「来週ちょっとアメリカに行く事になった」
次の日学校で、八幡は仲間達に再び渡米するという事を伝えた。
「えっ、その薬でユウキ達の病気が治るの?」
「いや、可能性が出てきたって感じだな、
いけそうなら更に金を出して研究を加速してもらうつもりだ」
「そう……なんだ、間に合ってくれればいいんだけど、っていうか間に合わせなきゃね」
アスナは期待するような表情でそう言った。
「だな」
「で、誰が行くんだ?」
「俺、紅莉栖、クルス、萌郁、茉莉さん、ダル、それに理事長だ」
「へっ?」
最後の人物の名前を聞いた瞬間、その場にいた一同の目が点になった。
「理事長も行くの?」
「ああ、もし俺の不在時にみんなを纏めてもらおうと思ってな」
「なるほど、今回は雪乃が不参加みたいだもんね」
さすがアスナは理解が早い。参加者の顔ぶれを見て、
副リーダーに該当する者がいない事に気付いたのだろう。
「おい八幡、事情は分かったけど、今度はこの前みたいに音信不通にはなるなよ」
「お、おう、あの時は悪かったよ」
「頼むぜ本当に」
キリトはそう言いながらもその顔は笑顔であった。
「そういえば今日って月に一度の慰問公演だよね?今日は誰が来るのかな?」
帰還者用学校では月に一度芸能人が学校に呼ばれ、
慰問と称しての全校イベントが行われていた。
これは理事長が私費を投じて行っているもので、生徒達の心の慰めの一助となっていた。
「いつもギリギリまで秘密だよねぇ」
「お?もしかしてあれじゃないか?」
キリトはそう言って屋上から校門の方を指差した。
見ると丁度黒塗りの車が校内に入ってくる所であり、
その車はいかにもVIPといった雰囲気を醸し出していた。
「おお、かもしれないな」
「それっぽいよねぇ」
「お、出てくるぞ、一体誰だ?」
そして車からどこかで見たような人物が降りてきた。
「あ、あれ?」
「あれってもしかして……」
その人物は周囲をきょろきょろと見回した後、屋上に目を向けて八幡達の姿を見つけると、
いきなり校内へと走り出した。
「えっと……」
「悪い、俺はちょっと用事を思い出したから保健室にでも避難しとくわ」
「あっ、八幡君、ちょっと……」
だがその行動は残念ながら一歩遅かった。
いや、決して遅くはないのだが、相手の行動が早すぎたのだ。
「はっちま~ん!」
「うがっ」
八幡が校内に戻るドアを開けようとした瞬間に、その扉がいきなり開いた。
そしてそこから弾丸のように飛び込んできた人物が八幡に飛びかかった。
「やっぱりエルザか………」
「八幡、八幡の為に歌いに来たよ、褒めて褒めて!」
「き、今日は理事長から頼まれたのか?」
「うん!」
「そ、そうか、何か悪いな」
「別にいいんだって、今日は私の歌、楽しみにしててね!」
「お、おう」
どうやら今日のゲストは神崎エルザだったようだ。
そろそろ昼休みも終わる為、八幡はエルザを理事長室に連れていく事にした。
「悪い、先に戻っててくれるか?」
「うん、それじゃあエルザ、また後でね!」
「うん、楽しみにしてて!」
そして理事長室への道すがら、エルザはニコニコしながら八幡にこう切り出した。
「ところでさ、来週纏まったオフが取れそうなんだけど、
良かったら適当に誰か誘ってどこかに遊びに行かない?」
「来週?来週なら俺はいないぞ」
「えっ?どこかに行くの?」
「アメリカだ」
「アメリカ!?何で!?」
驚くエルザに八幡は、今回の経緯を説明した。
「ほうほう、そういう事なのね」
「そんな訳で、遊びに行くのはまた今度な」
「ふ~ん……」
エルザは何か考え込んでいたが、その理由は理事長室に着いた時に判明した。
エルザがいきなり理事長相手に直談判を始めたのだ。
「理事長先生、私もアメリカに着いていきたいです!」
その言葉に八幡と理事長はキョトンとした。
「………何故それを私に頼むのかしら」
「八幡に頼むと駄目って言うから!」
その返事を聞き、理事長は苦笑しながら八幡を見た。
「駄目って言うの?」
「もちろんです、遊びじゃないですからね」
「……だってよ?」
「もし連れてってくれるなら、今日の報酬はいりません!」
その言葉からは、エルザの本気度が十分感じられた。
「お前それ、本気で言ってるのか?」
「うん、もちろんだよ!」
(まあ元々報酬は断るつもりだったけど、別にその事を今言う必要はないよね)
さすがはエルザ、こういう所は抜け目がない。
「………う~む」
「八幡君、今回は別に危険な旅という訳じゃないんだし、
元々一人分の空きがキープしてあるんだから、別にいいんじゃないかしら」
「はぁ、まあ確かにそうですね」
そして八幡はため息をつくと、エルザの方に向き直った。
「今回は遊びじゃないんだから、俺の邪魔だけはするなよ」
「うん、もちろんだよ!」
「ならまあ一緒に連れてってやるから、小猫に連絡してスケジュールを詰めておくんだぞ」
「やった!」
エルザはとても嬉しそうにガッツポーズをすると、
そのまま理事長に連れられて、会場である体育館へと向かった。
「それじゃあ俺は教室に戻りますね」
「ええ、それじゃあまた後で」
「八幡、またね!」
「おう」
そして八幡は、自分の教室へと戻ったが、
その途中で慌てた顔で向こうから歩いてくるエム=豪志の姿を見つけた。
「あれ、おいエム、どうしたんだ?」
「あっ、八幡さん、エ、エルザを見かけませんでしたか?
