ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第815話 引き締まる思い

 店に入れてもらった後、ランは早速とばかり、アシュレイにこう話を切りだした。

 

「アシュレイさん、早速だけど、

トード・ザ・インフェクションからのドロップアイテムの確認をお願いしてもいいかしら」

「分かったわ、とりあえず見せてもらえる?」

「ユウ、お願い」

「うん!えっと、先ずはこのインフェクションダガーからかな」

 

 そう言ってユウキが差し出してきた短剣は、

光を反射しない漆黒の刀身に、紫のラインが入った短剣であった。

その短剣はどこか禍々しいオーラを放っており、アシュレイは思わず息を呑んだ。

 

「あら、まるで暗殺者が持っていそうな短剣ね」

「性能もそんな感じかな、敵に毒を付与するみたい。

でもプレイヤー相手にはその効果は発動しないんだよね」

「へぇ、良心的じゃない」

「絶対悪用する人が出てくるよねこれ。おかしな人に持たせたら厄介だよね」

「うんうん、私なんか、遊び感覚で簡単に殺されちゃうわね」

 

 そう冗談を言いながら、アシュレイは短剣をユウキに返した。

 

「ハチマン君は、確認するだけで受け取らなくていいって言ってたから、

それはそのまま持ち帰ってね」

「それなんだけど、うちには短剣を使える人がいないから、

そう事情を説明して、そのままハチマンに渡してもらえないかなって」

「あら、そうなのね。分かったわ、そういう事ならこれはアスナちゃんにお任せするわ」

「あ、うん、それじゃあハチマン君に渡しておくね、アシュレイさん」

 

 アスナはそう言って短剣を受け取り、ストレージに収納した。

 

「それでもう一つのアイテムなんだけど、出来ればこれもハチマンに押し付けたいなって」

「あら、他にも何か出たの?」

「それがここじゃ出せないというか、あんまり出したくないアイテムなんだよね……」

「えっ?そうなの?」

「うん、トード・ザ・インフェクションの肉って言うんだけど、

その敵ってばゾンビというか、腐った死体みたいな感じなんだよね」

 

 その言葉でアシュレイは事情を察したようだ。

 

「なるほど……まさか食用じゃないわよね?」

「うん、何かの素材みたい」

「やっぱりそうよね、それは見せてもらう必要はないわ、

そのままアスナちゃんに渡しちゃって頂戴」

「うん、それじゃあアスナ、トレードを」

 

 だがアスナはその言葉に若干躊躇いをみせた。

 

「何かアイテムストレージが汚くなっちゃいそう………」

「それならもうボクのストレージはとっくにひどい状態になってるよ………」

 

 二人はそう言って笑い合うと、素早くトレードを済ませた。

アイテムの名前すら、長く見ていたくなかったのであろう。

 

「これで全部って事でいいのかしら」

「うん、これで全部かな」

「オーケーよ、それじゃあ二人に装備を渡すわ」

「やった!」

「思ったよりも早く手に入れられたわね」

「ふふっ、待ってて頂戴」

 

 そう言ってアシュレイは奥へと消えていき、

事情を知らないアスナはランとユウキに装備の事について尋ねた。

 

「そういえばハチマン君からの試練みたいに言ってたけど、

アシュレイさんが持ってきてくれるのがその報酬なの?」

「うん、そんな感じね」

「アスナが今装備してるのと同じ奴だよ」

「えっ?それって………」

 

 そのユウキの言葉にさすがのアスナも一瞬ありえないだろうと驚いた。

 

「こ、これと?これって一応うちの幹部用の最新鋭の装備なんだけど」

「うん、それは聞いたから、ボク達も驚いたんだよね」

「まあこれもハチマンの私達に関する期待感の現れだと思っているわ」

「なるほど……」

 

 期待感という言葉はアスナの中に驚くほどスムーズに入ってきた。

確かにスリーピング・ナイツの、特にランとユウキは、

その強さから言っても既にかなり上位にあり、

今は無名だが、いずれはヴァルハラの幹部クラスと同じくらいの名声を得るのは間違いない。

 

「お待たせ、はい、それじゃあこれ」

 

 そしてアシュレイが戻ってきて、二人に装備を手渡した。

ストレージに入った状態ではなく、敢えて見えるような形で渡してきたのが心憎い。

 

「やった!遂にゲット!」

「あれ、背中のマークが前見た時と違うわね」

「本当だ、うちのマークが入ってる!」

「ああ、それなら昨日ハチマン君とナタク君が来て書き換えてたわよ」

「えっ?ハチマン達が?」

「ええ、こういうところはまめよねぇ」

 

