ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第818話 剣王vs将軍

「あの赤い人、いかにも強そうだなぁ」

「でも黒い人の方が強いんだろ?」

「最強レベルの戦いが見られるとかラッキーだね」

「くぅ、ボクも戦ってみたい」

 

 スリーピング・ナイツはこの戦いを、わくわくしながら眺めていた。

他の観客達も同様なのだろう、周囲からは黄色い声援と野太い声の声援が飛ぶ。

 

「剣王様、頑張って!」

「将軍、頼んます!」

「キ・リ・ト・様ぁ!」

「ユユユユージーン!!ララライ!」

 

 そしていよいよ戦いが始まると思われた矢先、突然ユージーンが剣を下ろした。

 

「ん、どうしたユージーン?お腹でも痛いのか?」

 

 それを不審に思ったキリトが、そう冗談混じりにユージーンに問いかけた。

見るとユージーンはぷるぷる震えており、キリトは本当に具合でも悪いのかと心配になった。

 

「お、おい、お前本当に大丈夫か?」

「うるさい!痛いのは腹ではなく胸だ!」

 

 その時突然ユージーンがそう叫んだ。

 

「は?胸?」

「さっきから聞いていれば、何故お前には女の子からの声援が多いのに、

俺にはむさ苦しい男からの声援しか来ないんだ、理不尽だろう!」

「いや、そんな事を言われてもな………」

 

 別にキリトがそうするように頼んだ訳でもなく、

あくまで観客達の意思でそうなっている為、

その事に文句を言われても、キリトにはどうする事も出来ない。

そのやり取りに、その場にいた全員が笑ったが、

そんな中、ハチマンが立ち上がってこう言った。

 

「ユージーン、お前の不満はよく分かった、ここは俺に任せろ」

「むっ」

 

 ユージーンはそのハチマンの言葉に一瞬期待するような目を向けた。

そしてハチマンは大きな声でこう叫んだ。

 

「よし、会場にいる男共は俺に続け!きゃ~!ユージーンさん、格好いい!」

 

 ハチマンは何と『裏声』でそう叫び、

客席にいる他の男共もそれに習って裏声で叫び始めた。

 

「ユージーン将軍、素敵!」

「絶対に勝って下さいね!」

「きゃ~っ、将軍、抱いて!」

 

 ユージーンはその声援に、呆気にとられたような顔をしていたが、

やがて顔を真っ赤にしてこう叫んだ。

 

「ハチマン、ふざけるな!キリトと戦った後に俺と戦え!フルボッコにしてやる!」

「やだよ面倒臭い」

「逃げるのか!?」

「あ~はいはい、それじゃあこいつを倒せたら、次は俺が相手をしてやるよ」

 

 そう言ってハチマンは、ユウキの肩をポンと叩いた。

 

「えっ、ボク!?」

「おう、お膳立てはしてやったぞ、ユウ、今日この場でお前は絶剣になれ」

 

 ユウキはその言葉にぶるっと震えた。

 

「分かった、やってみる!」

「おう、俺の名代でもあるんだ、絶対に負けるなよ」

「うん、任せて!」

 

 そしてユージーンからハチマンに、再び声がかかった。

 

「むむっ、おいハチマン、その女性は何者だ?」

「俺の身内だ、名はユウキ!おいユージーン、こいつとやる時は本気でやれよ、

負けた後で言い訳されても困るからな」

「むむっ、お前がそう言うのなら、全力でやってやる!」

 

 さすがはバトルジャンキーなユージーンである、

強そうな相手は誰であろうと大歓迎なようだ。

 

「ハチマン、後で俺にも紹介してくれよな!」

 

 続いてキリトがこちらにそう声をかけてきた。

 

「おう、後でな!」

「おいユージーン、そろそろ始めようぜ」

「ああ、もう声援はどうでもいい、とりあえずお前を倒す!」

「よし、試合開始だ!」

 

 ハチマンがそう叫び、二人の試合が開始された。

二人の戦いは、お互いが持てる力を総動員し、壮絶な打ち合いからスタートした。

だが有利なのは当然キリトの方である。

 

「むっ、剣が透過せん!」

「そりゃ、こっちも攻撃してるからな、回転の早さなら負けないぜ」

「ならば正面から粉砕して………うおおおお!」

 

 その時突然魔剣グラムがキリトの剣を透過し、

キリトの持つ剣が眼前に迫ってきた為、ユージーンは慌てて飛び退いた。

 

「キリト、今何をした!」

「分かるだろ?一瞬剣を止めて防御の体勢をとったんだよ。

そしてグラムが通過した瞬間に攻撃に転じただけだ」

「くそっ、そんな手が……」

「というかユージーン、もう魔剣グラムに頼るのはやめた方がいいんじゃないか?

