「修羅場くる~?」
「アスナ、大丈夫かな?」
「確かにちょっと心配ね」
「でもこの状況だと僕達の出る幕って全くないよね」
「まあ兄貴なら上手くあの場を収めるんじゃないかな?」
一同は唾をゴクリと飲み込みつつ、ハチマンがどうするのか見守っていた。
だが予想を裏切りハチマンが何かをする事は全く無かった。
ただハチマンが行ったのは、アスナに向かって手を振っただけであった。
「え、兄貴、そりゃ無いぜ」
「隣がどうなってるか、ちゃんと分かってるよな?」
「というかアスナは大人しいから、そのままハチマンの後ろにでも座るんじゃないかしら」
「あ~、それある!」
「まあもしアスナが何かされそうになったら助けるわよ」
だがアスナは手を振りつつそのまま近付いていき、何の障害も無くハチマンの隣に座った。
「「「「「「「えっ?」」」」」」」
そして争っていた四人は大人しくハチマン達の後ろに座り、
親しげにアスナに話しかけているように見えた。
ユキノもそんなアスナの行動について気にした様子はまったく無く、
ハチマンも交えて三人で仲良く話しているように見え、一同は激しく混乱した。
「ど、どういう事!?」
「やっぱり私の予想通り、アスナってば只者じゃないのかしら」
「そんな予想をしてたの?」
「ええ、前にスリーピング・ガーデンで一緒に動画を見た時から思ってたわ。
よく考えてみて、あの時のアスナは、私に先んじてハチマンの隣を確保したのよ?」
「それはランが出遅れたからじゃないの?」
「いいえ、私は急げば間に合ったわ、でもアスナの雰囲気がそうさせなかったのよ」
「ほえ~?じゃあ今のもその雰囲気とやらのせい?」
「どうかしらね、他にも理由があるのかもだし、まだ何とも言えないわ」
「例えばどんな理由?」
その言葉にランは、少し考えた後にこう答えた。
「例えば以前賭けをして、その賭けにアスナが勝って、
しばらくの間、ハチマンの隣に座る権利をゲットしたとかはどう?」
「凄くありそう、それ」
「ボクはアスナが賭けをする姿って想像も出来ないんだけど」
「実は私もよ、まあ今のは只の辻褄合わせの予想でしかないし、
まあ実際にあそこに行って探りを入れてみるのが一番いいのではないかしら」
「まあそうだね、ここにいても仕方ないし、ボク達もあそこに行こう」
「だな、そうしようぜ!」
そしてスリーピング・ナイツは人ごみを抜け、ハチマン達の方に一歩を踏み出した。
その瞬間に一同は凄まじいプレッシャーを感じ、思わず足を止めた。
「うわ………」
「な、何?」
「って事はみんなも感じたのか」
「ええ、これは………もしかしてプレッシャー?」
「まさか俺達いつの間にかニュータイプになってたりした?」
「いえ、これは多分、周りの人達が一斉にこちらに注目したからじゃないかと……」
チラチラと辺りに視線を向けながらシウネーがそう言い、他の者達も慌ててそれに習った。
直接じろじろと辺りを見回す事はせず、チラチラと周囲に視線を走らせただけであったが、
シウネーの言った事が真実なのだと、一同は思い知らされた。
「うわ、マジだ、すげえ見られてる」
「これは一体どうなってるんだろ?」
「少なくともうち単独でこんなに注目を集めるはずがないわ」
「って事はもしかして、ボク達がハチマン達に近付こうとしたせい?」
「おそらくそうね、これはかなり非難まじりの視線だもの、
おそらくヴァルハラの邪魔をするな、もしくは抜け駆けするなという事なのでしょうね」
そのプレッシャーは凄まじく、一同はそれ以上、一歩も動けなくなった。
こうなるともう、ハチマンがこちらに気付いて声を掛けてくれるのを待つしかない。
一同はそうなる事を信じてひたすら耐えていたが、
ハチマンはどうやらデュエル・ステージの方を見ているらしく、
こちらに気付いてくれるような気配はまったく無い。
「やべ、そろそろ限界」
「ちょっと吐きそうかも」
「分かったわ、こうなったら私が頑張ってハチマンを呼んでみる」
ランはそう決意し、仲間達にそう言った。
「おいおい、いくらランでもこの状況で兄貴の名前を呼ぶのはやばくね?」
「でもやるしかないわ」
そう言ってランはハチマンを呼ぼうとしたが、中々声を出す事が出来ない。
それでも何とか根性を総動員させ、ランがハチマンに呼びかけようとしたその瞬間、
一人の人物が立ち上がってこちらに歩いてきた。
そのおかげなのだろうか、直後に周囲からのプレッシャーが霧散した。
「みんな、そんな所で止まっちゃって、一体どうしたの?」
その人物とはまあ当然ではあるが、アスナであった。
そしてその後方ではハチマンがやっと気付いたのか、こちらに向けて手を振っており、
一同はアスナの後に従い、おずおずとした態度でハチマンの方へと歩いていった。
「何だ、バーサクヒーラー様の知り合いだったのね」
「連合かどこかの変な奴らかと思ったけど、違ったみたいだな」
「覇王様や剣王様の近くに行けるなんていいなぁ」
その道中では、観客席のプレイヤーからこんな声が多数聞こえてきた。
「おいおい、さっきまであんな雰囲気だったのに、もしかして俺達羨ましがられてる?」
「というかアスナ、様付けされてたね」
「ヴァルハラの副長って男女を問わず人気なのねぇ、そういう所は素晴らしいと思うわ」
「うちもそうなれるといいね」
プレッシャーから解放され、やっとリラックスする事が出来た一同は、
そのままハチマンに促され、その前に座った。
「よぉお前ら、首尾よくトード・ザ・インフェクションを倒したみたいだな、
よくやったな、おめでとう」
「ふっ、余裕だったわよ」
「まあ大体アスナのおかげなんだけどね」
「えっ、この子達があの腐ったカエルを倒してくれたんだ!?」
そこに突っ込んできたのはクックロビンであった。
「というかそこの二人が着てるのってオートマチック・フラワーズだよね?
