「あの赤い人、いかにも強そうだなぁ」
「でも黒い人の方が強いんだろ?」
「最強レベルの戦いが見られるとかラッキーだね」
「くぅ、ボクも戦ってみたい」
スリーピング・ナイツはこの戦いを、わくわくしながら眺めていた。
他の観客達も同様なのだろう、周囲からは黄色い声援と野太い声の声援が飛ぶ。
「剣王様、頑張って!」
「将軍、頼んます!」
「キ・リ・ト・様ぁ!」
「ユユユユージーン!!ララライ!」
そしていよいよ戦いが始まると思われた矢先、突然ユージーンが剣を下ろした。
「ん、どうしたユージーン?お腹でも痛いのか?」
それを不審に思ったキリトが、そう冗談混じりにユージーンに問いかけた。
見るとユージーンはぷるぷる震えており、キリトは本当に具合でも悪いのかと心配になった。
「お、おい、お前本当に大丈夫か?」
「うるさい!痛いのは腹ではなく胸だ!」
その時突然ユージーンがそう叫んだ。
「は?胸?」
「さっきから聞いていれば、何故お前には女の子からの声援が多いのに、
俺にはむさ苦しい男からの声援しか来ないんだ、理不尽だろう!」
「いや、そんな事を言われてもな………」
別にキリトがそうするように頼んだ訳でもなく、
あくまで観客達の意思でそうなっている為、
その事に文句を言われても、キリトにはどうする事も出来ない。
そのやり取りに、その場にいた全員が笑ったが、
そんな中、ハチマンが立ち上がってこう言った。
「ユージーン、お前の不満はよく分かった、ここは俺に任せろ」
「むっ」
ユージーンはそのハチマンの言葉に一瞬期待するような目を向けた。
そしてハチマンは大きな声でこう叫んだ。
「よし、会場にいる男共は俺に続け!きゃ~!ユージーンさん、格好いい!」
ハチマンは何と『裏声』でそう叫び、
客席にいる他の男共もそれに習って裏声で叫び始めた。
「ユージーン将軍、素敵!」
「絶対に勝って下さいね!」
「きゃ~っ、将軍、抱いて!」
ユージーンはその声援に、呆気にとられたような顔をしていたが、
やがて顔を真っ赤にしてこう叫んだ。
「ハチマン、ふざけるな!キリトと戦った後に俺と戦え!フルボッコにしてやる!」
「やだよ面倒臭い」
「逃げるのか!?」
「あ~はいはい、それじゃあこいつを倒せたら、次は俺が相手をしてやるよ」
そう言ってハチマンは、ユウキの肩をポンと叩いた。
「えっ、ボク!?」
「おう、お膳立てはしてやったぞ、ユウ、今日この場でお前は絶剣になれ」
ユウキはその言葉にぶるっと震えた。
「分かった、やってみる!」
「おう、俺の名代でもあるんだ、絶対に負けるなよ」
「うん、任せて!」
そしてユージーンからハチマンに、再び声がかかった。
「むむっ、おいハチマン、その女性は何者だ?」
「俺の身内だ、名はユウキ!おいユージーン、こいつとやる時は本気でやれよ、
負けた後で言い訳されても困るからな」
「むむっ、お前がそう言うのなら、全力でやってやる!」
さすがはバトルジャンキーなユージーンである、
強そうな相手は誰であろうと大歓迎なようだ。
「ハチマン、後で俺にも紹介してくれよな!」
続いてキリトがこちらにそう声をかけてきた。
「おう、後でな!」
「おいユージーン、そろそろ始めようぜ」
「ああ、もう声援はどうでもいい、とりあえずお前を倒す!」
「よし、試合開始だ!」
ハチマンがそう叫び、二人の試合が開始された。
二人の戦いは、お互いが持てる力を総動員し、壮絶な打ち合いからスタートした。
だが有利なのは当然キリトの方である。
「むっ、剣が透過せん!」
「そりゃ、こっちも攻撃してるからな、回転の早さなら負けないぜ」
「ならば正面から粉砕して………うおおおお!」
その時突然魔剣グラムがキリトの剣を透過し、
キリトの持つ剣が眼前に迫ってきた為、ユージーンは慌てて飛び退いた。
「キリト、今何をした!」
「分かるだろ?一瞬剣を止めて防御の体勢をとったんだよ。
そしてグラムが通過した瞬間に攻撃に転じただけだ」
「くそっ、そんな手が……」
「というかユージーン、もう魔剣グラムに頼るのはやめた方がいいんじゃないか?