 ランとユウキは三人の男達に後ろを向かせ、

そのまま直接オートマチック・フラワーズに袖を通した。

一旦ストレージにしまってから装備変更を選択する方が楽なのだが、

二人は気分を出す為に、わざとそうしたのである。

実際システムを使って着替えるのと、直接着替えるのとでは気分がまったく違う。

二人は装備の前を締めた瞬間に身が引き締まる思いがした。

 

「何か、しっかりしなきゃって感じがするわね」

「うん、こう気分がシュッとするね」

 

 感覚派のユウキが言っている事は何となくしか分からないが、

それでも身が引き締まっているのはその表情から理解出来た。

 

「アスナちゃん、ちょっとこっちに来て三人で並んでみたら?」

 

 そのアシュレイの提案に乗った三人は仲良く並び、ついでに記念撮影までこなした。

そもそもアスナは疑問を持ちはしたが、それはあくまで理由を知りたかっただけであり、

ハチマンが決めた事である以上、この事に文句を言うつもりは無かったのである。

 

「お揃いだね、アスナ」

「うん、お揃いだね、やったね」

「こういうのも意外と馬鹿に出来ないわね、確かに仲間意識が醸成されるわ」

 

 三人がそう感想を言う中、他の者達もまた、

アシュレイから統一された装備を受け取っていたようだ。

気が付くと残りの五人も着替えを済ませており、その姿を見てアスナはあっと叫んだ。

 

「あれ、みんなが着てるのってヴァルハラ・アクトンじゃ?」

「ええそうよ、これも渡すようにって言われて多のよ。

まあ街中で普段着る為の装備という位置付けだしね、ヴァルハラでもそうなんでしょ?」

「あ、うん、戦闘ではもっと特化した装備が必要だから、

確かにそれは主に街で着る為の装備だね、オートマチックフラワーズは別だけど。

あれ、でもデザインがうちのと微妙に違う気がする」

 

 ヴァルハラのメンバーの正式装備であるヴァルハラ・アクトンであったが、

そのスリーピング・ナイツバージョンは襟や袖のデザインが若干変わっており、

アスナはその事に敏感に気付いたようだ。

 

「そうね、さすがのハチマン君も、

まったく同じなデザインが許されるのはそっちの装備だけだと思ったんじゃないかしら。

一歩間違えればスリーピング・ナイツがヴァルハラの下部組織だと思われちゃうしね」

「あ~………確かにそうかも」

「ともあれこれでやっと肩の荷がおりたわ、みんな、一先ずの目標達成おめでとう」

「ありがとうアシュレイさん」

「ありがとうございます!」

「やったな、これで次の目標に突き進めるぜ!」

「あら、もう次の目標が決まったの?」

「ううん、これから話し合いで決める予定!」

「そう、あまり無理はしないでね、あ、ううん、もう無理をしてもいいのかしら、

ここはもうSAOじゃないんだしね」

 

 アシュレイは微笑みながらそう言い、

そのままスリーピング・ナイツの一同はしばらくそこで雑談した後、

アシュレイに見送られて店を後にした。

 

「さて、とりあえずどうする?一旦スリーピング・ガーデンに戻るか?」

「話し合いもしないとだしそうしよっか。アスナはまだ時間は大丈夫?」

「あ、それなんだけど、どうやらハチマン君達が二十四層にいるみたいだから、

これからちょっとそっちに行って、ドロップアイテムについて直接報告しておこうかなって」

「あら、そうなの?」

「うん、なので私はちょっと先にそっちに行ってみるよ。

時間は大丈夫だから、後でスリーピング・ガーデンに向かうね」

「あ、なら私もそっちに行きたいかも」

 

 突然ノリがそう言い出した。

その顔はやや紅潮しており、ハチマンに会いたがっているのは見え見えである。

 

「あ、ボクも行って褒めてもらいたいなぁ」

「俺も俺も!」

「僕はどっちでもいいかな」

「僕もですね」

「二十四層って何かあるんですか?」

 

 その時シウネーが何気なくアスナにそう尋ねた。

 

「う~ん、ちょっと思いつかないんだけど、

メッセージを送ったらどうやら主街区の北にある大きな木の所にいるみたいだから、

そこで何かやってるんじゃないかなぁ?一応そこって観光スポットなんだけどね」

「観光スポットですか、それは見てみたいですね」

「それじゃあみんなで行ってみましょうか」

 

 ランがそう提案し、一同はその言葉に頷いた。こうして一同は、

遂にハチマンが密かに製作したデュエルステージへとたどり着く事になったのである。


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