「さっきの戦闘には驚かされたが、何だよ、俺でも何とか互角に戦えそうな感じじゃねえか、
ヴァルハラもスリーピング・ナイツも実はその程度か?」
その声は、たまたま先ほどの試合が終わって観客達が一息ついた頃に放たれた為、
その発言主の想定以上に辺りに響いてしまったようである。
周りの観客達はそのプレイヤーに白い目を向け、
発言したプレイヤーは、居心地が悪そうに顔を背けた。
「ねぇハチマン、あれは誰?」
「ん、今の勘違い野郎の事か?俺は知らないが、キリトは知ってるか?」
「ああ、ほら、この前同盟からギルドが一つ離脱させられただろ?」
「それってこの前揉めた時の奴?」
「ああ、ランは事情を知ってるのか、まあそうだな。
で、その代わりの補充で入った、『チルドレン・オブ・グリークス』ってギルドの奴だな、
確か名前はヘラクレスだったと思う」
「ふ~ん、神様から生まれた子供の名前でも付けてんのかね」
「だろうな、ちなみに略称はチルグリらしい」
「ほ~う?」
「へぇ?」
ハチマンとランは、曖昧に頷いた。どうやら名前の由来には興味が無いらしい。
「で、そいつらは強いのか?」
「で、その人達は強いの?」
「どうかな、まあでかい口を叩くくらいなんだから、そこそこ強いんじゃないか?」
「つまりキリトも知らないんだな」
「まあ元ネタが有名どころだったから名前は知ってたけど、
別に強さで有名になったギルドじゃないからなぁ」
「それであのセリフか?さすがに苦笑するしかないんだが」
「まあいいじゃない、自分と相手との実力差が分からないような雑魚という事よ」
ランは辛辣な口調でそう言った。
だがその言葉は若干ボリュームが大きかったようで、相手にも聞こえてしまったらしい。
「おい、誰が雑魚だって?」
ヘラクレスがいきりたった表情で立ち上がり、
ハチマンは面倒な事になったと小さくため息をついた。
だがこの場にはバトルジャンキーが二人もいるのだ。
当然売られた喧嘩を買わないはずがない。
「あら、あなたが私達をその程度呼ばわりしたから雑魚と返しただけなのだけど、
こういうのはお互い様と言うんじゃないかしら」
「そうそう、俺達はこの程度でしかないから、つい余計な事を口走っちまうんだよな」
「ぐっ………」
さすがに発端は自分だという意識はあったのか、
それでヘラクレスは矛先を収めたが、その目は怒りに燃えていた。
「調子に乗るなよ、ヴァルハラに言われるだけならともかく、
ぽっと出の新参ギルドになめられてたまるかよ」
その言葉はハチマン達には聞こえなかったが、
もし聞こえていたら、『お前らも新参だろうが』と皮肉の一つも返した事だろう。
『チルドレン・オブ・グリークス』のメンバー達はヘラクレスに頷きつつ席を立ち、
こうして遺恨が残されたまま、この日の戦いは終了する事となった。
「まったくお前ら、好戦的すぎだろ」
「いやぁ、でも売られた喧嘩は買わないとだろ?」
「それはまあ否定しない」
「ほら、ハチマンだって俺達と同じ穴のムジナじゃないかよ」
その言葉にハチマンは肩を竦めただけであった。
「ハチマン君、今日は私、スリーピング・ガーデンに寄ってくね」
仲間達の所に戻った後、アスナがハチマンにそう声をかけてきた。
「そうか、それじゃあ俺達は適当に落ちとくわ」
「うん、また明日学校でね」
「ああ、お休み、アスナ」
ハチマン達はそのまま去っていき、残されたスリーピング・ナイツは、
アスナを伴ってそのままスリーピング・ガーデンへと向かったが、
その道中で思いがけない事件が起こった。
「確か絶刀だったか?さっきは随分と調子に乗ってくれたな」
「うわ、びっくりした、あんた確かさっきの……」
「テンプレきたよ……」
「これはまさかの展開だね」
「いやいやいや、もうちょっと捻ろうよ」
「フラグ回収が早すぎね」
その言葉で馬鹿にされたと思ったチルドレン・オブ・グリークスのメンバー達は、
激高しながら口々にこう言った。
「なっ………ふざけるな!俺はオルフェウスだぞ!」
「何故名乗る………」