その剣は利点も多いが今みたいな欠点もあるから、絶対にいつか致命傷になるぞ」
「むむっ、真面目に考えておく」
「おう、それじゃあ戦いを続けよう」
だがその後は、かなり一方的な展開となった。
ソードスキルが復活した以上、それを知り尽くすキリトは大技は使わないものの、
二連、三連のソードスキルを駆使し、じわじわとユージーンのHPを削っていく。
その技術はまさに芸術的と呼べるものであり、追い詰められたユージーンは、
やや距離をとる為に一歩下がった。
「どうした?もう終わりか?」
「くっ、これほどまでに差があるとは……」
「悪いな、こっちが本当の俺のスタイルなんだ」
「なるほど………では俺も、奥の手を出さざるを得ないな」
「奥の手?へぇ………」
キリトは嬉しそうに目を細めた。さすがこちらもバトルジャンキーである。
「よし、来い!」
「おう!」
そう叫ぶと、ユージーンは何の工夫もせず、馬鹿正直に正面から突っ込んできた。
「おいおい……」
キリトはそう呟くと、何をするつもりなのか様子を見ようと思い、
再び防御の体勢からカウンターを狙う事にした。だがその選択は間違いだった。
グラムがキリトの持つ剣を透過した瞬間に、いきなりグラムが発光したのだ。
(まずい、これは多分………オリジナル・ソードスキル!)
ユージーンが使おうとしていたのが既存の片手直剣のソードスキルであれば、
こんな事は絶対に起こるはずが無かった。
キリトは片手直剣のソードスキルを知り尽くしており、
今のユージーンの動きから開始されるソードスキルが存在しない事は当然把握していた。
(何とか凌ぎきる!)
キリトはそう覚悟を決め、とりあえず透過した剣をユージーンに叩きつけたが、
ユージーンの突進は止まらない。
「くらえ、八連撃『ヴォルカニック・ブレイザー』!」
(八連だと!?ってか何でこいつはネタバレしちまうんだ!)
キリトはそう思いつつ、絶対に八撃目はくらってはいけないと思い、
ユージーンの攻撃を見極めようと、ダメージ覚悟でじっくり観察する事にした。
そのせいでユージーンの攻撃が、一撃、また一撃とキリトにヒットし、
キリトのHPがどんどん削られていく。
(一番警戒すべきはラスト直前、七撃目で体を浮かせられたらその瞬間に俺の負けだ)
キリトはそう考えつつ、自身のHPの減りを冷静に観察していた。
(まだいけるが、やっぱり全段くらうとそこでHPが半減しちまうな)
そして運命の七撃目、ユージーンは体勢を低くとり、剣を地面に這わせた。
(やっぱりここで浮かせかよ!)
キリトはそう考え、咄嗟にこう叫んだ。
「アイゼン!」
その瞬間にキリトの踵からアイゼンが飛び出し、キリトの体がその位置に固定された。
その為七撃目の被ダメージが若干上がってしまったが、キリトはそんな事は気にしなかった。
要はここで死ななければそれでいいのである。
「ここだ!」
キリトは強引に敵の浮かせ技を防いだ為、足首が千切れそうになるのを自覚したが、
そのまま強引に腹筋を使って体を起こし、
足首のアイゼンを解除するのと同時にそのままソードスキルの体勢をとった。
「アイゼン解除、レイジスパイク!」
その瞬間にキリトの体が前に跳ねた。
それは威力はそうでもない下段の突進系の技であり、
キリトはそのレイジスパイクを、前に出る為の推進力として利用したのだった。
「何だと!?」
ユージーンはソードスキルの〆の攻撃を放とうと大上段に構えており、
そのせいでまんまとキリトの侵入を許してしまったが、今更どうしようもない。
ソードスキルが継続中である以上、ここから防御の体勢はとれないのだ。
まあしかし、ユージーンにとってはソードスキルに伴うリスクを身をもって知れたので、
今後の事を考えれば、どちらかといえば良い事だったかもしれない。
「これで終わりだ!」
「ぐっ、ぐおおおおお!」
キリトはユージーンに剣を突き刺したまま、その体もろとも前進し、
ヴォルカニック・ブレイザーの八撃目を見事に回避する事に成功した。
ユージーンはそのまま硬直入り、キリトも同様に硬直に入ったが、
当然キリトの硬直の方が先に解ける。
「ふう、危なかったぜ」
「くそっ、初めてお前に勝てると思ったんだが」
「まあまだ不慣れなんだろ?またやろうぜ」
「おう、また頼む」
そしてキリトは剣を振り下ろし、ユージーンのHPはきっちり半減した。
キリトが勝利した旨を伝えるシステムメッセージが空に表示され、
その瞬間に客席から大歓声が起こり、会場は割れんばかりの賞賛に包まれた。
「うおおお、やっぱり凄えぜ!」
「ユージーンさん、次は頑張って!」
「剣王様、やっぱり最強ですね!」
「キ・リ・ト!キ・リ・ト!」
「ユージーン!ユージーン!」
ユージーンにとって一番嬉しかったのは、
少しではあるが、女性からの声援が聞こえた事であろう。
そしてユージーンはまったく疲れたようなそぶりを見せず、ユウキに向かって剣先を向けた。
「では次はお前だ、来い、ユウキとやら!」
その言葉にユウキは、武者震いしつつ立ち上がった。