トード・ザ・インフェクションを倒した瞬間に、閉ざされていた入り口の扉が開き、
床に展開されていたダメージゾーンも一瞬で消滅した。
「おっ、なんか部屋が綺麗になったな」
「そういえばユウ、ドロップアイテムは何かあった?」
「そういえばそうだった!えっと、インフェクションダガーだって」
「それはどんな武器なのかしら」
「プレイヤー相手には使えないけど、モブを毒状態にする短剣みたい」
「あら、それはそれなりに使いどころがありそうね」
「でもボク達の中に、短剣使いはいないしなぁ」
「それじゃあハチマン行きね、他にはないの?」
「あ、うん、あるにはあるんだけど………」
そこで何故かユウキは口ごもった。
要するにそういうアイテムがドロップしたという事なのだろう。
「ト、トード・ザ・インフェクションの肉」
「うええええ、気持ち悪い!」
「いや、でもさすがに食用じゃないよな?」
「錬金素材らしいね、これもハチマン行きかな」
「なるほどなるほど、まあアイテムに関しては別に期待してなかったし、
目的を達成出来たのだから良しとしましょう、それじゃあアシュレイさんの店に凱旋よ!」
ランの口からその言葉が飛び出した瞬間に、アスナは仰天した。
「えっ?えっ?みんなはアシュレイさんと知り合いなの?」
「ええ、最初に会ったのは、ハチマンが同盟と揉めていたのを見物していた時かしら」
「あ、あの時現場にいたんだ?」
「で、その後スモーキング・リーフから依頼の品を届ける為に店に行って、
それで本格的に知り会った感じだね!」
「へぇ、そうなんだ、私もアシュレイさんの店には昔からお世話になってたんだよね」
「あらそうなのね、やっぱり世間って狭いのね」
ランはそのアスナのセリフをそう軽く流してしまったが、
先日アシュレイから、店が出来たのは最近だと聞かされた事は覚えていなかったようだ。
「で、それはいいとして、どうして目的地がアシュレイさんの店なの?」
アスナのその当然の疑問に、ランは事もなげにこう答えた。
「そもそもこの敵を倒す事になった経緯は、アシュレイさんの店で、
ハチマンからの試練を受けた事がキッカケだったから?」
「えっ、そ、そうなの?
そういえばどうしてわざわざトード・ザ・インフェクションと戦う事になったのか、
その理由についてはまったく考えた事が無かったよ……」
確かによく考えてみれば、新興ギルドであるスリーピング・ナイツが、
知る人がほとんどいない黒鉄宮の奥のマイナーボスをわざわざ倒そうとするのは不自然だ。
そもそもここの事を知るのはヴァルハラのメンバーくらいなもので、
ハチマンが関与していると推測するのはそう難しい事ではない。
「まあいっか、ハチマン君が与えた試練なんだったら、きっと何か意味があるんだよね」
その理由は実は、試練を設定する時に適当な敵が見つからず、
先日放置したトード・ザ・インフェクションあたりでいいかと、
ハチマンが適当に決めたというのが真相である。
自分達で倒すのが気持ち悪かったという理由もまあ、あったのかもしれない。
「よし、それじゃあアシュレイさんの店に行きましょう」
「うええ、帰りもまたカエルどもを相手にしないといけないのか」
「さすがにあの数は面倒だよねぇ」
「まあ文句を言っても仕方ないわ、足を止めずに最低限の数だけ相手にする事にしましょう」
そう言ってメイン通路に戻ったスリーピング・ナイツであったが、
予想に反して敵の姿が見当たらない。
「あ、あれ?」
「まだリポップしてないとか?」
「そんな生半可な数じゃなかったと思うけどなぁ」
「もしかして、トード・ザ・インフェクションを倒したせい?」
「かもしれないわね、何にしろラッキーだわ、今のうちに街まで駆け抜けましょう」
途中多少カエルと遭遇する事はあったが、その数は相当少なく、
スリーピング・ナイツは楽勝で街に戻る事が出来た。
「かなり楽になってたな」
「黒鉄宮ってそういう仕様なのかな?ボスを倒せば雑魚が減るみたいな」
「十層二十層では特に変化は無かった気がしたけど、
通路にいる敵と同じ種類のボス限定でそうなのかもね、
もしくは先の方にそれに該当する数が減った敵がいるとか」
「まあいいや、とりあえずアシュレイさんの店に行きましょう」
「それじゃあ十八層だね」
