『八幡君、今日は大事な会議があるから、学校が終わったら急いで会社まで来てもらえる?』
「えっ?あ、はい」
『それじゃあ宜しくねん』
帰還者用学校の屋上で仲間達と一緒に昼食を食べていた八幡は、
陽乃からそんな電話を受け、きょとんとした表情でしきりに首を傾げていた。
「八幡君、どうかした?」
「いや、姉さんからの電話だったんだが、
今日会議があるから学校が終わったら急いで会社に来いだってよ」
「へぇ、姉さんがわざわざ八幡君を会議に呼ぶなんて珍しいね?」
「だよな、まあいいか、とりあえず行ってくるわ」
「うん、頑張ってね」
「お努めご苦労さん」
そして放課後、仲間達に見送られた八幡は、
ソレイユに到着した後、真っ先に受付へと向かった。
出迎えたのはかおりとえるのいつものコンビである。
「あれ、八幡………じゃない、次期社長、おはようございます」
「いや、そういうのはいいから。なぁかおり、今日の会議について何か知ってるか?」
「一介の受付嬢が、会議の内容まで知ってたら逆にびっくりじゃない?」
「まあ確かにな……」
当然えるも何も知らず、八幡は受付での安易な情報収集を早々に諦め、
大人しく秘書室へと向かう事にした。
「う~む、さっぱり分からんが、まあ何か俺を呼ぶほどの議題が出来たんだろうなぁ」
八幡はぶつぶつと呟きながら、いきなり秘書室の扉を開け、中に向かってこう言った。
「お~い小猫、会議があるからってあんまり化粧を厚くするのはやめておけよ」
もちろん八幡は冗談のつもりでそう言ったのだが、
中に入るとまさかの薔薇が化粧中で、その体勢のまま固まっており、
二人は無言のまましばらく見つめ合う事となった。
「………」
「………」
「ほ、ほどほどにな」
「あ、あんたね、せめてノックくらいしなさいよ!」
「わ、悪い、まさか本当に厚化粧中だとは思わなかったんでな……」
「全然厚化粧じゃないわよ!ほら、よく見なさいよ!」
薔薇は立ち上がってつかつかと八幡に近付くと、
八幡の胸に自らの豊満な胸を押し付けつつぐいぐいと八幡に迫った。
「ち、近い、近いって、それに胸、胸が当たってるから!」
「当たってるんじゃないわよ、当ててんのよ!」
「悪かった、悪かったって、とりあえず落ち着け」
八幡は薔薇の剣幕に押されてじりじりと後ろに下がり、
その背中が壁につくところまで押し込まれた。
「………で?」
「小猫の化粧は全然普通だった、正直すまなかった」
「よろしい」
それで八幡はやっと解放され、薔薇は自分の席に戻って再び化粧を始めた。
八幡はその隣の席に腰かけ、薔薇に話しかけた。
「そうやって化粧をしてるって事は、小猫も会議に出るって事だよな?」
「ええ、今日は外部の方もいらっしゃるから軽く化粧直しをしておこうかなって」
「外部?へぇ、誰が来るんだ?」
「ナイショ」
薔薇はそう言って片目をつぶった。
「ふ~ん………って事は俺の知り合いか。なぁ小猫、今日の会議の議題って知ってるか?」
「もちろん知ってるけど、八幡には言っちゃ駄目って言われてるわ」
「何でだよ………」
「参加すれば分かるわよ、まあ悪い内容じゃないから心配しないで」
「社内の人間は誰が参加するんだ?」
「社長、私、クルス、レスキネン部長、紅莉栖、あとめぐりよ」
「めぐりん?めぐりんが戻ってきてるのか?」
「………ええ、昨日帰ってきたみたい」
「おおそうか、めぐりっしゅされちゃうのか」
「………」
いつの間にかめぐりん呼びが八幡にとって普通になっているみたいだなと思いながらも、
小猫はその事を決して口には出さなかった。
いつか自分も何かの機会に八幡に刷り込みを行う事があるかもしれないと思ったからだ。
「しかしマックスも参加するのか、珍しいな」
「まあそうね」
そう言いながら薔薇は、八幡の後方に一瞬視線を走らせたが、八幡はその事に気付かない。
「で、そのマックスはどこにいるんだ?」
「そこ」
「私はここです、八幡様」
「うわっ!」
突然後ろからそう声を掛けられ、八幡は驚いて振り向いた。
その瞬間に八幡の顔が何か柔らかい物に埋まり、その頭にクルスの手が回され、
不本意ながらこういう事に慣らされてしまっている八幡は、一瞬で状況を理解した。
「おいマックス、さすがにやりすぎだ、離せ」
