル・ソードスキルを作ろうとずっと頑張ってたんじゃありませんでしたっけ」
「あっ」
そのナタクの言葉でハチマンは、やっと完成したというオリジナル・ソードスキルを、
アスナから見せてもらうのを忘れていた事に気が付いた。
「まあ今度でいいか」
「何か忘れ物ですか?」
「いや、アスナが五連のオリジナル・ソードスキルを完成させたらしくて、
今日はそれを見せてもらう為にログインしたんだが、すっかり忘れてたわ……」
「あ、そうなんですか、それじゃあそれはまた今度ですね」
「ちなみにユウキは、十一連ソードスキルを完成させたらしい」
ナタクはその言葉に目を見開いた。どうやらかなり驚いたらしい。
「えっ、本当ですか?それってちょっと凄くないですか?」
「ああ、多分威力的にも全ソードスキルの中で最高峰だろうな」
「十一………桁が違いますね」
「まったくあいつの才能は底知れないよ本当に」
「それじゃあアスナさんは悔しい思いをしてるんでしょうかね?」
「いや、どちらかというと尊敬するような感じで見てた気がするな」
「尊敬………ですか」
「ああ、目をキラキラさせながらユウの事を褒めてたからな、
オリジナル・ソードスキルの開発がどれだけ大変か知っているから、
悔しいという感情にならないんだろうな」
「あれってそんなに大変なんですか………」
「おう、かなりマゾいらしい。俺もスタイル的に、
五連くらいのカウンター技を開発したいとは思ってるが、
そのせいで中々やる気が起きなくてな……」
そんな雑談をしながら、二人は無事にアシュレイの店に到着した。
「アシュレイさん、お久しぶりです」
「失礼します」
「あら、ハチマン君にナタク君じゃない、ちょっと待って、今お茶でも入れるわ」
「すみません、ありがとうございます」
「ご馳走になります」
アシュレイは二人の顔を見て、嬉しそうにそう言った。
ちなみにナタクもSAO時代にアシュレイと面識がある。
「それで今日はどうしたの?」
「はい、ちょっとオートマチック・フラワーズをいじらせてもらおうと思いまして」
「いじるって、ナタク君が?」
「はい」
「あら、ナタク君って裁縫も出来るんだっけ?」
「ああ、いえ、背中のマークを変えるだけですね、さすがに本体に手を出すのは無理です」
「ああ、そういう事なの、って事は、遂にアレを渡せる日が来たのね」
「そうですね、多分明日中に、あいつらがアスナと一緒にここに取りに来ると思います」
「えっ?アスナちゃんが一緒なんだ」
アシュレイはそう言って微妙な顔をした。
どうやらアスナが手伝うのはどうなんだろうと思ったようである。
その表情を見てハチマンは、今回の経緯を説明する事にした。
「一応今回の経緯の説明だけしておきますね」
「あ、じゃあその間に僕は作業を」
「おう、悪いなナタク、頼むわ」
「はい、任せて下さい」
そしてハチマンはアシュレイに説明を始め、
それを聞いたアシュレイは、なるほどと納得した。
「なるほどなるほど、そういえばアスナちゃんってヒーラーだったわよね、
たまに忘れそうになっちゃうわよねぇ」
「特に俺達からしたらそうですね、SAOにはヒーラーなんて存在しませんでしたから」
「私の中には当時の凛々しいアスナちゃんのイメージしかまだないのよね」
「あはははは、あの頃のアスナは格好良かったですしね」
「というか、ハチマン君が指定した敵ってそんなに強いんだ?」
「いや、まあ敵の挙動が分かってしっかりとヒーラーがいれば、そうでもないです」
「どんな敵なの?」
「あ、コピーしてもらった動画がありますよ、ちょっと見てみます?」
「いいの?それじゃあ入り口の看板を準備中にして鍵を閉めてくるわ」
アシュレイはそう言って入り口を施錠し、作業を終えたナタクも加わり三人は動画を見た。
「うわ、気持ち悪い……やっぱり私には戦闘職は無理だわ」
「アシュレイさん、こういうの苦手ですか?」
「普通にグロ耐性は無いわね、アスナちゃんはこういうの大丈夫なの?」
「そうですね、まあアスナが苦手なのはオバケとかそういった類のものだけだと思います」
「アスナちゃんってそうなんだ、ふふっ、かわいいわね」
「そうですね、まあアスナの弱点はそれくらいですね」
そのまま動画を見続けていた三人は、ヒーラーが必要だというハチマンの言葉に納得した。
「ダメージゾーンの上で戦えとか、それはヒーラーが必要よね」
「もしかしたらあのゾーンをある程度狭める手段があるのかもですけど、
この動画だけじゃちょっと分からなかったんですよね」
「うん、納得したわ、それじゃあ明日、
敵のドロップアイテムと交換でアレを渡せばいいのね」
