ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第813話 油断なきリベンジマッチ

「うぇ……相変わらず気持ち悪い……」

「まあやるしかない、うん、やるしかない」

「臭いが分からないのが唯一の救いよね」

「言わないで!想像しちゃうから!」

 

 他の者達がそんな会話を繰り広げる中、

アスナは初めてここに来た時の事を思い出していた。

 

『おい、何か部屋みたいなのがあるぞ』

『中になにかいるな……』

『うぇ………もしかしてあれって腐ってるんじゃないの?』

『ここは一つ定番って事で、あーしの火魔法で焼き払う?』

『う~ん………でもこの扉、もしかして閉まるんじゃないか?』

『そう言われると確かに……そうなったら俺達まで一緒に蒸し焼きになるかもしれないな』

『それに正直面倒臭い、絶対あいつ、長期戦になるぞ』

『………まあ確かになぁ』

『という訳で、今日は大人しく帰るとしよう』

『オーケーオーケー、それじゃみんな、もういい時間だしあれは老後の楽しみって事で、

とりあえず街に戻ろう』

 

 ここまで散々カエルを相手にし、もう辟易していた一同であるが、

特に女性陣はトード・ザ・インフェクションを見てこの決定に安堵し、

帰った後も、ヴァルハラ内でこの話題が出る事は無かったのである。

 

(まさかその敵とこうやって相対する事になるなんてなぁ)

 

 アスナはそう思いながら、仲間達と一緒に軽く攻略の復習をし、

こうしてスリーピング・ナイツの二度目のトード・ザ・インフェクション戦が開始された。

基本はこの前と同じようにテッチを中心にフォーメーションを組み、

アタッカー陣がスイッチしながらヒット&アウェイを繰り返していく。

前回との違いは、それぞれが属性系ソードスキルを多用している事であった。

 

「やっぱり火系のソードスキルはいい感じ………な気がする」

「神聖系もいいね」

「他は普通かちょっと悪いくらいかも」

 

 効果がどれほどあるのかは分からないが、ランの提案により、

今回は攻撃の方法が物理攻撃のみに偏らないように、

準魔法攻撃扱いである属性系ソードスキルを出来るだけ使うように指示されていた。

これはハチマンとアスナが動画を見ていた時の発言が根拠となっていたが、

もし仮に二人がその場にいなくとも、

いつかはスリーピング・ナイツも自力でその結論に辿りついたであろう。

考えてみれば簡単な理由である。SAOと違い、魔法や遠隔攻撃が存在するALOにおいて、

魔法中心でボスを攻撃していたら物理耐性がつきましたなどという事があるはずがない。

当然耐性とは受けた攻撃の種類を勘案して付与されるものであり、

基本的には受け身な状態なのである。

 

「アスナ、そろそろ浄化魔法いきますね!」

「了解!回復に回るね!」

 

 そしてもう一つ、今回は念には念を入れ、まめに浄化魔法をかける事によって、

テッチの持つ盾や、そこら中に飛び散った粘液を処理する方針がとられていた。

これはテッチから、粘液のせいで段々盾が重くなるという意見が出たからだ。

 

「え、そうなの?」

「うん、今思えばあの粘液、まったく消えなかったんだよね。

この前は見れなかったけど、

もしかしたら敵のおかしな攻撃に使われる可能性もあるかなって」

「ふむ、アスナ、どう思う?」

「そうだねぇ、通常そういった敵の攻撃って、外れた時点で消滅するはずだから、

何かが怪しいのは確かだね」

 

 ランのその問いかけに、その時アスナは淀みなくそう答えた。

さすがは元鬼の攻略担当、閃光のアスナである。

 

「もうすぐ敵のHPが半減しますね、アスナ」

「うん!みんな、そろそろ後退を!」

「「「「「了解!」」」」」

 

 その指示にアタッカーの五人がそう答え、テッチだけがその場に残った。

 

「テッチ、後は任せた」

 

 タンクであるテッチは、そのまま一人で敵を削っていく。

一人であるが故に時々攻撃もくらってしまっていたが、

それはヒーラー二人が魔法が被らないように上手く癒していく。

そしてテッチは敵のHPを半分まで削り、即座に後ろに下がった。

その瞬間に前回と同じように、トード・ザ・インフェクションの体がぐちゃっと崩れた。

 

「シウネー、今!」

「はい、浄化魔法いきます!」

 

 ここでアスナとシウネーは、その赤い肉が再び集まり始める前に、

床に向かって浄化魔法を放った。これは何かを確信していた訳ではなく、

試せる事は全部やってみようという方針に基づいて行われた行動であったが、

浄化魔法がかかった部分の肉が消滅した為、存外効果があるのではないかと一同は期待した。

それを二度繰り返すうちに、敵が再び元の形に戻り、奥の方で立体化した。

そして浄化魔法をかけた四ヶ所の床は………ダメージゾーンではなくなっていた。

 