アスナもいつの間にか出向してるし、一体何がどうなってるの?」
「アスナが気分転換の為に出向するってこの前言っただろ。
で、こいつらは俺の身内だと思ってくれていい」
「えっ?じゃあ私の身内でもあるって事?」
さすがクックロビンはこういう時でもブレたりはしない。
そのままハチマンと戯れようと口を開きかけたクックロビンを見て、
そこで負けじとシノンが介入した。
「あら、って事は、私にとっては義理の姉妹みたいなものね、
リオンにとってもそうでしょ?」
「えっ?えっ?ええと………うん、し、姉妹みたいなものかな」
そこに突っ込んだのはハチマンであった。
「おいシノン、リオンをおかしな色に染めるんじゃねえ」
「あら、ヤキモチ?ちょっと妬けるわね、でもリオンは渡さないわよ、
返して欲しかったら私とリオンにご飯を奢りなさい」
「あっ、えっと、シノンちゃん、実は私、その約束なら条件付きだけどもうしてるんだよね」
そのリオンの言葉と表情で、ハチマンは紅莉栖が上手くやってくれたのだと確信した。
席を争っていた事から分かるように、シノン達がここに着いてからまだ間もなかった為、
ハチマンは今のリオンの状態について、まったく把握していなかったのである。
というかむしろおかしな事にならないかとビクビクしていた。
その心配がここで解消された形だ。
「ア、アスナ、もしかして私今、リオンに裏切られた!?」
「あはははは、あはははははは」
アスナは余計な事は言わず、楽しそうに笑った。
確かにハチマンとリオンが二人で食事に行くのは気になるが、
こうしてアスナの前で堂々と言っている以上、やましい事は何も無いのは明らかだからだ。
こういう時にアスナに出来る事は、波風が立たないように堂々としている事である。
そしてログアウトした後、こっそりハチマンに話を聞くというのがアスナの日常であった。
「ちょっとハチマン、どうして私は誘わないの!?
そんなんでロリコン王を名乗れると思わないで欲しいわね!」
この言葉を発したのは、
自らが放ったネタをシノンに横から掻っ攫われたクックロビンであった。
クックロビンはシノンから主導権を取り戻す為に、渾身の自虐ネタを放ったのである。
「お前さ、お前も一応いい大人なんだからさ………」
「一応は余計!いいハチマン、この世にはね、合法ロリという言葉があるのよ!
そしてこの私こそが、その言葉を体言する者よ!」
「最後の方はちょっと格好良く聞こえるが、言ってる内容は残念極まりないからな」
「くっ、いつになったら自分の性癖を認めるの………」
「ロビン、ハチマン様の好みは私やユキノ、それにアスナのように、
落ち着いていて知的な会話が通じる大人の女性よ。そうですよね?ハチマン様」
そこに今度はセラフィムが参戦した。
「お、おう、そ、そうだな」
セラフィムが言った条件の中にアスナの名前がある以上、
ハチマンはそう答える事しか出来なかった。
それを見越してキッチリ自分の名前を入れ、
なおかつ味方を増やす為にユキノの名前を入れるなど、
さすがセラフィムは中々の策士であった。
「セラ、ずるい!」
その事を即座に看破して抗議したクックロビンも、
先ほどのように事あるごとにふざける癖が無く、
なおかつ自らの欲望を多少なりとも抑える事が出来たなら、
十分知的で大人の女性なのであるが、仮にそうなったとしたら、
それはもうクックロビンではなく別の何かと言わざるをえないだろう。
「ちなみに私は普段、ハチマン様からの視線をよく私のむ………」
「ほらあなた達、お客様の前よ、ちょっとは落ち着きなさい」
ここで初めてユキノが動いた。
(このままだともしかしたらセラフィムが胸の事を言い出すかもしれないものね、
というか今、絶対に言いかけていたわよね。私ももうほとんど気にしていないのだけれど、
ええ、本当にもうほとんど気にしてはいないのだけれど、
というかまったく気にしていないのだけれど)
ユキノはそう考えながら、この場を収める事をハチマンに促した。
「ハチマン君、そろそろこの辺りで、お互いに自己紹介した方がいいのではないかしら」
「ん、あ、そういえばそうだな、悪い悪い」
ハチマンはそう言ってラン達の方を見たが、
スリーピング・ナイツの一同は、口を半開きにしてポカンとしていた。
「どうしたお前ら」
「いや、だって兄貴、ヴァルハラのイメージってもっと格好いいっていうか、
そんな感じだったからさ……」