「馬鹿にするのもいい加減にしろよ!俺はテセウスだ!」
「だから何故名乗る………」
その他のメンバー達も次々に名乗っていき、
スリーピング・ナイツもその自意識過剰さに呆れる他はなかった。
「で、何の用?」
「舐められたままだとうちの沽券に関わるから、
うちのメンバーの多さを見せつけにきたんだよ!」
「何ですかその謎行動」
「タル、多分この人達は、これで威圧しているつもりなのよ」
「ああ~、実力行使無しの威圧のみ、なるほどなるほど」
「だから俺達を馬鹿にするなと……」
「悪いけどそのくらいにしてもらえるかな?」
その時後方からそんな声がかかり、チルドレン・オブ・グリークスのメンバー達は、
一体誰だと思い、そちらの方を見た。そこに立っていたのは当然アスナである。
「げぇ……バーサクヒーラー……」
「何でお前がしゃしゃり出てくるんだよ、これはうちとこいつらの問題であって、
ヴァルハラには一切関係ねえ!」
「さっきうちにも因縁をつけてきてた気がするんだけど?」
「その話はあそこで終わりだ、それとこれとは別の話だ!」
「何それ、意味が分からないんだけど?」
(この人達は本当に何がしたいの……)
楽しい時間を邪魔された事にイラっとしたアスナは、それでも我慢強く言葉を続けた。
「ちなみに私は今はスリーピング・ナイツに出向しているから、
ヴァルハラとは無関係なのはその通りだけど、逆にこっちの関係者って事になるね、
という訳で、うちに何か言ってくるつもりなら………」
そう言ってアスナは暁姫を抜いた。
「私が今からあなた達全員とデュエルしてあげる」
そう言ってアスナはニヤリと笑い、男達はその迫力に押されて一歩後ろに下がった。
「アスナ、格好いい!」
「これはテンプレ出るか?」
「出るんじゃないかな?」
「むしろ他に言うべき言葉が無いと思う」
その言葉に従った訳ではないだろうが、男達はその予想通りの捨てゼリフを吐いた。
「くそっ、今にみてろ!」
「俺達は負けてないし、これからも負けるつもりはないからな!」
「今日のところはこれくらいで勘弁してやる!」
そのままチルドレン・オブ・グリークスは逃げるように去っていき、
残された一同はぽかんとした。
「………結局何がしたかったんだ?」
「ほら、あいつらにしてみれば、サッカーの二部から一部に上がったようなものだから、
ちょっと調子に乗っちゃったんじゃない?」
「引くに引けなくなっちゃったんだろうね……」
「まあでもちょっとうざかったよな」
「そうね、あいつらをたった今から私達の敵と認定する事にするわ。
無闇に攻撃を仕掛けたりはしないけど、その事は忘れないでね」
「おっ、やりぃ!」
「正直殴りたくてたまりませんでしたね」
「シウネーが言うくらいならよっぽどだな!」
こうしてチルドレン・オブ・グリークスは、
スリーピング・ナイツに敵認定される事となった。
まあ大した敵ではない為、そもそも戦いに発展する可能性も低いのであるが、
もし彼らがスリーピング・ナイツの前に立ちはだかった時は、
容赦なく殲滅される事となるのだろう。
「まあ気を取り直して早くボク達の家に帰ろうよ!」
彼らはこれ以上不愉快な目に遭わないようにと家路を急ぎ、
ほどなくしてスリーピング・ガーデンに帰りついた。
「とりあえず風呂と飯!」
「その後アスナに話を聞いて、それから睡眠だね!」
その言葉にアスナは少し懐かしさを感じた。
昔は自分もゲーム内でこんな感じで暮らしていた事を思い出したからだ。
自分には今は不可能だが、スリーピング・ナイツのみんなはここで寝れるんだ、
その事にアスナは羨ましさを感じつつ、
やはりみんな、メディキュボイドを使いっぱなしなんだなと再確認する事となった。
(みんなの病気、心配だな。ハチマン君の話だと、特にランとユウキが……)
アスナはそう思いつつも、その事は決して表には出さず、
笑顔を絶やさないまま料理を手伝い、ランとユウキと一緒にお風呂に入った。
そして再びリビングに集まった一同の前で、
アスナはヴァルハラに関する情報を開示する事となった。