「やったわね」

「これで大分楽になったな!」

「なるほど、初見じゃこういうのにはどうしても気付かないよね」

「あっ、見て、浄化した分だと思うけど、敵のHPが半分よりちょっと減ってるよ」

 

 見るとトード・ザ・インフェクションのHPバーが半分をやや下回っており、

浄化魔法が確実に効果を発揮したのだという事がそれで分かった。

 

「案外ユキノなら、ここで敵のHPを大幅に削れちゃったかもね」

「えっ、どうやって?」

「ユキノは回復魔法、氷、神聖魔法に特化してるから、

大規模な神聖魔法を使えばさっきの状態ならあるいはって感じ?」

「そうなんだ、ユキノさんって武器は使わないの?」

「一応ハチマン君にもらった大剣を持ってるよ」

「大剣………」

「あのユキノさんが………想像出来ねえ!」

 

 一同は余裕が出来たのか、そんな会話を交わしながら再び攻撃を再開した。

アスナとシウネーは後方の安全地帯に立ち、テッチも前方にある安全地帯に敵を誘導し、

そこでタンクとしての役割を果たしていた。残る安全地帯は一箇所だけであったが、

何かあった時の為にユウキがそこに入る事となった。

 

「ラン、そろそろ撃つ!」

「分かったわ、守りは私が」

 

 そしてユウキが前回と同じようにマザーズ・ロザリオを放った。

 

「行っけぇ!マザーズ・ロザリオ!」

 

 その与ダメージは前回よりも明らかに多くなっており、

一撃で敵のHPバーの六分の一を削り取った。

ちなみにトード・ザ・インフェクションのHPバーは二本である。

 

「どうやら耐性が前回と比べてほとんどついてないみたいね」

 

 だがユウキにその言葉に返事をする余裕はない。

マザーズ・ロザリオの威力が高すぎた為、敵の攻撃がユウキに向いた為である。

ユウキの硬直が解けるまで残り一秒、その間の敵の攻撃は前に出たランが見事に防ぎきり、

その間にテッチがスキルを駆使して敵のターゲットを取り返し、

復活したユウキは、そこでやっとランに返事をした。

 

「うん、これならいけるね!」

「さて、このまま残り四割まで削るわよ」

 

 その後の戦闘は順調に推移した。

ヒーラーの数が増えた上にダメージゾーンが減ったせいで、

かなり余裕を残した状態で、一同は問題のHP四割状態までたどり着いた。

 

「みんな、一応テッチを残して敵から離れて!」

 

 アタッカー陣は少し離れた所でテッチを見守り、

同時におかしな事は起こらないか、周囲に目を配った。

 

「そろそろ?」

「あっ!」

 

 その瞬間に後方の床が光ったが、誰もそこにいなかったせいか、何も起こらなかった。

 

「よし、ここもクリア!」

「あとは削るだけだと思うけど、残り一割で絶対何かあるから、

みんな気をつけてね!」

 

 そこから慎重に戦いを進めた一同は、敵のHPが残り一割になろうとしているのを見て、

一応後方へと自主的に下がり始めた。だがユウキだけがその場から動かない。

 

「ユウ?」

「待って、あと十秒!」

 

 だがその直後に、ユウキの近くに飛び散っていた粘液が柱のように立ち上がり、

ユウキに向かって襲いかかってきた。

 

「まさかの触手プレイ!?」

 

 そう訳の分からない事を言いつつも、ランは既にユウキを守る為に走っていた。

だがそのランの眼前を白い光が通過し、それが命中した瞬間にその粘液の柱は消滅した。

 

「むむ?」

 

 疑問に思って振り向いたランの視界に入ったのは、小さな杖を構えるアスナの姿であった。

どうやら先ほどの光は、アスナが即座に放った浄化魔法だったらしい。

 

「まさかこの私より反応が早いなんてね」

「さっすがアスナ!」

 

 硬直が解けたユウキはそう言うと、敵に向かって構えを取り、再びこう叫んだ。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

 

 さっき言った十秒とは、ソードスキル固有のクールタイムの事だったらしい。

そしてここで本日二度目のマザーズ・ロザリオが炸裂し、

その一撃(正確には十一撃だが)によって、

トード・ザ・インフェクションのHPバーは一瞬で消し飛んだ。

 

「成敗!」

「うおおおお、やったぜ!」

「ユウ、狙ってたのね」

「うん、丁度クールタイムが終わりそうだったからさ」

「そう、本当に凄まじい威力だったわ」

 

 そしてランは刀を天に掲げながら言った。

 

「トード・ザ・インフェクション、ここに討ち取ったり!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツは見事にリベンジを果たし、

ハチマンから与えられた課題を見事にクリアした。 


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