その剣は利点も多いが今みたいな欠点もあるから、絶対にいつか致命傷になるぞ」

「むむっ、真面目に考えておく」

「おう、それじゃあ戦いを続けよう」

 

 だがその後は、かなり一方的な展開となった。

ソードスキルが復活した以上、それを知り尽くすキリトは大技は使わないものの、

二連、三連のソードスキルを駆使し、じわじわとユージーンのHPを削っていく。

その技術はまさに芸術的と呼べるものであり、追い詰められたユージーンは、

やや距離をとる為に一歩下がった。

 

「どうした?もう終わりか?」

「くっ、これほどまでに差があるとは……」

「悪いな、こっちが本当の俺のスタイルなんだ」

「なるほど………では俺も、奥の手を出さざるを得ないな」

「奥の手?へぇ………」

 

 キリトは嬉しそうに目を細めた。さすがこちらもバトルジャンキーである。

 

「よし、来い!」

「おう!」

 

 そう叫ぶと、ユージーンは何の工夫もせず、馬鹿正直に正面から突っ込んできた。

 

「おいおい……」

 

 キリトはそう呟くと、何をするつもりなのか様子を見ようと思い、

再び防御の体勢からカウンターを狙う事にした。だがその選択は間違いだった。

グラムがキリトの持つ剣を透過した瞬間に、いきなりグラムが発光したのだ。

 

(まずい、これは多分………オリジナル・ソードスキル!)

 

 ユージーンが使おうとしていたのが既存の片手直剣のソードスキルであれば、

こんな事は絶対に起こるはずが無かった。

キリトは片手直剣のソードスキルを知り尽くしており、

今のユージーンの動きから開始されるソードスキルが存在しない事は当然把握していた。

 

(何とか凌ぎきる!)

 

 キリトはそう覚悟を決め、とりあえず透過した剣をユージーンに叩きつけたが、

ユージーンの突進は止まらない。

 

「くらえ、八連撃『ヴォルカニック・ブレイザー』!」

 

(八連だと!?ってか何でこいつはネタバレしちまうんだ!)

 

 キリトはそう思いつつ、絶対に八撃目はくらってはいけないと思い、

ユージーンの攻撃を見極めようと、ダメージ覚悟でじっくり観察する事にした。

そのせいでユージーンの攻撃が、一撃、また一撃とキリトにヒットし、

キリトのHPがどんどん削られていく。

 

(一番警戒すべきはラスト直前、七撃目で体を浮かせられたらその瞬間に俺の負けだ)

 

 キリトはそう考えつつ、自身のHPの減りを冷静に観察していた。

 

(まだいけるが、やっぱり全段くらうとそこでHPが半減しちまうな)

 

 そして運命の七撃目、ユージーンは体勢を低くとり、剣を地面に這わせた。

 

(やっぱりここで浮かせかよ!)

 

 キリトはそう考え、咄嗟にこう叫んだ。

 

「アイゼン!」

 

 その瞬間にキリトの踵からアイゼンが飛び出し、キリトの体がその位置に固定された。

その為七撃目の被ダメージが若干上がってしまったが、キリトはそんな事は気にしなかった。

要はここで死ななければそれでいいのである。

 

「ここだ!」

 

 キリトは強引に敵の浮かせ技を防いだ為、足首が千切れそうになるのを自覚したが、

そのまま強引に腹筋を使って体を起こし、

足首のアイゼンを解除するのと同時にそのままソードスキルの体勢をとった。

 

「アイゼン解除、レイジスパイク!」

 

 その瞬間にキリトの体が前に跳ねた。

それは威力はそうでもない下段の突進系の技であり、

キリトはそのレイジスパイクを、前に出る為の推進力として利用したのだった。

 

「何だと!?」

 

 ユージーンはソードスキルの〆の攻撃を放とうと大上段に構えており、

そのせいでまんまとキリトの侵入を許してしまったが、今更どうしようもない。

ソードスキルが継続中である以上、ここから防御の体勢はとれないのだ。

まあしかし、ユージーンにとってはソードスキルに伴うリスクを身をもって知れたので、

今後の事を考えれば、どちらかといえば良い事だったかもしれない。

 

「これで終わりだ!」

「ぐっ、ぐおおおおお!」

 

 キリトはユージーンに剣を突き刺したまま、その体もろとも前進し、

ヴォルカニック・ブレイザーの八撃目を見事に回避する事に成功した。

ユージーンはそのまま硬直入り、キリトも同様に硬直に入ったが、

当然キリトの硬直の方が先に解ける。

 

「ふう、危なかったぜ」

「くそっ、初めてお前に勝てると思ったんだが」

「まあまだ不慣れなんだろ?またやろうぜ」

「おう、また頼む」

 

 そしてキリトは剣を振り下ろし、ユージーンのHPはきっちり半減した。

キリトが勝利した旨を伝えるシステムメッセージが空に表示され、

その瞬間に客席から大歓声が起こり、会場は割れんばかりの賞賛に包まれた。

 

「うおおお、やっぱり凄えぜ!」

「ユージーンさん、次は頑張って!」

「剣王様、やっぱり最強ですね!」

「キ・リ・ト!キ・リ・ト!」

「ユージーン!ユージーン!」

 

 ユージーンにとって一番嬉しかったのは、

少しではあるが、女性からの声援が聞こえた事であろう。

そしてユージーンはまったく疲れたようなそぶりを見せず、ユウキに向かって剣先を向けた。

 

「では次はお前だ、来い、ユウキとやら!」

 

 その言葉にユウキは、武者震いしつつ立ち上がった。


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