「あ、いや、確認してもらえるだけでいいです、
もっとも何を落とすかは知らないんで、何を見せられても装備は渡しちゃって下さい。
あいつらやアスナがそういった事で嘘をつく事なんかありえませんしね」
「分かったわ、それじゃあそうする」
そして三人はバックヤードに飾ってあるオートマチック・フラワーズを眺めた。
「これは何のマーク?」
「はい、スリーピング・ナイツのマークらしいです」
「なるほど、羽根の生えたハートマークの中に『絶』の文字、その下に刀と剣ね」
「ランはもう『絶刀』として認知されてきてるんで、
後はユウが分かりやすい実績を上げて、『絶剣』を名乗るだけですね」
「へぇ、もう有名になったんだ?」
「まだそこまでじゃないですが、これから口コミでどんどん広がっていくと思います」
「しかしハチマン君もこういう事に関してはまめよねぇ」
「あいつらに関して俺が何かするのはまあ、これが最後だと思いますけどね」
「もうそんな段階なのね、あの子達がどんな風に変わったのか、明日が楽しみだわ」
「はい、面倒をかけますが、宜しくお願いしますね」
こうしてハチマンとナタクはアシュレイの店を去り、
営業を再開したアシュレイは、その日一日わくわくしながら過ごす事となった。
そして迎えた次の日の夕方、アスナはスリーピング・ガーデンに直接ログインした。
昨日のうちに戦闘に関しての細かな話し合いは終えており、
その場で即落ちた為、自動的にスリーピング・ガーデンの中にログインする事になったのだ。
「おはようみんな」
「あ、おはようアスナ、時間ピッタリだね!」
「おはよう!今日は宜しくね!」
「今日は、というか、まあしばらくこっちにいる事になるんだけどね」
「そういえばそうだったわね、それじゃあ準備に漏れがないか確認して、
黒鉄宮に出発する事にしましょう!」
さすがはネットゲーム歴が長いだけの事はあり、
夕方におはようと言われても、誰も変な顔はしない。
ネットゲームでの挨拶とはそういうものだからだ。
そして一同は無事に準備を終え、黒鉄宮へと乗り込んだ。
その道中で、アスナの知り合いのプレイヤーが何度も声をかけてきた。
さすがアスナは有名なだけではなく顔も広い。
そのプレイヤー達は、最初アスナが移籍したのかと思って驚き、
レンタル移籍したと聞いて、再び驚いていた。
ヴァルハラのメンバーがそういった事をするのは前例が無かった為である。
しかもアスナは二つ名持ちの副長なのだから、その驚きは想像に難くない。
「やっぱりアスナって有名なんだねぇ」
「有名というか、顔が広いのは確かだけどね」
「そういえばボク達、そろそろヴァルハラの事についてもっと詳しく調べようと思って、
そのままずっと放置しちゃってるなぁ」
「うちの事って、メンバーについてとか?」
「ええ、まあそんな感じね」
「それなら攻略を終えて帰った後に、私が説明してあげようか?」
「えっ、いいの?」
「それは助かるわね」
「うん、どうせ公開されている情報だしね」
「やった、ありがとう!」
「それじゃあ後で宜しくね、アスナ」
アスナとラン、そしてユウキはこんな会話をしながらのんびりと最後尾を歩いていた。
残りの五人が、やや開いてしまったランやユウキとの差を少しでも詰める為に、
道中の戦闘は任せろと言ってきたからである。
「しかし、相変わらずカエルばっかりだね」
「ちょっと気持ち悪いよね、アスナはこういうのは平気?」
「そうだねぇ、まったく平気って訳じゃないけど、どちらかというと平気って感じかな」
「へぇ~」
「でもまあトード・ザ・インフェクションみたいなのはやっぱりちょっと嫌だけどね」
「あ、分かる分かる!ああいう腐った死体みたいなのはちょっとね」
「肉片が手についたらとか思うと無理よね」
そして一同は遂にスカベンジャートードのいるエリアまでたどり着き、
そこで初めてランとユウキが武器を抜いた。
「さすがにここからは、私達も手伝った方がいいわね」
「だね!」
「私はシウネーと回復役を交代するね、
ここまで頑張ってもらったから、少しは休んでもらわないと」
「うん、お願い!」
「さあユウ、殺しまくるわよ」
「よ~し、頑張るぞ!」
ただでさえ四人いた前衛陣に二人が加わったせいで、
スカベンジャートードは成すすべもなく駆逐されていき、
遂に一行は、因縁の敵であるトード・ザ・インフェクションのいる部屋へとたどり着いた。
「さて、部屋の前で少し休憩したらいよいよ本番よ、
みんな、しっかり準備の確認をしておいてね」
こうしてスリーピング・ナイツは、万全の体勢でリベンジに挑む。