それからスリーピング・ナイツの密かな努力が始まった。
「ねぇアスナ、そもそも三十五層の敵ってどんな敵?」
「ロギっていう炎の巨人だよ。なので炎耐性装備を揃えていく事になるね。
ちなみに三十四層のボスは、双頭の巨人で霜の巨人って言われてるヨツン、
って、よく考えたらヨツンヘイムのヨツンだね」
「へぇ~、そうなんだ、
それじゃあとりあえずショップを回って炎耐性装備を探してみよっか」
「そうね、まだ時間はあるのだし、確実に一つ一つ準備を整えていきましょう」
「うん、それがいいね」
(耐性装備かぁ……ナタク君なら持ってそうだけど、
ナタク君に頼るのは私達の狙いがバレる可能性があるからやめておいた方がいいかなぁ、
まあナタク君なら黙っててくれるとは思うけど……あっ、そうだ)
その時アスナの頭に天啓が舞い降りた。
「ねぇみんな、耐性装備に関しては私に任せてもらえないかな?
炎耐性のみの装備にはちょっと劣るけど、全耐性の装備ならあてがあるんだよね」
「あら、いいじゃない、敵の攻撃が全て炎属性だとは限らないしね」
「うん、確か他の属性の攻撃も使ってきたと思うんだよね」
「なら任せてもいいかしら」
「うん、任せて!で、予算はとりあえずどれくらいかな?」
「タル、お願い!」
「オーケー、今の手持ちだと、使える金額は………」
アスナがひらめいたのはこの事であった。
炎耐性装備ではなく全耐性装備をナタクに頼む事で、
スリーピング・ナイツが何を狙っているのかぼかす事にしたのである。
(まあ念には念を入れて、かな)
アスナは早速ナタクにメッセージを送り、全耐性装備を作ってくれるように依頼した。
ちなみに頼んだのは、とりあえずではあるがアクセサリーと盾である。
ランとユウキとアスナのオートマチック・フラワーズには始めから全耐性がついており、
他の仲間達の防具に関しては、まだ整っているとは言い難い為、
アスナは次に、そちらを揃えてもらうように提案するつもりであった。
そしてナタクから色々と相談したいという返事をもらったアスナは、
さすがにヴァルハラ・ガーデンで話す訳にはいかなかった為、
スモーキング・リーフでナタクと落ちあう事にした。
「それじゃあ私はちょっと耐性装備の手配をしてくるね、
みんなは出来ればランとユウキ以外の装備について、話をしてて欲しいんだよね」
「確かに俺達とランやユウキの装備との差が開いちまってるよな」
「分かった、こっちはとりあえずアシュレイさんの店に寄ってみるね」
「私も話が終わったらそっちに合流するね」
そう言ってアスナとスリーピング・ナイツは、それぞれの目的地へと向かっていった。
「こんにちは、ナタク君ってもう来てるかな?」
「あっ、アスナ、ナタク君ならもう来てるのにゃ」
「ありがとうリツさん、ちょっとここで話をさせてもらっていい?」
「もちろんにゃ、今お茶を入れるにゃ」
「ごめんね、ありがとう」
アスナはリツにお礼を言って中に入り、ナタクとリョクを見つけて手を振った。
二人どうやらアスナの依頼絡みで話をしていたらしい。
「ナタク君、わざわざごめんね」
「いえいえ、暇してたんで全然問題ないです、むしろやる事が出来て嬉しいですよ」
「ナタク君も結構なワーカーホリックだよね」
「あはははは、まあそういう性分なんですよ」
ナタクはそう言って微笑んだ。
「とりあえずお願いされた分の装備を作る為に必要な素材のリストを纏めておきました。
今リョクさんと話して、そのうちどの素材のストックがあるのか確認してた所ですね」
「さすがナタク君、仕事が早い!」
「いえいえ、これも普段から在庫をきっちり管理してくれているリョクさんのおかげですよ」
「私は報告を纏めるだけで、実際に管理してるのはリン姉ぇじゃんね」
「あ、そうでしたか」
「それじゃあリンにもお礼を言わないとね」
「リンならリナちゃんと一緒に買い物に出てるのにゃ」
「あっ、そうなんだ、それじゃあお礼はまた今度だね」
アスナはそう言うと、ナタクが作ってくれたリストの内容をチェックし、
どう集めれば素材が効率的に集められるか、リョクも交えて三人で話し合った。
「これだとやっぱりヨツンヘイムには絶対に行かないといけないね」
「あそこの奥は素材の宝庫ですからね」
「あとアスナ、これ、必要な素材でうちにある物の値段と在庫数のリストじゃんね」
「あ、ありがとう、今度お礼に甘い物でも一緒に食べ………」
「それは楽しみじゃん!」
リョクは食いぎみにそう言った。
頭脳労働を担当しているせいか、どうやらリョクは甘い物が大好きのようだ。
「あは、それじゃあ僕はヴァルハラ・ガーデンに戻りますね」
「うん、ありがとうね、ナタク君」
「いえいえ、スリーピング・ナイツの装備の強化、頑張って下さいね」
その言葉でアスナは、どうやらナタクが狙い通りに勘違いしてくれたと判断した。