「すみません、先ほど八幡様が『めぐりっしゅ』と言っているのを見て、
つい母性本能が刺激されてしまいました」
「………え、俺そんな事言ってたか?」
「はい、とてもかわいかったです」
「そ、そうか……」
八幡はその言葉で顔を赤くし、その行為がクルスの母性本能を更に刺激したらしい。
クルスは手を離すどころか更に力を込め、あまつさえこんな事を言い出した。
「八幡様、私、八幡様との子供が欲しくなりました」
「お前いきなり何言っちゃってんの!?」
「あ、それじゃあ私も」
「小猫まで何を言ってんだよ!」
「だって………ねぇ?」
「私は一生八幡様のお傍にいますから、当然私は八幡様の子を産む事になりますね」
「私はあんたの所有物なんだし、当然あんた以外の子を産む事はないわね」
「出来れば二十代のうちにお願いしますね」
「私は仕方ないから三十代半ばまで我慢してあげるわ」
「お前ら、そろそろ会議の時間だろ、冗談はそのくらいにしてさっさと会議室に行こうぜ」
この二人に対しては、関わり方からして邪険に出来ない八幡はそう言って逃げをうった。
だが正論ではある為、クルスは大人しく八幡を解放し、
薔薇も資料らしき物を手にとって立ち上がった。
「ふう………」
「確かにそろそろ時間ですね、八幡様、行きましょう」
「そうね、それじゃあ行きましょうか」
薔薇とクルスはニコニコしながらそう言った。
どうやら気まずい思いをしているのは八幡だけのようだ。
「お、おう、それじゃあ行くか」
そして三人は会議室へと向かった。
八幡は若干気が重く、終始無言であったが、そんな八幡に救世主が現れた。
「八幡く~ん!」
「あっ、め、めぐりん!」
会議室の前の廊下で手を振りながらこちらに近付いてくるめぐりの声を聞いた瞬間に、
謎のめぐりっしゅ効果により、八幡の心が浄化されたのである。
「帰ってきてたんですね、めぐりん」
「うん!向こうに行ってる間、八幡シックにかかって仕方がなかったよ!」
「八幡シックって、ホームシックの俺版ですか?」
「よく分かったね、うん、そんな感じ!」
臆面もなくそう言いきりながらも、ぽわぽわした笑顔を見せるめぐりに、
八幡は自身の心がどんどん癒されていくのを感じていた。
「今日は会議の為に日本に戻ってきたんですか?」
「うん!色々と報告があってね、八幡君もきっと喜んでくれると思うなぁ」
「おっ、そうですか、それは楽しみです」
「ふふっ、期待しててね!」
そんな二人の様子を見て、薔薇とクルスはひそひそと言葉を交わしていた。
「室長、あの路線もありじゃないですか?」
「そうね、八幡って案外ああいうのに弱い気もするわ」
「ちょっと違うけど、香蓮もあの系統ですよね?」
「広い意味で言ったら明日奈もそうかもしれないわよ」
「今度の社乙会の議題にしてみましょうか」
「そうね、そうしましょう」
そして四人は会議室に入ったが、そこで八幡は意外な人物の姿を目にする事となった。
「あ、あれ?」
「おう」
その人物はきょとんとする八幡に対し、鷹揚に手を振った。
「おい小猫、お前さぁ……」
「え、な、何?」
いきなり八幡にそう言われた薔薇は、戸惑いながら八幡にそう聞き返した。
「会議室に老人の腐乱死体があるじゃないか、
事前にちゃんとチェックして片付けておかないと駄目だろ」
「誰が腐乱死体か!このたわけが!」
「うわ、ただの死体じゃなくウォーキング・デッドかよ」
「まだ死んでないわい!そもそも儂は、お主の子をこの手に抱くまで死ぬつもりは無いわ!」
そのセリフは先ほどの秘書室での様子を目にしていたのかと思うくらい、
タイムリーなセリフであり、さすがの八幡も鼻白んだ。
そんな八幡の表情を見たその人物、結城清盛は、得意げな顔で八幡に言った。
「ふふん、ぐぅの音も出ないようじゃな小僧、
さっさと儂に、ひ孫を抱かせるように努力せい」
「正確には明日奈はじじいの孫じゃ……」
その言葉に反論しようと試みた八幡であったが、そんな八幡を陽乃が遮った。
「はいはい、それじゃあそろそろ会議を始めるわよ~!」
それで八幡はそれ以上の反論は後回しにする事とし、大人しく自分の席へと座った。
こうして八幡にとってはとても重要な会議が幕を開ける事となった。