そして歩き出した一同であったが、剣士の碑の横を通りかかった時、ランが足を止めた。
「あっ、そういえばこの前はハチマンの名前しかチェックしなかったけど、
よく見たらアスナの名前もあちこちに載ってるのね」
「あ、うん、ちょこちょこ攻略には参加してたからね。
まあ最近は同盟がいるからサッパリだけど」
そしてアスナは剣士の碑を指差しながら言った。
「ちなみに一、二、三層と三十二層にある名前は、ほとんどがうちのメンバーだよ」
「あ、三層まで全部なんだ?」
「うん、その時は全員の名前を載せるんだってハチマン君が頑張ってくれてね、
余ったスペースにはせっかくだからって、シルフ領主のサクヤさんと、
ケットシーの領主のアリシャさんの名前が載るようにしたんだよ」
「つまり当時のメンバーは、十九人もいたって事なんだ」
「その時は十七人だったかな、まあ今は三十人いるけどね、
ちなみに女の子が男の子の四倍いるよ」
その言葉にジュンがその場で絶叫した。
「うおおおお、兄貴、俺はあなたのようになりたいです………」
「ジュン………」
「相変わらずね………」
「あ、あは………」
正妻として苦労しているアスナは、その言葉に苦笑する事しか出来なかった。
「なるほど、それじゃあユキノさんはかなり苦労しているのでしょうね」
「え?あ、うん、まあ癖のあるメンバーが多いからね」
アスナはそのランの言葉に一瞬、ん?となったが、
ユキノが問題児が多い女性陣を纏めるのに苦労している事は間違いない為、
素直にそう頷いた。
「癖………性癖とか?」
「せ、性癖!?た、確かにおかしな人は多いけどね」
そのランの言葉の意図が分からず、アスナはとりあえずそう答えるに留めた。
「なるほど、前途多難ね」
「まあ大変ではあるね」
ランは自分に言い聞かせるようにそう言い、アスナもそう無難な返事を返した。
「ねぇアスナ、やっぱりあそこに名前が載るのって、特別な事?」
その時ユウキが無邪気にそう尋ねてきた。
「あ、うん、ALOのプレイヤーは何万人もいるからね、
でも一フロアで名前を載せられるのはたった七人………今は八人か、
だから名誉ではあるんじゃないかな、
ALOの攻略ページにも、名前を載せてる所があるしね」
「そうなんだ」
ユウキは目をキラキラさせながらそう呟き、それを見たランは、
少し考えた後にこう言った。
「それじゃあ次は、ここに名前を載せる事を目標にするのもいいわね、
私達の名前が永遠に残る、中々痛快じゃない」
「いいねそれ!」
「これで次の目標が出来たな!」
「あ、それならうちと一緒に攻略に出る?」
アスナは何となくそう言ったが、ランはそれに難しい顔をした。
「それだと本当の意味で名前を載せた事になるのかしらね、
あ、さっきの一層から三層までみたいな特別な場所ならいいのだけれど、
というかむしろこっちからお願いしたい所なのだけれど、
今の段階でそれをしてもらってしまうのはさすがにどうかと思ってしまうわね」
「あ~、確かにそうだよね、ごめん、余計な事を言っちゃったね」
「うん、いいのよ、むしろ断ってしまってごめんなさい」
「ううん、考えてみれば無神経だったよ」
そして二人は何となく剣士の碑を見上げた。
「そうなると、うち主体で仲間を集めて攻略する事になるけど、
そうすると他のギルドにも配慮して、何人か名前の枠を譲らないといけなくなるわね」
「それだと全員の名前が離れちゃって、仲間だって分からなくなっちゃうね」
「それなのよね、まあこの事はもう少しよく考えてみましょう、
それじゃあそろそろアシュレイさんの店に行きましょうか」
「おう!」
そしてスリーピング・ナイツがアシュレイの店に到着した瞬間、
中から当のアシュレイが飛び出してきた。
「ハチマン君から聞いて待ってたわ!さあ、中に入って!」
「あ、そうだったんですか」
「アスナちゃんもいたし、当然勝ったのよね?」
「うん、いっぱい助けてもらっちゃった!」
「やだなぁ、回復補助をしただけじゃない」
「でもアスナがいなかったら絶対無理だったしさ」
「そ、そうかな?」
「そうだよアスナ、凄く助かったよ!」
「うん、それなら良かったよ」
「まあ積もる話もあるでしょうが、とりあえず中に入って入って」
アシュレイはそう言って、店の看板を下ろし、全員を店の中に招き入れたのだった。