ナタクを騙すような形になって申し訳ない気もするが、
いずれこのお礼は何かの時にしておこうと、アスナは改めて心に誓った。
「それじゃあ私はアシュレイさんの店に行ってみるね」
「アスナ、またなのにゃん」
「またいつでも遊びに来るじゃんね」
「うん!それじゃあまたね、二人とも!」
そしてアスナはみんなはまだいるかなと思いつつ、アシュレイの店へと向かった。
アスナがスモーキング・リーフで楽しい時間を過ごしていたその頃、
スリーピング・ナイツもまた、アシュレイの店で寛いでいた。
「アシュレイさん、お茶、ありがとうね」
「凄く美味しいです」
「いえいえどういたしまして。
で、欲しいのはノリちゃんとタル君とシウネーちゃんの装備でいいのよね?」
「うん、俺とテッチの装備はここにはさすがに売ってないからね」
「さすがに重鎧は私の管轄外だわ」
「ですよね」
そんな和やかな雰囲気の中、アシュレイは三人に装備を手渡していった。
「この辺りでどうかしら、ちなみにデザインをいじりたい時は遠慮なく言って頂戴ね」
「あっ、それなら背中にうちのマークを付けてほしいです、アシュレイさん」
「任せて、お安い御用よ」
シウネーのそのお願いは確かにどうしても必要な事であり、
タルケンとノリもそれを見習って背中にスリーピング・ナイツのマークを入れてもらい、
先ずは三人の装備がここに整った。とはいえエンチャントはまだなので、
達成度としては半分と言っていいかもしれない。
「街中じゃヴァルハラ・アクトンで十分なんだけど、さすがに戦闘となるとね」
「いやぁ、手持ちが足りて本当に良かったよ」
「後は俺達の鎧かぁ」
「その前にちょっと金策をしないとですね」
「タル、残り資金はもう尽きたかしら」
「う、うん、ワタクシ達の資金は今のでほぼゼロになりました」
「タル、あんたのそれは本当に直らないよねぇ」
「いやぁ、アシュレイさんが綺麗だから緊張しちゃって………」
アシュレイはそのタルケンの言葉に嬉しそうな顔をしつつ、
興味深そうな口調でタルケンに話しかけた。
「あら、タル君の普段の喋り方はそんな感じなの?
随分馬鹿丁寧だと思ってたけど、実は違ったのね」
「あっ、いや、えっと、ワ、ワタクシはですね……」
その不意打ちにタルケンはどきまぎした。
「アシュレイさん、タルは私達以外の女の子の前だとこうなっちゃうんですよ」
「へぇ、そうなのね、まあこういうのは慣れだから、頑張ってね」
「は、はい、頑張りましゅ」
タルケンは肝心な所でそう噛んでしまい、一同の笑いを誘った。
丁度その時アスナがアシュレイの店へと到着した。
「みんなお待たせ!」
「アスナ、耐性装備の方はどうだった?」
「うん、エンチャント素材をヨツンヘイムに取りに行けば、何とかなるみたい」
「あら、ヨツンヘイムに?」
「うん、どうもアインクラッドには無い素材らしいんだよね。
ちなみに必要な中でスモーキング・リーフの在庫にある素材の値段と量のリストがこれだよ」
「これは随分と綺麗に纏められてるわね、さすがだわ」
そのリストを見たランが、感心したようにそう言った。
「どの素材がどこで取れるとか、随分詳しく書いてあるね」
「それじゃあこの後早速取りに行く?」
「そうね、アスナは時間は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。あ、でもちょっと一度落ちてご飯を食べたいかな」
「それじゃあ一時間後くらいにスリーピング・ガーデンに集合という事でいいかしら」
「分かった、それじゃあ一旦落ちるね!」
そしてアスナは全員に挨拶をし、ログアウトしていった。
「ふう………」
「あら明日奈、丁度今、体を揺すろうと思ってたところよ」
「わっ、び、びっくりした!」
明日奈が目覚めた時、ちょうどその横に京子が立っており、明日奈はドキリとした。
「ふふっ、ごめんなさいね、それじゃあご飯にしましょうか」
「は~い!」
そんな明日奈を見て、京子は目を丸くした。
「あら明日奈、随分と機嫌がいいみたいだけど、
ALOで八幡君といちゃいちゃでもしてきたのかしら」
「お、お母さん!もっと言葉をオブラートに包んで!」
その京子の言葉に明日奈は顔を赤くした。
「八幡君なら今日はソレイユだよ、臨時の会議があるんだって」
「あら、そうなのね」
「えっとね、私が機嫌がいいのは、新しい友達が沢山出来たからだよ」
「へぇ、新しい友達ねぇ」
「うん!」
その後二人は仲良く食事をし、明日奈は嬉しそうにスリーピング・ナイツの事を語った。
京子もうんうんと頷きながらその話を聞き、楽しそうに色々と明日奈に尋ねていた。
どうやら母娘の仲は良好なようである。
そして明日奈はALOに再ログインし、スリーピング・ガーデンへと向かった。