「んな訳ないだろ、俺のギルドだぞ?分かるだろ?」
「みんながランみたい……」
「お、おう、まあそれは否定出来ん」
「というか見事なハーレムっぷりに声も出ないよ……」
「いや、どこからどう見てもハーレムじゃないからな」
「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」
そのハチマンの言葉にスリーピング・ナイツの全員が首を傾げたが、
その中にアスナも含まれていた為、ハチマンは心底情けなさそうな表情をした。
「アスナ、お前もか」
「あはっ、ごめんごめん、冗談、冗談だってば」
アスナはハチマンを宥めるようにそう言い、
ハチマンの代わりに場を進行させようと、続けてこう言った。
「それじゃあお互い自己紹介を………ってごめん、ちょっと待って」
その言葉にその場にいた全員が顔を上げ、アスナの方を見た。
「ほらハチマン君、ステージステージ」
アスナにそう言われ、ハチマンはメインステージの方を見た。
そこではまだ見知らぬ二人のプレイヤーが戦っていたが、
その後方で次の出番を待っていたのは、キリトとユージーンであった。、
「ああ、キリトとユージーンの出番か、それは見逃せないな、
それじゃあここはサクっと自己紹介を済ませちまおう。
こっちは最近出来たギルド、スリーピング・ナイツのメンバーな。
それじゃあ端からラン」
「リーダーのランよ、一応『絶刀』と呼ばれているわ、宜しくね」
「そしてユウキ」
「ボクはユウキ、『絶剣』を名乗る予定なんだけど、
今はその為に誰か丁度いい相手がいないかなって探している真っ最中!宜しく!」
「後は順に、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネーだ」
五人はハチマンに呼ばれた順に、自らの名を名乗ったが、
ランやユウキのように長く喋ったりはしなかった。多分緊張しているのだろう。
「こっちはユキノとアスナの事は省いていいな、
端から………いや、とりあえずセラフィムからな」
ハチマンはそう言ってセラフィムに目配せした。
その意図を正確に読み取ったセラフィムは、落ち着いた態度でこう自己紹介した。
「セラフィムです、『姫騎士イージス』と呼ばれています、宜しく」
こうなると残った三人、まあリオンは問題ないだろうが、
クックロビンもシノンも余計な事は言えなくなる。どうしても浮いてしまうからだ。
そしてハチマンの目論見通り、二人は突っ込みが必要になるようなおかしな事は言わず、
セラフィムに習って落ち着いた自己紹介をした。
「私はクックロビン、『デッドオアデッド』って呼ばれてるよ!」
「シノンよ、人は私の事を、『必中』と呼ぶわ」
「リ、リオンです、『ロジカルウィッチ』とか呼ばれてます、
それでえっと………みんな、久しぶり、私の事覚えてる?」
最後に自己紹介をしたリオンが突然そう言い出した。
リオンは前に眠りの森を訪れた時にスリーピング・ナイツと会っており、
名前を聞いて、懐かしく思って声をかける事にしたのだった。
「えっと………」
「リオン、リオン………あっ、もしかして………」
その様子から、リオンは自分の名前が呼ばれるのだろうと思っていたが、
現実はそうならず、リオンにとって斜め上の反応が返ってきた。
「あっ、もしかして相対性妄想眼鏡っ子さん?」
「そうだそうだ、相対性妄想眼鏡っ子さんだ!」
「うわ、久しぶり、相対性妄想眼鏡っ子さん!」
「ちょ、ちょっとみんな、リオンさんに失礼ですよ」
シウネーが途中で止めてくれたが時既に遅し、
ハチマン以外のヴァルハラのメンバー達は、生暖かい視線をリオンに向けていた。
「う、うぅ………」
「ドンマイ、相対性眼鏡っ子」
横にいたシノンが武士の情けなのか、妄想の部分を抜いてリオンを慰めた。
「というかリオン、知り合いだったのね」
「う、うん、前にリアルで会った事があるの」
「へぇ、そうだったんだ」
その時メインステージの方から大歓声が上がり、一同は思わずそちらの方を見た。
「兄貴、何これ?」
「ああ、今日のメインイベントだな、
もう恒例になりつつあるんだが、うちのキリトとサラマンダー軍のユージーンの戦いだ」
「あっ、さっきアスナが言ってた強い人達だ!」
「これは注目ね」
こうして一同の目の前で大一番が開始され、
リオンは話題が逸れて、ほっと胸を撫で下ろす事となった。