車から降りたと思ったら急に走り出して、そのまま行方不明なんですよ」
「あいつは理事長と一緒に体育館に向かったぞ」
「ありがとうございます、行ってみます!」
「おう、まあ苦労が絶えないと思うが、まあ頑張れ」
「はい、ありがとうございます!」
そして歩き去っていく豪志の後姿を見ながら、八幡はぼそりと呟いた。
「これで来週あいつがアメリカに行くなんて知ったら、
またあいつは頭を抱える事になるんだろうか………」
こうして八幡のアメリカ行きの最後の随員に、神崎エルザが滑りこむ事となった。
そして迎えたエルザのイベントは、生徒達に大好評で迎えられた。
ALOのテーマソングを歌っている事もあり、
この学校の神崎エルザのファン比率は、実に世間一般のファン比率の十倍にも達する。
「みんな、今日はありがとう!ここで私から一つ報告があります!」
エルザが突然そんな事を言い出し、八幡はとても嫌な予感がした。
「私は来週、八幡と一緒にアメリカに行ってきます!」
その言葉に生徒達がどよめき、八幡は頭を抱えた。
「あいつは何で余計な事を言うかな……」
「あ、あは……」
「という訳で、向こうで色々な音楽に触れてみて、新曲を一曲作ってくるので、
帰ってきたらその曲を一番にここで披露しますね!」
それはまさかの宣言であり、旅行の話を聞いてどよめいていた生徒達は、
それで一気に盛り上がった。
「まったくあいつは……」
「おお、盛り上げてきたなぁ」
「ここで新曲発表をするって事だよね?」
「それはかなりのニュースになりそうですね」
「さすがにマスコミには言わないと思うけどね」
この無茶苦茶さが神崎エルザの真骨頂である。
やはり神崎エルザはどんな時でも神崎エルザなのであった。
そしてエルザが去った後、下校途中での事である。
八幡と明日奈は仲良く帰宅していたが、その道中でこれからの事について話をしていた。
「という訳で明日奈、俺がいない間、ランとユウキの事を宜しく頼む」
「うん、まあ私に何が出来るって訳でもないんだろうけど、ちゃんと見ておくね」
「悪いな、任せっきりにしちまって」
「ううん、そもそも八幡君がアメリカに行くのだって、あの二人の為じゃない。
だから気にしないで、夫の留守を守るのも妻の役目だよ」
明日奈は少し恥ずかしそうな表情をしながらそう言った。
「お、おう、そ、そうか」
「うん、そうだよ」
「まあ何かあったら連絡してくれ、向こうからでもALOにはログイン出来るからな」
「今回は本当に大丈夫なんだよね?危ない事は無いんだよね?」
「ああ、レヴィを通じてサトライザーに確認してもらったから大丈夫だ」
「そっか、良かった」
明日奈はその言葉でホッと胸を撫で下ろした。
「それよりそっちはどうなんだ?あいつらがヴァルハラを超える算段はついたのか?」
「うん、一応考えてる事はあるよ、準備もしてるし」
「そうか、それは楽しみだな」
八幡はそう言ってはにかむような笑顔を見せた。
そして次の週、八幡達はアメリカへと旅だったのである。